編集後記#48
ベスター100乗
たこいきおし


『虎よ、虎よ!』を最初に読んだのは高校時代、SFの名作といわれる作品を地道に読んでいた時期のこと。「面白く読めた」という記憶はあったものの、細かい内容は忘却の彼方。大学に入って以降は主にイギリスSF方面に好みがシフトしてしまったため、あまり顧みることもなく、自分にとってはアルフレッド・ベスターの再発見は奇想コレクションの『願い星、叶い星』だった。その短編群から感じられる、ケレン味がありつつスタイリッシュな作風にはおおいに感じ入った。

■それとは別に2010年くらいから、正月の帰省時に実家の本棚から古いSFを引っ張り出して読んでみることにしていて、『虎よ、虎よ!』も2012年に一度再読していた。その時の読書メモはこんな感じ。
「ふと思い立って読み返したらこれがめっぽう面白い。ハミルトンやヴォークトだと古びた部分をそれとわりきって楽しむ部分がどうしてもあるんだけど、ベスターについてはそういう感じがなくて、今読んでもSFとしてきっちり面白く、翻訳SFとしては破格にヴィジュアル感、リズム感、スピード感があって、しかもいい感じに下世話で、こういうタイプの作品はなかなか他にない。なにはともあれ傑作」

■実はそれで火がついて、『分解された男』『コンピュータ・コネクション』も本棚から引っ張り出して読んだ。
 『分解された男』は時代がかった訳文(特に台詞まわし)が今となってはむしろ味わい深いが、それがこの作品の猥雑な社会風俗には意外とマッチしている雰囲気もある。とりわけ「もっとひっぱる、いわくテンソル」は頭に焼き付く名訳(笑)。
 『コンピュータ・コネクション』は冒頭から超能力者の美少女が悪魔コスプレで登場するかと思えば、サイバーパンクを先取りするような設定、展開に驚愕。乱れ切ったスラングのニュアンスを表現した訳文の力技にもまた驚愕。
 実は国書の『ゴーレム100』が未読なのだが、こちらも楽しみにしている。

■ベスターの作品そのものの面白さもさることながら、特に『虎よ、虎よ!』の影響力の大きさにも、今更ながらに驚いている次第。ハヤカワSFシリーズが1964年、その前の『わが赴くは星の群』が1958年の翻訳出版、という年代を考えると、当時読んだ読者の驚愕も想像にあまりある。思わずまねしたくなってしまうのもむべなるかな。
 中でも『サイボーグ009』『仮面ライダー』がなかった世界を想像することなんてできない。もちろん、石森章太郎のことだから、『虎よ、虎よ!』の影響がなくてもそれはそれで魅力的な作品を生み出していただろう、とも思うが、それはどんな作品になったか? その世界ではその後のアニメや特撮の流れはどんな風になるだろうか?

『仮面ライダー』からの連想だが、現在活躍中のクリエイターで最もベスター的なのはもしかして『仮面ライダー電王』『仮面ライダー000(オーズ)』『特命戦隊ゴーバスターズ』などで大活躍中の脚本家小林靖子(靖子にゃん)ではなかろうか。毎週30分の特撮やアニメを量産しつつ(という活躍舞台もベスターのキャリアを連想させる)、芝居がかった魅力的かつアナーキーなキャラクターをぞくぞく生み出し、そこに無造作に放り込まれるアイデアの奔流。『仮面ライダー』という作品フォーマットがなければこの才能が今のような形では開花しなかったかもしれない。

■ヒーロー番組の脚本といえば、日本のアニメの黎明期にSF作家が動員されていたのは周知の通り。中でも平井和正はアニメ脚本からマンガ原作まで幅広く手がけ、また、作家としての初期作品で「虎」のモチーフを使っており、生々しいバイオレンス描写やケレン味のある作風まで含めて、やはりベスターとの共通点が感じられる作家だったと思う。
 人類ダメ小説を書いているうちに新興宗教にハマってしまい、離脱後は逆に新興宗教ダメ小説(角川版『幻魔大戦』)を書いてしまうなど、私生活でも作品でも振幅が大きく評価の分かれるところかもしれないが、『幻魔大戦』ブームの当時、ワープロもない時代に毎月文庫本1〜2冊分を量産し、書店の文庫、ノベルズの平積みコーナーを生頼範義や大友克洋のカバーイラストが埋め尽くした光景は、現在のライトノベル棚を完全に先取りしていたと思う。
 ちょうど今年の1月に訃報が報じられたばかりだが、改めてご冥福をお祈りしたい。

■そういえば『幻魔大戦』の影響も実は幅広い。この作品がなければ徳間書店がリュウを創刊することはなく、そうなると安彦良和は『アリオン』を発表する場所がない。『アリオン』がヒットしなければマンガ家に転身することもなく、安彦良和はずっとアニメを作っていたかもしれない。
 あ、でも、その世界で作られていたかもしれないアニメはちょっと観てみたいかも(笑)。

■今回の編集のBGMは出たばかりの原田知世洋楽カバーアルバム『恋愛小説』。今号の内容とはミスマッチですが(笑)、いいアルバムなのでオススメ。ライブも楽しみです。

(編集のBGM 原田知世『恋愛小説』)


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