お楽しみはこれからだッ!!
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第38回 “帰ってきた橋本みつる”
 掲載誌 TORANU TあNUKI 185〜189号
 (通巻第60号)
 編集/発行 渡辺英樹/アンビヴァレンス
 発行日 1996/5/20


 昨日、というのは今年(1996年)の1月29日のことなのであるが、近所の書店に行ってみたらいきなり橋本みつるの絵が目に飛び込んできたのでとてもびっくりした(笑)。何かというと、これが実は月刊コバルトの表紙イラストだったのだけど、橋本みつるのカラーイラストが雑誌の表紙を飾るなんてことは花とゆめ本誌でも、増刊でもいままで見たことがない(笑)。いやあ(笑)。長生きはするものだ(笑)。

 で、その月刊コバルトを読んで初めて知ったのだが、橋本みつるは2年ばかり前から若木未生のバンド小説のシリーズのイラストを手がけていたらしい。若木未生といえば、今のコバルトの作家の中では売れっ子の部類に入る人であるから、この2年ばかりの間に橋本みつるの絵はいつのまにやら大量に印刷されて全国一千万の(笑)若木未生ファンの目に触れるようになっていたわけである(笑)。

 もっとも、その若木未生ファンの何人が橋本みつるのマンガを読んだことがあるかどうかは定かではないが……(笑)。と、いう訳で、今回のテーマはかなり前に予告していたけどきっと覚えてる人はいないに違いない(笑) “帰ってきた橋本みつる”ということで。

「ちっちゃいとさあ…。すぐ溢れちゃうのかなあ…」
「…何が?」
「感情。
 あいつら皆俺らよりちっちゃいじゃん」

 台詞は花とゆめプラネット増刊1995年11月15日号掲載の橋本みつるの最新作「誘惑について」より。


 以前とりあげたときは“年に1作しか書かないマンガ家(笑)”だった橋本みつる、実はこの2年ばかりは年に2作の短編マンガを発表している。加えて若木未生の挿絵、となかなか精力的に(笑)仕事をしているようではないか。

 とはいったものの、我ながらどうしてこうこの人のマンガから目を離せないのか、つい最近まで自分でもあまりよくわかっていなかった(笑)。

 以前、「橋本みつるの絵は下手だ」と書いたことがあったんだけど、これはデビュー間もない頃に関しては間違いなく真実だった(笑)。他のどんなマンガ家とも似ていない、落書きとも思える絵柄。そして普通のマンガの文法からちょっとはずれたコマ運びや表現。一言でいうならば、徹底的な“我流”。そしてその中で描かれる妙に生々しい感情。そのどれが欠けても、たぶん僕がこんな変な思い入れをすることにはならなかったんじゃないかと思う。

 この「誘惑について」の載った増刊の目玉商品(笑)は喜多尚江と山中音和だったんだけど、橋本みつるのようなマンガ家を発掘して育ててしまう「花とゆめ」という雑誌のセンスって、なんとなく先鋭的な感じのするマンガ家、という点ではこの二人を育てるのとたぶん同じセンスなんだよね。

 もし、仮に橋本みつるが喜多尚江や山中音和のような“一見してセンスのよさそうな絵柄”を身につけていたら、メジャーブレイクする可能性はあったのかもしれない。そんなことは絶対にないと確信してもいるんだけどね(笑)。

「こう。心の中にたまった音や言葉を線や色に変えてはき出していかないと、体の中がそれらでいっぱいになって、端から腐っていきそうになる。
 夢を叶えるとかそんな種類じゃないんだ。俺の絵は。
 正気を保つ為に続けてる」

 こちらはやはり花とゆめプラネット増刊、1995年8月15日号掲載の「太陽海岸」より。

 たぶん、橋本みつるには、自分が表現したいことがものすごく強烈にあって、それを絵と会話を使って表現せずにいられない。それがたまたま表現形としてマンガであるかのように見えているだけなのかもしれない。最近、そんな気がしてきた。

 そう思ってみると、誰とも似ていない絵柄や普通のマンガの文法からはずれた、それも意識的にはずしているのではなくて、自然体としてはずれた状態にある橋本みつるの作風というものが、ちょっとは理解できるような気がする。

 で、最近になって認識したんだけど、僕にとってマンガの中で橋本みつるが占めている位置と、映画の中で相米慎二が占めている位置が、かなり似ているようなのである。そのメディアの正統的な文法からちょっとはずれたでたらめぶりと、その中で描かれる痛いほど生々しい感情。

 デビュー当時は“ただの下手で妙なマンガ家”だった橋本みつるも、年を経るにつれて、絵柄・センスとも風に晒されでもしたかのように研ぎ澄まされてきた。感情の揺れをそのまま形にしたような不安定な描線と、とんでもないアングルの画面構成、錯綜したコマ割など。我流であるが故のオリジナルな世界を確立してしまった印象がある。

 だから、というのでもないけど、そろそろ単行本出ないかなあ(笑)。若木未生の人気の七光り(笑)とかでもいいんだけどなあ(笑)。


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