0.はじめに (98年11月7日 初版)
 “数値計算以前”といっても歴史の叙述を意味するのではありません。数値計算その
ものはコンピュータが登場する前にも盛んに行われていました。あまり目立たなかった
だけです。微分積分法を発見したのは、ニュートンとライプニッツですが、今日わたし
たちが高校で教わる lim (極限)の定義や微分公式はその発明当時から使われたので
はありません。約140年後の、19世紀に入ってからです。その間には、無限を数え
る、無限に小さい数、実数の連続性といった数学の基本概念の確立を待たなければなり
ませんでした。
 物理学を学んだ人の中には、ニュートンが書いた力学の著書『プリンキピア(自然哲
学の数学的原理)』の中で彼は微積分法ではなくユークリッド幾何学を使っていること
に、気付いた人もおられるでしょう。また、ライプニッツによる彼が発見した微積分に
ついての出版物は『解明というより謎なぞのようなもの』というヘンテコなタイトルが
ついています。 

 当時、無限小の量というものがよくわからなかった。そこで発達した計算法は無限級
数による計算です。膨大な数値計算が行われました。初等関数を無限級数で表現したり、
無理数の計算、複素数の計算などがなされました。また微分方程式のもっとも基本的な
数値解法であるオイラー法は1768年にオイラーが発見したものです。 
 未知の数学の世界を開拓するのに、数値計算は古くから使われていました。そして1
9世紀になって、今日高校で習う微分法の lim(リミット)の定義は1821年にコー
シーが与えます。またより厳密なε-δ法の定式化はワイエルシュトラスによって与えら
れます。 

 コンピュータの時代になって、数値計算の状況は一変しました。コンピュータは計算
能力を持った装置で、人の何億倍のスピードで論理的判断を行います。数値計算が開拓
する未知の世界も広がり、数値計算法(プログラミングの方法)そのものも表の舞台に
登場するようになりました。さらに、近年特にめざましいことは、コンピュータ・プロ
グラミングの表現能力が豊かになってきたことです。最近のプログラミングのテキスト
では、しばしば「実世界をプログラミングする」という表現を目にします。プログラミ
ングの対象が、数値計算だけではなく実世界そのものを表すようになってきています。
その1つの方法論がたとえば、オブジェクト指向プログラミングという方法論です。 
 しかし、コンピュータが扱う計算は、数学での計算をそのまま扱うのではありません。 
数値を有限の桁の数として扱います。コンピュータが扱う世界は、実世界、数学や科学
の世界をモデル化したものです。まずは、数学や科学で扱う基本的な量の概念が、どの
ようにプログラミングで表現できるかをみてゆきます。 



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