Hide美人画研究所



サンドロ・ボッティチェリ1445−1510イタリア

<異教の神々>

bottice7.jpg「ヴィーナスの誕生」1485ウフィッツィ美術館蔵 bottice8.jpg部分



- これは有名な絵ですね。ボッティチェリですね、所長。

* そう、ボッティチェリとは「ぶどう酒樽」という意味のあだ名であり、本名はアレッサンドロ・ディ・マリアーノ・フィリペーピという。これは彼の姿に対して付けられたあだ名であると考えるのが妥当だろう。日本風にいえば「酒樽のん兵衛」ってなもんかな。あまりかっこいいあだ名とはいえないねえ。

- しかし彼の描くこのヴィーナスはなんと美しく清らかなことでしょうか。

* まったく同感だ。はっきりとした美しい輪郭の中に浮かび上がる生気あふるる色彩、遠くを見つめるまなざし、潮風になびく髪。どこをとってもすばらしい。

- 教会のオーダーで描いたってわけではなさそうですね。

* はっはっ当然。ギリシャ神話の神だから、キリスト教にとっては異教だよ。この絵がキリストの磔刑図といっしょに祭壇にかざられてたらキリストは泣いちゃうよ。
 「ヴィーナスの誕生
」はパトロン、ロレンツォ・ディ・ピエロフランチェスコ・デ・メディチ(当時22才)のために製作されたと考えられているんだ。ボッティチェリ40歳ころの作品だ。ヴィーナスのギリシャ名はアプロディーテといい「泡から生まれた」という意味がある。その昔、神ウラノスと息子のクロノスが覇権争いをして、息子のクロノスがウラノスの睾丸を切り落とした。この睾丸が海に落ちたときに発生した泡から生まれ出たのが彼女だという伝説にもとづいてこの名がある。この絵はその瞬間を描写したものといえるだろうね。ちなみにウラノスは有名な神ゼウスの祖父にあたる神だ。

- 切られた睾丸から・・おもしろいというか痛そうというか、なんというか・・睾丸は描かれてないんですか?

* いい質問だ。じつはここ、貝殻の左うしろの・・

- えっ、どこですか!海水しか見えませんが・・

* ・・の、海の底に沈んでるんじゃないかなあと私は想像している。

- ・・所長・・

* ははっ・・ところでギリシャ神話は裸婦を描く格好の題材となったんだ。この作品はルネッサンスの潮流の中、初の裸婦図だ。重心を片足にかけたクネクネポーズ、つまりフィグーラ・セルペンティナータ(蛇状像)に8頭身にも及ぶプロポーション等、典型的であり且つ革新的美人像といえるね。ギリシャの彫刻家ポリュクレイトスとかプラクシテレスの作品なんかが発想の源になっているのではないかね。このへんがルネサンスが古代の再生といわれる理由かな。いずれにせよすばらしい。

- 厳格な教会の祭壇画じゃなくて、趣味人、教養人の密やかな楽しみのための画なんですね。

* うむ。そのためヴィーナスは美と愛と官能性を見るものに与えなければならない。しかもパトロンのロレンツォの目にかなわなければならない。そのころメディチ家のまわりでは異教的色彩を持ったプラトン主義が人文主義としてはやっていたんだが、異教の神としての彼女は流行にぴったりの題材だっただろう。
しかし彼のこういう絵はめずらしい部類にはいる。特に晩年はあの有名な修道師サヴォナローラの影響からか、精神的な宗教絵画を多く作成している。

- あの絵画とか贅沢品とかを神に背くとして焼き払ったというサヴォナローラですか。

* うむ。そのころにはレオナルド・ダビンチも有名だったし、ミケランジェロも活躍を始めて注目されていたので、ボッティチェリはもはや古臭く思われていて、彼自身、新しいことをやる気がうせてたのかもしれない。晩年の作品の「神秘の降誕」をみると、手前の天使と奥の天使の大きさが同じになってたりして遠近法を無視している。中世に逆戻りしているようだよ。

- 遠近法は好きじゃないから私はかまわないですよ。

* そういうもんかね・・!?


HOMEヘ 西洋インデックスへ

Hide美人画研究所