神奈川月記9811

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本屋をぐるっと回ってヒレカツ定食を食って珍しくCDを買って電車に乗り込むまでは何ともなかったのだ。ドア脇に立って文庫本を読んでいると何だか左脇腹が引きつれたように痛くなり始めた。
いててて,変な所が痛いなあ,筋肉痛かな。大腸はこんな上まで来てたっけ。
内臓が痛いような感じではなかった。あまり馴染みのない痛みである。だんだん激してきて揺れる車輌に立ってヴァランスを取るのがつらくなり,空きを見つけてシートに座る。肋骨の最下段・肋間筋より内側だ。キリキリとかズキズキとか言う前にひたすら痛い。
じっと座っていられなくて体を捻ったり中腰になったり絶えず姿勢を変える。貧血的な気分の悪さはなく,便意もない。やっぱりおれの痛みDBに載ってないタイプだぞ。
やっと駅に着いて歩き始めるが,ちょっと屈み気味になる。大きな動作の変化は痛みを一瞬わすれられる。
家に帰っていてていててと言いながら着替え,取り敢えず守護神正露丸を飲み,トイレにしゃがむ。空である。腸方面・下痢関係ではないなあ。む,水を流す直前にちらっと見えた小便の筋が。
腹痛には風呂が効く。正露丸が効き始めるまでのタイムラグは風呂で暖めることで首尾よく埋まることが多い。水圧を感じるのは不調の証左だ。純粋な痛みの塊が左脇腹にテレポウトしてきたかのように──デーモン族やがな──存在をアピールしている。
明日は休んで病院に行ったほうが良いなあここって膵臓だっけなあやばいなあ下血があったら改元だなあなどと悪い想像が働くようになった。
何だか凄ーく痛い。眠ったら痛みを感じなくて済むぞと現実逃避モウドに入った。まだ21時だけど寝ちゃえ。トイレに行って小便をすると,あーっ,真っ赤ではないかっ。け・血尿にゃん

ひとり言で噛んでしまうくらいびっくりし,絶望ゲイジががんと上がった。あかんがなあかんがな,おれの腎臓破裂しとるがな。わー,ひと晩もつかなあ。死にはしないだろうが病院で,夕べの内なら治ったのにかなんか言われたら厭だなあ。
痛くてとても入眠できない。寝返りをひっきりなしに打ち,それでも寝そべっているのがつらくなって起き上がり,いろんな恰好をしてみたが痛みが紛れない。降参して甘木に電話を掛けた。クルマで病院に運んでもらおうと思ったのだ。もし甘木が居なければ救急車を呼ぼう。

幸い連絡が付いて甘木が来てくれる。
到着までにおれの行き着けの病院(変な言い方だが真菌症で入院し今も月一に通う所)に電話をしてみる。腹が痛くて血尿だ・堪えられん・今から行くぞと言うとあーだこーだ言い訳をして暗に来るなと言っている。その管理局員がこちらの緊迫度を屁とも感じてないヒトゴト口調であって,おれは痛みの外に怒りをも抑えねばならなくなった。しかも当直医師に回すからその指示に従えとタライ廻しモウドである。そしてまたそいつが出てこないのだ。能天気なお待たせメロが流れ続け,ひょっとしておれが切るのを待っているだけで当直なんか呼んでいないのかと思わせた。
ぶち切って甘木の知っている救急病院へ連れて行ってもらう。いてていててと声に出しているとほんのちょっと楽になる気がして車中もずっといてていててといっている。意識は明瞭で痛みだけが増大して行く。
22時過ぎに病院に着いた。夜間救急受付を持っている総合病院である。予め電話を入れておいたのでスムースに──おれはもう直立できないで上半身を80度折った屈み歩きだが──救急病室へ。先客がふたり居る。
検尿を採ると,アッサム茶より濃い血尿だ。その異質さにおれはのけぞり,この時ばかりは体が伸びた。年配の看護婦さんが感心して若い後輩に,これが血尿というものだとばかりに見せている。
おれを寝台に座らせて,こうすると痛い?と言いつつ看護婦さんが拳固でおれの背中(腰の上)を軽く叩く。背骨の上と右側は何ともないが,左を打たれたらドゴンと衝撃が来る。がおうと吠えると点滴が始まった。当直医が診る前に痛み止めだけ始めるよう図ってくれたのだ。
いちおう腹部レントゲンを撮ってみることになり,車椅子に乗せてもらって階上のレントゲン室へ移動する。点滴は接続されたままである。1階から2階へエレヴェイタで向かう僅かな間におれはクルマ酔いになり,即席のげろ袋を貰って吐いてしまった。

結石当直の先生はおれの様子と尿と触診とで即決である。「尿管結石で決まりでしょうね」
あっ。目から鱗が落ちてそれが腑に落ちた。そうか,そういうのありましたねえ。おれ完全に意識になかった。おれが罹るかもしれない病気カタログに入ってなかったぞ。
正体がはっきりして気が楽になる。先程のレントゲンができてきたが,石は写っていなかったようだ。とにかく水をたくさん飲んで自然排泄に賭けると決まった。入院だの手術だのには発展しそうもない。
24時半に点滴が終了するまでにもう一度すごいビッグ_ウェイヴがあって,それを過ごすと痛みはだいぶ収まった。数分間うたた寝をしたようだ。
25時を廻って帰宅が許され,仮の会計を済ませて当座の内服薬と痛み止めの座薬を貰い,病院を辞す。甘木はクルマで仮眠を摂りつつ待っていてくれたのでまたウチまで送ってもらった。何かおれ厚意を受けっぱなしで申し訳ないぞ。


明けて24時間は何ともなかったが,出勤前朝6時からまたぞろ痛くなってきた。ただ痛いことは痛いがちょっと様子が違う。間歇な感じがあるし,小便は普通である。赤くない。病院に行くか会社に行くかは電車に乗ってから決めることにした。乗換駅から右に行けば病院(救急で飛び込んだとこ)・左が会社方面だ。
右に向かった。
つつつつつつと言いながら泌尿器科に行けば9時というのに鈴なりだ。いたいけな女子中学生まで居る。排出つながりか隣は産婦人科であって待合室が共用である。遠慮なく妊婦が椅子を埋めており,あっまさかあの中学生は。

気の遠くなるほど待っている間に,何てこったい痛みが薄れてきたではないか。検尿をまた採ったがちっと濃いくらいで異状は見えない。
痛みが去って何しに来たか判らなくなってから呼ばれた。しかし先夜のカルテはあるしさっきの尿も立派な血尿だそうで,まだ体内に石が残っていると思われる。超音波で探すことになった。超音波を結石にぶつけて破砕する話をよく聞くけれど,ここではまだ探すだけである。
ギャオスの都合で探査は1週間以上あとになる。この予約と再度レントゲンを撮るので──おれ今年とりすぎである──今日はおしまい。

これでケイス_スタディがふたつになった。痛みを堪えきれなかったのと結果的に堪えたのと。
見極めの要はやはり血尿だろうな。見た目に赤ければアウトと考えれば良い,のかしらん。

1998年12月6日(文中は1998年11月)


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デーモン族
 永井豪の最高傑作『デビルマン』の主人公。デーモン族の最初の攻撃は,酸欠やクスリや瞑想で恍惚(理性の飛んだ)状態になった人間の体にテレポウトして侵入し乗っ取ることだったのね。でも人間のほうが侵入者を凌駕する自我を持っていたなら逆にデーモンの意識を潰してその能力を獲得できた。それがデビルマン。だからデビルマンはひとりじゃなくて,割とたくさん居る。

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内服薬と痛み止めの座薬
 内服薬はブスコパンという,腸の蠕動を抑制する薬である。尿管結石でなぜ鎮痙剤なのかまったく謎である。痛み止めのほうはボルタレン_サポなる座薬。でもおれ自分で座薬いれたことないんよね。もし痛くなったらあなた挿しに来てくれるか。

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隣は産婦人科であって待合室が共用
 どうでも良いけどおれ,付き添いですかなどと2度はなし掛けられたぞ。そんなに孕ませ顔をしてるのだろうか。

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ギャオス
 超音波を口から発して戦闘機もガメラもめった斬りする松竹怪獣。周波数は300万Hz! 音圧は?

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written by nii. n
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