Jaguar、XServe

2002.06.01


●盛りだくさんだった5月

5月は、アップルの発表は盛りだくさんだった。

WWDC(World Wide Developers' Conference)における次期Mac OS Xのプレビュー、これはコードネーム "Jaguar"。しかも、コードネームの段階でプレスリリース。

続いて、ラックマウント・サーバマシンであるXServeの発表。ほぼ同時に人気商品であるiBookの、より高速なモデルの発表。4月末のPowerBook G4の高速化(液晶も向上した)も含めると、立て続けにものすごい数の製品ラインの向上である。

もちろん、PowerBook G4、iBookの高速化は望まれていたことであり、iMac(TFT) 800MHzモデルが登場した以上、ポータブル・ラインナップの置き換えは必至だった。

それより大きいことは、XServeの発表だ。 ユーザライセンス数に制限のないMac OS X Serverが付属するこのマシンは、従来のアップルの出すサーバマシンが、デスクトップマシンを少しカスタマイズした程度のものに比べて、大きく踏み込んだ改良を行っている。


●XServeの意味は想像以上に大きい

XServeはサーバマシンであり、ラックマウント製品として電子楽器などと一緒に置くことができないほど大きい(奥行き71cmであり、鍵盤のない音源タイプ・シンセサイザーよりはるかに大きい)。こういうマシンは、基本的に空調を24時間止めず、マシンももちろん連日運転していて、電源施設を持っているコンピュータ・ルームに導入する。大型汎用機やサーバ・ルームの大型UNIXマシンのためのソフトウェア開発に携わった人なら知っているが、ファンはうるさいし、部屋から出ると耳が「ぼわ〜〜ん」と鳴ることさえある。昔、汎用機のためだった場所なら、火事になるとフロンガスが発射されて「人命より鎮火」という設備もあったりするような場所もある。

こういう設備を、インターネット・サービス・プロヴァイダ(いわゆる通信のプロヴァイダのこと)や、企業の情報通信システムは持っている。だからこそ、高速で安定した通信が行える。XServeが入っていくのは、こういう市場である。

一見すると「Macがこんなとこに入っていくなんてすごい」と思う人もいるかもしれんが、話はそう簡単でない。365日止めないマシンとOSを使い、素人向けGUIよりもプロ向け高速ツールを要求され、トラブル対策も万全を要求される。良いマシン、良いOSというだけではなく、マシン構成やネットワーク構成をチューニングしやすく、自動化された良いツールが揃っていて初めて、実用になる。こういう市場では、UNIX(Linuxをも嫌ってBSD系を選ぶ人もいる)と、高いディスクアレイシステムと、ユーザやネットワークを管理するためのフリーウェアが主流である。今ではWindowsNT系列のサーバマシンが、この市場へ入り込もうとしている。

この市場は、はっきりとコンピュータのプロ達の世界である。だから、単に安いサーバマシンだけではなく、ディスクも交換しやすく、バスに挿すカードも選べれば、ポート類の扱いも楽な、まったく新しいマシンになった。やっとDDR SDRAMを採用したし、クラスタリングについても考えられている。また、週7日、24時間サポートも用意されている。

この市場で評価を上げることが出来れば、それは非常に大きな信頼を得ることになる。実に大きな意味を持った製品投入である。2月のMacWorldExpo Tokyoに隠れていたメッセージは「きちんと使いこなそう、我々はプロフェッショナルやセミプロのためのサービスを打ち出すよ」だったが、それは開発者会議に向けて盛り上げていたのだったのだと気づく。

問題は、従来のMac OSのイメージを前提にしてしまうと、「Mac OS Xにそんなことが出来るのだろうか?」という疑問が湧いてしまうことである。


●Mac OS XはUNIXベース

Mac OS XはUNIXベース、と言っても、それほど大きな期待はされていないのが現状ではないだろうか。

ただ、私がExpo開幕中の技術ブリーフィングで見聞きしたこと、さらに自分でX-Windowシステムを入れて動かしてみた経験などから言って、アップルは本気である。

Mac OS Xは、国際化の部分こそやや遅れているが、素直なBSD系OSを核に持っている。このうえに、独自の画面描画層やユーザインタフェースを構築しているだけで、本当に素直なのだ。だから、既存のツールのコンパイルなどで大きな困難はあまりない。

また、アップルの開発陣は、従来のMac OSとの互換性を保つためのCarbon APIから、Cocoa APIへの乗り換えを推奨している。これも、素のUNIX系に移行していくことを考えているように思える。従来のコマンドラインをGUIでくるむことも出来るし、それがいやならコマンドラインのままで(本体もリモートマシンも)制御することも出来る。Classic環境を切り捨てれば、ファイルシステムをUNIXフォーマットにすることも出来る。数の少ない腕利きのエンジニアが、コマンドラインをGUIでくるんで使いやすくすることで、社内の管理者を増やしやすくする、といった使い方もあるだろう。

Mac OS Xの力を引き出すためにこそ、サーバとしてよいマシンを作る。さらに、UNIXベースとしての地位をきちんと築く。ユーザは、そんなことを意識しなくても、GUIにより扱いやすいアプリケーション世界に触れる。そういうことを可能にした、スケーラブルな方向に、Mac OS Xは行こうとしている。

実際、開発者のための資料は、JavaやWebObjectsのようなサーバ系(エンタープライズ系と呼び変えてもいい)の環境から、ネットワーク管理、一般ユーザ向け情報など、従来のアップルでは考えられないほど多くの情報を含むようになってきている。しかも、わけのわからない乱発は少なく、筋を通しながら必要な情報を出していこうという姿勢はうかがえる(実際にそうなっているかは別にしても)。

これは本気なんだ、とはっきり思えるのだ。


●Jaguar

だからこそ、次期Mac OS Xは重要だ。WWDCのデモで示した内容では、ユーザインタフェースの改良よりも、RandevouzのようなIPベースの技術を標準に育てようという意向が重要に思える。サーバとの連携もあるだろうが、それ以上に「市場標準を採用するだけでなく、市場標準を作る」方向は、やっと今年に入ってから出てきた。標準に追いつくフェーズは終了した、ということなのだと思う。

他に、手書き認識エンジンなどが紹介されていたが、これはタブレット型マシンへの移行なども想定している可能性がある。サーバ向けだけなく、こういう市場への視線もにじんでいるのが面白いところだ。(この件は、別項で個人的希望を書いておく。)

あそこに出てきた技術で、他社に実現できないものはほとんどないだろう。だが、パッケージングの仕方、技術の組み合わせ方は非常にアップルらしい。使わないと実感しにくいのだが、アップル・テイストとでもいうべきアウラを持っているソフトウェアが多いこの会社だから、どんな完成度を示すか、楽しみだ。

たぶん、アップルはもう個人デスクトップ市場での1位はとれない。だからと言ってサーバでも簡単に1位をとることも難しいだろう。ただ、高級・高品質のブランドを維持するために、サーバ市場でプロに認めさせる方向を示しながらも、本気で活用したい人々によい個人向け製品を提示し、それを筋が通った1本のOSでまとめ上げていく、という提示は、現在のところ乱れていない。頑張っていただきたいものだ。

私のPowerBook G3(FireWire)では、JaguarのQuartz Extreme(画面描画をハードウェア・アクセラレーションにかける)が適用されないのが残念だけどね。


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