下野国の人。火長(兵士の小集団の長)。天平勝宝七歳(755)二月、防人として筑紫に派遣される。
今日よりは顧みなくて大君の醜の御楯と出で立つ我は(万20-4373)
【通釈】今日からはもはや後ろを振り返ることなく、屈強な御楯として難波を出航して行くのだ、我らは。
【語釈】◇醜の御楯 「醜は謙下してみづから身を罵(ノル)詞なり」(代匠記)。但し「しこ」には「頑強・頑丈」といった意味もある。
更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成15年03月21日
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