北条氏照 ほうじょううじてる 天文九〜天正十八(1540-1590)

氏康の次男。氏政の弟。氏輝とも。
武蔵国八王子城に住み、下野国の榎本・小山、下総国の古河・栗橋の諸城をも支配する。永禄十二年(1569)、武田信玄の来襲を防ぐ。天正十八年(1590)、豊臣秀吉の小田原征伐の際、小田原に籠城して竹浦口を守るが、ついに降伏し開城するに至り、秀吉の命により兄氏政とともに城下の田村安斎宅で自刃させられた。

 

天地(あめつち)の清きなかより生れ来てもとのすみかに帰るべらなり(太閤記)

【通釈】人は、天地の清らかな中から生まれて来て、再びもとの住み処に帰るものだそうな。

【補記】小瀬甫庵著『太閤記』巻十二より、甥氏直の助命と引き換えに自刃した際の辞世歌。『関八州古戦録』には「吹きと吹く風な恨みそ春の花もみぢの残る秋あらばこそ」の辞世も残る。


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成15年03月21日