常陸国香島郡寒田の神男(かみのおとこ)。常陸国風土記に歌一首を伝える。
いやぜるの
【通釈】安是の小松を手に取って、それに木綿をかけ垂らして舞う女の子。その木綿を僕の方へ振っているのが見えるよ、安是のあの子が舞いながら。
【補記】常陸国風土記より。香島郡の軽野の南に童子女(うない)の松原がある。昔、うない髪(結い上げずに垂らした髪)の若い男女がいて、共に神に仕えていた。男の方を那賀の寒田の郎子(いらつこ)、女の方を海上の安是の嬢子(いらつめ)といった。共に容貌うるわしく、村里に輝く程だった。お互いその評判を聞いて、逢いたさに耐え切れない思いで過ごすうち、ある日、歌垣の集いでたまたま出遇うことが出来た。そこで郎子が歌ったのが上の歌である。
嬢子はこれに応えて、
潮(うしを)には 立たむと言へど 汝夫(なせ)の子が
八十島隠り 吾を見さ走り
(口訳:潮の寄せる浜辺に立つように、じっと立っていようと言ったけれど、あなたは大勢の人の間に隠れている私を見つけて、我慢できずに駆け寄ってくる。)
二人は歌垣の場を逃れ、松の下に隠れて、手に手を取り、膝を並べた。玉の露は梢に宿り、秋風が吹き、月は煌々と照って、遥かな海から波の音が聞こえた。二人は夜の明けるのも忘れて恋を語り合った。やがて鶏が鳴き、犬が吠え、空が明るくなった。少年と少女はなすすべを知らず、人に見られることを恥じて、松の木に化(な)ってしまった。郎子を奈美松(「な見」で「見るな」の意)、嬢子を古津松(「子を待つ松」の意かという)と呼んで、今に伝えているのである。(常陸国風土記より)
更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成15年03月21日