物部秋持 もののべのあきもち 生没年未詳

遠江国長下(ながのしも)郡の人。国造の丁(よほろ。人夫)。天平勝宝七歳(755)二月、防人として筑紫に派遣される。なお物部は物部連氏に管轄された軍事的部民。

天平勝宝七歳乙未(きのとひつじ)の二月、相替りて筑紫に遣はさゆる諸国の防人等(さきもりら)の歌

(かしこ)きや(みこと)(かがふ)り明日ゆりや(かえ)(むた)寝む(いむ)無しにして(万20-4321)

【通釈】畏れ多いご命令を承って、明日からは、草と一緒に寝ることになるのだろうか。いとしい妻もなしに。

【補記】「ゆり」「かえ」「いむ」はそれぞれ「より」「かや」「いも」の訛り。なお、左注に「右一首国造丁長下郡物部秋持」とある。以下、防人歌には同一の題詞が掛かり、左注も同一形式なので、題詞・左注を省略する。


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成15年03月21日