異種百人一首 新撰 小倉百人一首

塚本邦雄 新撰 小倉百人一首
塚本邦雄著『新撰 小倉百人一首』

【概要】

小倉百人一首の歌人はそのまま、歌だけ選び替えたもの。二条院讃岐以外は代表歌と呼べず、式子・定家等数首を除けば「一切凡作」と定家の撰歌態度を厳しく批判する歌人塚本邦雄氏が、各歌人の「これこそかけがへのない一首」と思う作を選んで評を付した、新撰百人一首であり、また古典評論でもあります。但し百人一首入撰歌以外には作が伝わらない安倍仲麿と陽成院は当然選び替えることができず、定家撰のままになっています。

なお、同氏の著『王朝百首』『珠玉百歌仙』に掲げた歌との重複は避けたとのこと。

【例言】

本テキストは、文藝春秋刊『塚本邦雄 新撰 小倉百人一首』一九八〇年十一月二十日第一刷の目次ページをもとに作成しました。

仮名遣・用字・ルビなど、できる限り底本のままを再現しようと努めましたが、JIS第二水準までに含まれない漢字は、通用字で以て代用している場合があります。また、Internet Explorer5.0以上のブラウザでないとルビはルビとして表示されません。

歌の頭に半角アラビア数字によって通し番号を付しました。


塚本邦雄 新撰  小倉百人一首 (一九八〇年八月七日立秋改撰)

1 朝倉や木の丸殿にわがをればなのりをしつつ行くはたが子ぞ 天智天皇
2 北山にたなびく雲の青雲の星(さか)りゆき月を(さか)りて持統天皇
3 もののふの八十氏河(やそうぢがは)網代木(あじろき)にいさよふ波の行く()知らずも柿本人麿
4 春の野に菫()みにと來しわれぞ野をなつかしみ一夜(ひとよ)ねにける山邊赤人
5 あひ見ねば戀こそまされ水無瀬川(みなせがは)何に深めて思ひそめけむ猿丸大夫
6 うらうらに照れる春日に雲雀(ひばり)あがりこころ悲しも(ひとり)し念へば中納言家持
7 あまのはらふりさけみれば春日(かすが)なる三笠の山にいでし月かも *安倍仲麿
8 ()の間より見ゆるは谷の螢かもいさりにあまの海へゆくかも喜撰法師
9はかなしやわが身のはてよ淺獄邊にたなびく霞と思へば小野小町
10世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋もはてしなければ蝉丸
11數ならばかからましやは世の中にいと悲しきはしづのをだまき參議篁
12末の露もとのしづくや世の中のおくれさきだつためしなるらむ僧正遍昭
13 筑波嶺(つくばね)のみねより落つるみなの川戀ぞつもりて淵となりける *陽成院
14 今日櫻しづくにわが身いざ濡れむ()ごめに誘ふ風の來ぬ間に河原左大臣
15 君がせぬわが手枕(たまくら)は草なれや涙の露の夜な夜なぞおく光孝天皇
16 わくらばにとふ人あらば須磨の浦に藻鹽(もしほ)たれつつわぶと答へよ中納言行平
17 狩りくらし七夕(たなばた)()に宿借らむ天の河原にわれは來にけり在原業平朝臣
18わが戀の數をかぞへば天の原曇りふたがりふる雨のごと藤原敏行朝臣
19沖つ藻を取らでややまむほのぼのと舟出しことも何によりてぞ伊勢
20 天雲(あまぐも)のはるばる見ゆる嶺よりも高くぞ君をおもひそめてし元良親王
21もみぢ葉の流れてとまる湊にはくれなゐ深き波や立つらむ素性法師
22草深き霞の谷にかげかくし照る日のくれし今日にやはあらぬ文屋康秀
23照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき大江千里
24 草葉には玉と見えつつ侘人(わびびと)の袖のなみだの秋のしらつゆ菅家
25かぎりなき名におふ藤の花なればそこひも知らぬ色の深さか三條右大臣
26春の夜の夢のうちにも思ひきや君なき宿をゆきて見むとは貞信公
27 來ぬ人を待つ秋風の寢覺(ねざめ)にはわれさへあやな旅ごこちする中納言兼輔
28あづまぢのさやの中山なかなかにあひ見てのちぞわびしかりける源宗于朝臣
29春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる凡河内躬恆
30春はなほわれにて知りぬ花盛りこころのどけき人はあらじな壬生忠岑
31水底に沈める花の影見れば春は深くもなりにけるかな坂上是則
32 昨日といひ今日と暮して飛鳥川(あすかがは)流れて早き月日なりけり春道列樹
33君ならでたれにか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る  紀友則
34夏の月光をしまず照るときは流るる水にかげろふぞたつ  藤原興風
35 花鳥(はなとり)もみなゆきかひてぬばたまの夜の間に今日の夏は來にけり紀貫之
36滿つ潮のながれひる間を逢ひがたみみるめの浦に夜をこそ待て清原深養父
37波わけて見るよしもがなわたつみの底のみるめももみぢ散るやと 文屋朝康
38おほかたの秋の空だに侘しきにものおもひそふる君にもあるかな右近
39かげろふに見しばかりにやはまちどり行方も知らぬ戀にまどはむ  參議等
40天の河かはべの霧の中分けてほのかに見えし月の戀しさ   平兼盛
41 渡れどもぬるとはなしにわが見つる夢前川(ゆめさきがは)を誰にかたらむ  壬生忠見
42春は惜しほととぎすまた聞かまほし思ひわづらふしづこころかな 清原元輔
43いつとなくしづ心なきわが戀のさみだれにしも亂れそむらむ 權中納言敦忠
44 人づてに知らせてしがなかくれ()水籠(みごも)りにのみ戀ひや渡らむ中納言朝忠
45 風早き響きの(なだ)の船よりも生きがたかりしほどは聞ききや 謙徳公
46 (いも)とわれねやの風戸(かざと)晝寢(ひるね)して日高(ひだか)き夏のかげを(すぐ)さむ 曾根好忠
47 百千鳥(ももちどり)聲のかぎりは鳴きふりぬまだおとづれぬものは君のみ惠慶法師
48 夏刈(なつかり)玉江(たまえ)の蘆を踏みしだき群れゐる鳥のたつそらぞなき源重之
49花散らば起きつつも見むつねよりもさやけく照らせ春の夜の月大中臣能宣朝臣
50 露くだる星合(ほしあひ)の空をながめつついかで今年の秋を暮さむ藤原義孝
51桂川かざしの花の影見えし昨日のふちぞ今日は戀しき藤原實方朝臣
52 近江にかありといふなる三稜草(みくり)生ふる人くるしめの筑摩江の沼藤原道信朝臣
53春の野につくるおもひのあまたあればいづれを君が燃ゆるとか見む右大將道綱母
54ひとりぬる人や知るらむ秋の夜をながしと誰か君に告げつる儀同三司母
55 秋深き(みぎは)の菊のうつろへば波の花さへ色まさりけり大納言公任
56秋吹くはいかなる色の風なれば身にしむばかりあはれなるらむ和泉式部
57おぼつかなそれかあらぬか明暗(あけぐれ)のそらおぼれする朝顔の花紫式部
58はるかなるもろこしまでも行くものは秋の寢覺(ねざめ)の心なりけり大貳三位
59有明の月は袂に流れつつかなしき頃の蟲の聲かな 赤染衞門
60春の來ぬところはなきを白川のわたりにのみや花は咲くらむ小式部内侍
61おきあかし見つつながむる萩の上の露吹き亂る秋の夜の風 伊勢大輔
62花もみな(しげ)き梢になりにけりなどかわが身のなる方もなき清少納言
63榊葉(さかきば)木綿(ゆふ)しでかげのそのかみにおしかへしてもわたる頃かな左京大夫道雅
64梢には殘りもあらじ神無月(かみなづき)なべて降りつる夜半(よは)のくれなゐ權中納言定頼
65 わが袖を秋の草葉にくらべばやいづれか露のおきはまさると相模
66 ()()洩るかたわれ月のほのかにも誰かわが身を思ひいづべき前大僧正行尊
67 朝な朝な折れば露にぞそぼちぬる戀の袖とや磐余野(いはれの)の萩周防内侍
68あしひきの山のあなたに住む人は待たでや秋の月を見るらむ三條院
69 山里の春の夕暮來てみれば入相(いりあひ)の鐘に花ぞ散りける   能因法師
70 五月闇(さつきやみ)はなたちばなに吹く風は()が里までか匂ひゆくらむ良暹法師
71 雲拂ふ比良(ひら)の嵐に月冱えて冰かさぬる眞野(まの)の浦波大納言經信
72 袖の上の露けかりつる今宵(こよひ)かなこれや秋立つはじめなるらむ祐子内親王家紀伊
73 こほりゐし志賀の唐崎(からさき)うちとけてさざなみよする春風ぞ吹く中納言匡房
74何となくものぞかなしき菅原や伏見の里の秋の夕暮源俊ョ朝臣
75 高圓(たかまど)野路(のぢ)の篠原すゑさわぎそそやこがらし今日吹きぬなり藤原基俊
76 思ひかねそなたの空をながむればただ山の()にかかる白雲法性寺入道前關白太政大臣
77花は根に鳥は古巣にかへるなり春のとまりを知る人ぞなき崇徳院
78 夕霧に梢も見えず初瀬山(はつせやま)入相(いりあひ)の鐘の音ばかりして源兼昌
79聲高しすこしたちのけきりぎりすさこそは草の枕なりとも左京大夫顕輔
80 たなばたの逢瀬(あふせ)絶えせぬ天の川いかなる秋か渡りそめけむ待賢門院堀河
81なごの海の霞のまよりながむれば入日をあらふ沖つ白波後徳大寺左大臣
82くれなゐに涙の色のなりゆくをいくしほまでと君に問はばや道因法師
83 またや見む交野(かたの)御野(みの)の櫻狩花の雪散る春のあけぼの 皇太后宮大夫俊成
84 夢のうちに五十(いそぢ)の春は過ぎにけり今ゆくすゑは宵のいなづま藤原清輔朝臣
85 わが戀は今をかぎりと夕まぐれ(をぎ)吹く風のおとづれてゆく俊惠法師
86年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけりさやの中山西行法師
87思ひ立つ鳥は古巣もたのむらむ馴れぬる花のあとの夕暮寂蓮法師
88 くれなゐにかたしく袖はなりにけり涙や夜はの時雨(しぐれ)なるらむ皇嘉門院別當
89かへりこぬ昔を今とおもひ寢の夢の枕に匂ふたちばな式子内親王
90 花もまた別れむ春は(おも)(いで)よ咲き散るたびの心盡しを殷富門院大輔
91幾夜われ波にしをれて貴船川袖に玉散るもの思ふらむ後京極攝政前太政大臣
92夢にだに人を見よとやうたた寢の袖吹きかへす秋の夕風二條院讃岐
93 來む年もたのめぬ(うは)の空にだに秋風吹けば雁は來にけり鎌倉右大臣
94草枕むすびさだめむ方知らずならはぬ野邊の夢のかよひ路參議雅經
95戀ひそめし心はいつぞいそのかみ都のおくの夕暮の空前大僧正慈圓
96つくづくと思ひ明石の浦千鳥波の枕になくなくぞ聞く入道前太政大臣
97 見渡せば花も紅葉(もみぢ)もなかりけり浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮權中納言定家
98明けばまた越ゆべき山の峰なれや空行く月の末の白雲従二位家隆
99 み吉野の高嶺(たかね)の櫻散りにけり嵐も白き春の曙後鳥羽院
100おきまよふ暁の露の袖の上を濡れながら吹く秋の山風順徳院

*印は定家撰と同一作品。


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最終更新日:平成16年1月29日 thanks!