小倉百人一首 土地による分類

奈良
いにしへの奈良の都の…
ゆかりの土地によって、百人一首の歌を分類してみた。たとえ地名が詠み込まれていなくても、特定の土地や場所を詠んでいることが明らかだったり(公任の55番歌など)、歌が詠まれた場所が一首の鑑賞と切り離しては考えられなかったり(三条院の68番歌など)する場合も、分類にあてはめている。各地名は「歌枕紀行」の当該頁にリンクする予定。

【もくじ】
◆畿 内 30首 山城国 大和国 摂津国
◆東海道 8首 近江国 駿河国 常陸国
◆東山道 3首 陸奥国
◆南海道 3首 淡路国 紀伊国
◆山陽道 1首 播磨国
◆山陰道 4首 丹波国 丹後国 因幡国 隠岐国

【メモ】
ほぼ半数が固有の土地とふかく関わりのある歌である。この点は恋歌の多さと共に、百人一首の特色をなすと言ってよいのではないだろうか。たとえば公任撰の『三十六人撰』で地名が詠み込まれている歌は150首中31首(約20%)にすぎない。同じ定家撰の『近代秀歌』(自筆本)例歌でも、83首中34首(約40%)が該当する程度である。
下に挙げたほかにも、たとえば、
 092 わか袖はしほひに見えぬおきの石の 人こそしらねかはくまもなし
の「おきの石」はどこかの名高い離れ岩を詠んでいるかとも思われるし、
 096 花さそふあらしの庭の雪ならて ふり行ものはわか身成けり
の「庭」は北山の西園寺の豪奢な庭園を連想させ、
 093 世中は常にもかもな渚こく 海人のをふねの綱手かなしも
の風景は、鎌倉の海辺を詠んだものかもしれない。また、
 028 山里は冬そさひしさ増りける 人めも草もかれぬとおもへは
などの「さと」に佐渡(順徳院の配流地)が、
 076 和田の原こき出てみれは久方の 雲井にまかふおきつしら波
などの「おき」に隠岐(後鳥羽院の配流地)が隠されている、とする説(織田正吉氏・西川芳治氏)もある。この種のものを加えれば、さらに多くなるだろう。


畿内

山城国 12首

皇居
012 天つ風雲のかよひち吹とちよ をとめのすかたしはしとゝめん
(注:宮中で五節の舞を見て詠んだ歌。)
049 みかき守ゑしのたく火の夜はもえて ひるは消つゝものをこそおもへ
(注:「みかき」は御垣。宮門のこと。)
068 心にもあらてうきよになからへは こひしかるへき夜半の月哉
(注:後拾遺集の詞書によれば、三条院が皇位にあった時、内裏で詠んだ歌。)
100 百敷やふるき軒端の忍ふにも なを餘りあるむかし成けり
(注:「百敷」は皇居をさす。)
 
宇治
008 我盧はみやこのたつみしかそ住 よを宇治山と人はいふなり
064 朝朗うちの川霧たえゝゝに 顕はれ渡る瀬ゝのあしろ木
 
小倉山
026 をくら山嶺のもみち葉心あらは 今一度のみゆきまたなん
 
みかの原・泉川
027 みかの原わきてなかるゝ和泉川 いつみきとてか恋しかるらん
 
河原院
047 八重葎しけれる宿のさひしきに 人社見えね秋は来にけり
(注:拾遺集の詞書によればこの「宿」は河原院。京六条、鴨川畔。)
 
嵯峨
055 瀧の音はたえて久しく成ぬれと 名こそなかれて尚聞えけれ
(注:拾遺集の詞書などによれば、嵯峨の大覚寺で詠まれた歌。)
 
大江山(大枝山)
060 大江山生野ゝみちの遠けれは またふみも見すあまのはしたて
 
楢の小川(上賀茂神社)
098 風そよくならの小川の夕暮は 御秡そなつのしるし成ける

大和国 11首

香久山
002 春過て夏来にけらし白妙の 衣ほすてふあまの香来山
 
三笠山
007 天の原ふりさけみれは春日なる 三笠のやまに出し月かも
(注:歌が詠まれたのは唐と伝わる。百人一首で唯一外国で詠まれた歌ということになる。)
 
立田川
017 千早振神代もきかす立田川 からくれなゐに水くゝるとは
069 あらしふく三室の山のもみちはゝ たつ田の川のにしき成けり
 
手向山 (山城・大和国境の奈良山とする説に拠る)
024 この度はぬさも取あへす手向山 もみちのにしき神のまにゝゝ
 
吉野
031 朝ほらけ在明の月とみるまてに よし野ゝさとにふれるしら雪
094 みよし野ゝ山の秋風さよ更て 故郷さむくころもうつ也
 

035 人はいさ心もしらす古郷は 花そむかしの香ににほひける
(注:古今集の詞書によればこの「古郷」は、初瀬と平安京の間のどこか。)
 
奈良の都
061 いにしへの奈良のみやこの八重桜 けふこゝのへに匂ひぬるかな
 
大峰
066 もろ共に哀とおもへ山さくら はなより外にしる人もなし
(注:金葉集の詞書によれば大峯で修行中の作。)
 
初瀬
074 うかりける人を初瀬の山おろし はけしかれとはいのらぬものを

(補:百人秀歌には「春日野」を詠んだ源国信の歌が入っている。
「かすかのゝしたもえわたるくさのうへにつれなくみゆるはるのあはゆき」073)。

摂津国 7首

住の江(住吉)
018 住の江のきしによる波よるさへや 夢のかよひち人めよくらん
 
難波(難波潟・難波江)
019 なには潟みちかきあしのふしのまも あはてこのよを過してよとや
020 侘ぬれは今はたおなし難波なる 身をつくしてもあはんとそ思ふ
088 難波江のあしのかりねの一夜ゆへ 身をつくしてやこひ渡るへき
 
有馬山・猪名
058 有馬山猪名のさゝ原風ふけは いてそよ人をわすれやはする
 
高師浜
072 音にきくたかしのはまの化波は かけしやそてのぬれもこそすれ
 
須磨
078 あはち嶋かよふ千鳥の鳴こゑに 幾夜ねさめぬすまのせきもり

東海道

近江国 6首

逢坂
010 是や此行もかへるも別ては しるもしらぬも相坂のせき
025 なにしおははあふ坂山のさねかつら 人にしられて来るよしも哉
062 よをこめて鳥のそらねははかるとも 世にあふさかの関はゆるさし
 
志賀
032 山川に風の懸たるしからみは なかれもあへぬ紅葉なりけり
(注:古今集の詞書は「志賀の山越えにてよめる」。)
 
伊吹山
051 かくとたにえやはいふきのさしも草 さしもしらしな燃るおもひを
(注:伊吹山は近江・美濃国境の山。下野国にある同名の山とする説もあるが、建保三年-1215-内裏名所百首では近江国の歌枕とし、順徳院の『八雲御抄』でも美濃・近江の歌枕としている。少なくとも定家の時代には近江国の歌枕とするのが普通だったと思えるため、ここに分類した。)
 
比叡山
095 おほけなくうきよの民におほふ哉 我たつ杣にすみそめの袖
(注:「我たつ杣」は比叡山のこと。)

駿河国 1首

田子の浦・富士
004 田子のうらにうち出てみれはしろ妙の 不二の高根にゆきは降つゝ

常陸国 1首

筑波嶺・男女の川
013 つくはねのみねよりおつるみなの川 恋そつもりてふちとなりぬる

東山道

陸奥国 3首

信夫
014 みちのくの忍ふ文字すり誰ゆへに 乱れ初にしわれならなくに
 
末の松山
042 契きなかたみにそてをしほりつゝ すゑのまつ山波こさしとは
 
雄島
090 見せはやなをしまのあまの袖たにも ぬれにそぬれし色はかはらす

南海道

淡路国 2首

淡路島
078 あはち嶋かよふ千鳥の鳴こゑに 幾夜ねさめぬすまのせきもり(重出)
 
松帆の浦
097 来ぬ人をまつほのうらの夕なきに やくや藻しほの身もこかれつゝ

紀伊国 1首

由良の門 (丹後国とする説もある)
046 ゆらのとを渡る舟人かちを絶 行ゑもしらぬこひのみち哉

(補:百人秀歌にはもう一首、「由良の岬」を詠んだ藤原長方の歌が入っている。
「きのくにのゆらのみさきにひろふてふたまさかにたにあひみてしがな」090)。

山陽道

播磨国 1首

高砂
034 誰をかも知人にせん高砂の 松も昔の友ならなくに

(補:「高砂」を詠んだ歌はもう一首あるが、これは地名でないとする説が有力。
「073 高砂のおのへのさくら咲にけり とやまの霞みたゝすもあらなん」)

山陰道

丹波国 1首

生野
060 大江山生野ゝみちの遠けれは またふみも見すあまのはしたて(重出)

丹後国 1首

天の橋立
060 大江山生野ゝみちの遠けれは またふみも見すあまのはしたて(重出)

因幡国 1首

因幡の山
016 立わかれいなはの山の嶺に生る まつとしきかはいまかへりこん

隠岐国 1首

隠岐島
011 和田の原八十嶋かけてこき出ぬと 人にはつけよあまの釣舟
(注:古今集の詞書に「隠岐国に流されける時に…」とある。「八十島」は難波説もある。)


固有の土地と特に関係ない歌 54首

001 秋の田のかりほの盧のとまをあらみ 我ころも手は露にぬれつゝ
003 あし引の山鳥のおのしたり尾の なかゝゝし夜を独かもねん
005 おく山に紅葉ふみわけ鳴しかの 聲きくときそ秋はかなしき
006 鵲の渡せるはしにをく霜の しろきをみれはよそ更にける
009 花の色はうつりにけりないたつらに わか身よにふるなかめせしまに
015 君かためはるの野に出てわかなつむ わか衣手に雪はふりつゝ
021 今こんといひしはかりに長月の 有明の月をまちいてつるかな
022 吹からに秋の草木のしほるれは むへ山風をあらしといふらん
023 月みれは千々にものこそかなしけれ 我身ひとつの秋にはあらねと
028 山里は冬そさひしさ増りける 人めも草もかれぬとおもへは
029 心あてに折はやおらむ初しもの をきまとはせるしら菊の花
030 有明のつれなく見えし別れより 暁計うきものはなし
033 久方の光のとけき春の日に しつ心なくはなの散らん
036 夏のよはまたよひなから明ぬるを 雲のいつこに月やとるらん
037 しら露に風のふきしく秋のゝは つらぬきとめぬたまそ散ける
038 わすらるゝ身をは思はす誓ひてし 人のいのちのおしくも有かな
039 浅ちふのをのゝしの原忍ふれと あまりてなとか人のこひしき
040 忍ふれと色に出にけり我こひは ものやおもふとひとのとふまて
041 恋すてふ我名はまたき立にけり 人しれすこそおもひそめしか
043 あひみての後の心にくらふれは むかしはものをおもはさりけり
044 逢事のたえてしなくは中ゝゝに 人をも身をもうらみさらまし
045 哀ともいふへき人はおもほえて 身の徒になりぬへき哉
048 風を痛み岩うつ波のをのれのみ 碎て物をおもふころかな
050 君かためおしからさりしいのちさへ 永くもかなとおもひけるかな
052 明ぬれはくるゝものとは知なから 猶うらめしき朝朗かな
053 なけきつゝ独ぬるよの明るまは いかに久しきものとかはしる
054 わすれしの行すゑまては難けれは けふをかきりのいのちとも哉
056 あらさらん此よの外のおもひ出に いま一度のあふ事も哉
057 めくりあひてみしやそれとも分ぬまに 雲かくれにしよはの月哉
059 やすらはてねなましものをさよ更て 片ふくまての月を見しかな
063 今はたゝおもひたえなんとはかりを 人つてならていふよしも哉
065 うらみ侘ほさぬ袖たにある物を 恋に朽なむ名こそおしけれ
067 春の夜の夢はかりなる手枕に 甲斐なくたゝん名こそおしけれ
070 さひしさに宿をたち出てなかむれは いつくもおなし秋の夕暮
071 夕されは門田のいなは音つれて 芦のまろやにあき風そふく
073 高砂のおのへのさくら咲にけり とやまの霞みたゝすもあらなん
075 契りをきしさせもかつゆをいのちにて 哀ことしの秋もいぬめり
076 和田の原こき出てみれは久方の 雲井にまかふおきつしら波
077 瀬をはやみ岩にせかるゝたき川の われてもすゑにあはむとそおもふ
079 秋風に棚引雲のたえまより もれいつる月のかけのさやけさ
080 長からん心もしらすくろ髮の みたれて今朝はものをこそ思へ
081 ほとゝきす鳴つる方を眺むれは 唯有明の月そのこれる
082 思ひわひさてもいのちは有ものを うきに堪ぬはなみた成けり
083 世中よ道こそなけれおもひ入 山のおくにも鹿そ鳴なる
084 なからへはまたこの比や忍はれん うしと見しよそいまはこひしき
085 よもすから物思ふころは明やらて 閨の隙さへつれなかりけり
086 歎けとて月やはものを思はする かこち顔なるわかなみたかな
087 村雨の露もまたひぬ槇のはに 霧たちのほるあきのゆふ暮
089 玉のをよ絶なはたえねなからへは しのふる事のよはりもそする
091 きりゝゝす鳴やしもよのさむしろに ころもかたしきひとりかもねん
092 わか袖はしほひに見えぬおきの石の 人こそしらねかはくまもなし
093 世中は常にもかもな渚こく 海人のをふねの綱手かなしも
096 花さそふあらしの庭の雪ならて ふり行ものはわか身成けり
099 人もおしひともうらめしあちきなく よをおもふゆへに物思ふ身は


百人一首目次千人万首目次


最終更新日:平成13年12月1日