卯の花 うのはな 空木(うつぎ) Deutzia, Japanese snowflower

卯の花 鎌倉市二階堂にて

立夏を迎えると、思いなしか卯の花が目につくようになる。「卯の花のにほふ垣根にほととぎす早も来鳴きて…」と唱歌にあるような生垣の家は殆ど見かけないが、私の住む鎌倉では崖地などに咲く野生の花を目にすることが少なくない。

卯の花は別名空木(うつぎ)。ユキノシタ科の落葉低木。古来この花が初夏のシンボルとして愛されて来たそもそもの所以は、ふっくらとした蕾が米粒を連想させるからだという。田植えを控えた季節、古人は卯の花のたわわに咲く風景に、秋の豊かな稔りを重ねて見たのだろう。「田植鳥」と呼ばれた時鳥(ほととぎす)との取り合せが好まれたのもそのためか。

『新古今集』  題しらず  柿本人麿

なく声をえやは忍ばぬほととぎす初卯の花の影にかくれて

『玉葉集』  月前郭公といふことを  永福門院

ほととぎす空に声して卯の花の垣根もしろく月ぞ出でぬる

卯の花 鎌倉市二階堂にて

その名ゆえ和歌ではしばしば「憂し」に掛けても用いられたが、これは田植えの時期、男女の逢引が忌み憚られたことと関係があろう。いずれにせよ花自身は与かり知らぬことだ。初夏の燦々たる陽射しの中、あるいは仄かな月明かりの下、純白の花びらが咲きこぼれる様は、ただ無心に生命の喜びと清らかさを感じさせる。

『千載集』 暮見卯花といへる心をよみ侍りける 藤原実房

夕月夜ほのめく影も卯の花のさけるわたりはさやけかりけり

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   『万葉集』 (臨時) 作者不明
佐伯山卯の花持ちし愛(かな)しきが手をし取りてば花は散るとも

   『拾遺集』 (題しらず) 柿本人麿
ほととぎすかよふ垣根の卯の花の憂きことあれや君がきまさぬ

   『万葉集』 (雨の日に霍公鳥の喧くを聞く歌) 大伴家持
卯の花の過ぎば惜しみか霍公鳥雨間も置かずこゆ鳴きわたる

   『続古今集』 (郭公のなきけるをききてよめる) 凡河内躬恒
ほととぎす我とはなしに卯の花のうき世の中になきわたるらむ

   『続古今集』 (題しらず) 藤原敦忠
わがごとく物思ふときやほととぎす身をうの花のかげになくらん

   『後拾遺集』 (詞書略) 相模
見わたせば波のしがらみかけてけり卯の花さける玉川の里

   『金葉集』 (卯花連垣といへる事をよめる) 大江匡房
いづれをかわきてとはまし山里の垣根つづきにさける卯の花

   『拾遺愚草』 (詠花鳥和歌 四月卯花) 藤原定家
白妙の衣ほすてふ夏の来て垣根もたわに咲ける卯の花

   『新千載集』 (題しらず) 宗尊親王
明けぬとも猶かげ残せ白妙の卯の花山のみじか夜の月

   『玉葉集』 (題しらず) 覚助法親王
時やいつ空にしられぬ月雪の色をうつしてさける卯の花

   『杉のしづ枝』 (卯花を) 荷田蒼生子
夕闇の道もたどらじ賤の男が山田の岨(そは)にうつ木さく頃


公開日:平成17年11月25日
最終更新日:平成19年5月2日

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