落栗 おちぐり 栗の実 虚栗(みなしぐり) Fallen chestnut

陽暦十月、近所の道端に栗の実が幾つも落ちているのを見かけるようになる。毬栗(いがぐり)もあるが、おおかたは虚栗(みなしぐり)である。中身を喰ったのは野生化している台湾栗鼠か、あるいは洗い熊あたりの仕業だろうか。

栗はブナ科の落葉高木。言うまでもなく果実は美味で、日本では縄文時代から重要な栄養源とされてきた。この季節、栗御飯が食卓にのぼる家庭も多いことだろう。

万葉集では山上憶良が「瓜()めば 子ども思ほゆ 栗()めば まして(しの)はゆ」と歌い、当時、栗の実が瓜と共に子供の好物の代表格だったことが判る。

道に落ちた毬栗から私がよく思い出す歌は、江戸時代の尼僧歌人、蓮月の作である。

  『海人の苅藻』  秋山

はらはらとおつる木の葉にまじりきて栗のみひとり土に声あり

秋も深まった山の中、はらはらと木の葉が散り、音もなく地に積もる。枯葉に混じって栗の実も落ちて来て――ただ栗ばかりは「土に声あり」。

栗が地に落ちる時――都会の喧騒の中でなら極小のノイズとして吸収されてしまうに違いないが、秋山の静寂の中では、ハッとさせられるほどの響きを立てる。

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  『山家集』 (かへし) 寂然
山風に峰のささ栗はらはらと庭におちしく大原の里

  『建礼門院右京大夫集』 (詞書略) *建礼門院右京大夫
栗も笑みをかしかるらむと思ふにもいでやゆかしや秋の山里

  『夫木和歌抄』 (洞院摂政家百首歌 山家) 源家長
風におつる庭のささ栗ひろひおきて訪ひくる人の家づとにせむ

  『土御門院御集』 (木名十首) 土御門院
うづもるる木の葉が下のみなしぐりかくて朽ちなん身をばをしまず

  『広沢輯藻』(詞書略) 望月長孝
つらかりし寝覚の音も忘られて明くればひろふ庭のささ栗

  『六条詠草』 (詞書略) *小沢蘆庵
栗もゑみ柿も色づきうなゐらがほこらしげなる時もきにけり

  『草径集』 (栗) 大隈言道
なれかねてつな引きありく猫の子も手玉にとれる庭の落栗

  『志濃夫廼舎歌集』 (述懐) *橘曙覧
なかなかに思へばやすき身なりけり世にひろはれぬ峰のおち栗

  『長塚節歌集』 長塚節
落栗は一つもうれし思はぬにあまたもあれば尚更にうれし
目にも見えずわたらふ秋は栗の木のなりたる毬のつばらつばらに

  『白き山』 斎藤茂吉
あたらしき時代(ときよ)に老いて生きむとす山に落ちたる栗の如くに


公開日:平成18年10月11日
最終更新日:平成18年10月18日

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