インサイドフォース キャンセラーの
調整方法


インサイドフォースの復習と、私流の調整方法を紹介
ポイント
@インサイドフォースは、アームがカートリッジを内向きに押すことで発生。
針先が内向に引っ張られる力、という説明は物理現象を誤解させる。
Aインサイドフォースは同じ針圧でも針先形状によって異なる。
楕円針>丸針>ラインコンタクト針
Bインサイドフォースは盤面状態にもよる。その直接計測は難しい。
C45回転LPでは本当はインサイドフォースキャンセラーも増やすべき。
面倒なので私もやっていないのですが。


I. インサイドフォースとは

アナログレコード用トーンアームの調整で、針圧の次に行うのがインサイドフォースキャンセラーの調整。

しかし、インサイドフォースって、割と誤解されていることが多いみたいな気がします。普通は下図のような、作用力のベクトル合成で説明します。むろんそれは正しいですが、ベクトル合成なんて、理工学を学んだ人にしか、正しくは伝わらないかと思うのです。
アームの反力ってなに?」みたいな・・・。



そこで、もっと直感でわかる説明を考えました。理系の方にはかえってわかりにくいかしれませんけれど。



レコードが回ると、針先は、音溝の方向に引っ張られます。トーンアームは例外的なものを除いて、普通はJ字型またはS字型に曲がっていて、図Aのような状態です。

トーンアームのこの曲げが自由に動く「節」でつながっていると想像してみましょう。

針先を音溝方向に引っ張ると、B図のように、
トーンアームはまっすぐになりたいですよね。
それゆえ、アームを内向きに動かそうとします。この力がインサイドフォース。
実際は、こんな「うごく節」なんかはなくて、アームは伸びられないので、
伸びたいよー、と、アームは、針先をレコード内側に押します

で、これをキャンセルするには、アームを、C図のように、アームの曲がり節が、仮に自由に回る節であったとしても、正しい角度を維持できるように、外向きにアームを引っ張ればよいのです。正しく引っ張れば、針先にアームからかかるインサイドフォースは完全にキャンセルできます。

 細かく言えば、トラッキングエラー角(音溝の接線に沿わない角度)があるのですが、それは無視しておきました。


II. インサイドフォースは針先形状でかわる

インサイドフォースは、レコードの音溝と針の間の摩擦力で発生するといってよいのでしょうか? 上記では、あえて摩擦と書かず、引っ張られる力、と書きました。理由は、この力は、高校生の時に習った(中学かな?)いわゆる摩擦力とはすこし違うからです。

思い出してください。学校では、摩擦力は、重さだけで決まり、面圧に寄らない、習いました。下図のとおり、同じ重さの直方体を横においても、縦においても、滑らせるときに必要な摩擦力は同じです、と習いました。
しかも動かす速度にも寄らないと習いました。


 
ところが、インサイドフォースは、丸針と楕円針では、値が異なります。針圧が同じでも、針先の接触面積当たりの荷重次第でレコードが針を引っ張る力が変わるのです。

高校で習った摩擦となぜ違うのでしょう。それは、高校物理では、接触面の変形を無視したからです。

針先は実は非常に大きな面圧がかかっていて、針は音溝を変形させながら、溝をトレースします。だから高校のときの摩擦のような取り扱いはできません。

変形量は面圧によるので、同じ針圧でも、接触面積が小さく面圧が大きいほど大きくへこみ、針を引っ張る力は大きくなり、したがって、インサイドフォースも増大します。

接触面積は、
      
丸針の接触面積 > 楕円針の接触面積
なので、針圧が同じとしても、
      
丸針のインサイドフォース < 楕円針のインサイドフォース
なのです。

これを反映しているトーレンスのアームのインサイドフォース・キャンセラーの調整ノブを以下に示します。




上段2段の黒丸●と黒楕円は、湿式のレコードクリーナー(帯電防止剤)使用時の表記ですが、いまや湿式は絶滅したので、下2段の白抜き丸〇と楕円 だけ見てください。なお、表示針(白)は、この写真では窓内の一番右(最小値)にいます。
なみに、湿式とはレコードを濡らしたまま音を聴く意味。液が潤滑剤となって、引っ張り力が減り、インサイドフォースも一段と低いわけです。

楕円針の針圧2gの表示は、丸針の2gと3gの中間(2.7くらい)に位置しているのがわかります。同じ針圧なら丸針のインサイドフォースは楕円針の2/2.7=0.74倍くらいということです。

アマンダント並木精密宝石鰍フサイトによれば、楕円の接触面積は丸針の接触面積の0.66倍程度です。インサイドフォースは面積の逆数比よりちょっと少ないくらい。


III. ラインコンタクト針のインサイドフォース
 
同サイトによれば、ラインコンタクト針の接触面積は楕円針の2.3倍、マイクロリッジ針なら3.0倍にもなることが示されています。すなわち、楕円針とは逆で、丸針よりさらに面圧が低くなります。
故に、
ラインコンタクト針やマイクロリッジ針は、トーンアームの表示値より、インサイドフォースを大幅に減らさないと、インサイドフォースキャンセラーが過剰になるということです。

まとめると、インサイドフォースの大きさは
     
楕円針 > 丸針 > ラインコンタクト針 > マイクロリッジ針
と予想できます。


ラインコンタクト針の総称、超楕円針、という名前からの連想で、それらに楕円針より大きなインサイドフォースキャンセルを加えていたら、長年使ううちに、カンチレバーが正面から見て左に偏ってしまうはず。必要な力の2倍くらいのキャンセル・フォースをかけているわけですから。


IV. インサイドフォースの現実的調整法

そうわかってみても、インサイドフォースは、レコード盤に刻まれたの音の大きさや表面処理でも変わるので、直接計測が難しい。

解説などでも、「結局、正確にはわからないのでテキトーに合わせておくしかない」などと書いてあることが多いです。

しかし、科学者である私は、テキトーは気持ちが悪いなあ・・・と思い、知恵を絞って現実的に実施可能な調整方法を実行しています。


基本的に、刻々と変わるインサイドフォースの瞬間値を計るのは無理だし、無意味です。
そこでカンチレバーを支えるダンパーの経年変化に注目します。


 間違ったインサイドフォース・キャンセルをかけ続けていると、レコードを数十枚も聴くうち、針(のカンチレバー)が、次第に、左右のどちらかに偏っていきます(これは経験則)。

 SUMIKO Starling では、針圧2gに対して、丸針用表示の 2g くらいにしておけば良いか、とかテキトーに思って設定しておいたら、半月ほど後に、針先を観察すると、若干、針が左に寄り始めていました。つまり、キャンセル・フォースが強すぎたということです。

マイクロリッジ針の接触面積の大きさ、インサイドフォースの小ささを思い知りました。


 そこで、インサイドフォースを、トーレンスで設定できるの最小値にして(ゼロにはできません)、数十枚のレコードを聴くうち、針が中央に戻ってきました。(下図)。




戻ってくるということは、今度はインサイドフォースのキャンセル・フォースが小さすぎるということです。そこで、キャンセラーの設定を、最初の半分、丸針用表示で針圧1g相当に修正しました。

もし、これでずっと使っていて、針の偏りが発生しなければ、平均的に正しいインサイドフォース・キャンセルができていると考えられます。

万が一、さらに偏ってくるなら微修正します。
正面から見て、針が左に寄るならフォースを減らす、右に寄るならフォースを増やす
です。


いかがでしょう。これなら現実的に実施可能で、二か月もたてば、ほぼ正しいと納得できるインサイド・フォース・キャンセラーの設定にたどり着けるのではないでしょうか。

まあ、さして精度は出ませんが、「テキトー」に決めるよりは、はるかに定量的です。

ちなみに、テストレコードを使い、左右のひずみ差を見るという方法も、テストレコード利用法で紹介されていました。これも直接測定ではないですが、テストレコードと計測器があるなら、それもありと思います。

まずは、今現在、針が偏っていないか、ご確認ください。あまり曲がり過ぎてからでは戻って来ないかもです。

最後に、以上のようなわけで、
マイクロリッジ針、ラインコンタクト針では、トーンアームのインサイドフォースキャンセラーの設定値を信じてはいけません。たぶん、楕円針か丸針を前提に設定しているはずですから。


追記:45回転/分(RPM)のLPと言うものがあります。
 もし、針の抵抗が、高校物理の摩擦力で表せるなら、摩擦力は滑る速度に寄りません。故に、45RPMでもインサイドフォースは同じだろう、ということになります。
 一方、針先形状でインサイドフォースが変わること認めるなら、高校物理の摩擦は適用できず、接触面は変形することを考慮する、ということです。
 接触面が変形しながら進むのは、モーターボートが水をかき分けて進むのと同じイメージで、抵抗力は速度に比例します。速度が2倍になれば、かき分ける水の量も2倍だと考えれば、当然、その分、2倍の抵抗がかかることが理解できましょう。
 故に、45RPMのレコードの再生には、インサイドフォースも、本当は大きいはず、と思うのです。ま、私も面倒くさいので、変えてはいませんが。

2018年12月8日記
2022年2月26日追記

 

 

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