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スイスの政治の実体から、その歴史。私が尊敬する犬養道子女史の言うように、「色んな出来事の羅列」ではなく、現在につながる生きた事実の積み重ねを提示してくると言った、誠に真摯な態度で貫かれた一冊であります。
そして平易な文章。政治やそのシステムを、実にわかりやすく教えてくれます。そのテーマにアルプスの風物を置きながら、スイスの産業などの特徴への言及も説得力があります。「貿易立国の立場」「食料輸入大国」「品質優先の工業」「トップを走る化学・医薬品工業」「斜陽化と闘う時計産業」「伝統ある繊維産業」「保険・運輸・観光」とタイトルを適当に拾い出しているだけで、いかに著者の視点が広いところから見ているかよくわかります。
最後に「デューベンドルフの日々」として、チューリッヒ近郊での生活、日常について書きながら、スイスの社会の有様を私たちに垣間見せてくれる、洒落たところもあるので、堅苦しいことは抜きで、みなさん読んでみられると良いと思います。
きれいな写真と旅行案内、歩き方教室とは違い、スイスという国に対するインテリゲンチャ確かな視点が構築されている本。私がこれを推薦しないでいたのは、全くの不覚でありました。
さてもう一冊、同じ岩波新書から出ている犬養道子女史の「ヨーロッパの心」も一度ぜひ読んで欲しい一冊です。東西の壁が崩れて十年あまりとなりましたが、その壁が厳然として存在していた時代のヨーロッパでスイスが果たした役割、そこでの多くの悲劇を、いつもの犬養道子女史の淡々とした語り口で一気に読んでしまうような本です。
同じ意味で、彼女の「フリブール日記」や「ラインの河岸にて」なども手に入るようだったらお薦めです。
スイスを知るというより、その背景を知ることでスイスという国がわかってくるといった本であります。
絶版に近い本を出したついでに、もう一冊、ハラーの「アイガー北壁の初登攀」(筑摩書房)をあげておきます。
多くのドラマを生んだアイガー北壁でありますが、アルプスのバリエーション・ルートの時代のフィナーレとも言うべき登攀の記録だからです。
そしてこれ以後、冬季登攀などのより困難な季節、ルートへ指向する時代へと突入したわけですから、大いにこの登攀の意味を知るためにも、はずせないと思います。
最後に、スイスの本というわけではないのですが、金原礼子女史の書かれた「フォーレ、ゆかりの地を訪ねて」(音楽の友社)はいかがでしょう。
スイスにもずいぶんご縁のあった作曲家の、そのゆかりの地が、実に詳しく載っています。
私の「スイス音楽紀行」でのフォーレに関する記述は、この本がネタです。(金原様、ありがとうございました。)おそらくは大変な労力をかけて、フォーレのゆかりの地をリサーチし、検証していったと思われます。力作です。私の大推薦の一冊です。
ということで、また思い出したり、発掘したり?してこのシリーズを続けて行きたいと思っていますが、まずはここら辺で一旦終わりたいと思います。 |