updated Aug. 24 1998
派遣110番によく寄せられる質問と回答例(FAQ)


質 問 と 回 答 例 (F A Q)

2385. 契約期間更新をしないで円満に退職したいのですが?    派遣会社から派遣されて契約社員として働いています。
 昨年、この派遣会社に登録され、いまの派遣先に派遣されるときに、面接で、いつまで働けるかと聞かれ、今年の末頃まで勤務できると返事しました。派遣元との契約書にもその期間が記入されました。
 一緒に採用され、派遣された人のなかに、仕事がきついと辞める人が出て、余計に仕事が過密になっています。もう辞めたいのです。
 円満に退職できる方法はありませんか。
 もし、別に良い会社があって正社員として採用してもらえるときにも、それを理由にして、退職することは問題があるのでしょうか。

 
 (1)契約期間の定めによる身分的拘束

 契約期間の定めがあるときは、契約当事者双方がそれに拘束されるというのが伝統的な法理です。裁判官や弁護士をはじめ、私自身も「契約は拘束する」ということを学生時代から叩き込まれてきました。一般にも、こうした考え方が広がっていると思います。

 しかし、戦前には、10年や20年の長期雇用が広がり、悪い労働条件からなかなか抜け出せない、いわゆる「年季奉公」という「身分拘束」の弊害が問題になっていました
*「年季」というのは「奉公人をやとう約束の年限」のことで、一年を一季としていました。

 明治時代にできた民法第536条は、次のように5年までの身分拘束を定めていました。さらに、商工業の見習のときは10年まで可能でした。この規定は、現在も削除されていません。

 民法第626条〔五年以上の期間を定めた雇用の解除〕

 雇傭ノ期間カ五年ヲ超過シ又ハ当事者ノ一方若クハ第三者ノ終身間継続スヘキトキハ当事者ノ一方ハ五年ヲ経過シタル後何時ニテモ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得但此期間ハ商工業見習者ノ雇傭ニ付テハ之ヲ十年トス
 前項ノ規定ニ依リテ契約ノ解除ヲ為サント欲スルトキハ三个月前ニ其予告ヲ為スコトヲ要ス

 
 

 多くの場合、貧乏な親が子どもを年季奉公に出しますが、そのときに「前借金」といって、使用者から、現在で言えば「契約金」にあたるお金をもらっていましたので、人質のように期間中は退職ができませんでした。勝手に退職すれば、「違約金」を取るといったことがあったからです。

 (2)身分的拘束の打破=労働基準法

 こうした非民主的な労働関係を清算する目的で、戦後の日本国憲法に基づき、労働基準法は、身分的拘束に制限を加える規定を数多く盛り込みました。

 とくに、第14条は、民法第626条を修正する目的で、労働契約の場合には、1年を超える拘束を罰則をもって禁止しています。

 労働基準法第14条〔契約期間〕

 労働契約は、期間の定のないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるものの外は、一年を超える期間について締結してはならない。


 つまり、労働契約で3年といった期間の契約を結んでも、それは無効になります。期間を定める場合には、1年以内の契約しか締結できません。それは、労働者を1年以上、身分拘束できないとするためです。

 もちろん、長期の「期間を定めない契約」は認められます。その場合には、一定の期間前に予告すれば、契約を解除(将来に向かってですので、解約というのが正確)することができます。

 民法第627条〔解約の申入れ〕

当事者カ雇傭ノ期間ヲ定メサリシトキハ各当事者ハ何時ニテモ解約ノ申入ヲ為スコトヲ得此場合ニ於テハ雇傭ハ解約申入ノ後二週間ヲ経過シタルニ因リテ終了ス
 

 民法第627条はこのように期間を定めない雇用契約の場合には、2週間前に予告することで解約できるとしています。(使用者からの解約=解雇については、労働基準法第20条で、30日前の予告が必要となっています。)

 さらに、労働基準法は、戦前の身分的拘束の弊害を打破するために、次のような規定をおいています。

 労働基準法第5条〔強制労働の禁止〕

 使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。


 労働基準法第16条〔賠償予定の禁止〕

 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。


 労働基準法第17条〔前借金相殺の禁止〕

 使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。


 以上を要約すると、労働基準法でも1年以内の短期契約については、期間に拘束されて、期間満了前に契約を終了させることは、契約違反になってしまいます。
 しかし、強制労働、賠償予定、前借金相殺などは、1年以内の契約でも禁止されます。

 (3)期間を無視して退職したらどうなるか

 (1)や(2)からも、1年以内の契約期間は、いちおう有効になりますので、労働者も拘束されてしまいます。

 しかし、それでも正職員のいい仕事が見つかったら辞めたいと思うのは、人情として当然です。しかし、法的には、やはり「契約違反」の責任を追及されることになります。

 それでは、この契約違反の責任は、どれほどのものでしょうか。

 A.特約の存在

 まず、雇用契約書に何か特別な約束はありますでしょうか。そうした「特約」がないか調べてみて下さい。

 B.違約金の禁止

 少なくとも、事前に、「契約期間途中での退職の場合には、○○万円を支払う」といった「違約金」「賠償予定」は、労働基準法第16条違反ですので、無効です。

 これは、労働者にとってはきわめて有利な規定です。

 会社を辞められたくないのに辞めようとする労働者については、退職金の減額などの措置が行われているようです。しかし、派遣労働者には、長期の雇用を前提にした退職金などはじめから支払う予定がありませんので「辞めるなら退職金を減らすぞ」という脅かしも通用しません。(この退職金減額については、労働基準法第16条違反だとした判例もあります。)

 つまり、契約違反については、事前に違約金を定めておけば、簡単に金銭的に解決できるのですが、そうした金銭的な拘束は禁止されましたので、使用者の側がいちいち損害賠償額を計算して、それが労働者の期間前の退職による損害であるということを主張しなければなりません。

 C.請求される(?)損害賠償額

 この計算は、なかなか面倒なことですし、損害額は、派遣によって得られる利益ということになりますので、賃金の3割程度×残りの日数といった額にしかなりません。

 しかも、派遣会社としては困ったことに、派遣の場合には、労働者個人を特定して派遣することはできません。労働者が事故で働けなくなることもあります。一定の能力もつ労働者を不特定な形で派遣するというのが、派遣の建て前です。特定の人を派遣するという約束は、労働者派遣の建て前に反します。派遣先も特定の労働者の派遣を要請することは禁止されています。

 そうなると、ある労働者が、期間中でも、次の労働者を見つけるに十分な期間をおて退職したいと申し出たときには、「契約違反だ」と脅かすことはできるかもしれませんが、それでも労働者が無理に退職したときには、損害額は、次の労働者を見つける費用くらいしか考えられません。実際に見つかったら、派遣会社としては、派遣料金を失わないわけですので、その分の損害は主張できません。

 D.いやがらせの責任追及の可能性

 問題は、派遣会社が「キレ」て、新たに正社員として採用する会社まで、いやがらせをしにくるなどの可能性が残ります。新たな会社が、事情を知っているのに、労働者を引き抜いたとして、損害賠償などを請求するといったことが考えられます。

 この場合には、度をこえれば違法行為ですし、場合よっては犯罪にもなりますが、トラブルになってしまいますので、できれば避けたいところです。

 要するにお金の問題ですので、次の会社が、一定の解決金を払うといったことまでしてくれればよいのですが、こんなことはまず考えられません。

 派遣会社も、えげつない会社だという悪評がたちますので、公然とは争わないと思いますが、「引き抜き」には神経質になっていますので、こうした可能性もいちおう考えておいたほうが無難です。

 できれば円満解決が望ましいので、トラブルになるようでしたら、できれば第三者に入ってもらって和解することを勧めます。

 (4)契約期間前に正当に退職する方法 民法第628条の活用

 すぐに辞めたいということであれば、契約期間中であれば、それなりの理由が必要といことになると思います。ご相談者が、退職したいと考えられる理由には、労働法を守るような会社ではないことがあるようです。労働基準法、労働者派遣法などの違反がたくさんあると思います。会社が嫌だという感情を理性的に表現し、法違反や契約違反があるということを明確にすればよいと思います。それを理由に、労働契約の即時解除の意思表示をすることが考えられます(民法第628条)。

 民法第628条〔やむことをえない事由による解除〕

 当事者カ雇傭ノ期間ヲ定メタルトキト雖モ已ムコトヲ得サル事由アルトキハ各当事者ハ直チニ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
 但其事由カ当事者ノ一方ノ過失ニ因リテ生シタルトキハ相手方ニ対シテ損害賠償ノ責ニ任ス


 つまり、当事者が雇用期間を定めたときであっても「やむを得ない事由」があるときは、当事者はただちに契約の解除をすることができます。


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