民主法律協会派遣法意見書　1998年11月

民主法律協会派遣法意見書　1998年11月　民主法律協会が、労働者派遣法改定を前に表明した意見書です。
　長いものですが、民主法律２３８号（１９９９年８月）に掲載されたものを転載します。

資料
　　　　意見書　労働者派遣法改正に　ついて
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　1998年11月30日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　民主法律協会

　　一　はじめに

　政府は、1996年3月29日の「規制緩和推進計画」改定、そして、同年12月17日、「経済構造の変革と創造のためのプログラム」の閣議決定で労働者派遣の原則自由化の方向を基本方針として示した。中央職業安定審議会は、その民間労働力需給制度小委員会で検討を重ね、同委員会は、1997年12月24日、同審議会に対して、「労働者派遣事業制度の見直しの基本的方向について」とする報告を提出した。そして、1998年8月5日、同審議会は、労働者派遣法の見直しについて、派遣対象業務を「原則自由化」することを主な内容とする法案を答申した。この答申は、原案に一部修正と補足を加えるとともに、労働者代表委員の反対意見が添付されるという異例のものであるが、この答申をうけて、政府は改正労働者派遣法案を国会に提出した。
　われわれ民主法律協会は、従来から、労働者派遣制度が労働者の雇用と権利に大きな否定的結果をもたらす問題を指摘し、1985年の同法制定時から、労働者派遣法に反対の意見を表明してきた。同法が成立し、1986年7月に施行されて以降、民主法律協会としては主に派遣労働研究会を通じて、派遣労働者の雇用・権利を守る取り組みを継続し、とくに、110番活動を通じて派遣労働者の悩みに答えるなど、具体的な事件の解決にも力を尽くしてきた。その成果は、1995年12月に刊行した書物〔民主法律協会派遣労働研究会編「がんばってよかった　派遣から正社員へ」かもがわ出版〕に　まとめて公表し、機関誌「民主法律」で活動報告をしている。
　この、2年間の労働者派遣法施行の間に、労働法の「規制緩和」が大きく進み、労働行政が労働者保護の本来の役割を果さなくなってきた。その結果として、私たちが早くから予想し、強く警告していた以上に深刻な派遣労働者の無権利な現実が確認されている。関連して、日本の多くの職場では、常用雇用労働者にも長時間・過密労働、過労死・過労自殺といった世界に例のない深刻な事態が広がることになっている。とくに、労働者派遣法施行のなかでは、労働者を利用する派遣先にとって、労働法上の使用者責任が曖昧になり、労働者が働くルールが無視される傾向が強くなっている。同じ労働をしていても雇用形態によって大きな格差がある「非正規雇用形態」が広がってきたが、その大きな要因の一つが、労働者派遣法であると言っても過言ではない。
　今回の労働者派遣法改正は、労働法全体の形骸化につながる労働・雇用分野の「規制緩和」のなかでも特別に重要な意味を有している。財界の主な団体が早くから有料職業紹介事業と労働者派遣事業の原則自由化を規制緩和の第一項目に挙げてきた。政府も、最近では、深刻になっている失業を克服するには、労働者派遣の自由化が必要であると強調している。そのねらいは、まさに、常用雇用労働者の雇用破壊にあることは明らかである。経済団体は、異口同音にリストラの必要性を強調し、企業内における余剰人員を対象にした雇用調整を進めようとしてきた。
　政府・財界の雇用戦略は、新規学卒から定年までの、戦後形成され大企業・公務員を中心に一般化した日本的長期雇用の慣行や法的な仕組みを、この機会に崩壊させ、転職を前提にした労働市場を生み出そうとすることである。この意図を端的に示した1995年に日経連が発表した「21世紀の日本的経営」においては「雇用の3タイプ」が前提とされているが、その実現に向けて障害となる労働法規制の緩和を一挙に進めることが課題として示されている。政府・財界が、労働・雇用分野のなかで有料職業紹介事業や労働者派遣事業の自由化を、規制緩和の第一項目にしているのは、現実の常用雇用を崩壊させ、常用雇用を前提にしてきた労働法体系を根本的に変革しようとする意図によっている。
　すでに、1998年2月15日、私たち民主法律協会は、権利討論集会で派遣対象業務の原則自由化を主内容とする労働者派遣法改正に反対の意思を決議として表明した。今回の改正法案は、基本的に決議が前提にした中央職業安定審議会の意見とりまとめと変わっていないので、その後に加えられた一部の修正を含めて、改めて労働者派遣法改正に反対の意思を強く表明する。

　二　労働者派遣法運用の現実と派遣労働者保護の課題

　民主法律協会としては、派遣労働研究会を中心に、これまで派遣労働者からの法律相談を受けるとともに、電話や電子メールで相談を受け付ける「派遣労働110番」活動も継続して実施してきた。派遣労働者から寄せられる相談からは、（1）派遣労働者が、労働組合に加入できないだけでなく、派遣先の職場で孤立しており、派遣会社からも保護されていないこと、（2）請負名目や対象業務外派遣など労働者派遣法や職業安定法に違反する違法派遣が広がつていること、（3）派遣労働者が、派遣先従業員に比較して格段に低劣な労働条件を強いられていること、（4）派遣労働者については、法定の最低労働基準だけでなく、労働基準法の労働憲章に反する、労働者の人格や基本的人権さえ守られていない現実が明らかになっている。
　具体的な問題点としては、次の6点を指摘することができる。

　　（1）派遣労働者の低劣な労働条件

　派遣労働者の労働条件は、派遣先従業員のそれと比較して大きな格差がある。女性のＯＡ機器操作では、年収250～60万円程度で、交通費、賞与、社会保険料、福利厚生等の負担がない。派遣会社は、派遣先企業にとって人件費が大幅に軽減されることを派遣導入のメリットとして宣伝している。
　日本ではＥＵ諸国等のように派遣労働者と派遣先従業員との同一労働同一条件の保障がないために、同じ業務を担当していても、派遣先従業員との間で2分の1から4分の1もの労働条件になっており、大きな格差が一般化している。

　　（2）常用雇用労働者の派遣労働者への代替

　民主法律協会の相談事例でも、一般事務として15年以上も勤務してきた直用常用労働者が経営危機を理由に1年更新の派遣労働者に切り換えられようとした事例や正社員として採用しておきながら使用者が「派遣労働者」であると強弁して、わずか3ヶ月で解雇した事件など、常用雇用を雇用が不安定な派遣労働者に代替しようとする例が増えている。むしろ、大企業はリストラの一環として、既存の常用雇用（正社員）を余剰人員と位置づけて、子会社の派遣会社を設立して、そこに集団的に移籍させ、派遣労働者として受入れる人員整理する目的で労働者派遣を利用しようとしている（アウトプレースメントや1998年2月に報道された日興證券の事例）。

　　（3）派遣先企業による派遣労働者の直接管理

　派遣先企業が派遣労働者に面接して、その結果にもとづいて派遣元が労働者を採用する「派遣先による直接面接」という、明らかに職業安定法や労働者派遣法に違反する慣行が広がっている。他方、派遣労働者の解雇についても、労働者派遣契約を派遣先が途中解除する結果による例が多いことは1996年の労働者派遣法改正のときに既に問題点として指摘されている。さらに、派遣労働者が、派遣先でセクシャル・ハラスメントを含めて、基本的な人権を侵害される被害の訴えも少なくない。
　さらに、派遣先事業主が、リストラの一環として、常用雇用の代替として派遣労働者を受入れることを当然とする意識が広がっている。その結果、一部（とくに「第2人事部」と呼ばれる、大企業系列の派遣子会社）では、派遣労働者の採用・解雇など、法の建て前では派遣元事業主の領分にまで、派遣先事業主が介入する傾向が強まるている。

　　（4）形骸的な存在の派遣元事業主

　反面、派遣元（派遣会社）が独自の役割をもたず、派遣先の違法な言い分に従った二重派遣や派遣先での直接面接に応ずるとともに、派遣労働者の苦情処理や派遣先の横暴な対応から労働者を保護しない傾向が広く現れている。1997年4月からは、参入規制の緩和を名目にして、最低の事業所面積が30平米から20平米に緩和された。しかし、労働契約上の使用者としての責任を果す財政的な能力のない零細派遣会社が増えているなか、派遣労働者に不利益を転嫁したり、労働基準法などの法律に違反することを当然とする悪質な派遣業者が目立ってきている。

　　（5）登録型派遣労働者の無権利

　登録型派遣労働者については、間接雇用という派遣労働に特有な不利益だけでなく、短期雇用の反復更新や間欠的な雇用であることから、労働者の権利行使が一層困難になっており、緊急の保護措置が必要となっている。

　　（ア）産休・育休や年次有給休暇での不利益

　とくに、長期の雇用を前提とする産前産後の休業、育児休業などの取得は、登録型派遣労働者にとっては行使することが不可能である。労働基準法では、6ヵ月の継続勤務があれば最低10日が保障される年次有給休暇についても、「1ヵ月＋1日」の空白があれば継続勤務として認めないという法解釈によって行使できない場合が生じている。
相談例からは、悪質な派遣会社には、10日の年次有給休暇権が生じた労働者に次の派遣就労をあつ旋しないと思われる例も少なくない。

　　（イ）社会保険不加入問題

　法律上の要件を満たしているのに、派遣会社が勝手な法解釈をして社会保険（健康保険・厚生年金保険）に加入していない派遣労働者が多数存在している。この点は、1997年の会計検査院の検査によって明白になっている。現在、社会保険庁などの指導で派遣労働者の社会保険加入が推進されている。しかし、これまで違法な取り扱いをしてきた派遣会社の法的責任が明確にされないなかで、70万円にものぼる保険料を遡って請求された労働者からの相談例も出ている。
　すでに、1996年の労働者派遣法改正の際に、社会保険への加入促進が行政指導の項目に挙げられていたのであり、派遣会社だけでなく、効果的な対応をしてこなかった労働省や厚生省の行政責任、さらに、安上がりに派遣労働者を利用してきた派遣先事業主の社会的責任もきわめて大きい。

　　（ウ）登録労働者の無権利

　派遣労働者は、登録中には何らの賃金保障もない。そのため、複数の派遣会社に登録する例が一般的であるが、「登録中」の派遣元と登録者の間の関係については、法的に何ら具体的な規制がない。その結果、1998年1月に明らかになった登録労働者の個人情報の大量流出など、登録労働者が一方的に不利益を受ける例が増えている。「派遣紹介されることを前提に有料のパソコン講習を受けたが、仕事の紹介がないので高額の講習料を支払う義務だけが残った」などの相談も少なくない。

　　（6）団体交渉による労働条件の対等決定なし

　派遣労働者の多くは労働組合に加入することができない。常用型派遣労働者の一部が労働組合に組織されているが、一般の労働者の組織率よりもはるかに低い割合である（統計調査さえ存在しない。以前の労働省のサンプル調査でも一般の労組組織率の10分の1程度になっている。）。登録型派遣労働者の労働組合への加入は、何らかのトラブルが生じたときなどきわめて例外的なもので、ほぼゼロに近いと推測できる。
　全体として派遣労働者が、労働組合に加入して、労働組合を通じて、派遣元や派遣先と団体交渉をする例はきわめて例外的である。次の雇用（派遣紹介）のためには、言いたいことも言えないという派遣労働者は、現実には，労働組合に加入することきわめて困難である。労働省は、調査などによって事実を明らかにしていないが、派遣労働者は団結権・団体交渉権を事実上行使することができない存在であることは、12年に及ぶ労働相談例から明らかになった現実である。
以上、労働者派遣法の12年に及ぶ施行の結果、常用雇用が派遣労働者に代替するという同法の建て前に明らかに反する重大な結果が生じていること、また、一労働者派遣は、派遣元や派遣先等の事業主にとっては大きなメリットがある反面、労働者は何時でも雇用を失う危険性があり、孤立して労働者としての権利を行使することが難しい雇用形態であることがますます明らかになってきている。

　三　法案の問題点

　労働者派遣法見直しにあたっては、四で指摘するように本来の課題の実現を目指すべきである。しかし、政府・労働省が推進している法改正は、これとは大きく異なっており、労働者派遣制度を拡大し、労働法の一層の規制緩和を進めようとするものである。
　また、今回の労働者派遣法改正は、1996年の同法改正手続に比べて異常な経過をたどっているという問題点も指摘しなければならない。つまり、中央職業安定審議会で、労働者代表委員が法改正に強く反対し、最終的な答申に至るまで、反対意見を表明し続けたことである。使用者側と公益代表委員が、労働者側委員の反対意見を押し切って審議を強行し、労働者派遣法改正を貫徹しようとした。多くの、また、重大な異論があるのに、それを押し切って法改正を強行する点に、今回法改正の手続的な問題点を指摘することができるらを
　以下、法案の具体的な内容的問題点を指摘し、我々の見解を逐一表明することにしたい。

　　１　規制緩和を基調とする「派遣の原則自由化」に強く反対する

中央職業安定審議会の答申や法案に示される、今回の労働者派遣法改正の基本は、常用・直接の雇用を破壊する目的での労働者派遣の「原則自由化」であり、規制緩和を前提にした労働者派遣制度の拡大である。この点で、我々は、今回法改正に強く反対する。
　労働者派遣法の基本的な建て前は、高度に専門的な能力をもつ労働者や特殊な雇用管理が必要な労働者についてのみ、対象業務を限定して派遣労働を例外として容認することであった。ところが、今回の法改正は、「対象業務の原則自由化」が中心課題となっており、派遣労働を常用雇用の代替にしないという大原則に反するものである。現行法制定の際には、「常用労働の代替としての派遣の禁止」が、国会決議で明確に確認されており、1996年の同法改正のときにも、「わが国の雇用慣行との調和に十分留意し、常用雇用労働者の代替を促すこととならない」ことや、「専門性の確保等に十分に配慮」することが、改めて衆参両院の附帯決議で要請されている。
　今回の労働者派遣法改正は、労働者派遣法の建て前や国会決議の要請から掛け離れ、長期の継続的雇用と直接雇用を原則としてきた従来の労働法・労働政策の基本を大きく転換し、今後の日本における雇用の基本を短期・間接雇用を原則にすることになりかねない。使用者側は、「必要な時に必要な労働力を安上がりに確保したい」という願望を露骨に示している。「労働者派遣の原則自由化」は、こうした「人材のカンバン方式」「コンビニエンス労働力」といった使用者の願望のみに応えるものである。従来の、「原則禁止、限定された業務だけ例外的に合法化」するという労働者派遣法の建て前が逆転して、「原則自由化、限定された業務だけ例外的に禁止」することになれば、労働者派遣は一挙に、日本の雇用のあり方の中心になっていくと考えられる。
　我々は、労働者派遣法制定によって、常用雇用が破壊されることを危惧し、団結権を行使できない労働者が増加することを、すでに、法制定の段階から警告してきた。同法施行後12年間の経過は、予想をはるかに超え、労働者の雇用不安と無権利化が現実になっている。
　労働の指揮命令を直接行う使用者が労働契約上の責任を果さない関係を作り出すのが派遣労働である。この派遣労働が無限定に拡大されれば、従来、労働契約関係を前提に裁判等を通じて労働者側がかちとってきた使用者に対する権利は、ことごとく後退する危険が強くなる。現在、労働基準法も改悪が進められている。こうした中でさらに派遣労働が無限定に許されることになれば、派遣労働をめぐる深刻な現実を改善するどころか、派遣労働者の無権利で低い労働条件を労働者全体に広げることになりかねない。

　　2　ＩＬＯ条約の欺瞞的・一面的利用をやめて労働者保護の効果的な措置を盛り込むべきである。

　中央職業安定審議会報告、ＩＬＯ181号条約が、労働者派遣や有料職業紹介について、対象業務の限定を行っていないことを派遣の原則自由化の口実にしている。しかし、ＥＵ諸国の労働者派遣法と比較したとき、日本の労働者派遣法の規制ほど緩やかな規制を定める例は他に見当たらない。ほとんど見るべきものがない日本の労働者派遣制度のなかで、唯一といえる意味のある規制が「対象業務の限定」である。この「唯一の規制」がなくなれば、労働者派遣法の規制は、事実上大きな意味を失うことになってします。
　ＩＬＯは、決して政府・労働省が進めているように、労働者派遣を野放しにし、労働者を無権利に追込むことにつながる「規制緩和」を基調として、条約を採択したのではない。むしろ、すでに指摘した通り、派遣労働者について保障されるべき権利を具体的に数多く列挙し、民間派遣業者による弊害の排除を基調として、新たな国際労働基準を設定したと言えるのである。ＩＬＯ条約の内容を一面的に利用する政府・労働省の態度は、一方では、国民を誤った論理で欺瞞するとともに、他方では、国際労働基準の意義を歪める点で、国際社会の信義に反することになり、二重に許されない態度と言わざるを得ない。ＩＬＯの条約については、その本来の要請を正しく受け止めるならば、すでに指摘した法改正の本来の課題につながるものである。

　　3　派遣期間の限定は労働者保護に結びつかない

　法案では、「労働者派遣の期間」の限定が重視されている。とくに、「派遣先は、同一の業務について、派遣元事業主から一年を超える期間継続して労働者派遣の役務の提供を受けてはならないものとすること」が、重要な原則として予定されている。労働者派遣を短期間に限定することによって、派遣が常用雇用に代替しないことが、こうした期間限定の狙いであると考えられる。ドイツやフランスでは、労働者派遣を短期間の派遣に限定し、一時的労働（temporary work）としていることを参考にして、労働者派遣制度を一時的な労働者の需給に限定しようとする考え方だと推測できる。
　しかし、労働者派遣期間の限定については、次のような重大な限界と問題点を含んでいる。
　（1）労働者派遣を短期間に限定するだけでは、派遣労働が常用雇用の代替にならないという保障はきわめて弱い。派遣導入の事由を限定することが必要である。また法案では、派遣労働者保護の観点がら派遣先従業員と派遣労働者の労働条件を同等にすることを義務づける規定がなく派遣労働者保護が図られていないが、こうした法制のもとでは、派遣先企業は、低い条件で採用ができる派遣労働を常用雇用の代替にしようという動機が強くなり、結果として脱法的な手法で常用に変わる派遣労働を導入する危険性があるので、労働者の均等待遇を貫いて企業の常用代替の派遣利用という動機を断つために派遣労働の均等待遇の法制化も必要である。
　（2）法案では、すでに期間限定を受けない場合が予定されている。こうした例外が数多く認められることになれば、派遣を短期間に限定するという原則そのものが崩れることになってしまう。法案によると、この例外職種としては、現行法で派遣が許されてきたすべての職種について許されるかのような表現になっているため、実態からみて殆どの女性事務職が専門職であるとの名目で期間限定を受けない派遣労働者となる危険がある。
　雇用主側は、短期間限定に強く抵抗しており、この短期派遣制度は、すでに骨抜きになることが容易に予測できる。「原則」として短期派遣制度を認める以上、例外を認めることは矛盾している。
　（3）派遣が短期間になることは、その反面として、労働者にとっては雇用が不安定になることを意味しているる常用雇用を守ることを目的にしている短期間派遣制度が、逆に、派遣労働者の雇用を一層不安定にすることになるのであれば、同制度は大きな矛盾を内包することになる。この矛盾を解決するには、ドイツのように、登録型派遣や短期労働契約を禁止し、派遣元と派遣労働者の間の労働契約は長期雇用を前提にしたものに限定することが不可欠である。
　（4）法案は、「派遣先は、当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所ごとの同一の業務について派遣元事業主から継続して一年間労働者派遣の役務の提供をうけた場合において、引き続き当該同一の業務に労働者を従事させるために、当該一年間が経過した日以後労働者を雇い入れようとするときは、当該同一の業務に継続して一年間従事した派遣労働者」につき一応の直接雇用の努力義務を規定している。しかし、右努力義務規定は実際には、実行されない可能性がたかい。なぜなら直接雇用の前提として当該派遣労働者が一年間の期間が過ぎる前日までに直接雇用の希望を表明すると共に、一年経過後七日以内に派遣元との雇用関係が終了しているという要件を満たすことが必要であるが、派遣元が受け入れ表明しないままで労働者が派遣元との雇用関係を終了させることは考えられないため結局、要件を満たす労働者が存在しないということになってしまいかねない。
　また、実際には努力義務とは逆に直用常用労働者の派遣労働者化をいかに防ぐのか職場の現実である。経営者側は、労働者全体を常用雇用から不安定雇用に追いやろうとする雇用戦略を表明し、実施している。こうした状況で、派遣労働者の直用義務が「努力義務」として規定されるとしても実効性が乏しいことは明らかである。すでに男女雇用機会均等法の男女差別禁止の「努力義務」規定が、この12年間、ほとんど意味がなかったことを考えたときには、労働者派遣法のこの「努力義務」規定が同様に形骸化することは容易に予想できる。
　派遣労働者が職場に不可欠な存在して認知され期間を超えて雇用が継続したならば、当該労働者はすでに派遣労働として法律が認める枠を超えているものであり直接雇用化することは法律の趣旨にそうものであることは明らかである。法律によって派遣先との
雇用関係を創設する規定を定めなければならない。

　　4 許可手続等の簡素化は違法派遣や労働基準法違反をさらに野放しにする法案では、「許可等の手続の簡素化等」として4項目を挙げている。

　　（1）手続簡素化によって実際に予想される危険性

　　（ア）事業の許可や届出の簡素化対象業務の種類不記載

　このうち、（1）「労働者派遣事業の許可や届出の簡素化」は、従来の「事業対象業務の種類については、記載を要しない」とするものである。派遣の原則自由化を前提に手続を簡素化しようとすることが目的となっている。
　しかし、対象業務が原則自由化されたとしても、それを手続簡素化に結びつける論理は余りにも単純すぎる。派遣対象業務が、「ネガティブ・リスト」化されたとしても、依然として派遣禁止業務があるのであるから、そのことを派遣業者に確認させるためにも「事業対象の種類を記載させること」には重要な意味がある。
　さらに、労働者保護を行政として効果的に進めるためには、労働基準監督行政との連携が不可欠であるが、その点からも、使用者としての責任を果すべき派遣業者が、主にどのような業務で労働者を派遣しようとするのかを、行政として把握することはきわめて重要である。とくに、労働基準法違反が多発したり、危険有害業務や安全衛生にかかわる業務に労働者を派遣する可能性がある派遣業者については、適切な監督や行政指導が必要となるはずである。
　実務的にも、労災保険については派遣元事業主が保険料納付の義務を負担しているが、保険料率が業種によって異なる。労働者派遣事業としての保険料率は設定されておらず、派遣労働者が実際に就労する業務に応じた保険料の徴収となっている。この点からも、実際に労働者が派遣される業務の把握は行政としても重要なはずである。
　労働行政当局が、届出や許可の際に派遣業務について把握しなくなれば、労働者保護について、労働基準監督と職業安定行政が連携した行政指導や監督がいまよりも一層後退することになりかねない。ＩＬｏ181号条約は、労働監督機関その他の権限のある公の機関による条約規定の実施監督を確保することを各国に要請している（第14条）。
　この手続簡素化は、決して小さな問題ではなく、派遣労働者保護に消極的な労働省の姿勢をうかがわせるものである。われわれは、以上の理由から、「労働者派遣事業の許可や届出の簡素化」に強く反対する。

　　（イ）事業に係る変更の手続の簡素化事業所所在地の変更

　さらに、「労働者派遣事業に係る変更の手続の簡素化」は、派遣元事業主が事業所所在地の変更について、労働大臣への事前の届出や許可が必要であったものを、事後的に届出ればよいとしている。

　　（2）労働者派遣事業開始の欠格事由の追加と不十分さ

　労働者派遣法第6条は、一般労働者派遣事業の許可の欠格事由を5つ列挙している。
　すなわち、（1）禁錮以上の刑、または、政令所定の労働に関する法律に反して罰金の刑の執行を終わり、または執行を受けることがなくなった日から5年を経過しない者、（2）禁治産者、準禁治産者、破産者で復権を得ないもの、（3）一般労働者派遣事業の許可を取り消された者で取消後5年を経過しない者、（4）未成年者で、法定代理人が前3号のいずれかに該当するもの、（5）法人で、役員のうちに前各号のいずれかに該当する者があるものである。
　特定労働者派遣事業の届出についてもこれを準用している（同法第17条）。
　今回の法改正は、労働者派遣法施行令（政令）第3条所定の法律に、イ　いわゆる「暴対法」や刑法の傷害罪、ロ　社会保険・労働保険法に違反して罰金の刑の執行を終わり、または執行を受けることがなくなった日から5年を経過しない者を追加して、一般労働者派遣事業の許可、特定労働者派遣事業開始の欠格事由を拡大するものである。
労働者保護にとって、悪質な派遣業者を規制するためには、この2つの欠格事由の追加そのものには賛成したい。
　ただし、現在の労働行政による法違反の取締りや監督がきわめて消極的である。そのため、政令所定の「労働に関する法律」（労働基準法、労働安全衛生法、賃金支払確保法など）に違反して「罰金刑に処せられた者」は、きわめて限られている。現在の消極的な労働関連法規違反に対する取締り体制を改めなければ、今回の欠格事由拡大も有名無実になることを指摘したい。

　　(3)一般労働者派遣事業の許可の基準の見直し 　　　　特定派遣先への系列派遣の規制

　特定の派遣先だけを対象とする系列子会社としての派遣会社は、諸外国にも例をみないものである。すでに、労働者派遣法制定のときから、派遣先が、系列の派遣子会社つくって、「第2人事部」的に位置づけ、正社員の採用に代替して派遣労働者を導入することにつながる弊害が強く指摘されていた。
　労働者派遣法第48条第2項は、労働大臣が、「労働者派遣事業が専ら労働者派遣の役務を特定の者に提供することを目的として行われている場合」で必要があると認めるときは、当該派遣元事業主に対し、当該労働者派遣事業の目的又は内容を変更するように勧告することができるという規定を定めた。法案要綱は、従来の労働大臣による勧告を、「一般労働者派遣事業の許可の基準」に高めている。その限りでは、親会社など特定の派遣先への派遣を目的とする系列・子会社の派遣会社が原則として許可されないことがより明確になった。
　しかし、すでに銀行・証券や商社をはじめ大企業のほとんどは、労働者派遣法制定の前後以降に系列派遣会社を設立し終わった後である。今回の見直し案は、「雇用の機会の確保が特に困難であると認められる労働者の雇用の継続等を図るために必要であると認められる場合」を除くという例外を許容している。実態として、系列派遣の多くが女性労働者や中高年労働者であり、一般的には雇用の機会が特に困難な者ど考えられる。この実態を追認するだけにならないように命令（施行規則）で例外の範囲を厳しく限定することが必要である。

　　5 派遣労働者保護はきわめて不十分である

　　（1）労働者派遣法の欠陥を補うだけの3点の措置

　法案要綱では、派遣労働者の保護についてはほとんど見るべきものがない。
「派遣労働者の就業条件の確保のための措置」としては、（1）労働大臣に対する申告（派遣元・派遣先の法違反についての申告と不利益扱いの禁止）、（2）相談及び援助（公共職業安定所による労働者の相談と必要な助言その他の援助）、（3）秘密の厳守（派遣元事業主等の守秘義務）の3点が挙げられている。
　この三点は、労働者派遣法そのものに労働者保護について大きな欠陥があったこと、労働行政が派遣労働者を無権利なままに放置していたことを自ら確認するにすぎない。いずれも労働者派遣法制定時に盛り込まれるべき内容であったし、派遣業者の守秘義務は、有料職業紹介事業について守秘義務を定めた職業安定法第51条と比較しても、その規定がないことを我々は以前から指摘してきた通りである。

　　（2）労働者保護措置の法律本文での明確化

　中央職業安定審議会の8月5日の法案要綱についての答申では、次の4点を補足するように指摘されている。
　「①　労働大臣に対する申告をした派遣労働者に対する不利益取扱いの禁止及び派遣元事業主等の派遣労働者のプライバシー等に係る秘密の厳守の実効性を担保するためにその違反者に対する罰則の適用等必要な措置をとること。
　②　派遣労働者の派遣就業が適切かつ円滑に行われるようにするため、派遣先における派遣労働者の福祉施設の利用等派遣先が努めるべき措置の充実のための必要な措置をとること。
　③　労働者派遣に係る苦情や問題事案の事前防止及び早期解決を図るため、労働者派遣事業適正運営協力員について法律に明記すること等必要な措置をとること。
　④　派遣労働者の雇用の安定を図るという観点から労働者派遣契約の中途解除に係る措置についてその実効を確保するため、法律に基づく指針により必要な措置をとること。」
　この4点は、我々としても当然に盛り込むべき労働者保護の措置として基本的に賛成できる内容である。　しかし、これら労働者保護のための措置については、法案には明確に盛り込まれていない。命令（施行規則）や指針（ガイドライン）に委ねるのではなく、できる限り法律本文の規定として定めることが必要である。

　　（3）労働者側委員が指摘する労働者保護の積み残し課題

　中央職業安定審議会のなかで、労働者側委員は、いくつかの労働者保護の課題を提起したが、公益・使用者側委員の賛成を得られなかった課題を8月5日の段階で指摘している。その指摘からは、以下のような多くの課題が積み残されたことが明らかになっている。すなわち、次の7点である。
　（1）労働条件に関する派遣先・派遣元の共同責任を明確にすることについて、省令で定めるとしているが、法に明記すべきであること。
　（2）「派遣元の講ずべき措置等」の30条及び31条を強行規定に改め、併せて「派遣先か講ずべき措置等」の39条に、派遣先事業主は派遣労働者の受け入れに際し、派遣労働者が派遣元との雇用契約時に就業条件などか文書で確認され、かつ、社会・雇用労働など各種保険に加入していることを確認し、条件不備の派遣労働者は受け入れてはならない旨を追加し、これを強行規定に改めること。
　（3）就業条件の明示については、これに違反した場合の処罰は法61条で定めているが、その実効性の担保策が十分でないのでこれを改善すること。
　（4）不合理な派遣契約の中途解除の禁止と派遣先の賠償責任の規定については、47条2に基づく「指針」に記載するということに止まっており不十分、派遣法に規定すること。
　（5）個入データの管理に係わる規定として「秘密の厳守」が新たに設けられたが、個人情報の保護の範囲が明記されておらず不十分である。保護すべき個人情報の範囲を明らかにするとともに、その実効性を担保するためにも「申告の不利益扱い」と同様にＩＬＯ181号条約の第6条及び第14条の規定に則り、「罰則」を科すこと。
　（6）不安定雇用問題と労働者保護策の改善がはかられなければ、登録型派遣労働者については、新たな制度となる臨時的・一時的な労働力の需給調整への対応は認められないこと。
　（7）育児・介護ならびに高齢者特別派遣は、制度創設の趣旨が「臨時的・一時的」労働力の需給調整とは性格が異なることから、制度の趣旨が歪められ濫用されることが危惧されるため、濫用の防止をはかること。
　我々も、これらの諸点は、労働者派遣法見直しにあたっては、当然に盛り込むべき内
容であると考える。これらを積み残したままの法見直しは、労働者保護に欠けるものであることを改めて指摘したい。

　四　本来の法改正の課題－われわれの提言－

　われわれは、労働者派遣法の見直しにあたって、本来であれば盛り込むべき課題として、次の5点を提言したい。

　　（1）派遣の自由化ニ常用雇用の劇的破壊をもたらさない歯止め

　労働者派遣の原則自由化は、雇用の多様化や流動化の政策の一環として位置づけられているが、その直接の結果は、常用雇用の劇的破壊である。なぜなら、派遣労働者と派遣先常用雇用労働者の労働条件が数倍もの差になり、派遣労働者が無権利で未組織であり、また、無協約であるといった、世界に例のない日本の雇用の現実においては、経営者が常用雇用を選択する動機はきわめて限られてしまうからである。対象業務の限定という唯一の歯止めを失ったとき、日本では、劇的な正社員から派遣労働者へという常用雇用の破壊が引き起こされることは必然である。
　業界最大手パソナの上田宗央副社長は「現行26業種の就業者は、全就業人口の8分の1。自由化されれば3分の2になる。幅が大きく広がるのは確かだ」と労働者派遣法見直しに期待しているという〔朝日新聞1998年8月22日付〕。これまで例外であった派遣労働者が法見直し後に急速に増加する可能性が示されている。
　我々は、労働者派遣法施行の12年間にわたって、派遣労働者の無権利や違法派遣の問題に直面してきたが、このような弊害の多い派遣労働の劇的な広がりをもたらす、今回の労働者派遣法見直しについては絶対に反対である。
　当面、常用雇用破壊をもたらさない歯止めとして、次の4点を主張する。

　1　現行労働者派遣法の「適用対象業務」を例外的に限定するという枠組みを堅持し、対象業務の限定を最小限にとどめること（例えば、96年法改正前の16業務に戻すこと）。
　2　常用雇用の派遣労働による代替を明確に禁止し、過去1年間に人員削減（リストラ）を目的として常用雇用労働者（雇用保険の被保険者資格を有する者など）を解雇したり、退職させた事業所については、派遣労働の受け入れを禁止すること。
　3　企業が系列子会社の派遣会社に、常用雇用労働者（雇用保険の被保険者資格を有する者など）を移籍または在籍出向させ、そこから派遣労働者として元の企業または他の企業へ派遣就労させることを明確に禁止すること。
　4　派遣労働者が、同一派遣先に一年の派遣期間を超えて継続して派遣就労するときには、派遣先との間に雇用関係が成立したとみなすこと。

　　（2）違法派遣の取締りなど現行法の厳格な運用を前提にした法見直し

　法見直しにあたっては、現行の労働者派遣法や職業安定法などの法規制（ルール）を厳格に適用することを出発点とするべきである。
労働者派遣法の制定と運用をめぐる政府．労働省の姿勢は、一貫して誠意に欠けるものであった。1985年に制定された労働者派遣法自体が、労働行政による有効な取締りが欠けたなかで、職業安定法第44条に違反する労働者供給事業が蔓延していることを前提にしていた。すなわち、違法状態に対して、これを一定のルールの下に置いて、労働者の適正な就業条件を確保することが労働者派遣法の目的の一つであった。
　ところが、労働行政は、同法施行後のこの12年間、違法派遣を野放しにし、派遣労働者保護に有効な措置をほとんどとってこなかった。たとえば、労働省は、警察当局から、野放しになっていた外国人労働者の違法派遣の取締りを要請され、また、最近では、会計検査院から派遣労働者の社会保険不加入の是正を要請されている。労働行政の、派遣労働者保護の怠慢ぶりは際立っている。
　また、労働基準監督行政と職業安定行政の連携の欠如も際立っている。法制定以前（1983年）には、派遣労働者が違法派遣で労働基準法の権利を無視されているときでも、労働行政の内部では、労働基準監督署と公共職業安定所の間には、相互に自らが先に動かないようにする「双方すくみ」の内部通達が出されていたと指摘されている。法施行後も、両者連携の派遣労働者保護の行政の取り組みについては報告がないし、労働基準監督署が、労働者派遣事業をまとめた監督対象にして特別の監督をしたことも法施行後12年間には報告されていないのである。
　これに対して、ドイツやフランスでは、労働者派遣法が日本に比較して格段に厳格に運用されている。違法な派遣業者は厳しく規制され、政府の法律実施について詳しい報告を毎年きちんと行っており、決して派遣業者が野放しにされていない。
　いま、労働者派遣法の見直しを進めるのであれば、まず、現行法について厳格に適用するべきである。労働基準監督行政と職業安定行政が連携して、違法派遣や派遣労働者の現実を的確に把握し、法規制を徹底して遵守させることが必要である。労働者派遣事業を独自の対象とした法違反についての労働基準監督を毎年計画的に実施し、その結果を公表することが必要である。要するに、派遣労働者を真に保護するための労働行政の姿勢と人員体制が強く求められる。

　　（3）ＩＬＯ条約やＥＵ諸国労働者派遣法の水準に近づける有効な法規制

　労働者派遣法については、ＩＬＯ条約・勧告やＥＵ諸国の水準から労働者保護を手厚くする方向での見直しが必要である。中央職業安定審議会や労働省は、1997年に採択されたＩＬＯの「民間職業事業所（181号）条約」が職種限定を行わない派遣や民間職業紹介を認めていることを口実として、対象業務の限定ないの派遣の原則自由化を進めようとしている。
　しかし、ＩＬＯ条約は、派遣労働者の保護について、団結権・団体交渉権、個人情報の保護、労働条件・社会保険等の権利など幅広く、手厚い措置をとることを政府と派遣元・派遣先使用者に要請しているのである。
　労働者派遣を早くから導入したＥＵ諸国でも、常用・直用の雇用が大原則であることが依然として確立しており、労働協約の適用などを通じて、派遣先従業員に比較して、派遣労働者の労働条件はそれと同等か、近い水準に維持されている。フランスでは、派遣労働者の賃金は派遣先労働者と同等にするという労働者派遣法の明文の規制があり、ドイツでは、登録型労働者派遣は禁止され、12カ月を超える同一派遣先での派遣就労があれば派遣先との間で労働関係の成立が擬制されることになっている。それ以外にも、ＥＵ諸国の労働者派遣法には、社会保険料の支払い等の労働者保護について派遣元と派遣先が連帯責任を負担することにしている点で共適している。
　　さらにＩＬＯ181号条約第11条は、加盟国が派遣労働者に対し、（ａ）結社の自由、（ｂ）団体交渉、（ｃ）最低賃金、（ｄ）労働時間その他の労働条件、（ｅ）法令上の社会給付・休業、（ｆ）訓練を受ける機会、（ｇ）職業上の安全及び健康、（ｈ）職業上の災害又は疾病の場合における補償、（ｉ）支払不能の場合における補償及び労働者債権の保護、（ｊ）母性保護及び母性給付並びに親としての保護及び親に対する給付の各「事項について十分な保護が与えられることを確保するために、国内法及び国内慣行に従い必要な措置をとる」ことを要請している。
　また、ＩＬＯ188号勧告では、「労働者の保護」として、（1）派遣業者による非倫理的な行為の防止・排除の必要な措置（制裁つき）、（2）不公正な宣伝活動及び誤解のおそれのある広告の防止、（3）労働者ことって危険や差別待遇の可能性がある場合の派遣禁止、（4）外国人労働者に対する母国語等での雇用条件の通知、（5）人種、性別、年齢等による直接的・間接的の差別禁止、（6）雇用における均等の促進、（7）必要でない個人情報の記録の禁止、（8）派遣業者による個人情報の保護、（9）派遣労働者の雇用選択の制限禁止などを求めている。
　労働者派遣法の見直しにあたっては、とくに、(1)団結権．団体交渉権の保障、(2)労働条件の派遣先従業員との同等待遇保障、（3）社会保険加入・同保険料負担などについて派遣先・派遣元の連帯責任を明確にすることなど、派遣労働者の弊害を少なくしているＥＵ諸国の法規制を模範とする規制を導入するとともに、ＩＬＯ181号条約・188号勧告等の求める労働者保護の内容を積極的に盛り込むべきである。
　　（4）当面、緊急な派遣労働者保護の措置をとることが必要である。

　派遣労働者の無権利な現実が広がるているが、これを克服するためには、当面、次のような労働者保護の措置を緊急に法制化することが必要と考える。

　（ア）登録型労働者派遣の廃止。当面は、労働者保護の規制強化。

　原則的には、常用型しか認めていないドイツの労働者派遣法にならって、登録型労働者派遣を廃止するべきである。
　当面、登録型労働者派遣を残すときには、労働者の保護について特別な配慮を行うこと、派遣会社に、次のような法的義務を明確にすることが必要である。
　具体的には、
　（ａ）一つの企業での長期の継続雇用を前提にしている労働法・社会保障法の各種制度（例えば、年次有給休暇、産休・育休制度などの適用、社会保険・雇用保険、退職金制度）について登録型（短期雇用）にも適用されるか、適用上不利にならないように制度改正をすること。〔とくに、年次有給休暇については、ある派遣先への派遣終了から次の別の派遣就労までに「1ヵ月＋1日」の空白期間があれば、権利が失効するという扱いが普及しているが、この継続勤務の要件を緩和するとともに、派遣会社が異なっても年次有給休暇については勤務を通算する措置を導入することが必要である。〕
　（ｂ）登録労働者と派遣会社の間の契約上の義務として、（1）派遣就労あっ旋義務、（2）派遣労働者の個人情報保護義務、（3）技能訓練義務などを労働者派遣法上の義務として明確にすること、
　（ｃ）登録しても派遣就労できないときには一定の所得保障（休業手当等）を派遣元に義務づけるか、雇用保険上の給付を保障すること
　（ｄ）社会保険については、加入要件を満たしながら当事者の選択に委ねることにしてきた従来の派遣会社の責任、それを黙認してきた行政の責任を踏まえて、保険料の遡及納付については労働者負担とせず、派遣元や派遣先の企業の負担とすること、等が必要である。

　（イ）法違反を取締り、派遣元・派遣先に使用者責任を果させる実効ある措置

　労働者派遣法の施行のなかで、規制や摘発がないために派遣先事業主の横暴振りが際立っている。とくに、派遣先による派遣労働者の直接採用・直接面接の実態が広がっている。　この直接面接は、労働省も明確に認める労働者派遣法違反であり、派遣元に代わって、派遣先が直接に雇用責任を負うと考えられる。
　1996年の法改正では、派遣先の使用者責任を強化することが論議されたが、対象業務外を指示した派遣先の企業名公表や、労働者派遣契約の途中解除について行政指導のガイドライン（「派遣元事業主及び派遣先が講ずべき措置に関する指針」〔平成8年労働省告示第102号〕）が示されただけである。
　当面は、対象業務外の違法派遣を指示した派遣先事業主に対する制裁を企業名公表に止めず、罰則を設けるべきである。また、ガイドラインの内容を、法律や規則に派遣先の法的義務として明記し、違反に対する制裁を定めることが必要である。
　労働者派遣法が施行されて以降、違法派遣を取り締まる労働行政の人員体制はほとんど拡充されていない。
　ＩＬＯ181号条約は第14条で、「(2)条約の規定の実施の監督は、労働監督機関その他の権限のある公の機関によって確保する」こと、「(3)条約の違反については、適正な是正措置（適当な場合には制裁を含む。）を規定し及び効果的に適用する」ことを求めている。
　当面は、次の5点が必要である。すなわち、
　（1）請負等を偽装した違法な労働者派遣事業を排除するために、派遣と請負の区分について具体的な基準を作成し、より一層効果的な監督を行うこと、
　（2）労働者派遣法違反や職業安定法違反を取り締ることを専門とする職員を各公共職業安定所に複数名配置するなど大幅に増員し、罰則適用について労働基準監督署・司法当局と連携して取締りの態勢を整備すること、
　（3）労働基準監督行政と職業安定行政が、相互に牽制し合らて法違反について初動しないという現状を改め、相互の協力によって法違反に機敏に対応して効果的な取締りを行うこと、
　（4）96年改正によって設けられたが、ほとんど活用されていない悪質派遣先への勧告・企業名公表制度（労働者派遣法第49条の2）を実際に適用すること、
　（5）有効に機能していない「労働者派遣事業適正運営協力員制度」については、派遣労働者の権利確保に熱意のある人選を行い、協力員の氏名・肩書きと活動内容について情報を公開することである。

　（ウ）派遣労働者の労働組合加入・団体交渉の権利を明確にすること

　派遣労働者の労働組合加入は、きわめて低い比率にとどまっている。派遣労働者が、労働組合を組織することが困難であることを前提にして、その組織化を助長する労働立法・労働政策が必要である。
　まず、1995年2月28日、最高裁判所（第三小法廷）は朝日放送事件判決で、放送番組制作現場で派遣的労働関係の下で働く事業場内下請労働者との団体交渉について、派遣先企業に団体交渉応諾義務を認める画期的な判決を下した。法見直しにあたっては、この判決の趣旨を拡張して、派遣的な労働関係では派遣先が「使用者」として派遣労働者の労働組合と団体交渉に応ずべき義務があることを一般的に認めることが必要である。
　さらに、イタリア法が保障しているように、派遣労働者が派遣元・派遣先事業場で自由に組合活動ができるように集会の権利や便宜供与の権利を特別に保障することが必要である。

　（エ）派遣労働者の個人情報保護

　労働者派遣事業の場合には、職業安定法所定の有料職業紹介事業者に課せられた守秘義務（第51条）に相当する義務が、法律上定められていない。われわれは従来から、この守秘義務規定を労働者派遣法に設けることを強く主張してきた。
　1998年1月、大手派遣業者「テンブスタッフ」が登録している女性ばかり約9万人分のデータを杜撰な情報管理で盗まれ、「容姿ランク付きリズト」としてインターネットのホームページ上で売り出されていたことが明らかになった。最も代表的な派遣業者が派遣元として何よりも重要なはずの登録労働者の個人情報をデタラメきわまりない管理で盗まれたのである。この事件は、派遣業者の社会的信頼を失わせただけではなく、派遣登録そのものの問題点や危険性を浮び上がらせることになった。
　派遣110番へも多くの派遣労働者からの苦情や相談が寄せられた。「テンプスタッフを相手に何か法的な措置がとれないか」、「他の派遣業者もテンプ．スタッフと同様ないい加減な個人情報管理をしている」、「派遣会社に登録するのが怖くなった」、「登録した情報を削除したはずなのにまだ仕事の紹介が来る」等との切実な訴えが相次いでいる。
　このテンブス．タッフ事件は、民間の派遣業者に大量の個人情報を管理させることにな労働者派遣制度の危険性と規制の必要性を改めて大きく浮び上がらせることになった。
　早くから我々は、派遣労働者の履歴書のファックスでの垂れ流しなど杜撰な個人情報管理の問題点を指摘したが、政府・労働省は、き」面的に労働者派遣の規制緩和を推し進め、有効な法規制をしてこなかった。今回のテンプ・スタッフ事件は、派遣業者の守秘義務が明確ではないこと、情報管理が規制されていないことなど、すでに危険性が指摘されていたのに、まともな対応を回避してきた政府・労働省の責任はきわめて重大である。
　以上、有料職業紹介事業や労働者派遣事業が社会的にも大きな影響を与える存在になっている一方で、個人情報が電子情報化され、漏洩や盗難などの危険性が飛躍的に大きくなっている現在、職業安定法第51条の守秘義務規定は時代遅れであり、十分ではなくなっている。とくに、同条違反には罰則規定がなく、違反があっても効果的な制裁措置がないことは重大な欠陥となっている。
　労働者の個人情報の重要性については、ＩＬＯが、個人情報にかかわる準則（1996年10月にＩＬＯプライヴァシーに関する専門家会議が作成した、「労働者の個人情報保護に関する行動準則(Code of practice of the protection of worker's Personal data)」）を定めており、派遣労働者の個人情報については、この準則の考え方を基調にして、ＩＬＯ181号条約・ＩＬＯ188号勧告が詳細な保護規定を定めている。

　なかでも、ＩＬＯ181号条約は、第6条で、労働者派遣事業者が、労働者の個人情報の処理を行うときには、「（ａ）国内法及び国内慣行に従い、当該情報を保護し及び労働者のプライバシーの尊重を確保する方法で実施すること」と、「（ｂ）関係のある労働者の資格及び職業経験に関述する事項その他の直接に関連する情報に限定すること」を求めている。
　ＩＬＯ188号勧告は、労働者派遣事業についても次のような個人情報保護の原則を求めている。すなわち、「求職者の職務への適性を判断するために必要でない個人の情報の記録禁止」（11項）、「正当な収集目的があるか登録希望があるときに限っての個人情報の保管」（12項1）、「派遣労働者による個人情報の閲覧・調査・削除・訂正の権利」（12項2）、「目的外利用の禁止・健康情報の使用禁止」（12項3）である。法案では、派遣労働者のプライバシー保護のため罰則規定を盛り込むことが示されているが、職業安定法第51条と同様な守秘義務規定を設けるだけでなく、ＩＬＯの新たな国際基準を盛り込んだ法規制を導入するべきである。罰則規定を設けることは当然であるが、実際に、違反があったときに罰則を適用する労働行政の姿勢と人員体制が必要である。

　（オ）派遣労働者の時間外労働については派遣元ではなく、派遣先事業場での36協定を要件とすること

　派遣元会社で「36協定」を締結する現行の法制度は理解し難い。同法は派遣労働者の場合の時間外労働協定（36協定）は、派遣元で締結することを求めている。
　しかし、派遣労働者が、実際に時間外労働をするのは派遣先事業場である。派遣先事業場の事情に応じた時間外労働の慣行があり、それを規制するのが、36協定であるのに、何十、何百に散らばった派遣先事業場を一つの派遣元事業場だけで、まとめて36協定を締結するという現行制度は「虚構」（きょこう）と言える。残業の必要のある具体的事由、業務の種類、労働者の数並びに1日及び1日を超える一定の期間についての延長することができる時間などを、多様な派遣先に対応して派遣元の36協定に盛り込むことは不可能である。また、派遣元事業場の過半数の労働者代表（過半数労働組合があれば、その労働組合）が代表して、36協定を締結するが、あちこちに散らばった派遣労働者が真に民主的に代表者を選出することは困難である。派遣労働者が一堂に会する機会が設けられているという例はきわめて少ない。登録型派遣労働の場合の代表選出については、実態を想像することさえ困難である。
　労働省は、これらの非難に応える形で「通達」（昭和61年6月6日　基発333号）を出しており、そこでは「派遣中の労働者が異なる派遣先に派遣されているための投票に併せて時間外労働・休日労働の事由、限度等についての意見・希望等を提出させ、こ
れを代表者が集約するなどにより派遣労働者の意思が反映されることが望ましいこと」としている。他方、96年法改正にともなう指針では、派遣先が時間外労働を派遣労働者に命じるときに、「派遣先は、派遣元の事業場で締結される36協定の内容等派遣労働者の労働時間の枠組みについて派遣元との連絡調整を的確に行うこと」を指示している。
　この指針そのものが、「虚構」といえる派遣元での36協定の問題点を認めたものと言える。法施行後12年間に、派遣労働者について時間外労働や36協定締結の実態がどのようになっているか、労働行政による本格的な調査や報告は公表されていない。現実をしっかりと踏まえて、派遣労働者を保護する視点から、派遣元での36協定ではなく派遣先での36協定に基づいてはじめて派遣労働者の時間外労働を命じることができるようにするべきである。

　（カ）安全管理者、衛生管理者、労働安全衛生員会など、労働安全衛生法に基づく労働安全衛生体制については、派遣労働者とともに、派遣先事業場で常時就労する事業場内下請労働者を含めて派遣先事業主の責任で整備することを法的に義務づけること

　労働安全衛生法に基づく安全衛生管理体制は、と派遣先事業場では、派遣先従業員とともに派遣労働者をもともに対象とすることになっている。しかし、この派遣先での安全衛生管理体制確立の法的義務については、派遣先事業主に十分に徹底していない。少なくとも、労働省は、派遣労働者を受け入れている派遣先事業場で、派遣労働者を対象とした安全衛生管理体制の確立がどのような状態にあるかについて調査結果を公表するべきである。

　（キ）派遣元による労働保険・社会保険の保険料、賃金等の未払いについて派遣先が連帯責任を負うとすること

　ＥＵ諸国やＩＬＯの最低基準にならって、派遣元とともに派遣先による共同責任（連帯責任）を明確にすることが必要である。

　　（5）近い将来に、労働者派遣制度の廃止そのものが必要である。

　以上の（1）から（4）までの課題にもかかわらず、労働者派遣制度には間接雇用の弊害や労働者保護などの点で、重大な問題点が含まれている。現行法についてはその規制を厳格に運用するとともに、緊急の改善措置が必要であるが、できるだけ近い将来には、労働者派遣制度そのものを廃止することが望まれる。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　以上