萬井隆令・脇田滋・伍賀一道編『規制緩和と労働者・労働法制』

　萬井隆令・脇田滋・伍賀一道編
『規制緩和と労働者・労働法制』
旬報社、２００１年２月刊行

はしがき

　沈滞している経済の活性化のために、という理由をつけて、「規制緩和」という呪文さえ唱えればなにごとも許されるかのような風潮がある。政府は多くの分野にわたる具体的な規制緩和項目を閣議決定し、その内容をつぎからつぎへと法制化、あるいは既存の法規制を撤廃している。日経連・経団連といった財界の主要な団体はそれをいっそう督励する提言や要望をつぎつぎと提起している。それらを批判する論評もあるが、政府や経営者団体と連携する形で規制緩和を提唱・推奨・督励する論調が、社会や学界の一部でも声高になっているようにみられる。労働者保護法や雇用保障法にかかわる分野も例外ではない。

　もとより産業構造や生産物・生産方法の変化、それに対応した労働態様などの変化に照応して、労働分野でも、従来の規制方法や内容が変化すべきことは一般的にはありうることである。問題はその内容である。

　労働分野で現実に進行している規制緩和は、労働基準法研究会とか労働力需給システム研究会、雇用法制研究会など、労働法研究者も参加した研究会の「報告」を受けて立案された形をとってはいる。だが、内容的にはほとんど例外なく、経営者団体の要望に呼応するものとなっている。

　本来は、そのような改革にあたっては、まず従来のどのような規制がいかなる意味で問題を生んでいるのか、について規制状況と労働現場の現状を調査・分析し、それに対していかなる理念でどの方向に法改正すべきか、その改革を行った場合、どのような労働態様の変化とそれによる労働者の労働条件の変化や生活への影響が予測されるかが十分慎重に検討されなければならない。しかし現実には、十分な調査・現状分析や検討は行われないまま、すでに幾種類もの変形制導入による労働時間規制の弾力化やその時間規制すら行わない裁量労働制の採用、労働者供給事業や職業紹介事業の規制解除（労働者派遣事業の原則自由化）が行われた。

　現在の改革は、規制緩和だけでなく規制強化の面をふくむ規制の再編成である、という見解もあり、政府は、名を「規制改革」とあらためつつ、さらに規制緩和を継続・強化しようとしている。日経連は八時間労働制の撤廃や労働基準法違反に科せられていた刑罰の全廃まで提唱している。労働市場における個人の自立性や選択の自由を認め、個性を重視したうえでのサポートシステムを構築するといった類のものをもふくめて、そのような事態をリードしている理念・理論や、これまでの規制緩和の内容、労働者に対する影響を総合的に厳密に分析し、必要であれば、立法論的課題の提起を行う必度がある。

　本書は、このような考えのもとに、龍谷大学社会科学研究所の共同研究として、大学と専門分野の枠を超えて発足させた『雇用の流動化と労働法制の「規制緩和」』研究グループのまとめである。なお、それぞれの原稿について編集委員が調整を行ったが、最終的には各担当者が責任をもって執筆した。

　第一章では、規制緩和にかかわる総括的な問題指摘を行った。第一章では、規制の緩和・弾力化、雇用の流動化にかかわる同際的動向を概観・分析し、国内における現状と労働者の状態・動向を統計の分析と現場の実態調査の双方からリアルに把握しようとした。第三章では、この間題にかかわるイデオロギーに焦点をあて、国際的動向を紹介し、また国内において展開されている規制緩和を推奨する理論を批判的に分析した。そして最後の第四章では、主要な問題点について、規制緩和の具体的現われとその労働法上の理論的・現実的問題点を法社会学・法政策学的な観点をもまじえながら分析し、若干の立法論的提起も行った。

　政府の行政改革推進本部・規制改革委員会が二〇〇〇年七月に公開した論点のなかには、雇用・労働の分野では、労働者募集、円滑な労働移動、労働市場におけるセーフティネット整備、インターネット活用、改正労基法や派遣法の施行後明らかになった問題点の検討などがあげられている。そのなかには、整理解雇四要件の緩和や「労働組合による不当労働行為」制度までふくまれている。それらが一部委員の意見のままで立ち消えになるとはいいきれず、規制緩和問題については今後もなお、ホットな論争が継続されるであろう。本書が、その論争に、一つの方向を示しえていれば幸甚である。

　また、あらためていうまでもないが、規制緩和問題は労働のあり方を変革し、労働者とその家族の生活のあり方にもかかわらざるをえないすぐれて実際的な問題である。したがってそれは、当然、労働組合と労働運動にとっても重大な問題を提起している。だが、これまでは労働組合の対応は必ずしも機敏ではなかったようにみえる。

　労働者のなかでも活発な規制緩和問題についての討議を期待したいが、本書がそれに寄与すれば幸いである。（以下、略）

　　　　二一世紀を迎えて

編集委員　萬井　隆令　　　　　　　

　　　　脇田　滋　　　　　　　　

　　　　　伍賀　一道　　　　　　　

　　（分担執筆者）
　　　片岡　�如�牴谿貽察∀温勝ヾ燹�翕臉詰此⊂照��
　　　脇田　滋、萬井隆令、吉田美喜夫、奥田香子

－－－－　　目次　　－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－

　　　　　　はしがき

　第一章　規制緩和政策と社会的人権ならびに労働法の課題
　　一　「経済のグローバル化」・規制緩和の展開と労働法の改編
　　二　「規制緩和」から「社会的規制の補強」へ
　　三　対応の原則的立場と具体的方策
　　四　労働法の現代的意義と「守るべき価値」

　第二章　雇用の弾力化・規制緩和の展開と労働者

　第１節　雇用の弾力化、規制緩和の展開と現状　欧米先進国の動向、日本の特徴
　　一　構造調整政策から雇用の弾力化、規制緩和政策へ
　　二　雇用の弾力化、規制緩和の意味するもの
　　三　雇用の弾力化、規制緩和はどのようにすすんだか
　　四　日本における雇用の弾力化と規制緩和の展開

　第２節　規制緩和・弾力化の展開と人事労務管理
　　一　規制緩和の推進と人事労務管理の再編をめぐる動向
　　二　雇用関係の規制緩和と非正規労働者の利用の拡大
　　三　職業紹介事業の規制緩和と雇用管理
　　四　解雇規制の現況と人員削減の進行
　　五　労働時間の弾力化・規制緩和と労働時間管理
　　六　賃金・労働費用における規制緩和・弾力化と賃金管理
　　七　規制緩和と労働行政、労使関係

　第３節　雇用の弾力化と労働者・労使関係の現状
　　一　リストラ・雇用の弾力化のなかの労働実態―事例調査からみる
　　二　深まる雇用不安・働き過ぎ・賃金引き下げ
　　三　雇用の弾力化と労働組合、労使関係

　第三章　雇用の流動化・規制緩和をめぐる理論の諸

　第１節　経済のグローバリゼーションとＩＬＯおよびＥＵの動向
　　一　現状をどうみるか
　　二　労働権保障をめぐるＩＬＯおよびＥＵの立法動向
　　三　ＩＬＯおよびＥＵの立法動向と今後の課題

　第２節　雇用・労働分野における規制緩和推進論とその検討
　　一　雇用・労働分野における規制緩和論
　　二　市場原理主義と労働市場法論
　　三　労働市場法論の検討

　第四章　労働者保護法制と規制緩和　現状と課題

　第１節　労働者保護法制の原則と規制緩和
　　　一　労働者保護法制の性格と労使自治論
　　　二　現行の労働者保護法制の評価

　第２節　労働契約法制と規制緩和
　　　一　労働契約の締結
　　　二　期間の定めのある契約
　　　三　営業譲渡など企業組織の変動と労働契約の承継

　第３節　派遣・職業紹介法と雇用保障法制の緩和
　　　一　規制緩和の対象としての職業安定法
　　　二　労働者派遣法改正をめぐる動き
　　　三　有料職業紹介事業と職業安定法の改正

　第４節　解雇法制と規制緩和
　　　一　解雇権濫用法理の内容と構造
　　　二　解雇規制緩和論の特徴と間題点
　　　三　解雇の本質と規制のあり方

　第５節　労働時間法制と規制緩和
　　　一　労働時間制度の意義
　　　二　労働時間法制の変遷・現状と問題点
　　　三　立法の向かうべき方向と課題
　　　四　労働行政上の問題点

　第６節　女性労働法制と規制緩和
　　　一　女性保護規定の廃止をめぐる経緯と議論
　　　二　労基法改正等による新たな共通規制
　　　三　男女雇用平等の促進と均等法
　　　四　女性労働法制の今後の展望

　　　　Ａ５版、３３１頁　ISBN4-8451-0677-9
　　　　定価（本体　３８００円＋税）注文は、旬報社（tel:03-3943-9911）へ

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Last update: Feb. 10 2001