季刊労働法1997年秋季号は、労働法と規制緩和について特集しており、私の論文はそのうちの一つです。

脇田滋「労働者派遣事業と有料職業紹介事業の自由化論批判 −一九九七年ILO「民間職業紹介所条約」をてがかりに−」季刊労働法183号(1997年秋季号)
 総合労働研究所


目次(一部抜粋)

 はじめに
 労働者派遣事業や有料職業紹介事業の対象の拡大さらには自由化が、雇用の分野における規制緩和の最重要項目に挙げられて、経済団体や関連業界からの強い要望を受けて、他の課題に先行する形で規制緩和が進められている。すなわち、一九九六年六月の労働者派遣法改正で、派遣対象業務の追加とともに、育児休業・介護休業取得者の代替への派遣も認められ、同年一二月から施行されたが、同九六年三月には、政府の「規制緩和推進計画」で派遣対象業務の大幅拡大・原則自由化を含めた検討が求められた。これを受けて九七年早々から中央職業安定審議会が制度全般の抜本的検討を開始し、九七年九月を目途に基本的方向を出す予定と伝えられている。同年一二月、同審議会は、有料職業紹介事業について、「ネガティブリスト化」によってサービス業の対象事業の大幅拡大、紹介手数料の自由設定、手続の簡素化等を内容とする建議を提出した。これに基づいて九七年二月二八日に職業安定法施行規則が改正され(労働省令第九号)、同年四月一日より施行されることになった。

 労働法の体系のなかでは周辺に位置すると考えられてきた労働者派遣事業や有料職業紹介事業が、労働法の規制緩和の中心的課題となっている理由は、それらが常用雇用労働者を含めての「雇用の流動化」(離職と転職)を前提にしているからである。規制緩和論者は、「雇用の喪失」(解雇および類似の措置)をいわば所与の前提に、「人材スカウト業」や「再就職援助・あっ旋業(アウトプレースメント業)」などが新たな営利目的の人材ビジネスに門戸を広げ、関連して公共職業安定所の役割を見直すという方向での新たな政策提起を活発に行っている。

 他方、一九九七年六月、ジュネーブで開かれた国際労働機関(ILO)の総会で、労働者派遣事業等も対象にした「民間職業紹介所(Private Eployment Agency)条約」が採択された。経済団体や労働省は、新条約をめぐる議論を、労働者派遣事業や有料職業紹介の自由化の動向に弾みを与えるものとして宣伝してきたが、採択された条約や勧告、さらに一九九八年に採択が見込まれる、関連した「契約労働条約」の議論は、日本にとっては、むしろ、労働者保護のための厳しい規制を強く要請する内容であることが明らかになってきた。

 本稿は、労働者派遣事業や有料職業紹介事業をめぐる規制緩和論を振り返り、ILOの新条約や勧告の内容に照らして、日本の関連法規制をめぐって検討すべき課題を明らかにしたい。

 一 職業安定法の基本理念と職業紹介関連規制
  1 公的職業紹介による公正雇用保障・民主的労働関係成立の保護
  2 請負形式による間接雇用禁止のもつ意義
 二 労働者派遣事業の展開と現状
  1 労働者派遣法の運用と問題点
  2 一九九六年労働者派遣法改正
 三 有料職業紹介事業の自由化
  1 リストラの動きと有料職業紹介事業自由化の動き
  2 職業安定法施行規則の改正
 四 ILO一九九七年民間職業紹介所条約
  1 一九九七年民間職業紹介所条約
  2 契約労働条約・勧告
 五 ILO条約批准に向けての法規制拡充の課題
  1 問題の所在
 ILO「民間職業紹介所条約」・「勧告」、「契約労働条約案」が提起している国際労働基準は、日本の労働者派遣事業や有料職業紹介事業の法規制にとっても新たな基準である。とくに、日本では労働者派遣事業や有料職業紹介事業の下での労働者の無権利な実情を考えると、民間職業紹介所のもたらす弊害から労働者を保護する課題は大きい。ILOの新条約・勧告は、規制緩和の方向とはまったく逆に、日本の現実に即して、きわめて厳格な法規制を新たに加えることを要請している。
  2 民間職業紹介所に含まれる三つのサービス類型
  (1)労働者派遣事業
  (2)求職情報関連サービス
  (3)系列・子会社の民間職業紹介所
  (4)シルバー人材センター
  3 労働者の権利保護
  (1)結社の自由・団体交渉
  (2)平等待遇・同一労働同一賃金の保障
  (3)個人情報の保護
  (4)料金・経費の徴収禁止
  (5)外国人労働者・児童労働保護
  (6)苦情・権利の濫用・不正行為の調査
  (7)労働者の保護
 おわりに
 一九九七年七月で労働者派遣法施行一一年となったが、この間の運用から多くの弊害が明らかになってきているが、さらに、現在、常用雇用労働者の減少=人員削減を前提にして、その受け皿として労働者派遣事業や有料職業紹介事業の拡大が進められようとしている。就職情報誌による弊害もほとんど放置されているのが日本の現状である。
 こうした日本の現状にとって、ILO新条約は、厳しい法規制の強化を要請していると考えるべきである。一九九四年「パートタイム労働条約」(一七五号)、一九九六年「家内労働条約」(一七七号)、さらに、一九九八年に予定されている「契約労働条約」の採択という一連の流れのなかで、一九九七年「民間職業紹介所条約」「同勧告」を位置づける必要がある。政府や経済団体の一部からは、ILOの九六号条約見直し論議に関連して労働・雇用分野では国際的に規制緩和の流れがあることが強調されてきた。しかし右の検討からは、ILOが提起しているのは民間職業紹介所を自由化するという一面的な提起では決してないことが確認できる。ILOは、多様な雇用形態の広がりという現実に即して規制の対象となってこなかった労働者にも保護や団結活動の権利を拡大しようとしているのである。少なくとも、ILOは、法規制を緩和して常用雇用に変わって不安定な雇用を拡大して、労働者を無力化する方向をめざしているのではないという点は明らかである。

 雇用の分野での規制緩和論について、高梨昌氏は「労働市場の特質を無視して、資本の無限な欲望を刺激し、これを自由に発揮させる『営業の自由』」を優先させ、「労働市場のルールを定めた各種の労働政策や労使慣行を否定する政策提言」と厳しく批判している。氏自身が制定の中心となった労働者派遣制度は、労働政策や労使慣行、さらに憲法やILO条約などに示された労働法の基本的諸原則に否定する内容をもっていることを筆者は繰返し指摘したが、いま進められているのは、高梨昌氏をも踏み越えて「資本の無限な欲望」に奉仕するための、働くルールの破壊ということになろう。

 しかし、政府は、ILO民間職業紹介所条約や契約労働条約の採択をまって新たな国際労働基準に適合するように法改正をするのではなく、一九九六年に労働者派遣法を改正し、一九九七年四月からは有料職業紹介事業の対象をネガティブリスト化してしまった。ILOの論議が全面的に明らかになろうとしている現在、規制緩和の視点からだけの「つまみ食い」的対応は、国民を欺瞞するだけではなく、国際的な信義からも許されないものと言わざるを得ない。現在、行政改革会議や行政改革委員会では、公共職業安定所をはじめとする労働行政の全面的な見直しが課題とされている。本稿では、紙数を大幅に超過したために、この点については論及できなかったが、この行政改革論議においても、ILOの新条約をはじめとする新たな動向を踏まえての議論が必要であることを強調しておきたい。



ILO181号条約・188号勧告条文
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