『京都学習新聞』(京都学習協)1999年3月15日(3頁−17頁)に掲載された私の講演の記録です。京都市内で開かれた99春闘連続講座で、労働基準法、労働者派遣法改悪のねらいを中心に論じたものです。テープの記録を学習新聞に掲載していただきました。一部、補正をしていますが、ほぼそのままです。

〔99年国民春闘講座での講演の記録〕

   改悪労基法・労働者派遣法を職場からはねかえそう

                    脇田 滋(龍谷大学教授)

(目次)
 1 急ピッチですすむ労働法改正の動き 労働法制の「改正」は「トロイの木馬」 非常に際立っている経営側の悪知恵
 2 労働法の基本原則とその形骸化の動き 労働法の基本原則をふまえることの大切さ 労働協約はどのように決められ、どこまで力を及ぼすべきか 雇用や労働条件はどのように保健されているか 職場における労働者の尊厳を保障すること
 3 労働基準法はどのように改悪されようとしているのか 改悪をされてもけっしてあきらめてはいけない 労働時間を集団的に規制させない裁量労働制 年次有給休暇の「改正」は労働者にプラスになるか 労使協定重視は経営側の言い逃れ いろんな契約期間の労働者を企業が選んで雇うこと 労働法制「改正」は世界的な流れではない
 4 諸外国の労働者派遣法と日本の改悪法案 労働者派遣とはどういうものか 派遣法改悪で派遣労働者が増えていく 派遣が増えていくと常用雇用が危うくなる 雇用不安で、びくびくして働かざるを得ない派遣労働者 派遣の問題は人ごとではなく自分の問題だ
 5 労働法制改悪をはね返していくために 「労働組合こそ労働条件を決めるんだ」という自覚をもつこと 労働組合の役割はすべての労働者の利益を代表すること 職場・地域・産業で、そし国際連帯のなかでたたかうこと

 1 急ピッチですすむ労働法改正の動き

  ●労働法制の「改正」は「トロイの木馬」

 この数年、労働法をめぐる動きは驚くほど急速です。96年12月に労働者派遣法の「改正」がありましたが、85年に派遣法ができたとき、私はこれは「トロイの木馬」だと言って、労働組合に対する弾圧立法であると訴えつづけてきましたが、それはかなり的を射ていたと思います。つまり派遣法は、本性を隠していかにも「労働法」のようなふりをして登場し、「労働者の新しいニーズに応えるんだ」と言ってきたのです。しかしそのねらいは、常用の雇用・正規雇用を崩していくものです。その本性が公然と現れ、労働法体系を崩してきています。

 日経連は、これからの雇用を三つのグループに分けていこうと提案しています(「新時代の『日本的経営』、1995年)。第1は「長期蓄積能力活用型」のグループで、これは期限の定めのない雇用契約で、これはこく少数しか雇いません。第2は「高度専門能力活用型」です。これは割合専門的な能力をもった人が対象で、有期契約にしなさいといっています。第3は「雇用柔軟型」で、対象は一般職とか販売部門、補助的な職務です。もっと短期の臨時的な雇用契約となっています。

 従来の終身雇用的な部分(第1のグループ)は3割になるといわれますが、もっと少ないかもしれません。そして女性や高齢者は3番目の柔軟型に追いやり、中核的な労働者については、第2の長期の雇用保障のない形態に変えていこうとしています。そのために邪魔な労働法の規制をこの機会に撤廃するのが、この数年のねらいです。

 とくに派遣や職業安定法の改正が、規制緩和のトップにあげられています。これは正規雇用で定年まで働くと思っている方はあまりピンときませんが、経営側のねらいは非常に大きいのです。長期に働けると思っていた労働者をパラバラにし、いろんな会社から会社へころがしていくために、これまでの慣行や法規制を緩めるのです。そうなると労働者は転職に追い込まれるので、これを見越して職業安定法や派遣法を位置づけるわけです。労働者が何回も転職するなら、本来、職業安定所の機能を強めないといけません。ところがそこに民間の営利企業を導入する考え方で、派遣法が作られています。全体として経営側は、非常に戦略的に労働法制の改悪を考えていると思います。

  ●非常に際立っている経営側の悪知恵

 一昨年、労働基準法の女子保護規定が完全に撤廃され、この4月から施行されます。さらに昨年、戦後の労働法体系の中で1番中核的な労働基準法が大きく変えられました。そして昨年10月、派遣法が上程されています。これはこれまで例外的とされていた派遣を、今度は原則的に認めていこうとするものです。それから職業安定法の見直しです。これまで職業紹介といえば、職業安定所で行うのが原則で民営はこく例外でしたが、これからは対等、むしろ民営を中心にしていこうという法案を、派遣法「改正」と抱き合わせにし、この5月ぐらいに国会を通過させる方向が出ております。

 現実に今、正規で働いている人も含めて、雇用を不安定化させようとしています。昨年の1月、日興證券が正社員を系列の派遣会社に移籍させて、そこから派遣で本社に受け入れる提案をしようとしました。事前にこれを阻止できましたが、阻止できたのは、今のところ派遣法では派遣の対象業務が限られているからです。ところが今出ている「改正」案では、派遣は原則的に自由です。日興證券で行われようとした一般の事務、営業の仕事も、全部派遣の対象業務になります。そうすると子会社を作って、労働者をまとめて移籍し、そこから派遣で受け入れることも可能になります。

 労働法の改悪全体を見ますと、経営側の悪知恵が非常に際立つているわけです。これを乗り越えるには、それを上回る知恵あるいは発想を労働組合ももたないと、はね返すことはできないと思います。

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 2 労働法の基本原則とその形骸化の動き

  ●労働法の基本原則をふまえることの大切さ

 こうした攻撃を職場からはね返すだけでなく、地域や産業、さらに国際的な連帯も含めて、たたかいを取り組むことが必要になってくると思います。経営側も政府も、大きな視点でせまってきているからです。そのための切り札的な知恵はありませんが、日本的雇用の中で見失いがちな労働法の基本原則をもう一度踏まえ、それを労働組合の活動の中に取り入れ、労働協約という形に結実させていくことが必要ではないかと思います。

 労働法制改悪は、まさに労働法の基本原則を崩壊させます。しかも今の労働法の基本原則は、戦後の民主的な労働法体系に含まれているわけです。経営側はこれを50年前の古くさいものだと言いますが、今でも基本としては生きおり、ILO(国際労働機関)は、この50年間の日本の労働基準法や職業安定法よりも進んだ内容を国際基準として決めています。その背景に、ヨーロッパ諸国が各国の労働法制を整備してきていることがあります。短期契約の規制法など優れたものを、EU諸国は共通してつくっています。それを国際基準として、ILOが受け入れているのです。
 だから従来の日本的雇用のあり方を、国際的な点から見直していく必要があると思います。労働組合もある意味で日本的雇用を前提ににした取り組みをしてきたわけですが、そこが経営側の悪知恵の中で、私たちの側の弱みにもなっていたと思います。確かに日本の労働組合のあり方は、職場を単位にその力を経営側に直接及ぼすことができるという点では、他の国にはない役割を果たしてきました。しかし逆に、組合の力を企業内に閉じ込められてしまうという弱みもありました。そのことを含めて、労働組合運動の新しい課題を決めていく必要があると思います。

  ●労働協約はどのように決められ、どこまで力を及ぼすべきか

 労働法の基本原則は、第一に、労働条件は労使対等決定が原則だということです。「協約なければ労働なし」が本来の労働法のあり方で、労働組合を通して労働条件を決めることは、ヨーロッパ諸国を含めて当然になっているわけです。ドイツ・フランスやイタリアでは全国協約が産業別に結ばれ、これが未組織労働者にも拡張適用されるわけで、「労働契約というのは労働協約のことである」という考え方が強いのです。
 戦後日本の労働組合は、ヨーロッパの労働組合とは違い、企業の中にはいって職場で組合の力が発揮できる点でいい面がありました。ところがこの50年間に、ヨーロッパの組合は企業の中にどんどん入ろうとし、かなり成功しています。企業協定も結ばれており、もちろんこれは産業別協定をうわまわる労働条件として結ばれています。
 労働組合の組織率は、日本は25%(1990年)ですが、労働協約の適用率が23%であり、全労働者の5人に1 人以下です。ところがドイツは32%の組織率で、労働協約の適用は90%です。フランスは10%の組合員で協約の適用は92%、残りの8%の労働者は、国家法(日本でいえば労働基準法とか最低賃金法など)が適用されます。ヨーロッパでは、労働条件を決める中心は労働協約であって、それが及ばないところに労働者保護法、最賃法、労働基準法等を適用していく考え方です。(注)【各国の労働協約適用率の比較】(図)

 日本の場合、組織されているのはほとんど大企業や公務員の労働者で、ここに労働協約が適用されています。比較的恵まれない残りの75%の未組織労働者は、労働協約の適用を受けていない状況で、こんな国は日本だけです。他の国では、労働組合の組織率よりも協約の適用の方が必ず多いわけです。
 ヨーロッパの場合、その産業に属する人はすべて同じ労働条件でないといけないという考え方が社会的にあります。地域協約であれば、その地域で働く人はすべて同じ条件であり、職場単位でも、雇用形態などに関係なく労働条件を保障していくという考え方で、労働条件拡張適用の考え方が、労働法の基本となっています。
 ところが日本の労働条件は、企業ごとの格差、あるいは企業規模ことの格差が非常に大きいのが特徴です。日本では、労働者保護法・労働基準法の位置づけが、外国のように「最低基準」ではなく、むしろ「標準」になっています。労働組合も、労働基準法を守らせることに汲々としている状況で、労働者保護法のあり方が日本だけ逆転しています。
 経営側は「労働基準法は古くさい」といいながら、使用者が一方的に作成、変更できる就業規則については一言も言いません。ドイツなどでは就業規則は、選挙で選ぶ従業員代表が、会社側と「経営協定」という形で結ぶわけです。就業規則を一方的に作成している国は、おそらく日本だけです。

  ●雇用や労働条件はどのように保障されているか

 労働法の基本原則の2番目は、公正雇用保障の原則です。これはヨーロッパの解雇制限法あるいは短期契約規制法がおおいに参考になります。長期継続雇用・常用屋用が雇用の原則であり、これはILOの条約や勧告などでも基本的に変わりません。
 次に直接雇用という原則があります。労働者を実際に雇っている人が使用者としての全部の責任を取るということで、戦後の職業安定法等の原則です。職業安定法ではとくに、いわゆる人貸し業とか、請負の形式で労働者だけを派遣し賃金をビンハネをすることは、労働関係の民主的な形成に反し、労働組合が作りにくい形態であり、これが半封建的な労働関係を作るもとになっているということで、占領軍の権限で労働者供給事業が禁止されました。
 間接雇用を禁止し、直接雇用するのが民主的な労働法の基本原則であることを、あらためて見ておく必要があると思います。
 3番目は差別・平等待遇の原則で、他の国ではあたり前です。同一の労働をしていれば、雇用形態や年齢が違っても、あるいは企業や使用者が違っても、同じ待遇を保障しないといけないのが国際的な労働法の考え方です。日本政府は、年功賃金や企業の慣行があるので、国際的な基準には従えないと言って逃げ続けてきたんですが、とくに男女差別の問題はILOから何度も注意をされています。
 4番目は、労働条件の最低限保障の原則です。今、政府や財界は職業安定法を見直し、民間職業紹介を自由化しようとしています。一般の商品と同じように、労働市場の中で人を集めて売り買いするような考え方が出てきています。そうすると、労働者が多くて需要が少なければ、その価格(賃金)は低くなってしまいます。ILOが1944年のフィラデルフィア総会、「労働は商品でない」といったのは、派遣業とか有料職業紹介を禁止する意味だけではありません。労働市場を自由化すれば、賃金が引き下げられ、労働者は生活できなくなります。そういう意味で、「労働は商品ではない」と言ったのです。
 自由主義者たちが、労働まで自由市場にまかせ、規制緩和していこうという動きの中で、「労働は一般の商品ではない。市場原理にまかせてはとんでもないことになる」ということで、労働条件の最低限保障の考え方がILOで確認されたことを見ておく必要があります。とくに日本国憲法27条は、当時のILOの考え方を受け入れているわけで、これはけっして改正されていません。賃金、就業時間、休息その他勤労条件に関する基準は、法律でこれを定めることになっています。そういう意味で、「労働は商品である」という今の改悪の動きにたいして、われわれも本来の「労働は商品ではない」という考え方をしっかりともつ必要があると思います。

  ●職場における労働者の尊厳を保障すること

 5番目は、職業における人間の尊厳を保障するという考え方です。これは非常に強く、各国の中で受け入れられています。最近の労働法学では、個人情報を使用者が不当に扱ってはいけないことが議論されています。今世界的に議論になっているのは、健康情報というのは労働者にとってプライベートなものであり、それを使用者が労務管理に悪用する可能性があるということです。ですから労働者として個人情報をしっかりと監視しようという、そんな議論までILOではされています。
 また人格権については、関西電力の思想差別裁判事件で、最高裁は「職場における人間関係の自由に企業は介入してはいけない」といいました。残念ながら日本の場合には、最高裁の判決まで行き着かないと改まらないし、関西電力では判決後も改まっていないと争議団から指摘されるいます。
 70年のイタリアの労働者憲章法では、職場の中に監視力メラをつけてはいけないとか、非常に細かく決めています。それ以前のイタリアでは企業が専制的で、職場のなかで人間の尊厳の問題では決して進んでいなかったのです。ですから、こうした法律がつくられたわけです。
 各国での新しい権利の到達点を参考にしていく必要があります。労働者自身が企業の労務管理に宣伝負けをしており、基本原則から離れた発想にとらわれている状況があるかと思います。これらの基本原則を労働者自身が受け止めるような学習活動などを、意識的に追求していく必要があると思います。

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 3 労働基準法はどのように改悪されようとしているのか

  ●改悪をされてもけっしてあきらめてはいけない

 労働法の改悪が国会で通れば、職場ではどうしようもないという受け止め方がありますが、先ほど言いましたように、労働基準法は最低基準なんです。そして職場に労働組合があれば、しっかりと労働協約を結んで、この最低基準をうわまわる有利な規制を結べばよいわけです。就業規則よりも労働協約の方が効力としては上回っていますし、もちろん労働基準法よりも労働協約の方が上回っているわけです。たしかに法律の改悪を手がかりに、使用者が就業規則を変える攻撃をかけてくるかもしれませんが、これですべてが終わってしまうのではありません。労働協約で強い規制を加えれば、そちらの方が法的には有効だという点を、最初におさえておきたいと思います。

 どういう見直しがあったのかというと、まず97年の改正(今年4月から施行)で、女子保護視定がとりはらわれます。女子の場合の時間外労働の上限規制、深夜労働の禁止・制限が、原則として撤廃されることになりました。それから昨年の98年、労働時間と労働契約の関係、その他が改正されました。この問題では、『労働運動』2月号の臨時増刊「改悪労基法とあなたの労働条件」を参考にしていただきたいと思います。

 まず労働時間の関連ですが、これまで36協定が結ばれるときに、残業の目安時間というのが定められていました。この目安時間は行政指導の根拠とされていただけでしたが、それを労働大臣の決定というかたちにし、法的な根拠をもたせて、労使が36協定の遵守を義務化することになりました。この「義務」がどこまでなのかまだ議論が残っています。

  ●労働時間を集団的に規制させない裁量労働制

 それから新裁量労働制が導入されます。業務を限定した従来の裁量労働とはちがい、裁量労働を一般的に認めていくことになりました。これは国際的に非常におかしい制度であり、けっして世界の流れではありません。

 なにが問題かというと、対象の事業は「事業運営上重要な決定が行われる事業場」といった規定しかなく、非常に抽象的で限定がありません。それから裁量労働の具体的な内容の決定は、労使に委ねられます。これまでなかった労使委員会というのをもうけて、@対象業務、A労働者の範囲、Bみなし時間、C労働者の健康・福祉確保措置、H苦情処理、E命令で定める六つの事項について、決議しなければならないことになっています。

 労使委員会の要件は、労働者代表と使用者代表とで構成され、労働者代表委員は、労働組合もしくは労働者の過半数を代表する者に指名されることになっています。さらに行政官庁の届け出とか、委員の任期、議事録の作成と保存などいろいろ要件が定められています。とくに労働者委員は、労働者の信任を得ていることが要件になりますのでへ過半数の代表者が選んだ労働者委員を、その職場の労働者が信任する必要があります。信任の方法は、当分の間は無記名の選挙によるということが示されています。

 しかし、例えば労働者本人が裁量労働に同意するかどうかなど、国会での修正論議もあり、新裁量労働制の施行は1年間先送り(2000年4月施行)になりました。国会論戦でも、13のハードル(労使委員会の適合要件と決議事項)を越えて行かないと裁量労働は導入できないということですので、これを利用して、できれば職場で新裁量労働制を導入させるべきではありません。

 国会では「フレックスタイムと同じねらいじゃないか。わざわざ新裁量労働制はいらない」と突っ込まれて、労働省の役人が答弁に困る場面がありました。新裁量労働制の機能は、フレックスタイムのゆるやかなもの、あるいは管理監督者が時間規制を受けないという内容です。どこまでの範囲で裁量労働を認めるかは、労使委員会にまかせていくということであり、時間規制を集団的にさせず、個人にまかせていく狙いになっています。また経営側は意識的に、年俸制的な賃金管理と新裁量労働を結びつける方向を目指していますので、賃金の問題と裁量労働制とは、あわせて考えていく必要があると思います。

 また、変形労働時間制が「改正」されました。1ヶ月単位の変形制については、これまで「就業規則で決める」となっていたのを、
「労使協定で決める」ということにしただけです。この1ヶ月単位の変形制は、以前から繰り返しその弊害を指摘しています。1年単位の変形制は、労働時間を延はせはしますが、1日の上限が10時間というように歯止めをつくっています。ところが1ヶ月単位の変形制は、そういう歯止めを置いていません。極端なことをいえば、法律的には、休憩時間を除いて1日23時間働かせることもできるというとんでもない変形制であり、これは「改正」後も引きつがれます。他にも1年単位の変形制などがありますが、それがあまりうまくいかなければ、1ヶ月単位の変形制を悪用していくことが可能です。

  ●年次有給休暇の「改正」は労働者にプラスになるか

 それから年次有給休暇の問題ですが、これまで6ヶ月勤続で10日の年休を与え、その後1年ことに1日ずつ増えて、上限は20日、でした。それが「改正」されると、3年6ヶ月勤続すれば、その後は年2日づつ増加します。上限は20日で変わりませんが、年休の増加が遠くなるので、これは改悪ではないと思います。
 ところが悪知恵のはたらく経営側が、なぜ労働者にブラスのものをつくるのかを考えると、下手をするとマイナスに働くことがあるんじゃないかと思うんです。3年半を越えた雇用で年休が2日づつ増えていくなら、使用者は負担が増えますね。だから「3年までの雇用にしなさい」という意味で、むしろ短期契約を促進することになりかねません。現在、6ヶ月を越えたら年休を10日与えないといけませんから、派遣労働のところでは「8ヶ月雇用がふえているわけです。18ヶ月で辞めさせれば年休を与えなくてすみます。
 たしかにこの「改正」は労働者にとってプラスですが、マイナスの働きになることがないよう、労働組合がしっかりと規制をしないといけません。
 また従来は一斉休憩が原則でしたが、「改正」後は、労使協定によって休憩時間の設定をいろいろ変えることが可能になります。

  ●労使協定重視は経営側の言い逃れ

 全体として、新裁量労働制、36協定、変形制も含めて、労使協定が非常に大きな役割を与えられています。労働組合がしっかりしておれば、労使協定を重視することは、ある意味で企業にとって重荷になるはずです。しかし労働法制が改悪されても、労使協定を重視して「労働者も参加して決めていくんだ」ということで、国際的にも言逃れができるんです。
 しかし、この労使協定は労働協約とは決定的に違います。イタリアは労働組合が強い国で、労働者の権利をしっかり守っています。そのイタリアでも、「企業内の協定は危険である。労働協約は企業を越えた絹合が、使用者から独立して結ぶから意味がある」と言っています。企業内で結ぶ協定は、どうしても経営側の言いなりになるというわけです。
 日本の企業別組合は、戦後まもなくのころは、企業に対してかなりものを言っていたわけです。しかし今、労働基準法の最低基準を下回るような内容を労使協定で定めるようなこともあるわけですから、ある意味では企業側になめられてるわけです。労使協定を重視しても、会社側は困らないと思っているんでしょう。だから労働組合としては、自覚的にこの労使協定を逆手にとってたたかっていくことが大切です。

 36協定も、本来、結ばないのが1番いいわけです。1日8時間労働は、人間らしい生活を営む最低の基準ですが、36協定は、労働組合が関与しながら、労働時間を延ばすわけです。かつてある損保の組合は、36協定の期間を1日にしていました。企業主は残業させようとすると、毎日、36協定の締結・改訂を求めて組合にお伺いをたてないといけません。そうなれば、協定がその力を発揮できることになります。

 ですから労使協定を手がかりにして、労働条件の改悪を阻止できる可能性もあるわけです。そういう意味で、組合の主体的な取り組みが試されることになるわけです。

  ●いろんな契約期間の労働者を企業が選んで雇うこと

 労働契約の問題では、従来、原則は期間を定めない雇用ですが、1年以内の雇用であれば、有期契約が認められていました。この規定が変えられて、次の三つの場合、有期契約の上限が最長3年に延長されることになりました。ひとつは「新商品・新技術・新役務の開発又は科学に関する研究に必要な専門的知識、技術又は経験があり高度なものものとして労働大臣が定める基準にあたる労働者」、2番目は「事業の開始、転換、拡大、縮小または廃止のための業務であって一定の期間に完了する事が予定されているものに必要な専門知識を有する労働者」、それから3番目に満60歳以上の労働者です。こういった労働者については、最長3年の有期契約が認められることになりました。このような有期雇用が、一般化される危険がありす。

 今は労基法14条で有期契約の上限は1年ですが、1年あるいはもっと短い6ヶ月といった雇用を、1人の労働者について何回も繰り返すということが行われてます。それなのに、なぜわざわざ今回の「改正」で、有期契約の上限が3年に延長されたのでしょうか。

 それは最初に述べた日経連の三つのグループ化でいうと、第2のグループを念頭においていると思います。上限3年となりますと、3年たったら雇用の保障はないことは確かですが、3年以内に辞めようと思っても辞めらません。契約期間は確かに使用者を拘束し、労働者は3年間雇用が保障されますが、労働者もまたその間は拘束されて他の会社に移れません。

 かつて丁稚奉公は、悪い条件で10年とか20年という長期間縛られていました。これはいかんということで、戦後、労働基準法は有期契約を1年間にゆるめたんです。それをわざわざ3年に延長して、労働者を3年間しばることになります。その際、従来の1年契約を何回も繰り返すという形能は別に否定されていないわけです。ポートトフォリオ雇用といって、1年とか3年、あるいは期間の定めのないものなど、いろんな種類の労働者をつくって、その企業にとって一番使いやすい形態を選べるようにしようというのが、日経連の「雇用の多様な選択」です。

  ●労働法制「改正」は世界的な流れではない

 そのほか、「労働条件の明示」「退職時の証明」では、ある程度前進の面もあります。これまで文書で解雇理由を明らかにしないでもよいという問題があったんですが、退職時の証明に退職理由が追加されます。解雇理由を明確にしないといけないという意味では、たたかう場合に一定の手がかりを与えるものとも言えます。それからこれまで労基署にいっても解決をもとめても、罰則を及ぼす面については行政指導とかを中心にやるが、民事紛争には不介入であるというのが労基署の対応でした。しかし「改正」後は、個別紛争の解決援助ということで、ある程度相談にのっていこうことです。ただ実際には、人員を配置していないということですから、あまり有効な内容にはなっていません。
 また国際労働基準からの逸脱ということを、あらためて確認しておく必要があります。先ほど言いましたように、裁量労働制は世界にはない制度であり、労働時間関係については、政府はILO条約をいまだにひとつも批准していません。三六協定では労働時間の上限を法的に規制する決め手にはなっていないので、批准できなかったわけです。そういうなかでさらに労働時間の弾力化を図ろうとしているわけですから、これは決して世界的な流れではないのです。裁量労働は、日本の特殊なものを、より特殊なかたちで悪くするものであると理解していただけたらと思います。

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 4 諸外国の労働者派遣法と日本の改悪法案

  ●労働者派遣とはどういうものか

 労働者派遣法をどう見るかが次の問題です。たぶん皆さんの身近にもたくさん派遣労働が入ってきていますし、事業場内下請けのかたちで、事実上の派』壜が入ってくる例も少なくありません。その場合、労働条件も守られないとか、非常に無権利な状況になっています。例えば私の大学の研究室の部屋を掃除してくれる人も、事業場内下請けという請負の形ですが、事実上派遣されてきているんです。
 派遣ということであれば、たとえば正社員の上司が、派遣労働者に「何時に出てきて、こういう仕事をしなさい」と直接に指揮・命令していいのです。ところが請負のかたちの場合は、本来、派遣先の人が指揮・命令するのはいけないわけです。請負であれば、下請けの従業員がチームで入ってきて、そのチームリーダ−が彼らを指揮します。例えば私の研究室を掃除している人は、清掃会社からチームを組んでやってきて、チームリーダーがその人たちを指揮します。私がその労働者に直接「何時に来て、何時までに掃除してくれ」とは言えません。これが請負と派遣の違いです。ところが現実には、この境界は非常にあいまいになっています。
 例えばベルトコンベアの製造ラインに、派遣的な請負がたくさん入ってきています。この製造ラインのある特定の部分が、全部下請けの仕事であるなら、請負の形式なんです。
しかし、同じベルトコンベアに正社員、期間雇用、派遣が混在して労働しており、そして正社員が「ああせい、こうせい」と言うなら、請負の独立性という実体がありませんので、請負ではなく派遣だと考えられます。そうすると、請負の形をとって、事実上たくさん派遣が入ってきているといえるわけです。
 労働者派遣法にもとづく本来の派遣は案外限定されており、現在、だいたい七〇万人から八〇万人だといわれていますが、派遣的な事業場内下請けなどを入れると、数字はわかりませんが、もっと入ってきていると思います。
 そういう人たちをどう考えるかということです。労働基準法の基本原則からいけば、同じ職場で働く労働者は、同じ基準を適用されるべきです。しかし会社が違うわけですから、派遣や請負で入ってくる労働者はどうしても悪い労働条件になります。同じ職場のなかで、労働条件が違う人が入ってくることになります。
 戦後すぐに労働組合は、工場単位、職場単位で労働力を全部握ってきました。あるいは職業安定法で労働者供給事業が禁止され、全部、直接雇用ということになりました。それを組合が握ってましたので、同じ職場に働く労働者を全部しっかりと握って、団体交渉ができたんです。ところが今は、ひとつの職場を正社員の労働力以外でほとんどを構成できることにもなりますので、組合の団体交渉力を弱めるという意味で、派遣労働は非常に問題があります。つまり労働者派遣法は、労働組合を弱め、団体交渉力を弱める意味をもっています。しかしそれは、必ずそうなるというのではありません。労働組合が派遣労働者もしっかりと組織し、団体交渉の結果、労働協約の効力をを派遣労働者にも及ぼすという姿勢をもっておれば、団体交渉力が弱められることはないわけです。
 ところが、派遣法が施行されてからの十三年間の結果は、残念ながら、経営側のねらいがかなり当たってきたと思います。

  ●派遣法改悪で派遣労働者が増えていく

 そういうなかで、今、派遣法の対象業務の限定がはずされようとしています。現行の派遣法では、ソフトウエア開発、機械設計など二十六業務を派遣の対象にできると限定しており、これをポジティブ・リストといいます。
「改正」案では、これをネガティブ・リストにしようというわけですが、これはいけませ1ん。ネガティブ・リスト以外の業務は、原則自由に派遣できるわけで、これが一番のポイントです。派遣がだめな業務は、建設・港湾・警備、そして当面三年間は製造業務もだめだと考えられています。医療とか労務管理も議論になっていますが、まだはっきりしていません。労務管理の派遣は非常に危険です。組合つぶしをやる労務屋を、企業が派遣で受け入れられることになります。

 これまで派遣可能な業務は労働者全体の八分の一だったわけですが、「改正」されると、おそらくその五、六倍になります。今、七〇万人から八〇万人の派遣労働者がいるので、その五倍では四〇〇万人になります。
 定年まで雇ってもらえると思っている正社員も、労働組合などが弱ければ、系列の派遣会社に移籍させられ、そこから本社へ派遣されます。派遣が自由化されれば、ほとんどの業務は派遣可能になり、皆さんも派遣労働者になる可能性も十分あるわけです。
 これまで派遣会社には、決められた面積(三〇平方メートル)の事務所が必要であるとされていました。この事務所に電話と机があったら、派遣会社を興せます。本当にいいかげんな規制です。しかもこれは厳しすぎるということで、九七年四月から二〇平方メートルになりました。今、経済団体は、この二〇平方メートルの規制も取り払わなくてはいけないと言っています。そうなると、本当にいい加減な名前だけの派遣会社が次々とできる可能性があります。

  ●派遣が増えていくと常用雇用が危うくなる

 派遣が増えていくと、常用雇用が危うくなります。労働省系の出版物が出している資料によると、女性のファイリング業務では、ボーナス・社会保険・福利厚生なども入れれば、一人の正規労働者に対して六四万円かかります。ところが派遣労働者では三〇万円ですむのです。それが派遣関係の雑誌や本に、堂々と載っています。派遣会社は「正社員を一人辞めさせれば、派遣社員を二、三人雇えますよ」と売り込んでおり、派遣労働自体が正規社員に対する脅威、あるいは労働条件引き下げの重しになっているわけです。
 「連合」もこれに強く反対し、中央職業安定審議会の議論のなかで「運合」の労働側委員は、「新しく自由化される業務については一年の短期に限る」ということを盛り込もうとしました。職場に派遣労働者が入ってくれば、正規労働者が危うくなるからです。結局派遣は一年に限られ、一年を越えて働いたら、そのまま派遣先に直接雇用されるという新制度が導入されることになりました。しかし抜け穴は一杯あります。一年を越えると自動的に直接雇用されるのでなく、労働者が前の派遣会社を辞め、派遣先に「雇って下さい」と言ってきたときに、派遣先は直接雇用の努力義務を負うだけです。
 それ以外、労働者保護はほとんどありません。これまで派遣会社は、登録されている労働者の個人情報について、その秘密を洩らしてはいけないという規定さえなかったんですが、その規定が盛り込まれました。あるいは職安が労働者から救済を求められても、それを受け入れる法的根拠がなかったんですが、救済を求めた労働者を不利益に扱ってはいけないことになりました。しかしこれは当たり前のことです。法的な面で労働者保護は、ほとんどないということです。

  ●雇用不安で、びくびくして働かざるを得ない派遣労働者

 派遣労働者のひどい実態を、是非理解してほしいと思います。私は九六年の秋からインターネットにホームページを開いていて、「派遣労働者の悩み一一〇番」ということで、メールで相談を受けています。北海道から鹿児島まで、二年間でのべ七〇〇件の相談があり、七〇〇人に回答を送りました。
 そこで感じるのは、派遣労働者は本当に身分が不安定ということです。契約期間が決められており、さらに大事なことは、例えば年休などの権利を行使すると、次の仕事を紹介してもらえないので、権利を行使できません。しかも長期に働くことによって得られるような権利を、ほとんどもっていません。労基法では年休は六ヵ月で一〇日得られますが、働き続けると最長二〇日までもらえるわけです。しかしそこまでいくような派遣労働者は殆どいません。年休をとったら次の仕事を紹介してくれませんし、だからといって別の派遣会社に変われば、年休はゼロにリセットされます。だから、とても二〇日までいかないので男女雇用機会均等法にもいろんな努力義務規定がありましたが、守られたものはありません。
 それから同等待遇です。フランスの派遣労働法では、派遣先の従業員と派遣労働者が同じ仕事をしていたら、待遇を同じにしなければいけません。これは他の国もみなそうですが、日本では同等待遇の規定は何もなく、「改正」案でも決められていません。むしろ外国では派遣会社に手数料を払いますので、派遣の場合の方が高くつくわけです。これは非常に大きな日本との違いです。
 フランスなどでも派遣は不安定な雇用なのです。だから不安定雇用手当ということで、退職金の支払いが義務づけられています。例えば一年派遣のあと、次の派遣があるかどうかわかりませんので、その間二〇〇万円の収入があったとしたら、その一〇%の二〇万円が不安定雇用手当として支払われます。日本の場合には、そのような保障はありません。
 それから団結権・団体交渉権の保障も、派遣労働者にはきちんとあるわけです。イタリアの派遣法を調べてみたら、派遣労働者のための労働協約がちゃんとありました。昨年の五月、CGILという労働組合が、派遣とか非正規の労働者の全国組織をちゃんと作っているんです。それが協約の当事者になって、派遣会社の団体と全国協約を結んでおり、非常に細かく労働条件等を定めています。
 面白いことにイタリアの派遣法は、派遣元で組合集会を行えることが定められています。日本の場合、派遣労働者は、実際上、派遣元で派遣会社を単位に組合を作れません。あちこちに散らばって派遣されているわけで、労働者が一堂に会することはないわけです。ところがイタリア法では、その権利を認めています。労働協約では、一七〇〇時間労働者が働いたら、一時間の有給組合休暇をまとめて、ひとりの人に集中できます。一七〇〇人の派遣労働者がいて、それが一年間一七〇〇時間働くとしたら、ひとり一時間づつ出し合って、労働組合にひとりの在籍専従をおけるわけです。
 このイタリアの全国派遣労働協約の中にも、派遣労働者の労働条件が、派遣先で同じ仕事をする労働者のそれを下回ってはいけないとことが決められています。こういう協約があれば、派遣労働が広がっても正規雇用が崩れることはありません。派遣労働者は安上がりではないわけです。

  ●派遣の問題は人ごとではなく自分の問題だ

 外国でこういう状況になっているのは、例えはドイツでは、年輩の労働者でもちゃんと権利が守られていて解雇できないから、企業は新しい人を雇いにくいので、青年の失業が多いんです。ヨーロッパでは、三〇歳を越えてまだ一回も仕事をしたことがないという青年層がいて、社会的にも問題になっています。そこで派遣であれば、企業も一度雇ってみようかなということになります。それでその労働者が気に入れば、そのまま一年を越えて雇って正規雇用にするのです。派遣でも正規でも、労働条件は同じであるのが原則です。だから派遣から正規に切り替えても、そんなに待遇をよくしなくてもよいわけです。ドイツでは派遣労働者三人のうち一人が正規雇用になるという統計もあります。日本場合は逆です。正規雇用が派遣に切り替えられるのが日本です。
 そういう意味で、外国で派遣が広がっているという政府の言い分は、まったく間違いです。日本の派遣は、正規雇用に対する非常に大きな脅威になるわけで、この問題は人ごとではなく、自分たち自身の問題であることを理解してください。
 労働基準法改悪反対の決議が地方議会から次々あがり、それが労基法「改正」の修正にもつながりました。これは現状の中での成果といえます。ところが派遣については、「人ごと」の意識がまだあるのか、運動は鈍いんです。経営側はしっかりしていて、どこを押さえれは自分たちに有利かちゃんと知っているわけです。

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 5 労働法制改悪をはね返していくために

  ●「労働組合こそ労働条件を決めるんだ」という自覚をもつこと

 これをはね返すにはどうしたらいいのかということです。やはり何が変えられようとしているのか、経営側は何をねらっているのかをしっかり理解することが必要で、これがまず前提です。
 労働条件の決定の基本的な仕組みからいえば、「労働基準法が変えられたらもうダメだ」と思うのは、法律依存主義です。外国では労働組合ががんばって団体交渉をして労働協約を作り、それを法律に盛り込むということをやっているわけです。その点では今はもう、韓国は日本と逆転したのではないかという思いすらあります。
 私は五、六年前、韓国で国際労働法学会がありましたので、ソウルへ行ってきました。そのとき国家保安法がはばをきかしており、学校の教員は労働組合を作ったらいけないし、弁護士とか研究者が労働組合へ行って助言したら、「第三者が労使の交渉に介入した」として捕まるんです。それが今は大きく変わっています。昨年派遣法が出来たとき、韓国の労働組合は十二万人のストライキをしているんです。韓国でも派遣法が出来てしまったのは残念ですが、その内容は日本に比べてよほどましです。今まで抑圧されてきた韓国でさえ、ここまでがんばってきています。
 話をもどしますが、労働基準法はあくまでも最低基準であって、労働協約でよりよい労働条件を上乗せしていくことができるわけです(労働組合法一六条「労働協約の効力」)。そこに確信もって労働組合こそが労働条件を決めていくんだという主体的な取り組みが必要です。

  ●労働組合の役割はすべての労働者の利益を代表すること

 残念ながら日本の場合、労働協約は組合員に適用するという考え方が非常に強く、非組合員まで及ぼすべきでないという議論もあります。「組合費も払わないくせに、組合が頑張って勝ち取った待遇を、非組合員が同じように受け取るのは悔しい」というわけです。しかし発想を逆にして、まわりの労働者の労働条件が低いと、自分の労働条件が危なくなることをぜひ考えてほしいのです。
 非組合員でも非正規雇用でも、本来は協約が適用されるべき労働者なんです。この労働組合法一七条の規定では、事業所の中で組合が四分の三以上の多数になって、一定の労働基準を適用されるようになったら、残りの人にも拡張適用するという考え方です。また地域的に同種の労働者の労働条件がある程度規制されたら、その地域の残りの人にも、労働協約を及ぼすという規定(労働組合法十八条)があるんです。残念ながらこの規定は、ほとんど活用されていません。さらに最低賃金法一一条では、地域的な最低賃金の規定をもうけています。地域的な最低基準、あるいは産業別の最低基準を作って、それをどんどん上乗せしていくというたたかいに立ち戻らないといけません。広い視野を持った取り組みが求められますし、未組織労働者、非正規雇用などを含めて、周囲の労働者全体を代表することが、労働組合の本来の役割だと思います。
 そうした代表であるからこそ、日本国憲法二十八条は、労働組合に団結権や団体交渉権という特別の権利を認めたわけです。労働協約の拡張適用を労働基準法十七条や十八条で認めているのは、労働組合はいったん獲得した協約を、他の人にもおよぼすべきだと考えているからです。だから労働基準法と同じような機能、あるいはそれ以上の機能を、労働組合の協約がもっているわけです。非正規の労働者が増えてきてるわけですから、そういった思想をもっていないと、労働組合は社会的支持が得られませんし、組合や組合員の工ネルギーが出てこないことにもつながるのではないかと思います。
 職場には、「社会保険にいれてくれないんです」「退職金もらえないんです」「交通費に税金がかけられているんですが、どうしますか」と相談してくる派遣やパートの労働者がいるんです。そういった人たちの権利は、労働基準法以下です。労働組合員だったらそういう相談に当然答えられるように、労働法の学習があらためて必要だと思います。

  ●職場・地域・産業で、そし国際連帯のなかでたたかうこと

 ILOはどんどん進んでいます。東京労連が『国際労働基準で日本を変える』(大月書店)という本を出しましたが、非常におもしろいです。いろんな分野で本当に労働者の権利を守るようがんばっていけば、結局はILOの基準に到達してしまうんです。女性労働、下請け労働、パートタイマー、公務員の団結権の問題など、すべてILOの方が優れた基準をもっており、ILOを手がかりに闘いが組めます。「日本は国際競争におかれて規制緩和が必要だ」という経営側の言い分がうそであることも、ILOの基準で明らかになります。
 派遣法の問題では、私のところにくる電子メールでこういうのがありました。ある派遣労働者が結婚することになったら、「辞めてもらいます」と言われたのです。結婚退職制は、男女雇用機会均等法で明確に禁止されてます。しかし派遣の場合には、派遣会社(派遣元)が平等雇用の適用をうけるわけで、派遣先が「結婚しない女性だけをよこしなさい」と派遣元に注文するのは何の規制も受けないのです。こういう派遣法の悪巧みの仕組みがありますので、非常に難しいんですが、労働組合がこれを受けとめて支援をすれば、派遣労働者にも団体交渉権、団結権が当然ありますので、いろんな改善ができると思います。
 また正社員の雇用を守るためにも、派遣的な労働関係の拡大に歯止めをかけていくという問題意識をもたないとダメです。労働組合としても、経営者の動きに対抗して協定、事前協議などできっちりと規制するという協約闘争も考えられると思います。
 それから違法派遣の摘発が大事です。請負いの形式で派遣的な労働関係が入ることも多いのですが、職安法違反で摘発可能です。大阪の暁明館病院で労務屋が入り、その労務屋をとうして派遣労働者が入ってきて正社員の仕事を奪い、組合つぶしがやられました。私たちは職安法違反の点から追及するなどの取り組みをし、大阪の職安から指導書を勝ち取りました。ほかにも労務屋の雇った派遣労働者を、労働組合が受け入れ、病院が直接雇用するなかで解決した事件もあります。そういう違法派遣の摘発や労働協約の拡張適用も歯止めになるわけです。
 派遣労働者の組織化と団体交渉は、残念ながら難しいんです。この派遣労働者は、大企業に入っていくるわけです。中小企業はもともと賃金が安いですので、わざわざ派遣をいれるまでもありません。そうすると大企業の正社員は、難しい入社試験を通って入りますが、こういう人たちと派遣労働者は、その入り口が違うのでなかなか連帯できないのです。同じ仕事をやってるのに、なかなかその正社員化に取り組めない問題があります。
 その中で非常に目立った例として、民放労運の近畿地連の取り組みがあります。KBS京都が以前の「近畿放送」であった時、番組作りの職場に派遣がはいってきたわけですね。それを組合が受け入れて、正社員化闘争をしてかなりの人が正社員になっているわけです。同じように各放送局入ってきた派遣労働者を組織するため、民放労運は近畿地区労組という地域労組を作りました。ここに派遣労働者を組織して、親組合は団体交渉などを支援しました。こうして例えば朝日放送では、派遣労働者の組合は朝日放送と団体交渉する権利があるということを最高裁判決で勝ち取っています。本来、雇い主は別の下請け会社という形式ですが、実際に労働条件決定に影響を及ぼしているということで、親会社の朝日放送が団交に応じるよう、最高裁はもとめているわけです。(注)【朝日放送派遣労働者団体交渉事件判決】

 これまで労働組合の考えてきたのと違う所で、経営側は労働基準法改悪や派遣法改悪をねらってきてるわけです。そのねらいを早く正確にとらえて、どういう方向を出していくのかよく議論して、原点にもどって力を貯えていかないと、職場から攻撃をはねかえしていけないのではないかと思います。もっと言えば職場からはねかえすだけじゃなくて、地域・産業別、あるいは国際的な連帯の中で、日本の経営者や政府を追いつめていかないと打開できないんじゃないでしょうか。

 最後に日本の政府、日本の経営者のやり方は、国際的には非常に異常だし、これが長続きするわけがないという点には確信を持っていただきたいと思います。以上で終わります。

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