フェニキア歴史紀行

1999年1月2日(第8日目) 遠いなあ  ダマスカス−アムステルダム−

 ダマスカスを離陸した飛行機はベイルート経由でアムステルダムへと向かった。例によってほとんど寝られなかった。アムステルダム・スキポール空港には午前5時半に到着した。名古屋行きの搭乗の昼の12時まで、6時間半も時間をつぶさなければ… 目新しいもののない空港内をウインドウショッピングしながら歩いたり、レストランで重い朝食を取ったり、水だけでねばったり、ベンチに座ってボーッとしたりして過ごした。

 ようやく12時になって名古屋行きに搭乗できた。席は真ん中で両隣に人がいて最悪である。離陸してしばらくして、隣りの外国人と話を始めた。彼はヘンリー・クレグという名の、イギリスとアフリカのどこかの国の二重国籍を持つ黒人青年だった。普段ならば俺の方から外国人に話しかけるということはまずなかったのだが、日本行きの飛行機で周りが皆日本人だったので彼が窮屈そうにしていたこと、これと逆の状況ではいつも外国人に話しかけてもらっていたことなどから、思い切って声を掛けてみたのである。彼と話したりうとうとしたりしながら、辛く長い時間を何とか過ごした。

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