7月29日

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柔道
柔道世界選手権
(ドイツ・ミュンヘン、オリンピアホール)

速報!

 ドイツ・ミュンヘンで行われている柔道世界選手権の最終日となるこの日、48キロ級の田村亮子(トヨタ自動車)が優勝、これで1993年のハミルトン大会以来5連覇を果たした。
 日本での最終調整中に右ひざじん帯を負傷。初戦では弱点を狙う相手の技に思わずうずくまるなど、体調面での不安を残したままの戦いが続いた。しかし、鋭い技で一本勝ちを奪うなど、準決勝までは地力の高さを見せつける。北朝鮮のリ・キョンオクとの決勝戦では両者がなかなか組まず双方とも反則を重ねる厳しい展開となり、最後は旗判定にまでもつれたが、攻める姿勢に勝った田村が勝利した。

田村亮子の話「正直言って(優勝するのは)無理だと思いました。出場もダメかと思いかけていました。支えてくれたスタッフ、たくさんの人々が大きな力になってくれたのが一番です。今日が一番苦しい日だった。5連覇……。なんと言っていいのかわかりません。先生方も痛み止めの注射を打ったほうがいいと言ってくれていたのですが、自分としてはできるところまで行って……、と思っていた。畳の上では痛い顔はできないけれども、試合中は足がブレて、試合後、控え室に入ったら足が痺れている状態だった(※田村は準決勝前に痛み止めの注射を打った)。今日は畳の上では体が瞬時に動いてくれた。とにかく右足をかばうのが精一杯でした。1回戦のとき(相手に足を蹴られた)、あまりに痛くてもう無理なのかなと思った。でもファイトがわいてきました。世界中の選手が私がケガをしているのを知っていた。自分としては片方の足だけでもやる気持ちでいた。5連覇はオリンピック以上。10年間世界の頂点に立ち続けたことの証です。小学校2年から柔道を始めて、18年間積んだキャリアもあった。(勝った瞬間は)柔道を始めた頃のことを思い出しました。テーピングも、父がずっと側にいてやってくれました。6連覇を狙います!」

 田村亮子が、初めて畳の上でしゃがみ込んだまま動かなかった。
 5連覇をかけた世界柔道の1回戦。7月13日に右ひざ靭帯を損傷して以来、約2週間ぶりのいわば「初戦」である。ベラルーシのモスクビナが開始25秒、田村の右ひざを思い切り蹴り上げた瞬間、田村はグラリとゆらぎ、そこに内股が入った。靭帯は、一般的に縦の揺さぶりには何とか持ちこたえられるが、横には極めて弱い。これまで無駄な体力を使わず、調整に集中してきたはずだが、それでも相手と組んだ感触、膝の力のかけ具合は、つまり自分のひざがどれだけ弱っているのかはこの時、初めて実感したはずだ。
 福岡国際柔道では、指の骨折をしながら残り3分を戦い、相手のサボンに「全く気が付かなかった」と言わせた人である。息が上がっているのを悟られたくないから、と腹式呼吸を徹底して覚えた人である。そういう勝負師が畳の上にうずくまった時点で、5連覇の可能性がいかなるものか想像ができた。
 約30秒、ひざを抱えたままの田村は畳に入ったドクターに立たせてもらって、再度勝負に向かった。
そして右ひざを2度と痛めまい、という慎重な姿勢が見て取れるなか、相手が弱点をつこうとした瞬間、つばめ返しで一本。1回戦を勝ち上がった。
 2回戦は3分38秒に払い腰で1本。3回戦はキューバで「ポスト、サボン」と期待される若手のカリオ。内股が武器といわれた相手の戦いであったが、試合が始まってみれば力の差は歴然としており、27秒で相手に指導、1分17秒で田村が出足払いで有効を奪う。さらに1分50秒には相手に指導が入って優勢勝ち。準決勝まで進んだ。いつもならば、順当に、と書けるところだが、この日は、むしろ奇跡的に、と書いてもいいほど厳しい試合が続いている。
 3試合を終えた田村は、足を大きくひきずって控え室に消えた。周囲の誰も声をかけることのできないほどの緊張感と悲壮感と、崇高さを持って。
 残る試合は、すでに気迫の魔法も、痛み止めの効力さえ失われているだろう。誰も登ったことのない頂きである「前人未踏」の5連覇を前に、田村はもはや何の助けも借りることができなくなっているはずだ。
 9年前、初めて国際舞台で優勝を果たした同じミュンヘンで、当時とは比較のしようもないほどの重圧を相手にしている。縁起をかついだ当時と同じ、ブルーの髪止めも、何の力にもならない。
 ひとつだけ言えることは、オリンピックで金メダルを取ろうという戦いよりははるかに、数段も苦しいチャレンジのために、田村は今、最後の頂きに手をかけているということだ。
 落ちるかもしれない、と、彼女は一切考えずに、あと2時間、断崖絶壁をよじ登っていかねばならない。たった一人で。

    ※本日は田村亮子選手の試合の模様を随時更新していく予定です。

   勝敗 対戦相手
1回戦 ○一本勝ち つばめ返し
3分57秒
 モスクビナ(ベラルーシ)
2回戦 ○一本勝ち 払い腰
3分38秒
 アンヘルス(メキシコ)
3回戦 ○優勢勝ち    カリオ(キューバ)
準決勝 ○一本勝ち 内股
2分48秒
 マクリ(イタリア)
決 勝 ○優勢勝ち    リ・キョンオク(北朝鮮)



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