内 輪   第341回

大野万紀


 編集後記では横田順彌さんの訃報について書きましたが、続けて橋本治さんの訃報もあり、こちらもじわじわとショックを受けています。70歳なんて、ぼくより5つ年上なだけじゃないですか。少し歳の離れたお兄さんという感じで、「とめてくれるなおっかさん」もそうですが、それよりもあの時代に、オタク(という言葉はまだなかったと思いますが)的な興味を堂々と表に出してもかまわないのだと、教えてもらった気がします。そしてそれは決して自閉的な世界に閉じこもるものではなく、過去や未来や、現実の社会へつながっているものなのだと。『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』は愛読書でした。

 それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『GENESIS 創元日本SFアンソロジー 一万年の午後』 小浜徹也・笠原沙耶香編 東京創元社
 東京創元社から、定期刊行雑誌に近い物を目指したオリジナルアンソロジーシリーズ『GENESIS』の第一巻が出た。創元SF短篇賞出身の作家から、堀晃の最新作まで、8人の8編と、加藤直之、吉田隆一のエッセイ2編が収録されている。
 内容的にはバラエティがあり、久永、松崎のいかにもSFマインドに溢れる作品、宮内の本格SFミステリー、秋永、宮澤の迫力ある(ややラノベ調の)エンターテインメントSF、そして高山、倉田の、平易な文章なのにあっと驚く内容の不条理SF、そして堀の私小説風な日常から始まり世界と内宇宙とが混交する、重い読後感のあるSFと、まさに新たなSF雑誌というに相応しい。
 とりわけ、本書のトリを飾るこの堀晃「10月2日を過ぎても」は傑作だ。ただし、読者を選ぶかも知れない。この作品では2018年の、現実の大阪ローカルな世界が描かれており、同じ時間、同じ世界を体験した者には強く響き合うものがある。6月18日の北摂地震、7月5日からの西日本豪雨、その後の「命に関わる猛暑」、7月28日の変な(東から西へ進む)台風12号、8月23日の台風20号と、9月3日に猛烈な風の被害をもたらした台風21号。その体験が、堀さんの、自転車で大阪のキタを走って回る日常風景の中で描かれる。それは堀さんのブログとも同期している。そこで執拗に描かれるのは、老いと、想像力の問題。もっと凄まじいものを想像しながら、現実はそれほどでもないというギャップ(いや、でも台風21号は大変だったでしょ、と思うけど)。そしてそれがそのまま、その次の、起こるべき南海トラフ地震へと続く。いや、老人のいう「大したことない」はたいてい「大したことある」んですよ。SF作家の内宇宙は外宇宙と混交する。ハードSF作家らしく、そのSF的根拠が(冗談めかしつつ)語られる。それはぼく自身の心へも共鳴を起こす。だってそこにはぼくも住んでいたのだから。
 他の作品についても触れなければ。
 久永実木彦「一万年の午後」は、人類が滅亡した後の、ロボットたちの日々を描く、寂寥感に溢れた作品で、あのロジャー・ゼラズニイの名作を思わすが、結末は苦い。
 高山羽根子「びーすと・ストランディング」は、どこからともなく「怪獣」が降ってきて、それを持ち上げることが競技になっているという、まったく何というか、意味不明な設定の話だが、どうして? という疑問さえ棚に置けば、設定はしっかりしていてロジカルでもあり、キャラクターも立っていて面白く読める。でも、やっぱりどうしてなんだろう。本当に不思議。
 宮内悠介「ホテル・アースポート」は軌道エレベーターのある島のホテルを舞台にした、密室殺人のミステリー。舞台と小道具はSF的だが、お話はストレートなミステリーである。2010年のミステリーズ!新人賞で最終候補作となった作品を改稿したもの。
 秋永真琴「ブラッド・ナイト・ノワール」は、数少ない人類が〈王族〉となり、〈夜種〉と呼ばれるヴァンパイアの子孫たちがその下で暮らしている世界を舞台にした、いわば「ローマの休日」物語。〈夜種〉の暗黒組織の幹部である主人公が、〈王族〉の少女を助けて活躍する。迫力あるアクション満載のエンターテインメント作品だ。
 松崎有理「イヴの末裔たちの明日」は進歩したAIによって人間が職を奪われるという「技術的失業」をテーマにした本格SFだが、随所に作者らしい遊びが隠れている。失業した若い営業マンが、新薬の治験の仕事を手に入れるのだが、その新薬の効果というのが「くじ運がよくなる」とか「事故死しなくなる」とか、びっくりするようなものだ。でもちゃんとSF的で合理的なオチがついている。
 倉田タカシ「生首」も、高山羽根子に劣らず変な話。あるとき、わたしの周りで生首が落ちるようになった、という主人公の語る話なのだが、ホラーではない。でも不条理な夢のようでもあるのに、主人公の友人たちが主人公を支える部分はリアルで、いわばちゃんと仕事をしているわけで、なかなか不思議な読後感が残る作品である。
 宮澤伊織「草原のサンタ・ムエルテ」は話題の百合SFではなく、2015年の創元SF短篇賞受賞作「神々の歩法」の続編。宇宙からの知性体に憑依された人間がモンスターとなって街を破壊するのに、同じように憑依された少女が戦いを挑む、ウルトラマン・スタイルのアクションSFで、今回も迫力満点。とても面白かった。これはもう、シリーズ化して連作長編にするしかないでしょう。

『天冥の標 Ⅹ 青葉よ、豊かなれ Part1』 小川一水 ハヤカワ文庫JA
 第1章は21世紀後半、《救世群(プラクティス)》のチカヤが存命で、月面にコロニーを築こうとする時代。第2章は29世紀の遠い宇宙、前巻からの続きの物語。第3章は26世紀。荒廃した太陽系と、前巻につながる太陽系艦隊誕生の物語。そして第4章はふたたび29世紀、第2章の続きとなる。最後に例によってあの視点の断章7がある。年表と人物・用語辞典もついている。
 いよいよ最終回というわけだ。Part3まであると予告されているので、まだまだこれからだ。どうやら、本格的に膨大な宇宙的なスケールの中での物語となるように思える。それを象徴するのが第2章と4章だ。
 とにかく第2章の非常識ともいえる規模の宇宙戦争には度肝をぬかれた。何これ、もう笑うしかないでしょう。いや、褒め言葉です。
 ここにきて新たに現れた新種族、宇宙を駆ける黄金の竜たち。この、キャッハーな、何というかマッドマックス的で無茶苦茶な連中の、スカッとする無双な暴力の迫力! 頭がくらくらするよ。それに対抗する太陽系艦隊も、もうとんでもないなあ。
 それに対して、第3章の、滅びゆく文明の寂寥感。いやもう、迫るものがある。早く続きを読みたい。
 まだ物語は途中なので、レビューもここまで。

『うつくしい繭』 櫻木みわ 講談社
 ゲンロンSF創作講座出身の新人作家の短篇集だが、これは傑作だ。東チモール、ラオス、南インド、それに南西諸島を舞台にした4編が収録されている。
 SF的なモチーフやアイデアは出てくるが、それよりもこの世界に満ちている、生きている者や死んでいる者たちの記憶と心、見たもの、感じたもの、喜び、哀しみ、怒り、苦痛……そんな、いわば呪術的なクラウドの世界(昔のSF用語でいえば残留思念かな)を描く物語である。そしてまた、こちらの世界に居ながらもその声を聞いたり、最新の機械装置や、謎の貝が紡ぎ出す珠を通じてその思いに触れたりする登場人物たち(主に若い女性)の、内宇宙を描く作品でもある。
 しかし、辛い物語も描かれるが、読後感は明るく爽やかだ。描写は生き生きとして美しく、彼女らの物語には誰もがたやすく入り込むことができるだろう。つまりとても読みやすく、感情移入も容易なのだ。
 ここにはキース・ロバーツがいうところの〈プリミティブ・ヒロイン〉がいる。それは「苦い花と甘い花」のアニータだったり、「夏光結晶」のみほ子だったりするだろう。神話や妖精たちの物語につながる、原初的な魅力に満ちた女性たち。
 そして彼女たちの生命力に惹かれていく、よりわれわれの側に近い、現代社会に疲れた女性たちがいる。だが彼女たちにも、家族や祖先たちを通じて受け継いでいる記憶がある。
 「うつくしい繭」に出てくる聰明で魅力的な作家、シャン・メイは(今は歳をとっているが)その両方を兼ね備えた女性だろう。「マグネティック・ジャーニー」のカミは男性だが、やはり〈プリミティブ・ヒロイン〉の特性を備えている。
 4編はゆるやかにつながっている。「苦い花と甘い花」は独立した東チモールで、死者の声を聞くことのできる少女の物語だが、そこには日本人の女医、ミチコが関わる。彼女の祖父は太平洋戦争中にこの地で戦死したのだった。
 「うつくしい繭」は、ラオスの奥地にある秘密の施設が舞台となっている。そこには記憶を探って心身をリフレッシュするというコクーン装置があり、。親友に婚約者を奪われた失意の日本人女性がここを訪れ、憧れていた作家と出会う。ここの客には東チモールから来た要人もいる。
 「マグネティック・ジャーニー」では、兄のために新薬を求める女性が、中学時代の同級生だったカミの誘いで南インドの製薬会社を訪れるが、彼女の祖父はシベリア抑留の経験者で、兄の知人は東南アジアの小国で医者をしているという女性だった。そして彼女はヴィシュヌ神の神殿へと向かう。
 「夏光結晶」は大学生のミサキが、同じ大学の1年生、南西諸島の孤島出身のみほ子と知り合い、彼女の故郷の島で不思議な貝の珠が見せてくれる過去の記憶――それには江戸時代にこの地を訪れた英国の帆船サマラン号の記憶も含まれる――を味わう。そのミサキの祖父もシベリア抑留の経験者だった。
 決して直接的な関係があるわけではないが、本書の人々はゆるやかなネットワークでつながっている。〈スモールワールド〉だ。コクーンや珠が呼び出す過去の記憶や風に震える死者の声までも含めると、このネットワークはあらゆるものを結びつけるだろう。本書の主題とは違うかもしれないが、そういうことも考えさせてくれる作品である。

『星間帝国の皇女 -ラスト・エンペロー-』 ジョン・スコルジー ハヤカワ文庫SF
 ジョン・スコルジーの新シリーズである。シリーズ名は〈インターディペンデンシー〉シリーズとなるのかな。ちょっと長くて呼びにくいけれど。このシリーズ、最低でも3巻にはなる予定とのことだが、何となくそれだけでは終わりそうにない気がする。
 絢爛豪華な(何しろヒロインが銀河帝国の皇女なのだから)スペースオペラであり、敵も味方もかなりぶっ飛んだ破天荒なキャラクターたち(その多くが女性なのだ)が、陰謀をめぐらし、大暴れする。
 本書は2018年のローカス賞SF長編部門を受賞した、いかにもスペオペ好きなSFファンが大喜びしそうな話だ。でもベースとなるテーマは結構重い。訳者はアシモフの〈ファウンデーション〉シリーズを引き合いに出しているが、作者本人は〈デューン〉の影響を口にしているらしい。
 背景にあるのは銀河帝国の崩壊である(この巻ではまだ崩壊していないが)。人類が銀河のあちこちに散らばった遠い未来。それぞれの世界を結びつけているのは〈フロー〉と呼ばれる、それを通って超光速移動が可能な天然の通路だった。その〈フロー〉の出入りを支配し、銀河の権力を握ったのが〈相互依存する国家および産業ギルドの神聖帝国〉すなわち〈インターディペンデンシー〉、つまり銀河帝国である。この帝国は、千年の繁栄を誇っている。
 しかし〈フロー〉は決して永遠に安定しているものではない。過去に、地球と他の世界をつないでいた〈フロー〉が消滅し、地球は銀河の交通網から失われてしまった。同様に、失われた他の世界もある。しかし人々はあまり気にせず、帝国の繁栄を謳歌していた。
 その帝国の皇帝が崩御し、たまたまその後を継ぐことになった若き皇女カーデニアが主人公である。それとほぼ時を同じくして、ごく近いうちにすべての〈フロー〉が消失する、あるいは流れを変えてしまうだろうという科学者の研究結果が知らされる。物語は、〈フロー〉が集中するハブにあたる首都惑星と、〈フロー〉の一番果てにあたる惑星エンドを主な舞台として、貴族たちや産業ギルドの支配者たち、そしてこの問題を研究していた科学者を巻き込む、帝国の未来をかけた権謀術策の渦を描いていくのだ。
 もっともスコルジーのこと、設定こそ古めかしいが、重厚さよりも、ユーモアと生き生きとしたキャラクターの奔放さが勝っている。とりわけ公家ラゴスの宇宙船オーナーで、やたらと下品なものいいをする女性であるキヴァの活躍がめざましい。
 面白かったけど、話はまだまだ始まったばかりなんだよなあ。


THATTA 369号へ戻る

トップページへ戻る