コードウェイナー・スミス/伊藤典夫・浅倉久志訳
 『アルファ・ラルファ大通り (人類補完機構全短篇2)』 解説

 大野万紀

 ハヤカワ文庫
 2016年6月15日発行
 (株)早川書房
 THE REDISCOVERY OF MAN 2 by Cordwainer Smith (1975)
ISBN978-4-15-012074-0 C0197


 本書はコードウェイナー・スミスの〈人類補完機構全短篇〉の第二巻である。作品はおよそ未来史の年代順に並んでおり、本巻では「クラウン・タウンの死婦人」から「シェイヨルという名の星」までの七篇が収録されている。
 舞台は〈人類補完機構〉未来史の最大のエポックである〈人間の再発見〉の前後、(J・J・ピアスの年表によれば)西暦一四〇〇〇年から一六〇〇〇年ごろにあたる。ここで、それまで続いた世界に大きな変革が訪れ、人間と、動物から改造された下級民たちとの新たな歴史が生まれるのだ。

 作者コードウェイナー・スミスと〈人類補完機構〉については、第一巻のJ・J・ピアスの序文に詳しく記されている。ここでは、コードウェイナー・スミスとその作品が、日本のSFファンの間で一種のカルト的な人気を獲得していった、その受容史について、個人的な思いを含めて(というか、ほとんどそればかりなのだけれど)書き残しておきたいと思う。

 あなたはもう結末を知っている――この日本で、猫娘のク・メルが猫耳美少女となって同人誌のページを飾っていたことを。アニメ《新世紀エヴァンゲリオン》に出てくる謎めいた〈人類補完計画〉のことを。ゲームで、マンガで、ライトノベルで、スミスへのオマージュが、あるいは密やかに、あるいはあからさまに、敬意と愛情をもって語られていたことを。
 始まりの場所に戻ろう。今から半世紀前に。〈SFマガジン〉、その中ほどに「SFスキャナー」という海外SFを紹介するコラムがあった。一九六四年、そこに(当時のコラム名は「マガジン走査線」だったが)伊藤典夫氏が書いた記事こそ、日本で初めてSF作家コードウェイナー・スミスを紹介するものだった。
 もちろん当時小学生だったぼくが、それをリアルタイムに読んだわけではない。だが伊藤氏自身がハヤカワ文庫SFの訳者あとがきで当時のことにふれている。

 ――このあとがきを準備するにあたって、そのころぼくが書いたスミスについての雑文を読みかえしてみたのだが、「とっつきがわるい」とか、「なれるまでに時間がかかる」とか、およそ要領をえない文章ばかりが並んでいるのは驚きだった。(『鼠と竜のゲーム』)
 ――はじめて読んだコードウェイナー・スミスは何であったか。(中略)スミス独特のことばづかいと文章リズム、SFというにはあまりにも輪郭の定かでないイメージやコンセプトの氾濫にまどわされ、半年ぐらい途方に暮れていたことを覚えている。(『シェイヨルという名の星』)

 伊藤さんが途方に暮れていたのだ! いわんや一般読者をや。
 だがそれは、その謎めいた魅力にすでに取り憑かれていたということである。一九六六年、〈SFマガジン〉十月号に、伊藤典夫訳「鼠と竜のゲーム」が掲載され、ついで十二月号に浅倉久志訳「報いなき栄光」のタイトルで「スキャナーに生きがいはない」が掲載された。これが日本におけるコードウェイナー・スミス元年だ。
 さらに一九六七年から六八年にかけて、今度はジュディス・メリルが編んだアンソロジー『年間SF傑作選2』と『年間SF傑作選4』(創元推理文庫)に、井上一夫訳「シェイヨルという星」(「シェイヨルという名の星」)、宇野利泰訳「酔いどれ船」が収録された。ぼくがスミスを初めて読んだのは、この「シェイヨル――」だったと思う。衝撃的だった。そのグロテスクで奇怪な魅力に満ちたイメージの喚起力。ただし、まだ補完機構の未来史については知るよしもない(〈人類補完機構(インストルメンタリティ・オブ・マンカインド)〉は「シェイヨル――」では〈科学技術省〉、「酔いどれ船」では〈地球人防衛機構〉と訳されていた)。でもその背後に壮大な何かがあることは、確かに感じられた。
 ちなみに〈人類補完機構〉の訳語だが、最初に翻訳された「鼠と竜のゲーム」と「報いなき栄光(スキャナーに生きがいはない)」では〈幸福管理委員会〉と訳されていた。一九七二年の「アルファ・ラルファ大通り」から〈福祉機構〉に統一され、〈人類補完機構〉になったのは一九八〇年の「黄金の船が――おお!おお!おお!」からである。先の『鼠と竜のゲーム』のあとがきで、この用語について伊藤さんと浅倉さんが最後まで議論し、最終的には〈人類補完機構〉に統一したと書かれている。これは素晴らしい訳語だが〈福祉機構〉も悪くない。人類に奉仕し宇宙に平和をもたらすという目的で、人々を管理し、残酷で無慈悲な統治を行う。その機構を”福祉”と呼ぶアイロニー。いかにもスミスっぽいじゃないですか。
 こうして一九七〇年代に入るまでに四篇が訳された。二篇は文庫で手に入ったが、他の二篇は古本屋で探すしかない。そんな状態が何年か続くが、それでも一部のSFファンの間には、コードウェイナー・スミスというすごく不思議で印象的な作品を書く作家がいる、という認識がじわじわと広がっていったのだ。
 一九七二年、中央公論社の文芸雑誌である〈海〉の五月号に「アルファ・ラルファ大通り」が浅倉氏の訳で掲載される。〈SFの新しい波〉特集だった。スミスがニュー・ウェーブSFだとは全然思わなかったが、作品にはとても魅了された。そのイメージの美しさ、遙かな未来の冷たく荘厳な雰囲気、それに初めて知るク・メルの存在。
 次に翻訳されるのがいつになるのか。こうなったら原書で読むしかない。とはいえ、当時手に入るペーパーバックは数冊しかなかった。その中からぼくと水鏡子は、大学SF研のファンジンに「燃える脳」を訳し、一九七五年には同じくファンジンに司須美子(=C・スミス)というわざとらしいペンネームを使って「ク・メルのバラード(帰らぬク・メルのバラッド)」を訳した。これは翌年、〈SFマガジン〉に改稿の上転載されることになる。
 安田均氏主催の海外SFファンジン〈オービット〉のコードウェイナー・スミス特集号が出たのも一九七五年である。ぼくはそこに「やさしく雨ぞ降りしきる(人々が降った日)」を訳し、それまで読んだスミスの作品から未来史年表を作って、まとめて解説した。ちょっと自慢させてもらうなら、J・J・ピアスの年表と解説が日本に紹介される以前のオリジナルなものであり、怪しげなところもあるが、もしかしたら世界初のものだったかもしれない。
 その一九七五年こそ、アメリカでも〈コードウェイナー・スミスの再発見〉が行われた年である。バランタイン・ブックスから長篇『ノーストリリア』と、The Best of Cordwainer Smith が出版され、ほとんどの作品が系統だって読めるようになったのだ。
 にもかかわらず、一九八〇年代に入ってもまだスミスの翻訳本は出版されていなかった。〈SFマガジン〉一九八〇年一月号の「SFスキャナー」で、ぼくは彼の<キャッシャー・オニール〉シリーズを紹介したが、その冒頭で、こんなことを書いた(一部略)。

 ――コードウェイナー・スミスの名を知っていますか? 知らなくても、別に恥ではありませんが、知っているとなかなか便利なものです。たとえば、あなたがどこかのSFファングループに人って、初めてその会合に出かけたとします。連中はいかにも優しそうに「SFではどんなのが好き?」と訊いてきます。あわててはいけません。敵があまりにもマニアマ二アした顔をしている場合には、最後にひと言つけ加えるのです。
「それから、”コードウェイナー・スミス”とか……」
 このひと言で、相手の態度ががらりと変わるはずです。変わらない場合、その相手のマニア度は、そうたいしたものじゃない、と判断してさしつかえありません――。

 いま読むとずいぶんといやらしい文章だけど、これに似たことは実際にあった。スミスがマニアのおもちゃになっていた時代である。
 これを書いた翌年、〈マンガ奇想天外〉に吾妻ひでおの「CAPTAIN MAD-FANTASTIC」というマンガが掲載された。SF研に入会しようとやってきた美少女ぱるぷちゃんに、SF研の男たちがあーだこーだと蘊蓄をたれる。そのとき「”こーどうえなーすみす”!」のひと声が! SF研の男たちは、それを聞いて、へへーっとその前にひれ伏すのだ。
 これが一九八一年。翌年短篇集 The Best of Cordwainer Smith の前半『鼠と竜のゲーム』がハヤカワ文庫SFから出る。ついにマニアじゃなくても、古本屋を探しまわらなくても、コードウェイナー・スミスが読めるようになった。その五年後、八七年には長篇『ノーストリリア』が翻訳され、次の短篇集、前掲の後半『シェイヨルという名の星』が出るにはさらに七年後、九四年まで待たねばならなかったが、それでも八〇年代にはスミスは幻の作家ではなくなっていた。それどころか、どこかマニアックで神秘的なオーラをまとい、そのとりこになった読者は、周囲に彼の魅力を吹聴していったのだ。
 コードウェイナー・スミスのSFには、マニアをとりこにする魅力的な要素が間違いなくあった。遠い未来の浮き世離れしたおとぎ話的な世界。細部へのこだわりと深い知識。だれも思いつかないようなとんでもないアイデア。そして何より、魅力たっぷりで”かわいい”キャラクターたち。その魅力は今の言葉でいえば”萌え”に当たるのではないかと思う。コードウエィナー・スミスこそ、SFというジャンルを超えて、半世紀以上も前に、オタク文化、萌え文化を先取りしていたといえるのではないだろうか。もちろんスミスの魅力はオタク的要素だけにあるのではないが、少なくとも日本でのスミスの受容史を見てみると、”萌え”も含めたオタク的・マニア的感性への親和性こそが、スミスをここまで特別なものにしたのではないかと思えてくる。
 こうして、コードウェイナー・スミスの作品、あるいはそのイメージ、その要素、その雰囲気は、八〇年代以降の日本のSF/オタク文化の中で、決してメジャーではないが、ひとつの重要な注目点として存在を明確にした。
 『ノーストリリア』の一年前、一九八六年には、熱心なファンによるスミスのファンクラブ「補完機構」がスタートする。それまでの伝統的なSFファングループとは別系統、アニメやゲーム、マンガの世界からの発信だった。会誌〈アルファ・ラルファ大通り〉には、猫耳のク・メルがフィーチャーされ、いかにもオタクっぽい意匠が散りばめられていたが、同時に未訳作品の翻訳、独自の研究や用語辞典の翻訳が掲載され、国際的で本格的なファンジンへと発展した。一九九七年のSFファンジン大賞の翻訳・紹介部門賞も受賞している。
 このような下地の中で、一九九五年にスタートしたアニメ《新世紀エヴァンゲリオン》に〈人類補完計画〉という言葉が登場したのだ。もちろん直接の関係があるわけではない。でもそれは、こんな日本のSF/オタク文化のコードウェイナー・スミス受容の中から発したものに相違ないだろう。
 一九九七年、短篇集未収録の作品と〈人類補完機構〉以外の短篇を収録した『第81Q戦争』(ハヤカワ文庫SF)が出版される。その初版の帯には「人類を新たな進化の道へと導く〈補完機構〉とは何だったのか?」とあった。ブームとなった《エヴァンゲリオン》を意識したものに違いない。ともあれ、この時点でスミスの作品は、ごく一部を除いてほとんどが日本語で読めるようになったのである。
 そして世紀が変わり、『第81Q戦争』からまた二〇年近くがたった二〇一六年、日本におけるコードウェイナー・スミス元年である一九六六年からちょうど五十年後にあたる年、〈ハヤカワ文庫補完計画〉の締めくくりに、未訳を含めた〈人類補完機構全短編〉全三巻が出版されることとなった。第一巻『スキャナーに生きがいはない』の反響を見ると、昔からのファンだけでなく、今回初めてスミスを読んだという新しい読者にも、かつてと同様なスミスの魅力が伝わっていることが感じられて、とても嬉しい。

 最後に、本書収録作について簡単に記しておこう。

「クラウン・タウンの死婦人」The Dead Lady of Clown Town (ギャラクシイ誌一九六四年八月)
 〈人間の再発見〉の最初のきっかけとなった下級民の非暴力による革命を描いた中篇。読んですぐわかるとおり、ジャンヌ・ダルクの物語が下敷きとなっている。ここでも何重にも重なった物語の構造が特徴である。書かれた当時まだそんな言葉はないが、これは〈ミーム〉についての物語である。人々の思考の中に遺伝子のように溶け込み広がり、世界を変えていくそんな思いについての物語なのである。また悲しい運命の物語ではあるが、場末の路地の自動販売機みたいな〈死婦人〉レイディ・パンク・アシャシュ、魔女っ子のエレイン、犬娘ド・ジョーンなど、いかにもスミスらしい魅力的なキャラクターがいっぱいだ。

「老いた大地の底で」Under Old Earth (ギャラクシイ誌一九六六年二月)
 スミスは病弱で、何度も手術をし、病室で寝ながら物語を考えたという。そんな、死や老いの雰囲気を濃厚に漂わせる作品である。時代は〈人間の再発見〉の前、年老いた補完機構のロード・ストー・オーディンは、決まった寿命を終えて死ぬために、ロボットの従者二人を従えて禁断の地、ゲビエットへと向かう。ちなみに、補完機構でロボットといえば、普通は人工知能ではなく、死んだ人間や動物の意識を刷り込んだ機械のことである。地底で踊り狂う若者たちには、当時広まりつつあったヒッピーたちのコミューンを連想させられる。

「酔いどれ船」Drunkboat (アメージング・ストーリーズ誌一九六三年十月)
 アルチュール・ランボーの詩「酔いどれ船」に着想をとったという作品。第一巻に収録の「大佐は無の極から帰った」は、この作品の原型となったものである。スミスの作品によくある宇宙航行にからむエピソードの一つだ。ランボーは自らが船となって遙かな距離を超え宇宙3を通って飛ぶ。彼が語る宇宙3の描写に「酔いどれ船」の詩のイメージが引用されている。〈人類補完機構〉のあり方やモットーについて述べられているのもこの作品だ。

「ママ・ヒットンのかわゆいキットンたち」Mother Hitton's Littul Kittons (ギャラクシイ誌一九六一年六月)
 今度は「アリババと四十人の盗賊」がモチーフだという。宇宙一の富を持つ閉ざされた惑星ノーストリリアの、そこまでやるかというような防衛機構の物語である。アリババのお話では盗賊たちはモルジアナにひどい目にあわされるが、この作品でも盗賊たちは”かわゆい”キットンたちに悲惨な目にあわされる。”かわゆい”は littul の訳語だが、絶対に検索などしないように。検索したら最後、あなたも悲惨な目にあうかも知れませんよ。

「アルファ・ラルファ大通り」Alpha Ralpha Boulevard (F&SF誌一九六一年六月)
 〈人間の再発見〉が始まっている。これまでしあわせを強制されていた人々に、不幸や冒険の自由が与えられ、古代の文化、言語、災厄までが復活される。そんな時代の一エピソードを描いた作品である。はるか雲の上へと続く、たなびく蒸気のような廃道、アルファ・ラルファ大通り。その廃道を、上空の予言機械を目指して上っていく恋人たち。その二人につきまとう男。まるで宗教画を思わせる、静謐で荘厳な印象を残す傑作である。スミスの作品の中でも最も文学的ソフィスティケーションがなされた作品といわれている。人々の言葉がばらばらになるのはバベルの物語と同じだが、スミスはもたらされた多様性を肯定している。

「帰らぬク・メルのバラッド」The Ballad of Lost C'mell (ギャラクシイ誌一九六二年十月)
 ク・メルの魅力が大爆発の一篇。下級民のク・メルと〈人類補完機構〉のロード・ジェストコーストとの、ロマンチックなすれ違いのラブストーリーであり、「クラウン・タウンの死婦人」から続く、下級民と人間の関係の転換点となる事件を扱った作品である。ここで下級民たちの隠された組織も姿を現わす。それぞれの思惑が交差し、表面には見えないまま〈鐘(ベル)〉と〈蔵(バンク)〉に集約するシーンは圧巻だろう。三国志がこの話の背景にあるということだ。だが何よりも、遊び女(め)ク・メルの魅力的なこと。愛猫家スミスの猫への愛情が満ちあふれている。

「シェイヨルという名の星」A Planet Named Shayol (ギャラクシイ誌一九六一年十月)
 シェイヨルは「スズダル中佐の犯罪と栄光」で言及された流刑の星である。そこでは死刑よりも厳しい判決を受けた者がおぞましい姿となって生き続ける。その地獄絵のような描写は圧倒的で恐ろしいが、〈人類補完機構〉にとって、ここは決して処罰の星ではないのだ。ここでも手術や病院のイメージが重く漂っており、苦痛や麻酔、死なずに生き続けることの悲惨さが描かれている。だからこそ結末のハッピーエンドにはほっとするのだ。

 第三巻『三惑星の探求』では、未訳だった二篇を含む〈キャッシャー・オニール〉シリーズの全短篇と、〈人類補完機構〉に属さないスミスの他の短篇が収録される。
 乞うご期待!

2016年5月


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