キース・ロバーツ特集 解説

 大野万紀

 早川書房「SFマガジン」01年7月号掲載
 2001年7月1日発行


 キース・ロバーツの『パヴァーヌ』が昨年の夏に再刊された時、ぼくはその解説でこう書いた。
「九〇年代に入ると病気がちとなり、一時は絶筆宣言が出されたとも伝えられて、あまり活動の目立たなかったロバーツだが、九七年には自伝的な長編 Lemady を出版し、そして二〇〇〇年には、待望の Kiteworld の続編 Drek Yarman をイギリスのSF雑誌、スペクトラムSF誌に連載開始した。作家ロバーツの復活を、本書の復刊と共に大いに喜びたい」
 ところが、その数ヶ月後の十月五日、突然、ロバーツ死去のニュースが伝えられた。享年六十五歳だった。入院先の病院で、肺炎をこじらせたということだった。
 そりゃないだろ、というのが正直な感想だった。これからどんどん新作を書いてもらわないといけないのに。せっかく十何年ぶりに復活を果たしたというのに。
 彼は気むずかしいことで知られていた。病気がちになってからはそれがますますひどく、人付き合いがとても悪かったということだ。編集者や批評家の悪口ばかりいっていたそうだ。実際、ロバーツの作品は大手出版社からはほとんどそっぽを向かれ、イギリスやアメリカの小さな出版社からしか出版されなかった。当然、人々の目に触れる機会も少なくなった。そんな中でのロバーツ復活の話題であり、『パヴァーヌ』を始めとする英米でのロバーツ再評価の動きだった。これからじゃないか、と思った。絶筆宣言(が本当にあったかどうかは知らないが)を乗り越え、病気を乗りきって、二十一世紀にまたもうひとつのイギリスの姿を描き出して欲しいと思ったのだ。
 そのことが、本当に残念だった。

 ロバーツは本質的にファンタジイの作家であり、短編の作家である。ただし、ファンタジイといっても、それはリアルな現実の日常にかぶさって存在する、もうひとつのリアルな世界を描くものである。だから、それはきわめてSFに近い感触をもつ。彼の小説に出てくる妖精たちは、イギリスの大地に根付いた、歴史の観察者である。彼らのすむ異世界はこちらの世界と無関係に存在するのではなく、この日常とつながり、重なり合い、あるいは畳み込まれているのである。現代のイギリスそのものが異世界と共存しているのだ。ロバーツの描く魔女も幽霊も、妖精や古き者たちも、われわれと同じく、現実に生きているのだ。
 今回の特集に掲載された作品についてもそれはいえる。バラエティを考えて選んだので、読後感にはかなりの幅があるだろうが、SFにしろ、ファンタジイにしろ、ホラーにしろ、全く別の世界を扱った作品ではなく、こちらの世界と地続きな、もうひとつのあり得べき世界を描いた作品である。ワイドスクリーン・バロックとは対極にあるが、こういうリアルで地味な作風もまた、イギリスSFのひとつの特徴といっていいだろう。

 掲載作品について。

「サー・ジョンのお守り」The Charm 初出 Science Fantasy誌1964年12月号/65年1月号
 まずはロバーツの初期の代表作である〈アニタ〉のシリーズから。このシリーズがいいのは、何といってもヒロインの魔女アニタが生き生きとしているから。彼の後の作品と違って、ユーモアの比重が大きく、軽みがあり、さらに若々しい躍動感がある。SF的な要素もたっぷりと含まれている。アニタはとにかく明るく自由で、恋愛に関する感覚も(当時の)人間たちとは違っており、それが往々にしてトラブルの元になるのだ。この作品でもアニタの気ままな可愛らしさは大爆発しており、さらにSF的な世界の広がりも見ることができる。それにしても、アニタの「あたしはカンブリア紀が好き」ってせりふにはしびれませんか?

「東向きの窓」 The Eastern Windows 初出 The Devil His Due 1967年
 初出はダグラス・ヒル編のオリジナル・アンソロジー。八九年にロバーツのホラー短編集 Winterwood and Other Hauntings に再録された。わりとストレートなホラーだが、じわじわと違和感を積み重ねていく手法はロバーツらしい。ロバーツのホラーは、単純な怖さよりも、こういったどこかが少し違うという感覚が勝っているように思えるのだが、どうだろうか。確かに、知らない人ばかりのパーティって、居心地悪いよね。

「ぼくのステーション」 The Lordly Ones 初出 F&SF誌1980年3月号
 八一年のヒューゴー賞ノヴェレット部門候補作。これは近未来の内戦状態に陥ったイギリスを、主人公の独特の視点から描いたSF。この主人公がとてもいい。善良な彼の視点から見ると、現実世界の戦いも、高貴な妖精たちの世界と重なっているのである。ここでもロバーツの細密な描写が生きている。ステーションや小川の細やかな描写が、主人公の心情とあいまってとても美しい。彼の目に見える「あの方々」は、『パヴァーヌ』の「古い人々」と同じく、イギリスの大地に根付き、人々を見守る存在である。

「ケイティとツェッペリン」 Kaeti and the Zep 初出 Kaeti & Company 1986年
 八〇年代からロバーツが集中して書き始めた、〈ケイティ〉シリーズの一編。ロバーツの描く若い女性はみんな魅力的なのだが、ケイティもそうだ。彼女は薄明の中からスランプに陥っていたロバーツの前に現れ、女優として彼の作品に登場しはじめる。普段はセーターにジーンズという格好の、可愛らしいロンドン娘なのだが、役作りによってはパブの女店員になったり、眼鏡をかけたコンピュータ会社のOLになったり、この作品のように第一次大戦のころの田舎の女の子になったりする。どんな場合でも、彼女はいつも若い女性の魅力に満ちている。ロバーツはこのようなヒロインを〈プリミティブ・ヒロイン〉と呼んで、その神秘的な力について語っている。それはケルト神話や妖精たちの物語につながる原初的な物語なのだ。まあ、そんな難しいことを考えなくても、ケイティやローラはとても元気ないい子だし、飛行船の船長はかっこいいし、どうしても宮崎駿のアニメが心に浮かんできてしまう作品です。

 2001年5月


トップページへ戻る 文書館へ戻る