海外書籍
『"都会のモラルド" と "アニタとの旅"』

 書名:Morald in the City & A Journey with Anita
 著者:Federico Fellini and Diogenes Varlag
 訳者:John C. Stubbs

 ISBN :0-252-01023-X
 出版社:University of Illinois Press
 価格:U$19.95
 出版年:1983


<内容>
 本書は、イリノイ大学で英語と映画研究の助教授だったジョン・スタッブスによって英語に翻訳された、イタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニの『都会のモラルド(Moraldo in the City)』『アニタとの旅(A Journey with Anita)』という2本の未映画化シナリオである。(スタッブスは本書の他にもフェリーニに関する著書がある。)どちらも多分にフェリーニの自伝的要素が含まれており、幻のフェリーニ作品として想像するだけでも非常に興味深いものである。

 まず『都会のモラルド』だが、これは『青春群像』の続編として、『道』の次に映画化が企画されていた。内容は『青春群像』のラストで、未知の世界を夢見てただ一人故郷の町を後にした青年モラルドの、大都会ローマにおける「その後」の物語である。フェリーニ自身、18歳で故郷リミニを出てローマに滞在し、新聞記者などの職業についていたことがあり、地方都市リミニでの青春を映画化した『青春群像』に続き、この続編も若き日のローマでの経験に基づく自伝的な作品になるはずだった。脚本は『青春群像』や『道』でも協力したトゥリオ・ピネリやエンニオ・フラアーノとの共同執筆である。様々な登場人物のエピソードが語られる前作に比べ、続編では主人公モラルドに焦点が当てられ、自伝的要素がより強くなっている。物語は、夢を追って都会に出てきた主人公モラルドが、厳しい現実に直面し、仕事や恋をめぐって悩みながら、様々な人との出会いの中で「本当に自分がやりたいこと」を求め、がんばって生きていくというもの。貧しい中で一生懸命生きていこうとする登場人物の姿や、彼らに対する暖かい眼差しには、まぎれもなくフェリーニの息遣いが感じられ、『青春群像』『甘い生活』といった自伝的作品の系列であると同時に、『道』『崖』『カビリアの夜』といった初期の人情物の系列にも連なる作品となっている。  脚本はほぼ完成していたが、途中でフェリーニが詐欺師の生活に強く興味をひかれるようになり、『崖』の製作を決めたために中止された。すべてを失った主人公が、周りの人々の姿に勇気付けられて人生に希望を取り戻すラストは、後に『カビリアの夜』のラストに使われている。

 もう一つが『アニタとの旅(A Journey with Anita)』である。これは『カビリアの夜』の次の作品として、トゥリオ・ピネリとの共同で脚本が執筆されたもので、フェリーニの父親の故郷での死を題材にしていた。大都会で作家として成功した男が、父の病気の知らせで愛人と共に故郷に戻るが、その途中で体験する出来事や、故郷に帰った後での父の死やその葬式等を描いた内容である。前半はフェリーニには珍しいロード・ムービー風、後半はフェリーニ版『お葬式』となっている。  主人公グイド(後に『8 1/2』の主人公の名としても使われる)にはグレゴリー・ペック、グイドの愛人アニタにソフィア・ローレンの出演が検討されていた。意外に思われるが、『甘い生活』にも出演したフェリーニの偶像アニタ・エクバーグは、脚本が書かれた頃にはフェリーニとは出会っておらず、作品に出てくるアニタとは関係無いという。映画は、ローレンの出演がカルロ・ポンティとの結婚をめぐる問題から暗礁に乗り上げたため、破棄されてしまう。後にこの脚本は、マリオ・モニチェッリ監督、ジャンカルロ・ジャンニーニとゴールディ・ホーンの主演で映画化されている。内容は大幅に変更され、主人公の職業は銀行家に、その妻はアメリカ人になったほか、物語は主人公の家族の秘密をめぐるブラック・コメディに改作されてしまった。  脚本に出てくるいくつかの場面は、後にフェリーニの他の映画にも使われている。捨てられた村をグイドとアニタが歩く場面は、『甘い生活』で人々が廃墟と化した村を探訪する場面として出てくるし、祭の夜にアニタが農家で性的なエネルギーに満ちた誘惑的な踊りを舞う場面は、同じ『甘い生活』のアニタ・エクバーグのセクシャルな踊りを思わせる。若いグイドとグラディスカとの映画館の中でのエピソードは、後に『アマルコルド』のエピソードとして使われている。

 2つの自伝的作品を完成した映画と共に『青春群像』『都会のモラルド』『甘い生活』『アニタとの旅』と並べることで、フェリーニの精神的遍歴を読み取ることができる。そこには、楽しい青春を過ごした若者が故郷を去り、都会で挫折や失敗を繰り返し、都会の泥に汚れながらも成功し、やがて故郷に帰るが、そこはすでにかつて夢見た場所ではなくなっていたという一つの大きな物語が浮かび上がる。ミッシング・リングをつなげてみることで、主人公と同じように故郷から都会に出て成功したフェリーニの青春や人生が浮き彫りになり、興味深い。後にフェリーニは、未完に終わった『都会のモラルド』の代わりに、大都会ローマそのものを主人公とした『ローマ』を監督し、その一挿話として若き日のローマの思い出を再現している。また自伝的作品群の帰結となるはずだった『アニタとの旅』の代わりに、『アマルコルド』で故郷の思い出に対する集大成を試みるが、そこでは故郷に戻った主人公の驚きや幻滅が描かれることはなく、終始主人公の回想の中の美しいままの故郷が描かれている。

 

あらすじ

『都会のモラルド』
 故郷の田舎からローマに出てきた青年モラルドは、作家を目指して出版社に持込みをしたりするが、三ヶ月たっても作品は売れず、所持金の残りも少なくなってくる。ある出版社で彼はガットンという落ちぶれた中年作家と知り合い、意気投合する。ガットンの友人で絵描きのランジも加わり、三人でレストランで食事をするが、誰も金がなかったために無銭飲食でたたき出されてしまう。素寒貧のガットンはモラルドのアパートに転がり込み、ちゃっかり同居人になってしまう。モラルドは日銭稼ぎのためにランジの手伝いでペンキ塗りをしたりもするが、貧乏暮らしから抜け出せない。日曜日に近所の女の子を誘ってデートするものの、金がないために気まずい結果に終わったりする。ある時、原稿の売込先でモラルドは、雑誌を編集しているコンティーニ夫人という30代半ばの美しい有閑婦人と知り合い、彼女と肉体関係を持つようになる。一方、同居人のガットンが隣人の部屋から食べ物を盗んだために、モラルドはアパートを追い出されてしまう。困った彼は、コンティーニ夫人の家に借金に行き、そのまま居候になってしまう。夫人に養われて、つばめのような生活をおくるモラルドだが、パーティーで人々の好奇の視線を浴びたり、家政婦に軽蔑された屈辱から、やがて彼女のもとを去る。以前の隣人リッチの世話で、文房具を売り歩くセールスの仕事をするようになるが、生活は依然として苦しく希望も持てない。そんなある時、快活で明るい娘アンドリーナと仲良くなったことで、彼の生活は一変する。二人はデートを重ね、楽しい時を過ごし、やがて結ばれる。アンドリーナの家に食事に招待されたモラルドは、平凡だが安定した彼女の家庭の平和にやすらぎをおぼえる。一方で、家庭を持って安定することが本当に自分の望んでいるものなのかとの疑問がモラルドの心に芽生える。安定か野心かで悩む彼に、父の友人が政府機関の職を紹介してくれる。夢見ていた定職で、しかもオフィスで働くことができると興奮するモラルド。だが勤務の初日に彼が目にしたのは、空虚で退屈な仕事と、希望もなく年齢を重ねるだけの同僚だった。幻滅した彼はコーヒーを飲みに行くと出ていったまま、二度と職場に戻らない。その夜、彼はアンドリーナに仕事を辞めたことを伝え、更に自分には彼女と結婚して普通の人生をおくることはできないと伝える。彼の気持ちを理解できないアンドリーナはただ泣くばかりで、二人は悲しく別れる。気落ちするモラルドに、ガットンが急病で入院したとの知らせが届く。病院でモラルドは、アルコール中毒による妄想で喚くガットンの無残な姿を目の当たりにする。夜になって再び病院を訪れると、ガットンは死んでいた。その孤独で悲惨な死を目にしたモラルドは、家族や仕事を拒否した自分にも同じ運命が待っているのではないかと暗い気持ちになる。アパートに戻ったモラルドの前に、仕事でたまたまローマに来た父親が待っていた。父親はモラルドに故郷や家族の近況を伝えたうえで、故郷に帰る気がないか聞くが、モラルドは父親を心配させないために、元気でやっていると嘘をつく。翌日、父親が故郷に帰った後、ランジが知合いを呼んでアトリエでパーティーを催すが、モラルドは気分が乗らない。そのうえ、パーティーでコンティーニ夫人と再会し、夫人がまたも自分と同じような若い男を連れているのを見て自己嫌悪に陥る。パーティーは延々と続き、やがて一同はその場で寝こんでしまう。翌朝、モラルドは他の客が寝ている間にアトリエを出て、一日中あてもなく歩き続ける。夜、郊外を歩くモラルドのそばを、リッチの車が通りかかる。リッチはモラルドを心配するが、彼自身も多額の借金と崩壊寸前の家庭を抱えていると告白し、去っていく。リッチと別れた後、モラルドは街の明りに向かって歩き出す。依然として自分探しの答えは出ず、本当にやりたいことも見つからない。仕事も恋人も友人もない。だが周りの若者や恋人達の楽しげな姿を見るうち、モラルドは次第に明るさを取り戻す。そして、まだ見ぬ明日に希望を持ちながら、足取り軽く歩いていくのだった。

『アニタとの旅』
 グイドは30代後半で、ローマで作家として成功した男。ある退屈なパーティーから自宅に帰ると、故郷ファーノに住む父親が病気との連絡が妹からある。彼は結婚して7年たつ妻とは倦怠期気味で、父親のもとに帰るべきかの悩みをうまく伝えられない。結局、一人で父の見舞いに行くと妻に伝えて自動車で出発するが、途中グラマラスで美しい年下の愛人アニタのもとに立ち寄り、理由を教えないまま彼女を車に乗せる。明るく若いアニタは、グイドとの突然のドライブを無邪気に喜ぶ。高速道路を降りた二人は、田舎の奥にある300年前に捨てられた村に立ち寄る。人っ子一人いない静かな廃墟の中で愛し合う二人。夜になって、二人は農家に泊めてもらう。ちょうどその晩はサン・ジョヴァンニ祭で、村の大人や男達は祭に出かけた後だった。残った女達と一緒にワインを飲むうちに、アニタは女達に加わってセクシーでエネルギッシュな踊りを始める。そして女達が解放感から着物を脱いで外を走り始めると、アニタも裸になって月夜の草原を走りまわる。その奔放な野性にグイドは圧倒され、知られざる彼女の側面に意外な思いをする。翌朝、二人は山道の途中で、ダイナマイトの爆破作業のために工事現場で足止めを食う。待っている間、貧しく若い労働者達の間を挑発するように歩き回るアニタ。嫉妬に燃えるグイドは、車が走り始めた後でアニタを厳しく責める。やがて車はグイドの故郷ファーノに着く。グイドは初めて旅の目的をアニタに告げるが、事実を隠していたグイドを今度は彼女が責める。アニタをホテルで降ろし、自宅に向かうグイド。久しぶりの我が家で、病気の父親はベッドに寝ているが、グイドの顔を見ると元気そうな様子を見せる。母親も妹もほっとする。安心したグイドは、自宅を出て久しぶりに故郷の街をぶらつくが、父親の様態が急変したとの知らせを受け、飛んで帰る。家に戻ると父親はすでに死んでおり、早くも親戚や知合が弔問に訪れていた。弔問客の多くはグイドの知らない顔だった。グイドは近所の教会に行き、尼さんに父の葬式に来てくれるよう頼む。その夜、父の通夜がしめやかに行われる中、グイドは虚脱感に襲われる。夜半過ぎ、ようやくグイドはアニタのホテルに行き、父の死を彼女に伝える。グイドの話がまるで他人事を伝えるかのようだとアニタは感じながらも、肉親を失ったグイドをなぐさめる。翌朝、家に戻ったグイドは、墓地の手配をするために、町で弁護士をしている昔の友人チッタに会いに行く。チッタに連れられ、昔の懐かしい友人に会うグイド。長い年月の後に、友人達は随分と変わっている。建築家になった友人の一人が、父の墓を作ってくれることになる。家に戻ったグイドは、父の友人だったという神父の訪問を受け、信心深くなかったはずの父の意外な側面を知る。その夜、グイドは母親と同じベッドで寝るが、母親は長年連れ添った夫の死を悲しんでおり、二人ともほとんど一睡もしない。翌朝、グイドはホテルのアニタに会いに行き、二人で海岸を歩く。アニタはあくまでグイドにやさしいが、一方で快活さを取り戻している。夜になってグイドは母や妹らを車でレストランに連れていく。食事の間に、父の遺骸を自宅から教会に運ぶという手はずだった。母親は落ち着いてきたものの、嘆きは止まらない。家族の食事が終わった後で、グイドはアニタと食事に行く。二人は、グイドが子供だった頃にあこがれていた豪華なレストランに行くが、大人になった目で見るとレストランは思ったより小さく、グイドをやや幻滅させる。食事の後、夜の町を歩きながらグイドは、昔の思い出話をする。町中の男のあこがれのまとだった美人のグラディスカ。ある時、映画館で彼女と二人きりになった高校生のグイドは、彼女の身体に触ろうとするが、彼女の「何か探してるの?」の一言であえなくあきらめたと語る。突如グイドは大きく笑って、アニタに向かって「グラディスカ! グラディスカ!」と叫ぶ。アニタはどうしていいか分からない。二人は父の遺骸が運び込まれた教会の一室に忍び込み、朝日を浴びながら抱き合う。夜が明けて、父の葬式が教会で営まれる。グイドは母親の腕を組んで、彼女を支える。次の朝、グイドはローマに帰るべく、車で家を後にする。だがホテルにアニタの姿はなく、置手紙が残されているだけだった。手紙には「親愛なグイド。心から愛してます。でも私達の愛には未来がありません。直接お別れできなくてごめんなさい」と書かれていた。途方に暮れるグイド。しかし彼は真新しい父の墓の前でたたずむアニタを見つける。長い間、二人は話し合うが、アニタとの別れが避けられないと悟ったグイドは、彼女を後にする決心をする。車で去っていくグイドに向かって、アニタは優しく微笑を浮かべるのだった。


<入手先>
2001年春に、ハリウッドの映画専門書店 Larry Edmund's Cinema Bookstore で19.95ドルで購入。


前の画面に戻る  初期画面に戻る

ホームページへの感想、ご質問はこちらへどうぞ

2002年8月21日作成