キューブリック幻の映画 『ナポレオン』 シナリオA
〜 トゥーロン攻囲戦、ヴァンデミエールの反乱、ジョゼフィーヌとの出会い 〜

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フェードイン
屋外・テュイルリー宮殿 − 日中
数千人の暴徒が乱入し、ルイ16世とマリー・アントワネット、その子供たちをバルコニーに追い立てる。嘲りの歓声が中庭の群集からあがる。十数名の革命家たちがバルコニーにあがり、国王と女王をあらゆる方向にさらす。次にどうすべきか誰も分からない。ルイ16世は群集に中途半端に手を振る。
シャンパンの壜とグラスが持ってこられる。2つのグラスが礼儀正しく国王夫妻に渡される。革命家たちはグラスを持ちあげる。国王と女王も彼らと一緒に飲む。これを見た群集は勝利の雄たけびをあげる。
やがて男たちの一人が汚れた赤い帽子を脱ぎ、国王に差し出す。ルイ16世は立ったまま、それを無表情に見る。革命家は手を伸ばして帽子を国王に被せる。群集は歓声をあげる。
ナポレオン
信じられない・・・信じられない・・・どうして国王はみすみす群集を宮殿に入れたのだ? もし白馬に乗って群衆に立ち向かったなら、みな退散しただろう。もしそれほどの勇気がなかったなら、散弾をひと撃ちするだけで、連中は逃げ出しただろうに。
野外・トゥーロンの光景 − 日中
港は英国の船で満ちている。
ナレーター
1793年の夏、内戦はフランス全土におよんだ。要衝トゥーロンの海軍基地は王党派の反乱軍の手に落ち、港はただちに英国とスペインの連合艦隊のものとなった。
野外・トゥーロン本部 − 日中
ナレーター
1万のフランス軍は港の奪還を命じられたが、有名なパリの画家でもあった司令官カルトーは戦いの経験が少なく、攻撃はすぐにこう着状態に陥った。
カルトー将軍は血色のよい口髭を生やした三十後半の男。フランス兵の一団に愛国的な情景のポーズをとらせ、勝利の光景をはるかに見るさまを写生している。
その後ろは、トゥーロン港を見下ろす丘に設置されたカルトーの本部のテントで、軍隊が慌しく動いている。
野外・トゥーロン路上 − 日中
着飾ったフランス儀仗兵と軍楽隊がカルトー将軍の本部の外で、公安委員会の副委員であるポール・バラスの到着を迎えている。
バラスは馬車を出て、4人のめかした従者を伴い、カルトー将軍と抱擁する。
バラスはたくましくハンサムなバイセクシャルの男で、旧体制のエレガントなマナーを身につけている。
ナポレオンは他の士官たちと共にそれを見ている。
ナレーター
ポール・フランソワ・ニコラ・バラス。元子爵で現在は公安委員会副委員の彼は、攻撃の失敗について自ら委員会に報告するためにパリから派遣されてきたのだった。
室内・トゥーロン本部のテント − 夜
テントの中央に大きなテーブルが置かれ、ポール・バラスと4人の従者、7人の将軍が座っている。
テーブルの一端にトゥーロンの巨大な軍用地図が板に貼られている。
テーブルの後方ではテントの壁に沿って、30人の若い士官、スタッフ、将軍の従者たちが並んで座っている。
砲兵隊の大尉となったナポレオンも、その中にいる。
バラスは目の前の報告書をゆっくりとそろえ、話す。
バラス
将軍、皆の報告書は全て読み、署名も確認した。実質的に皆の意見は同じだ。トゥーロンを固める英国軍の陣地は強力で、現在の武力では勝てないと。これまでの二度にわたる攻撃が成功しなかったのがその証拠だとね。
彼はテーブルの周りを見渡す。
バラス
将軍、ご存知と思うが、公安委員会を失望させることは愛国心や革命への熱意の欠如と見なされる。一方で委員会は、いたずらに人命の損失を望むものではない。委員会での検討のために皆の報告書を私の報告書と共にパリへ送る前に、報告書作成後に立案した新しい考えを表明する最後の機会を与えたいと思う。
不安な沈黙があるが、将軍たちは意見を変えない。
カルトー
市民バラス、我々には新しい考えはないようだ。あなた自身の考えを聞かせてもらえないだろうか?
バラス
カルトー将軍、この作戦に対する私の報告書は書面で委員会へ送られる。
居心地の悪い沈黙。
ナポレオン
失礼いたします、市民バラス。
全員の目がナポレオンを見る。
バラス
ああ、今のは誰だね?
ナポレオン
私です、閣下。
ナポレオンは内気だが強情な人が見せるように、気まずそうながら毅然とした態度で話す。
バラス
何だね、大尉? 何か言いたいことがあるのかね?
ナポレオン
(咳払い)
はい、恐れながら、お話ししたいことがあります、市民バラス。
バラス
続けたまえ。
ナポレオン
地図に近づいてよろしいですか?
アニメーションの地図
トゥーロン占領のためのナポレオンの計画。以下、アニメーションで説明。街を攻略するより、代わりにエギュイエット砦を占領しさえすれば、岬になっているその場所からフランス軍の砲兵隊が港の内側と外側を支配でき、英国艦隊は支えきれず、街はすみやかに陥落するだろう。
野外・エギュイエット砦 − 日中
12月の寒い日。フランスの三色旗がエギュイエット砦の砲兵隊陣地本部の上にあがる。そこは丘の上の平らな場所で、厚い板や枝で要塞化されている。
フランス軍の砲手はすでに数門の大砲を湾に向け、射程圏内の英国船に発射する。
ナポレオンは白い馬の上で向きを変え、命令を叫ぶ。腿には血のついた包帯を巻いている。両軍の負傷者が手当てを受けている。
野外・トゥーロンの野原 − 日中
天気のよい冬の日。トゥーロンの兵舎近くの野原。数百人の部隊がナポレオンの准将任命式のために儀仗兵として整列している。見物人は葉の散った木々の下に立ち、子供たちは土手の上から眺めている。
バラスはナポレオンに任命書を渡し、友愛の抱擁をする。楽隊が演奏を始める。
ナポレオンの母が、地元の要人や士官のための観閲席から見ている。
室内・パリのオフィス − 日中
重傷を負ったロベスピエール、会議テーブルの上で散らかった書類の中に横たわっている。彼を捕まえた者たちが周りを囲んでいるが、何をするでもなくブラブラしたり椅子に座って、次の指示を待っている。
ナレーター
1794年7月、ロベスピエールの死によって恐怖政治の時代は終わり、パリはただちに享楽と官能の浪費の渦へと変わっていった。まるでそれが悪夢を振り払い、失われた時の埋め合わせに必要であるかのように。
室内・バラスのサロン − 夜
パリにあるポール・バラスの邸宅の巨大でエレガントなサロン。部屋にはカード遊び用のテーブルが10台あり、その周りに新社会のエリートが集まっている。政治家、戦争成金、軍高官や政府高官だ。
女性の多くは非常に美しい。当時のファッションとして、ドレスの胸を大きく開けて見せている。
ナポレオンはカード遊びをしない数少ないゲストの一人である。金がないのだ。落ち着かない様子で後ろ手にテーブルからテーブルへブラブラしている。
ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネは部屋で最も美しい女性である。ナポレオンは彼女のテーブルに居座り、ゆっくりと身体を揺らす。彼女は高額の賭けを行い、優雅に負けている。彼女は目を上げ、一瞬ナポレオンの動きに気が散った様子を見せるが、すぐ元に戻す。
しかしナポレオンは彼女の不快に気づき、部屋の隅にあるバーに行く。おべっか使いの馴れ馴れしいバーテンダーが一人で立っている。
コルシカ人
何にしましょう?
ナポレオン
シャンパンを一杯たのむ。
コルシカ人
(注ぎながら)
かしこまりました。失礼ながら、ボナパルト将軍はコルシカの方ですか?
ナポレオン
そうだ。
コルシカ人
そうだと思いました。お名前が呼ばれた時に気づきました。私もコルシカ人です。アレナと申します。
ナポレオン
(去りかけていたが)
そうか・・・どこの出身だ?
コルシカ人
バスティアです・・・将軍は?
ナポレオン
アジャクシオだ。
コルシカ人
最近、コルシカへお戻りになりましたか?
バーテンダー、如才なく会話を続ける。
ナポレオン
3年戻っていない。
コルシカ人
私も10年戻っておりません。ご家族はあちらに?
ナポレオン
いや、今ニースにいる。
コルシカ人
ニースはいい町です。ここにいらしたのは初めてですね?
ナポレオン
ああ、実のところ、その通りだ。
コルシカ人
市民バラスのご友人にはお知り合いが少ないようですね。
ナポレオン
まあ、そうだな。
コルシカ人
そう思いました。一晩中、お一人でいらっしゃいましたから。
ナポレオン、うなづき、シャンパンを一口飲んで、立ち去ろうとする。コルシカ人、身体を前に倒し、秘密を話すように小声で、部屋を見渡しながら無表情で言う。
コルシカ人
お待ち下さい、将軍。聞いて下さい。連中の尊大な見せかけにだまされてはいけません。みな戦争で儲けた連中ばかりですよ、不正な国防調達でね。うわさではバラスは何百万もためこんでいるそうです。
ナポレオン
(不快げに)
なるほど・・・。
コルシカ人は表情を変えず唇をほとんど動かさずにささやく。悪意は表に出さず、大物たちへの狡猾な尊敬と裏事情への精通の満足を浮かべている。
コルシカ人
バラスにはもう一つうわさがあります。ベッドの相手は毎回二人以上だと。一度に二人以上ですよ。そして、相手が男か女かはあまり関係ないそうです。意味がお分かりになりますか。
ナポレオン、気まずそうにうなづき、バーを離れる。
コルシカ人
楽しい夜をお過ごし下さい、将軍。
バラスが部屋に入ってきて、戸口で立ち止まる。
バラス
夕食まで30分ほどです。ゲームを続けて下さい。
バラスの言葉に形だけばかりの歓声と敗者のブツブツ声。バラス、ジョゼフィーヌの背後に近づき、その肩にキスする。
バラス
(やさしく)
ゲームはどうだね、ダーリン?
ジョゼフィーヌ、配られたカードを見るためにゆっくりと広げる。
室内・バラスの音楽室 − 夜
夜もふけて、客たちは2つの演台の周りに半円状に並べられた椅子に座っている。演台の一つはちょっとしたステージである。小さい方の演台では弦楽四重奏団がモーツァルトを演奏し、大きい演台には何もない。
ナポレオンは部屋の後ろに、一人で居心地悪そうに座っている。
召使がろうそくを消し、空の舞台だけが照らされている。
はじめは音楽会のように見えるが、やがて厚い冬服を着た3人の美しい女が舞台に上がる。
3人の「女優」は荒れた小屋で雪に閉じ込められたと話す。と、3人の若い無法者がやってくる。
すぐにこの余興の目的が明らかになる。若い男たちは女たちの服を脱がせ、性行為を始める。
上流階級の観客たちは静かに「セックスショー」を鑑賞している。
いまだ垢抜けないナポレオンは我が目を疑う。
バラスの隣のジョゼフィーヌ、エレガンスと魅力を保ったまま舞台を眺めている。バラス、彼女の手を取り、微笑みかける。ジョゼフィーヌ、バラスに何かささやき、バラスはいかめしくうなづく。
屋外・パリの市街 − 日中
王党派の旗をかかげた暴徒が脇道にあふれ、その出口に数百人の政府軍が立ちふさがっている。
双方にらみ合いとなっており、対峙する前列ではがさつで非友好的なジョークが飛び交う。
近くのカフェのテーブルと2つの椅子が通りの中央に置かれ、2つの勢力を分けている。座っているのは、暴徒の亡命者リーダーのダニカン将軍と、政府側の交渉相手であるムヌー将軍。ダニカンは2つの勢力間の合意内容の書かれた紙を読み上げている。ムヌー将軍は不安な表情を浮かべ、コーヒーをすすっている。
ナレーター
新たな政治危機がパリに吹き荒れていた。ロベスピエールの失脚後に権力を握った議会穏健派政府は、無能で腐敗し不人気であることがすぐに明らかになった。そして王党派からの深刻な反乱に直面することとなった。暴徒に対処すべく派遣されたムヌー将軍は、怖気づいて部隊をその場から撤退させることに合意した。
屋外・パリの市街 − 夜
その夜、ナポレオンとジュノー、マルモンは群集の中で王党派の演説を聞いている。演説者はたいまつで灯された「国王万歳」と書かれた旗を背に、荷馬車の上に立っている。
王党派の演説者
パリ市民諸君、我々を街から掃討する命令を受けていた議会の軍隊は、今朝、われわれの勝利の旗の前に撤退した。
(歓声)
司令官たちは我々に発砲する気はなかった。パリ市民諸君、いまや障害は何もない。我々は4万人だ。明日の朝、議会を占拠し、無慈悲にフランスを搾り取った偽善の寄生虫どもを駆逐するのだ。
(歓声)
国王万歳!
室内・バラスの執務室 − 夜
テュイルリー宮のバラスの執務室。部屋はろうそくで灯されている。バラスは恐怖と睡眠不足から顔面蒼白のひどい状態である。
ナポレオンが入ってくる。バラスは机から立ち上がり、歓迎して近寄る。
バラス
おお、我が親愛なる友よ。入って、入って。さあ座って。
ナポレオン
申し訳ありません。劇場に行っていたので、手紙を読んだのはホテルに戻った後でした。
バラス
来てくれてありがとう。飲み物はいかがかね?
ナポレオン
いえ、結構です。
バラスは震えながら自分用にブランデーを並々と注ぐ。その声は静かで心配げで、時々髪をかきむしる。
バラス
現在の我々の困難な状況については説明する必要はないと思う。
ナポレオン
事態は極めて深刻と言わざるを得ません。
バラス
議会への攻撃は明日の夜明けと思われる。それに対する防衛を私は任されている。
ナポレオン
どうなさるおつもりですか?
バラス
全く正直に言うと、何の考えもないのだ。
ナポレオン
ご冗談でしょう?
バラス
防衛が可能かも分からんのだ。
ナポレオン
手持ちの部隊はどれぐらいですか?
バラス
5000人ほどだ。
ナポレオン
騎兵は?
バラス
第21竜騎兵団が2〜300人いる。
ナポレオン
大砲は?
バラス
ここにはない。
ナポレオン
どこにあります?
バラス
少なくとも30門がサブロンにあるはずだ。
ナポレオン
夜明けまでにそれをここへ移動できるはずです。
バラス
それで4万人に対抗できるだろうか?
ナポレオン
適切に準備すれば、可能です。
バラス
比率は8分の1だ。
ナポレオン
数はそれほど重要ではありません。相手は兵隊ではなく、暴徒です。状況が不利になれば、たちまち退散するでしょう。
バラス
私のために事態を収拾できるかね?
ナポレオン
私に指揮をとれとおっしゃるので?
バラス
現場の指揮については、全て任せる。しかし形の上ではもちろん指揮権は私が持つ。
ナポレオン
結構です。
バラス
正直に言おう。きみの前に3人の将軍に頼んだのだが、全員用心して断ってきたのだ。
ナポレオン
仕方ありません。
バラス
何がかかっているか分かっているね?
ナポレオン
(微笑んで)
我々の生命、革命、私のキャリアでしょうか?
バラス
本当のことをすべて言おう。逃走用の馬車と護衛を準備させている。またフランス国外に大金を隠してある。もし成功する望みが高くないなら、ただちに中止を命じてもいい。
ナポレオン、バラスの肩に手を置く。
ナポレオン
ポール、心配は無用です。
屋外・パリの市街 − 夜
議会の外、オノレの通りで群集に向けて発砲する大砲。まるで夢の中のような、スローモーションのショット。群集は壊滅的な打撃を受け、ただちにパニックに陥る。
ミュラの騎兵隊が突撃し、その後に銃剣をつけた歩兵が続く。銃声は聞こえない。ナポレオンの静かな声が聞こえるのみである。
ナポレオン(VO)
私は砲兵隊に空砲でなく最初から実弾を発射するよう命じた。なぜなら火器というものを理解していない群衆に空砲を撃つのは、最悪のやり方だからだ。はじめ彼らは銃声を聞いて恐れるが、周りを見て大砲の効果がないと分かれば、勇気を奮い起こし、更に増長して大胆に襲撃してくるからだ。そうなったら、10倍もの人数を殺さなくてはならなくなる。
室内・ナポレオンのパリの本部 − 日中
ナポレオンのパリの新しい豪華な本部。歯に鉛筆をくわえ、両脚規を片手に、ナポレオンは壁から壁に敷かれた巨大なイタリアの地図の上を四つんばいで這い回っている。他にも大きな地図がテーブルやソファ、その他ありとあらゆるところに広がっている。
ミュラ、マルモン、ジュノー、ベルティエが彼と共に這い回って、様々な進軍ルートを検討している。適当なアドリブの台詞が演技にかぶる。
ある時など、ナポレオンとベルティエは頭をぶつける。
ナレーター
危機は去り、バラスを首班とする総裁政府の成立に向けた道が開かれた。ナポレオンはイタリア方面軍の司令官に任命された。
ドアにノックの音。
マルモン
入れ。
従卒
失礼します、大尉。ボナパルト将軍に会いたいという若者がいるのですが。名はウジェーヌ・ド・ボアルネです。
マルモン
ボナパルト将軍は午前中は誰とも会わない。
従卒
承知しました。
ナポレオン
(顔を上げずに)
何という名だと言ったかね?
従卒
ウジェーヌ・ド・ボアルネです。
ナポレオン
彼ひとりかね?
従卒
はい。
ナポレオン
入れたまえ。
従卒は、ウジェーヌを部屋に入れる。
従卒
市民ボアルネです。
ウジェーヌは16歳、ハンサムで上品で、非常に緊張している。ナポレオンは地図にかがみこんだままである。
ナポレオン
(しばしの沈黙の後)
おはよう、市民ボアルネ。
ウジェーヌ
おはようございます。閣下がボナパルト将軍でありますか?
ナポレオン
そうだ。きみの母上はマダム・ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネかね?
ウジェーヌ
はい、そうです。母をご存知で?
ナポレオン
会ったことがある。私に何の用かね?
ウジェーヌ
閣下はある命令を下されたかと思います。パリの全市民は所有する武器を引き渡さねばならないと。
ナポレオン
その通りだ。
ウジェーヌ
今朝方、中尉と三人の兵士が我が家に来て、武器を持っているかと尋ねました。私は亡き父の剣だけだと答えました。実のところ、それは武器というより、形見の品にすぎないのですが。
ナポレオン
(地図に印をつける)
剣は武器だ、そのように使う意思があれば。
ウジェーヌ
私は中尉に、亡き父はアレクサンドル・ド・ボアルネだと伝え、父の思い出に考慮してもらえないか尋ねました。
ナポレオン
それで私のところに行くよう言ったのか?
ウジェーヌ
命令を取り消す権限があるのは閣下だけとのことでした。
ナポレオン
母上はきみが来ることは知っているのか?
ウジェーヌ
いいえ。
ナポレオン
なるほど、きみはとても自発的だな、我が若き友よ。
ウジェーヌ
父の剣は他の何よりもかけがえのないものなのです。
ナポレオン
もちろん分かっていると思うが、何千もの剣が回収されたのだ。どうやってきみの剣を探せというのかね?
ウジェーヌはポケットから紙片を取り出す。
ウジェーヌ
中尉は受取書を渡し、剣はペレティエ区警察の施設に保管すると言いました。
屋外・庭 − 昼
シャンテリーヌ通りにあるジョゼフィーヌの家の庭。ナポレオンが奇妙な外見の荷物を手に入ってくる。3フィートほどの長さで、紙で包まれている。後ろから、16歳のオルタンス・ド・ボアルネがついてくる。
オルタンス
ママ、こちらボナパルト将軍よ。
ナポレオン
(おじぎして)
マダム・ド・ボアルネですね。
ジョゼフィーヌ
まあ、はじめまして、ボナパルト将軍。最近は新聞もあなたのことでもちきりですわ。どうぞお座りになって。
ナポレオン
ありがとうございます、マダム・ド・ボアルネ。覚えてらっしゃらないかもしれませんが、何ヶ月か前にポールの家のパーティーでお会いしました。
ジョゼフィーヌ
ええ・・・もちろんですわ! 娘のオルタンスとはお会いになりまして?
ナポレオン
はい、ドアのところで互いに自己紹介しました。
ジョゼフィーヌ
何か飲み物はいかが?
ナポレオン
いえ、お手を煩わせるつもりはありませんから。
ジョゼフィーヌ
手を煩わせるなんてとんでもない、ボナパルト将軍。おいでいただいて光栄ですわ。
ナポレオン
お心遣いありがとうございます、マダム・ド・ボアルネ。もしシェリー酒がありましたら。
ジョゼフィーヌ
ええ、もちろん。オルタンス、ルイーズにシェリー酒をもってくるよう言ってちょうだい。
オルタンス
はい、ママ。失礼します、ボナパルト将軍。
ナポレオン
ありがとう。
オルタンス、出ていく。
ナポレオン
このような形で押しかけて申し訳ありません、マダム・ド・ボアルネ。これを息子さんにお持ちしたのですが、娘さんによれば午後は出かけているとか。
ジョゼフィーヌ
ええ、あいにく外出中です。乗馬だと思います。あなたに会えなかったと知れば、残念がることでしょう。
ナポレオン
しかしこれをご覧になれば、息子さんと同様、あなたにもお喜びいただけると思います。
荷物を差し出す。
ジョゼフィーヌ
ボナパルト将軍、好奇心を抑えることができないのですが、その謎めいた包みは何ですの?
ナポレオン、誇らしげに包み紙を麗麗しく開け、大きな剣を両手で捧げる。
ナポレオン
亡くなられたご主人の剣です、マダム。私の気持ちとしてお返しします。
飛ばされた紙を、ナポレオンは踏みしめる。ジョゼフィーヌはぽかんとして剣を見ている。
ジョゼフィーヌ
まあ・・・これをウジェーヌにお持ちいただくとは、何て親切なんでしょう。ボアルネ将軍があなたに与えたのですか?
ナポレオン
いいえ、残念ながら将軍にお会いする栄誉にあずかったことはありません。この剣は数日前に私の部下の兵士が息子さんから没収したものです。
ジョゼフィーヌ
まあ、お許し下さい、ボナパルト将軍。私のことを信じられないくらい愚かものとお考えになるかもしれませんが、何も知らなかったのです。ウジェーヌはとても独立心がありまして・・・近ごろは私に何も言わないのです。息子の部屋にはものが沢山ありますし。告白しなければいけませんが、息子がこの剣を持っていたことさえ知らなかったのです。まったく男の子ときたら!
二人とも笑う。
>>シナリオB
"NAPOLEON" A Screenplay by Stanley Kubrick

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2015年8月5日作成