032「エクボちゃん争奪戦」



久保姫(?―1594)


笑窪御前。岩城重隆の女。天文十年(1541)前後に米沢城主伊達晴宗室となった。晴宗との間に六男五女(岩城親隆、二階堂盛義室、伊達輝宗、伊達実元室、留守政景、石川昭光、葦名盛隆室、国分盛重、杉目直宗、小梁川盛宗室、佐竹義重室)をもうける。文禄三年(1594)六月九日、白石で没した。遺言によって屋敷跡に宝積寺が建立され、同寺に葬られた。法名裁松院殿月盛妙秋禅尼大姉。


◆むくつけき男どもが多いこのシリーズに、奥羽一といわれた美少女の登場である。

◆彼女の名は、史書によると「久保姫」となっているが、『奥羽永慶軍記』は「笑窪御前」と記している。研究論文ではないので、あまり厳密性は求めないことにする。しかし、久保も「窪」に通じており、おそらくエクボが可愛いところから、そう呼ばれたのではないか、と想像がつく。『奥羽永慶軍記』は江戸時代成立の軍記物であるが、「みどりごの頃から色白で美しく、靨(えくぼ)があったので、笑窪御前とよんでいた」とある。

◆岩城重隆夫妻は、もうこの姫が可愛くて可愛くてしかたがない。特に父親の重隆の顔はエクボちゃんが生れてからというもの、もう土砂崩れしっぱなし。彼女の実家岩城家は、先祖が連歌師宗長の日記にも登場するほどの「雅」な家風。

エクボ姫「わたし、お嫁さんになりたーい」
岩城重隆「エクボの相手はわしらで探してやらぬとなあ」
重隆夫人「ほんに。見目もよくて御家のしっかりしたところはないでしょうか」
岩城重隆「白河の結城家の息子はなかなか美男ときく。姫とつりあいもよかろう」
重隆夫人「結城は頼朝公以来の名家。さぞや似合いのカップルでありましょう」
エクボ姫「パパ、ママ。よろしくね!」

重隆の打診はうまくいき、エクボちゃんは結城晴綱の許婚者と決まった。

◆しかし、その直後、出羽米沢の伊達稙宗から「岩城のエクボ姫を、わが息子晴宗の嫁に貰い受けたい」という申し入れがあった。

岩城重隆「困ったのう。伊達は最近、近隣へ勢力を拡大しておるからの」
重隆夫人「娘が何不自由なく暮らしていけるのならば、伊達様のほうが将来性がありますけれども・・・」

結局、白河結城家との約束があるから、と重隆は伊達家の使者に対して「NO!」と返事をした。

◆しかし、自分の花嫁候補になった岩城氏の姫が「無双の美人」であるという評判を聞いた伊達晴宗は、ひそかに家臣一人を白河へ潜行させた。婚礼の日取りを調べ、婚礼の途中でエクボを奪ってしまおうという魂胆だった。

◆伊達晴宗は岩城と白河の中間地点である滑井に兵三百ほどを配置させた。岩城勢はエクボちゃんの花嫁行列を守って白河へ向かったが、待ちうけていた伊達勢に囲まれて花嫁の輿を奪われてしまった。つき従っていた侍女たちもろとも一網打尽。輿は向きを変えて米沢へ向かった。

◆エクボちゃんを待ってた白河の結城家では、急変を聞いてあわてて軍勢を整えた。が、嫁取りかと思いきや、花嫁を奪われたというので、酒宴の準備を急遽、合戦の仕度にきりかえ、上を下への大騒ぎ。慌てて馬に鞍も置かずに駆け出したり、具足を半分つけただけで走り出す者もいたという。

◆結城方の執念の猛追で、エクボちゃんの輿を囲む伊達勢の尻尾にくらいついたものの、十里ばかりの山坂道を疾駆してきたため、息も整わない有り様。邀撃する伊達勢の前にあえなく敗退してしまった。

◆かくして、エクボちゃんは伊達家にとらわれの身に。そして、伊達氏と白河結城氏はこれ以後、不倶戴天の敵同士となっていくのである。

◆エクボちゃんこと久保姫が晴宗に嫁したのは、天文年間のことというがはっきりしない。この時、まだティーンエイジャーだった。実家の岩城では、「たとえ伊達晴宗にさらわれたとはいえ、花嫁を奪われては白河結城家にも申し訳がたたぬ」と娘に対して義絶を申し渡していた。しかし、エクボちゃんの涙ながらの訴えに、とうとう折れて、晴宗との間に男子が生れた場合は、そのうちの一人に岩城家を継がせるということで和解したのだった。

◆しかも、このエクボちゃんはすこぶる安産型であったようで、まあ産みも産んだり、六男五女。これだけ産ませたのだから、晴宗も心底、この姫を気に入っていたものと思われる。十一人目の子供をみごもっているエクボちゃんに、ダンナさまの感想を聞いてみました。

エクボ姫「えーっとぉ。最初はこわかったけどォ、とっても優しくしてくれます。あ、それでね、聞いて聞いて!素敵なお寺もつくってくれたの」

◆こうして見てくると、落花狼籍、哀れを誘うが、彼女はひょっとしたら、開けてはいけないという禁断の箱を開けてしまったギリシャ神話に出てくる少女パンドラであったかもしれない。戦国期の奥羽に活動した大名たちのほとんどが彼女の腹から生れているのだから。それもこれも子沢山ゆえの悲劇なのだが。

◆しかし、彼女の実家・岩城氏は、伊達一門に列して江戸時代を生きることになる。なにせ、エクボちゃんは仙台藩祖・伊達政宗のおばあちゃんですから。

エクボ姫「え〜、おばあちゃんなんてー(怒)」


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