読書メモ
・「クルーグマンの視座 〜『ハーバード・ビジネス・レビュー』論考集」
(ポール・R.クルーグマン:著、北村 行伸:訳、ダイヤモンド社 \1,500) : 2009.12.07
内容と感想:
クルーグマン教授の2008年のノーベル経済学賞受賞後に出た本。
彼は受賞前から有名だったが、
その理由を訳者は「一般読者が関心を持つようなトピックをタイムリーに選んでわかりやすく解説し、
また、通説に異を唱える形で論争を呼ぶというスタイルに負うところが大きい」と前書きに書いている。
本書は教授がハーバード・ビジネス・レビューに書いた論文とインタビューを収めたもので、
論文は1994〜97年のもの、インタビューは2004年のものと少し古い
(受賞を機会に売ろうとする商売根性が見える)。
訳者が言う教授の特徴的なスタイルで書かれた代表的な論文が並べられ、彼の思考法が理解できるだろう。
私は経済学は専門でも何でもない素人だが、読みやすいと感じた。
しかし、いかんせん書かれた時期が十年以上も前であるから、現在の経済状況に必ずしも通じない点があっても仕方がない。
それでも現在を予言するかのような考察も見られ興味深い。
教授の受賞の理由には二つあるようだ。
貿易理論への貢献、経済地理学あるいは空間経済学と国際貿易の論理との融合。
また、複雑系理論による自己組織化概念を経済地理学に適用した研究をしているとのこと。
第2章は、
国際貿易を論じるときに「国家を企業に例えるという過ちを犯す人が多い」ということをテーマにしている。
企業経営では競争に勝つことだけを考えればいいが、国民経済運営では競争に敗れた企業・個人も含めて考えなければならない。
ゲームの参加者とゲーム場の管理者・審判という立場の違い、と訳者は解説する。
一企業の経営者が同じ思考法で国家政策を語ると間違いを犯すということだ。
日本でも民間の力を政策立案に活かそうという取り組みがなされているが注意すべきことだ。
第3章では第一世界(先進国)は第三世界(新興国)の経済成長を脅威と見なすべきでないと述べている。
巻末のインタビューでは成長中の中国の弱点として、徴税システムがないため「中国政府そのものが破産してしまう可能性もゼロではない」と指摘。
徴税システムがないというのは驚きであったが、中国政府も馬鹿ではないであろうから、成長が止まるのを見越して、社会福祉の充実のためにも
安定的な財源確保の仕組みを作ることであろう。
○印象的な言葉
・貿易上の各国の比較優位は固定的ではなく、経済発展の段階に応じて変化
・途上国が自律的な発展の可能性を見出しつつあるときに、それを潰すべきではない
・中国脅威論は根拠がない。自国の問題から人々の目をそらさせるためのスケープゴート、論理のすり替えにすぎない
・経済成長率と失業率の密接な関係:オークンの法則。経済学で真顔で法則と呼べる数少ないものの一つ。
・ベビーシッター協同組合:何組かの親が互恵的にお互いの子供の面倒を見る
・労働人口や求職者数の伸び率、労働者一人当たりの生産高の伸び率の合計が潜在成長率
・デジタル技術は目立つ割に過去の地味な革命以上には労働者の生産性に影響を与えていない。デスクトップ・コンピュータなどの新しい技術には
膨大な隠れたコストがかかる
・アメリカはサービス業中心の経済。グローバルな競争に関係ある雇用と付加価値は経済全体の15%以下。グローバル化はアメリカの経済成長にほとんど影響を及ぼしていない
・クローズシステムである国民経済と、オープンシステムである企業。経済学の知識はビジネスの役には立たない。思考回路が違う
・偉大な投資家は市場の一般原則の解明などしない。極めて稀少な機会を誰よりも先に予知することで財を成した。
成功は直感や革新志向の上に成り立っていた。
・世界経済をフィードバックシステムとして捉える。ビジネスの世界はオープンシステムであり、ポジティブ・フィードバックの恩恵にあずかることができる。
国民経済はクローズドシステムでありネガティブ・フィードバックに直面する。
・外貨準備高が多ければ通貨危機が起こることはない
・所得格差は貿易の問題ではなく政治的な問題、国内問題であって国際的な問題ではない
-目次-
第1章 アメリカ経済に奇跡は起こらない
第2章 国の経済は企業とどう違うか
第3章 第三世界の成長は第一世界の脅威となるか
特別インタビュー/DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部
問題のすり替えにすぎない中国脅威論の幻想
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