「月の西行」創作ノート1

2007年10月

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10/01
本日から、「西行」のノートを始める。といってもすぐに書き始めるわけではない。まだ構想を練る段階である。「西行」については、以前から書きたいと思っていたが、この時期に書くのは、歴史小説の可能性を試したいという思いがあるからだ。「空海」「日蓮」は坊さんが主人公なので、哲学、存在論といったものを盛り込んだ。「西行」も坊さんではあるが、通俗的な人なので、ロマンを盛り込みたい。歴史の中央にいるヒーローではないが、つねに胸を痛めながら生きているセンチメンタルな人物として、小説の主人公にふさわしいキャラクターだと思う。とりあえず保元の乱までの半生を描き、待賢門院への恋を中心にすえる。恋愛小説である。
新しいノートの門出を祝う嬉しい知らせ。「日蓮」増刷決定。本屋の店頭に並んでまだ一週間だ。とぶように売れたのではないか。

10/02
さて、なぜ西行なのかということだが、以前、「頼朝」を書いた時に、すでに西行は重要な脇役として登場した。魅力的な人物である。いつかこの文武両道の達人を主人公として小説を書きたいという思いはあった。河出で「謎の空海」を出したあと、次は小説を出したいとこちらから提案したのだが、「謎の空海」もけっこう売れたので、仏教がらみでどうか、と編集部からのリアクションがあったので、即座に「西行」を提案した。ということで、西行である。
この人は、影のヒーローである。スーパーマンやスパイダーマン、怪傑ゾロなどと同様で、ふだんの顔と、ヒーローになった時とでは、人格そのものが違っている。その点では必殺仕事人の藤田まことと同じであるが、西行の場合は表の仕事は辞めているので、気の向くままに放浪している乞食坊主ではあるが、和歌の実績があるのでいちおう評価されているといった立場にいる。しかし空海と同様、修験者にみせかけて水銀を運んでいたりするのではないかと思う。朝廷の裏の部分とつながっているのではと考えている。小説だからいくらでも自由に書けるので、面白くするという方向で全力を尽くしたい。
というところで、「熟年夫婦」のゲラも並行してやってきたのだが、こちらは今週中にまとめないといけない。タイトルが決まっていないので、方向性がつかめないのだが、コンセプトは「熟年夫婦の危機」を問題提起して、結論としては「明るい熟年夫婦」を実現するための具体的な方法を伝授するといった内容になっている。とくにそれ以上の説明は必要ないので、まえがきをどう書くかがこれからの課題である。
わたしの仕事場は和室なので、紙のフードのついた照明器具がついているのだが、通気性がわるいので電球がすぐに切れる。そのとりかえが簡単ではない。そこで20ワットの電球を4つ入れているのだが、妻が紙をはりかえてくれたので、電球形の蛍光灯に替えることにした。8ワットで充分だろうと思ったのだが、三軒茶屋西友に行くと、なぜか12ワットの電球の方がはるかに安かった。いずれにしても消費電力は少ないし発熱量も少ないので切れることはないだろう。ということで、電球換算なら60ワットというのを4つつけたら、紙が白くなったこともあって、部屋が途方もなく明るくなった。落ち着かない。
本日は何といっても野球だ。今年は「日蓮」など重い作品を書いていたこともあって、野球をゆっくり見ることもなかったが、優勝決定の試合くらいちゃんと見たいと思い、テレビの前に6時から陣取っていた。ラッキーなことに妻がスペイン語講座に行ったので、集中できた。ところがどうも劣勢で、九回表まで一点差負け。九回裏、二死満塁になったところで妻が帰ってきた。ややこしい。しかしとにかく、逆転サヨナラのシーンは見ることができた。昔、吉村のサヨナラホームランで優勝が決まった時は、次男といっしょにスタジアムで見た。そんなことも思い出した。

10/03
何事もなし。涼しい日が続いている。10月だから当然なのだが。

10/04
メンデ協会。今日は正式の理事会なので式次第にのっとって議事を進行する。その後、飲み会。

10/05
伊豆高原のクラフトまつり。毎年行くので知り合いがたくさんいる。今回は浜松三ヶ日の仕事場を建ててくれた大工さんが、竹細工を出品している。いい天気になってよかった。今回は仕事をかかえているので日帰り。

10/06
土曜日。三連休というのはありがたい。「熟年夫婦」ゲラのチェックはほぼ終わっているのだが、何かが足りない。何を足せばいいかを、この三日間でじっくり考えたい。

10/07
何ごともなし。日曜日。姉を食事に招待する。スペインのことなどを話す。

10/08
月曜日だが休日。『群像』に埴谷雄高の創作メモが出ているというので、池尻大橋の駅前書店に行ったら、売り切れ。電車に乗って渋谷まで行き、紀伊国屋に行っても売り切れ。すごいものだ。大きな書店はダメだと思い、しばし熟考して、スクランブル交差点の前にある大盛堂に行く。ここは雑誌ばかり売っている小さな本屋。思ったとおり、2階の売り場に残っていた。夜中、「熟年夫婦」は文章を挿入する部分が見つからなかったので、一番最後に小さな断章を付け加えることにした。どこに入れるか考えるのに時間がかかっただけで、文章そのものはすぐに書ける。これで完了。ただし「まえがき」が必要だが。

10/09
講談社の担当者にゲラを渡す。タイトルは「熟年夫婦マニュアルおふたりさん」とする。これで「まえがき」が書ける。さて、明日からはまたスペイン語の世界だ。長男が、嫁さんのお父さんをつれてくる。長女もつれてくるので、四日市にいる次男の嫁が来た。成田まで出迎えるという。夫婦「おふたりさん」の生活が、しばらくにぎやかになる。仕事ができるかどうか、微妙。

10/10
編集部から連絡がありタイトルは「夫婦って何『おふたり様』の老後」と決まったそうだ。昨夜、まえがきを書いて送ったのだが、とくにタイトルに触れたわけではないので影響はない。これがすべて手が離れた。
成田へ行く。昨日からスタンバイしている次男の嫁もいっしょ。到着ゲートで1時間くらい待つ。長男、その長女、ホアン氏(嫁さんの父)が現れる。ホアン氏は日本は初めて。長旅も初めて。高齢なので心配したが大丈夫。孫1号も元気。20日ほど前まではスペインにいたので、久しぶりというわけでもない。彼女は日本語もしゃべれるのでふつごうはない。ホアン氏のケアをしないといけないが、こちらはスペイン語がまったくできないので、身振りで何か伝えるだけ。
さて、「夫婦」の手が離れたが、少し疲れが出て次の仕事に向かえない。童話を最初から読み返してみるとか。連載の仕事を少し先に片付けておきたい。成田に出向いた時、西行に関する文庫本をポケットに入れていたのだが読むヒマなし。西行もそろそろ具体的に文体の調整のために実際に書き始めないといけない。文体が決まるまでに1ヶ月くらいはかかりそうだ。

10/11
長男は学生時代の友だちに会いに行った。ということでホアン氏と長女だけが残ったのだが、妻と嫁がジブリ美術館につれていってくれたので、わたし一人が自宅に残って仕事に集中できた。連載エッセーを書いただけだが、週一の連載を4回ぶん書いたので、当分だいじょうぶだ。明日は午前と午後のダブルヘッダーの会議なので早起きしないといけない。

10/12
某教材出版社で会議。4回連続のこの会議も本日で終了。著作権問題への対処だが、充分な対応をしていただけたと思う。いつものことだが午前中の会議があると1日が長い。本日は午後も文化庁の会議。必要な発言はできた。ということで、本日のダブルヘッダーの会議は充実していた。孫1号は本日は青山の子供の城の幼稚園に1日留学。ホアン氏、次男の嫁もついていったもよう。会議が終わって自宅に帰ってきても妻しかいない。このすきに仕事をどんどん進めたい。
矯正協会から対談の日時をきいてきた。それでこの仕事がまだ残っていたことを思い出した。矯正協会の催しで創作と随筆の選考をする。もう何年も続けている慣れた作業だが毎回新鮮な驚きがある。
ホアン氏は本日は子供の城に長女を送ったついでに表参道を歩き明治神宮まで足をのばしたとのこと。昼食は「てんや」の天丼を体験。明治神宮では結婚式を見たそうだ。四日市にいる次男が勤務を終えて車で夜中に到着。嫁さんは今週の初めから来ている。長男と次男が揃うと、家族というものの実感がある。次男が生まれてから長男が留学するまでの二十年ほどの間、わたし、妻、長男、次男のメンバーで暮らしていた。今回は長男の嫁さんは来ていないのが残念だが、次男の嫁さんも加えて日本語だけで話せるのも楽しい。

10/13
土曜日。長男と次男その他の人々は浅草に行った。こちらは仕事をしてからコーラスの練習。自宅に帰ると長男と次男がいる。いっしょにテレビなど見る。皆が寝てから矯正協会の仕事。

10/14
日曜日。ホアン氏、長男、孫1号、次男、次男の嫁、わたしと妻、というメンバーで鬼怒川温泉へ。少し早く着いたので龍王峡まで足をのばす。ホアン氏は高齢だがしっかりと歩く。

10/15
日光へホアン氏を案内する。中禅寺湖のホテルで昼食。沼田まわりで帰る。昨日、今日と、後楽に費やした。前夜、ホアン氏と長男が一室、残りの5人で一室だったが、夜中に孫1号めざめて大騒ぎだった。睡眠不足。今夜からまた夜型にして仕事をしたいところだが。

10/16
若者たちはディズニーランドに行った。ホアン氏だけが残っているのだが妻がご近所を案内したようだ。こちらは教育NPOとの定期協議。なじみのメンバーなので楽しい。帰ってからディズニーランドまで迎えに行く。次男は明日から会社なのでぎりぎりまで園内でねばってから四日市目指して帰っていったという。サラリーマンは大変だ。スペインで働く長男は長期休暇が多く悠然としている。

10/17
旺文社で伝統工芸についての中学生の作文の審査。前年から審査委員長を担当している。2回目なので作業の手順にも慣れている。問題なく完了。孫1号は子供の城のキャンセル待ちだったが朝になってキャンセルが出たという連絡が入り、あわただしく出ていった。自宅に帰ると誰もいない。ふだんは妻と二人きりの生活なので妻がいないと誰もいないという状態になり、当たり前のことだが、いまはみんなどこにいるのという気分になる。やがて人々が帰ってくる。明日、ホアン氏らは関西へ一泊旅行に行くのでまた寂しくなる。

10/18
本日は公用なし。ホアン氏の一行は奈良観光で本日は京都泊まり。次男の嫁さんも実家で一泊するとのことで、突然、妻と二人きりの生活に戻った。静かだ。何だか調子が狂って仕事に集中できない。以前から妻が、自分のパソコンがネットにつながらないと言っていたので対策を考える。どうやらルーターがビスタに対応していないようだ。いまこのホームページを書いているデスクトップと仕事用のノートパソコンはXPなので問題ない。そこでルーターのメーカーのホームページを調べてファームウェア更新というのをやってみることにした。何度か試行錯誤したが成功。とにかくバージョンは新しくなった。で、妻のパソコンを開けようとしたがパスワードが設定されている。何じゃこれは。妻は寝てしまったので改善されたかどうかは明日にならないとわからない。昨日のドーハの第二悲劇といい、本日の野球といい、どうなってるんだ。

10/19
「いちご同盟」43版届く。そのうち自分の年齢を追い越すのではないか。ホアン氏一行は、京都で妻の両親と妹といっしょに昼食。雨が激しくなってきたので早めに帰ると連絡があった。東京駅まで迎えにいく。丸ビルの前に車を置いて、運転席に妻を残し、ホームまで迎えにいく。夜の8時だというのに東京駅はラッシュのような混雑。無事にホアン氏、長男、孫1号と出会う。車まで戻ったところにちょうど次男の嫁も合流。自宅に帰って軽い食事。ほどなく次男も来る。

10/20
土曜日。めじろ台男声合唱団の公演。くにたちマザーグースの45周年コンサートに友情出演。45年というのはすごい。われわれはまだ22年ほど。西国分寺のいずみホール。ここはいいホールだが楽屋が狭い。二次会に出て帰る。ホアン氏一行は三軒茶屋の大道芸フェスティバルを見てから食事をしたとのこと。孫1号と遊ぶ。今日が最後だ。次男がバイオリンなど弾いている。十数年ぶりのこと。孫1号のリクエストで、ネットのカラオケで次男と歌う。レミオロメンの「粉雪」。こっそりと仕事場のテレビで巨人の負けが決定するところだけ次男といっしょに見る。さまざまなことがあったが、ホアン氏は日本を楽しんだようだ。日本は機能的で清潔で静かだとのこと。スペインと比較してということだが。日本人は静かにしゃべる。それは事実だと思われる。

10/21
日曜日。早朝に起きて、ラグビーの決勝戦を見る。熱心に見ていたわけではないが、たまたま英豪の準決勝を見て、イングランドを支援していたのだが、南アの勝ち。守備のいいチームだとトライというものがいかに難しいかがわかる。結局、押し負けたイングランドが反則をしてキックの差の敗戦となった。さて、寝ている孫1号を無理に起こして成田に向かう。法定8人乗りの車だが実質は7人がぎりぎりでそこに7人乗っている。これで日光まで往復したのだから慣れている。長男がヨーロッパに講習に行くようになり、ブリュッセルに留学するなど、何度も成田まで送っていったことがある。次男夫婦がいっしょに送りに行くのは、二人の結婚式で長男一家が来た時以来。その時は次男はまだつくば勤務だったので成田で別れたのだが、今回はそのまま三宿に戻る。それから彼らは車で四日市に向かった。妻と二人きりになった。これで日常が戻ってくる。

10/22
前日は早朝に起きてラグビーを見たが、そのまま深夜のF1も見た。1ポイント差でライコネンの逆転年間チャンピオン。見ながら仕事もした。本日もやや早めに起きて松阪と岡嶋の活躍を見る。「西行」は資料を読むだけでまだ1行も書いていない。そろそろスタートして文体を決めたい。頭の中ではできているのだが。童話はいい感じで進んでいるのでしばらくは並行して作業を進めることになる。週の半ばに広島に行く。このあたりで体調の維持につとめたい。
孫1号が去った。ベビバもオプトブシも去った。といっても何のことかわからないだろうが、孫1号が大切にしている赤ちゃんの人形と、その人形が背負っているクマのぬいぐるみのこと。静かだが、少し寂しい。妻が自分のパソコンの電源ケーブルがないと騒いでいる。次男の嫁が怪しいとメールを送ると次男から電話。確かに同じものが2つあるとのこと。問題解決。

10/23
『文蔵』の連載を仕上げ、もう一つ、ネットの連載の出だしだけ書いたところでタイムリミット。明日は早朝の新幹線で広島県世羅町に向かう。

10/24
前夜から徹夜のままで東京駅に向かう。早く着きすぎたが、明日オープンの地下街が通路のみ開通していたので、まったく人のいない通路を進むと、広々とした待合所があった。椅子に座るとそのまま寝てしまいそうで、こんなところで列車に乗り遅れてはいけないのでホームに上がると、そのホームの初電のようではやばやと列車がホームに入ってきたので、座席に座ったビールのロング缶を飲み始める。あとは福山までひたすら眠り続けた。タクシーで世羅に向かえという指示だったが、運転手に告げると世羅を知らない。そんなこともあるだろうと、かねて用意のグーグルの地図のプリントを渡す。無事、世羅中学に到着。どういう設定の講演なのか、まったく頭に入っていなかったのだが、公開研究会の行事の中の講演なので、生徒だけでなく、他校の教員や教育委員会の人々などもいて、大人向けの話題もまぜたので、中学生には難しい話になったが、子供たちは90分、私語もなく静聴してくれた。これは教育の成果だろう。生徒会長の女の子(美人)が、感謝の言葉を語ったのだが、わたしが話したばかりの講演の内容を即座にコンパクトにまとめたもので、見事なスピーチだった。あとの先生方の慰労会でも、生徒会長の見事なスピーチに話題が集中し、わたしの講演の印象がうすれてしまったが、「感謝の言葉」の方が理路整然とまとまっていたのは事実である。

10/25
昨日の慰労会では先生方がいれかわりたちかわりでお酒を注いでくださったので、かなりの量を飲んだのだが、しっかり寝たのでさわやかな目覚めであった。高原ホテルのようなつくりの宿も快適であった。校長に福山まで送ってもらう。福山という街は初めてで、駅前に城がある。少し時間があったので、城の近くまで歩いた。帰りの新幹線でもひたすら眠っていた。

10/26
点字図書館の理事会。久しぶりの雨。さて、今週もこれで終わり。まだネットの連載が残っているのだが、週末からは「西行」をスタートさせたい。準備はできている。資料はまだ充分ではないが書きながら必要なものを探して調整したい。

10/27
土曜日。台風接近で一日中雨。散歩にも行かず。

10/28
日曜日。台風一過。夏のような暖かさ。妻と羽根木公園を散歩。

10/29
「月の西行」1行目を書いてみた。これでいいか、まだ疑問。というか、ファーストシーンがこれでいいかということ。「空海」は入滅前のシーンから始めた。「日蓮」は30歳の日蓮が親鸞を訪ねていくシーン(史実ではない)から始めた。「西行」の場合、いきなり待賢門院と会うシーンから始めるのが最もインパクトが強い。しかしその場合、西行のキャラクターが設定される前に物語が始まってしまうことになる。少年時代の短いカットをいくつか入れる必要があるのではないか。いま、そういうイントロダクションを考えている。これは主要なストーリーではないので短いカットの積み重ねになるが、読者がそういうテンポに慣れてくれるか。しばらくは試行錯誤ということになるだろう。

10/30
上野の韻松亭で対談。PECという学生時代の友人がやっている会社の仕事。理科系の人材の求人誌のようなもので、ずっと以前から時々、仕事を引き受けていた。いまも某社のホームページの連載も引き受けている。寛永寺の鐘の音が聞こえるということだが、もう対談が始まってしまったので聞きそびれた。障子をすべてはずして外の空気と接しているのだが、暑くも寒くもない。いい季節だ。上野の森の緑が鮮やかだった。

10/31
文化庁の会議。午前中の会議で一日が長い。「月の西行」試行錯誤が続いている。


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