神功皇后07

2026年07月

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07/01/水
今年も半年が終わった。日本文芸家協会の百周年事業という大きなイベントのためにやや緊張した日々が終わったが、文士劇のレッド・バトラーもやりとげてチケット完売、芝居の評判もよかった。百周年パーティーも終わった。SARTRASも理事長が交代して新たな時代に入った。世界の情勢は混沌としているしサッカーもブラジルに負けて、先に希望のもてない時代ではあるが、ぼくにとっては9月からAMERICAN−FOOTBALLが始まるので、そこに向かって元気よく生きていきたい。文士劇の稽古の期間に体調管理を心がけていたので、体重も減っていまはベストコンディションだ。いまは日大文芸書、まほろば賞、歴史時代作家協会賞の選考のために候補作を読む時期になっている。とりあえず読むべき本があるというのはありがたいことだ。すでに日大賞は読み終えた。歴時協会賞は11冊のうち1冊読んだたけだが、選考は来月の半ばなのでまだ時間はある。とりあえずは、まほろば賞を読んでしまいたい。歴時作家協会のホームページに連載していた『女が築いた日本国』はまだアップされていない回が何回ぶんか残っているのだが、原稿はすでに仕上がっている。秋ごろから『文芸思潮』に連載予定の『崇神戦記』は1回分はすでに編集部に送ってある。第二回の原稿も仕上がっている。季刊の雑誌なのでそれで半年は大丈夫だ。あとは今年の課題の『神功皇后』の完成に向かって集中したいと思っている。さて本日はスカパーの囲碁将棋チャンネルで王将戦の中継をやっているので、テレビの前で候補作を読むということでほぼ一日を過ごした。スカパーはAMERICAN−FOOTBALLを見るために契約しているのだがシーズンは9月から2月のスーパーボウルまでで、この時期は必要ないのだが、古い映画を見たり、ミステリーチャンネルを録画したり、BBCやCNNを見たりできるのは便利だ。大学の教員を辞めてから7年ほどになるだろうか。ほとんど同時期にコロナが蔓延して会議がzoomになったので、外出する機会が減ってしまった。ということで、自宅にいることが多くなった。自宅はリビングルームに隣接した部屋にパソコンを置いてある。部屋を区切る仕切りの扉はあるのだが閉めたことはない。つまりリビングの延長の位置にパソコンを置く台があって、そこにほぼ一日中座っている。妻はリビングのテーブルでパソコンかiPadを見ている。数メートルの距離のところに妻がいる。お互いに散歩や買い物に出ることもあるが、あまり気にせずにパソコンの画面に集中している。この自宅に引っ越してから13年になるのだが、大学にほぼ毎日通っていたころは、研究室のパソコンも使えたので、どちらかというと研究室の方が中心になっていた。ただいまとなっては遠い昔という気がする。その13年前にここに引っ越すまでは、世田谷区に自宅があった。田園都市線の池尻大橋または三軒茶屋、井の頭線の池の上、どこからでも徒歩15分くらいだった。下北沢からも25分で歩けたので新宿で飲んだ時など、小田急の最終電車で帰ったこともある。そこに27年間住んでいた。たぶん自分の人生で最も長くいた場所ということになるだろう。当初は自分専用の書斎があったのだが、そこを長男のピアノの部屋に譲ったので、狭い和室に無理にパソコンを置いたり、リビングルームの椅子でラップトップのパソコンを膝に載せたりして仕事をしていた。犬がいたので、夜中は犬とともに過ごした。そんなことを思い出したのは、新しいパソコンを使い始めてから二ヶ月以上が経過したからで、ようやく慣れてきたかなという気がしている。ネットにつないだ時にやたらと広告が入ってくることにまだ慣れきってはいないのだが、メールソフトもホームページをアップするソフトも同じものを使っているので支障はない。ワードも同じはずなのに何となく使い勝手がよくないので、かなり古いワードを使っていたせいで、どうやっても同じレイアウトにはできなかった。いまのところ使い勝手がよくないだけで仕事に支障はない。

07/02/木
文芸家協会理事会。三浦しおん理事長になってから初めての理事会。理事のメンバーはほとんど同じだが何人か新メンバーが入って目新しい感じがした。出久根さんが引退したので、副理事長は林真理子さんとぼくの二人で務める。2年後、次の理事長候補を入れないといけないだろう。午前中は雨が降っていたが出かけるころには止んでいた。朝、SARTRASの共通目的予備審査。今回から委員長を務める。会議の時間短縮を試みたい。

07/03/金
しばらくAMERICAN−FOOTBALLのことを忘れていたが、Nカンファの状況を見てみよう。東地区も今シーズンはおもしろそうだ。イーグルスは2年前のスーパーを制したハーツが昨年は成長が止まった感じになった。オフェンスラインやレシーバーのレベルが少しだけ下がった。今年はもっと下がりそうで、結果として下位チームとの実力差がなくなってきた。控えは超ベテランのダルトンだが、ハーツはタフなので怪我でリタイアすることはないだろう。カウボーイズはいまやベテランとなってプレスコットで行くしかないが、今年あたりは地区優勝を狙うラストチャンスかもしれない。ここはオーナーが昔の栄光を忘れられずあれこれとチームをいじって弱体化に拍車をかけている。ただ今年はイーグルスに勝つチャンスがある。コマンダーズは2年前、新人QBダニエルズの大活躍でプレーオフに進んだが、そのダニエルズは去年は不振だった。控えのマリオタをぼくは推している。マリオタを先発させればチャンスはある。3強1弱といわれ続けてきたジャイアンツは去年はラッセル・ウィルソンにウィンストンという、超ベテランコンビのQBを揃えたのだが、結果としては終盤に新人のダートに出番が回ってきた。今年はダートを先発させて地区優勝争いで割って入る。去年は放出したダニエル・ジョーンズがコルツで復活した。何としてもダートで未来をひらいていかないといけない。イーライ・マニングがいたころ、ぼくはジャイアンツのファンだった。ホステトラーが代役でスーパーを制した時のことは忘れられない。さて、地区優秀候補の五里霧中。イーグルスの1強3弱ではおもしろくない。カウボーイズに期待をかけ、イーグルス、コマンダーズ、ジャイアンツは横並び。それでも2位以下の順番はこのままかな。本日は久しぶりに床屋に行った。文士劇の前にクラーク・ゲーブルの髪型にしろと言われて近所の床屋に行った。その時は調整だけしてもらったので、髪は伸びたままだった。今回は大幅に切ったので少年のように若返った。

07/04/土
Nカンファ北地区は激戦だ。南地区は負け越しでも地区優勝ということが何年も続いているのだが、作シーズンの北地区は、勝ち越してもビリという状況だった。そのビリが優勝候補のライオンズだったので驚愕した。何といってもベアーズの2年目QBケイレブ・ウィリアムズが一気に成長して、マホームズ並みの偉大なQBになってしまった。まだチーム全体の整備が充分ではないので、今シーズンもスーパーには手が届かないだろうが、地区優勝はまちがいないと思われる。去年の順位でいえば2番手はラブのパッカーズなのだが、ロジャースが移籍して控えから先発となっと当初のラブと比べれば、昨年のラブはやや低迷していた。もしかしたら今シーズンはビリになるかもしれない。それくらいに地区のレベルが高いのだ。ベアーズと優勝争いをするのはゴフのライオンズだろう。ゴフにはまだ伸びしろがある。ディフェンスも強化された。チーフスから移籍したランニングバックのパチェコにも期待した。それと控えQBのブリッジウォーターはぼくの推しの選手。セインツのブリーズの控えで大活躍した時のことは忘れられない。さて、パッカーズがビリ候補と書いたが、勝ち越しでビリ争いをしそうなのだかバイキングス。2年前にはダーノルドで地区優勝したのにそのダーノルドを放出した。ダーノルドはシーホークスで見事にスーパーを制覇した。マッカーシーを育てたいという意図はわかるのだが、この新鋭QBは怪我が多く、まともにシーズンを過ごしたことがない。さらに今シーズンは、カーディナルズの中堅QBのマレーを引き抜いた。去年のマレーは不振だったが、チームが代われば復活するかもしれない。ただどちらを先発させるかで首脳陣に迷いがあるならばビリ候補の一番手だろう。ぼくの予想は、ベアーズ、ライオンズ、パッカーズ、バイキングスだが、また全チーム勝ち越しということになりそうだ。

07/05/日
昨日はどうしたわけか朝から高熱が出て一日寝ていた。去年だったか食中毒で一日倒れたこともあったが、ふだんは丈夫で元気なのだがたまにダウンすることがある。文士劇も終わって体を使う仕事がない時期でよかった。来週の金曜日には日大文芸賞の選考があるのだがそれまでには治るだろう。さて、Nカンファ南地区。北地区が勝ち越しでもビリというレベルの高さなのでここは負け越しでも地区優秀というレベルの低さ。ブレイディーのいたバッカニアーズは後継者としてブラウンズから放出されたメイフィールドを入れたのが奏功して負け越しでも優勝の特権を得ていたのだが、昨シーズンは怪我のために後半失速した。優勝したのは若手QBヤングを擁するパンサーズ。ヤングはいいQBだが、攻撃ラインが弱いのかいつも逃げ回っている印象があった。プレーオフの試合を見たが、負けたけれども活躍していた。今シーズンも負け越しラインの激戦になりそうだが、とりあえず優勝候補にしておく。メイフィールドのバッカニアーズも優勝候補だが去年の失速ぶりが記憶に残っていて、全体のチーム力が弱まっているのではないか。ブレイディーでスーパー圧勝の時がピークだったようだ。ファルコンズはどうか。新人3年目のペニックスは怪我が多くまだ活躍していない。今年は控えというか先発もできるベテランのカズンズがいなくなったので独り立ちできるかと思ったのだが、ドルフィンズの先発だったタゴヴァイロアを採った。左利きのロングパサーだが、ボールを持ちすぎてヒットされ怪我をすることが多い。ペニックスと併用ということになるのか。それでもいつまでたってもペニックスが独り立ちできない。さて、問題はセインツだ。大ベテランのブリーズが引退してからいい新人QBが入らず低迷している。去年はビリ争いをしていて、メンドーサをゲットできるのかと思ったのだが、後半、シャックという無名の新人が先発すると何勝かしてしまった。これでドラ1をゲットできず、シャックは今年も先発を任されるのだか。その意味ではよくがんばったのだが、地味なQBなので勝ち越しは無理。この地区では勝ち越せば地区優勝なのでどのチームも勝ち越しは無理だが、シャックでは5勝くらいではないか。ところでこのシャックという選手の苗字の発音がわからない。アメリカは他民族国家なので、世界各地から人が集まってくる。スミスとかジョーンズばかりならわかりやすいのだが。タゴヴァイロアなんて何人だと思っていたらハワイの人だった。

07/06/月
近くの医者に行って処方箋を貰う。先月血液検査をしたのだが、その結果、奇跡的にオールセーフの状態になった。文士劇をやっている間に体重が4キロ減った。その成果だろう。3日前に高熱が出たので今日の体重はもって減っている。この状態を維持して長生きしたい。さて本日はテレビでアメリカ建国250年の祭典のもようを見ていて、アメリカについて考えみたくなった。AMERICAN−FOOTBALLの話題を中断してアメリカについて考えてみる。だがその前に当然のことながらイギリスについて考えてないといけない。イギリスではいまから400年以上前に、離婚をするためにカトリックから脱退したのだが、ローマ法王が派遣した枢機卿を追い出しただけで、カトリックの儀式はそのまま踏襲した。そうするとカトリック教会がもっていた農地がすべて国王のものとなったので、その多くを売り出した。金をもっている商人たちがこれを購入した。それまで土地をもっているのは国王に忠誠を誓ったいわゆる「貴族」と呼ばれる地方領主やその配下の小領主だけだったので、商人たちは土地をもつことで自分たちも貴族と同等になったと主張し、「ジェントリー(血筋のよい人)」と自称するようになった。農地をもつということは、その土地で働いている農民を所有することになる。農民には引っ越しや職業を選ぶ権利が剥奪されていて奴隷に等しい状態だった。この教会の土地のうち、売れ残った傾斜地などはそのまま残されたので羊が放牧され、羊の量が増えると毛織物が盛んになる。簡易な機織りの機械が発明されていたので、商人たちは自分の土地に工場を建て、機織りの機械を導入したが、機織りのためには人手が要る。商人たちは当初は自分の土地の農民に操作を教えて働かせていたのだが、彼らは儲けが出ると工場を増設したので人手が足りなくなる。すると隣の土地の農民にも給料を払うといって声をかける。となりの地主は当然、農民には職業選択の自由などないと主張する。ジェントリーは大学に献金して、「自由主義」というものを普及させた。国王も工場からは税収が得られるので「自由主義」を公認した。この結果、イギリスの農民には自由が与えられた。ぼくはつねづね主張しているのだが、「近代化」とは結局のところ、「労働力の流動性」ということなのだ。「儲かる産業には人が集まる」という「自由」がないと産業は成長しない。フランスの大革命は単なる暴動にすぎなかったのだが、19世紀の後半には、後進国だったロシアでも濃度が解放された。日本では明治維新、アメリカでは南北戦争が起こった。アメリカは広大な土地に狩猟採集の現地住民がいたというところに、アイルランド系などの農民が入植して、綿花の生産を始めた。ジェントリーの活躍で産業革命に成功したイギリスは、税収が増えたので軍備を拡張し、スペインの無敵艦隊を撃破してアメリカやインドに進出したのだが、インドで発見した綿花をアメリカに植えることで、未開の大地に綿畑が広がっていった。当然、人手不足になるのだが、奴隷商人がアフリカの奴隷を売り込みに来たので奴隷を購入することで人手不足は解消した。アメリカがアフリカを侵略してアフリカ人を奴隷にしたわけではない。アフリカでは民族、部族の間での抗争がつねに続いていて、負けた部族の兵士は首を刈られていたのたが、奴隷商人が買い付けに来るようになって売られたというだけのことだ。ただアメリカで生産された綿花はそのままイギリスに運ばれた。イギリスでは毛織物の機械を改良して綿花を原料とした木綿産業を発達して、イギリスの産業はますます発展していた。そのままでは、アメリカのいまのような発展はなかっただろう。

07/07/火
文士劇で『風と共に去りぬ』をやったので南北戦争は身近なものになった。スカーレットの親はアイルランドからの手稼ぎ移民で底辺からたたきあげた人だ。まじめに働いて広大な農園を所有するに到った。何も悪いことはしていない。奴隷商人から奴隷を買って農作業にあたらせた。当時は奴隷の売買は合法だった。その奴隷をいきなり解放せよと言われたら、誰もが困惑する。激怒する人もいるだろう。これをリンカーンに政治献金した北部の工場主の立場から見てみよう。アメリカの南部には広大な綿畑が広がっている。だがその綿花はすべてイギリス本土に輸出される。北部に工場を作っても働き手がいない。奴隷を買って働かせればいいのだが、工場の設備投資に加えて奴隷を購入するのではコスパがよくない。リンカーンに政治献金すれば、奴隷を解放してくれる。「労働力の流動性」という近代化の第一歩が踏み出せるのだ。さらに重要なことがある。リンカーンは綿花のイギリスへの輸出を禁止し海軍でアトランタの港を封鎖した。南部は反乱を起こしたが港が封鎖されているので現金収入がなく、軍備に資金を投入できない。太平洋戦争の日本軍のように、乏しい軍備で精神論だけで闘って負けてしまった。綿花の輸出は禁止されたままで綿花の値段がタダ同然になる。解放された奴隷はまだ南部にいるので賃金を払って雇えばいいのだがそれだけの資金が南部の農民にはない。元の奴隷に食べ物を与えることもできない。解放された黒人労働者は、ほとんど飲まず食わずで徒歩で北部に流れていくしかなかった。北部には工場があり、タダ同然の綿花があった。奴隷は解放されているのでタダで使える。賃金は必要だが、後払いでいい。その賃金も、大量の労働者が南部から流れてきたので供給過剰で、労働賃金もタダ同然になっている。タダ同然の原材料と労働力。これで北部の工場主は大儲けをした。儲かったぶんを工場の増設にあてる。これがアメリカが世界最大の工業国になる推進力になった。話は変わるが、終戦直後の日本のサラリーマンも一種の鎖なき奴隷だろう。終身雇用制という目に見えない鎖で束縛され、賃金は月末に支給される後払いの月給と、半年後にまとめて支給されるボーナス。そして退職金。これらは長期的な後払いのシステムとして確立されたものだ。年功序列式の賃金体系というのも、長期後払いシステムの一種だ。若いころはタダ同然で働かされ、少し年齢が上がればそれなりの給料が貰える。そのことを将来の希望として低賃金で働かされる。団塊の世代まではその年功序列と退職金のシステムが残っていたので後払いの収入を得ることができたのだが、いまは年功序列のシステムが崩壊して、50歳を過ぎると逆に賃金が低下するようなシステムになっている。いずれこのシステムは崩壊するだろうが、実はこのシステムには利点がある。年齢にかかわらず賃金が同じなら企業はベテランの労働者を雇用する。景気が悪くなると、若者の就職先がなくなってしまう。すると世の中に不良青年があふれて治安が悪化する。若者は安い賃金で雇えるというシステムは治安の維持に役立っているのだ。話が逸れてしまったが、奴隷の解放というのは、北部工場主の利益のためになされたことで、そこにはヒューマニズムの要素はないし、自由、平等、博愛といった理念などカケラもない。しかしアメリカは、自由主義、平等主義、民主主義の理想国家のようなイメージで語られることになった。ただ実態は、解放された奴隷に加えて、次から次へと移民が押し寄せ、労働力の流動性があったからにすぎない。低賃金の移民労働者が、アメリカの経済を支えていたのだ。その移民を拒否すればどうなるか。経済はたちまち破綻する。いまアメリカはそういう危機に瀕している。

07/08/水

いまアメリカで起こっていることは、老人ボケした大統領が愚行を重ねているというだけのことではない。この老人ボケ(ぼく自身も老人ボケだと自覚しているのであえてこの言葉を使う)の老人は、これまでのアメリカおよび自由主義国の知識人が支えてきた共通認識を崩壊させ、ファシズムに近い危険な領域に民衆を引き込もうとしている。ただこの凶暴な人物に指摘されてみると、それまでの自由主義(リベラリズム)というものにも重大な欠陥があることが見えるようになってきたというところが、問題を大きくしている。どういうことかというと、自由主義というのは、民主主義とセットになって語られることが多く、その民主主義を支える民衆には良識があって、基本的人権や平等主義の理念、博愛が正義であるという前提を共通認識として共有しているという、不文律によって支えられてきた。その前提があるからこそ、自由競争による資本主義を肯定するというムードが世界をおおっていた。こうした織物のように絡み合っていた共通認識がいま崩壊しようとしている。最もよくないのは自由競争による資本主義だろう。これの対極にあるのは国家権力の弾圧によって民衆を隷属させる共産主義というもので、いまならロシア、中国、北朝鮮などがそれにあたるし、戦前の日本は天皇を中心として全体主義の国家だった。ともに闘ったナチズムのドイツ、ファシズムのイタリアも同様だった。こうした全体主義は戦後、アフリカや中南米にも広がっていった。さらに宗教のカリスマの権力が強いイスラム圏でも、宗教的全体主義が民衆を弾圧する傾向が強い。こう見てくると地球の大半が何らかの全体主義を経験していることになる。これに対して、自由主義というものは、個人主義と微妙に呼応しながら、資本主義国家を根底から支えてきたという経緯がある。ただしこの自由競争による資本主義には歯止めが必要だと昔から学者は警告していた。資本主義が過大になると、資本によって人間が隷属させられる新たな全体主義が蔓延する可能性があるからだ。資本主義国家は、株によって支えられている。たとえば競馬というのは合理的なシステムで、人気のある競走馬に投票が集まると払い戻し金の倍率が下がっていく。ところが株というものは、人気が出て購入希望者が増えるとますます株価が上がっていく。自然淘汰による安定ポイントというものがなく、どこまでも株価が上がっていく。一つ一つの銘柄だけでなく、平均株価が上がり始めると歯止めがなくなってしまう。いまがそういう状態になっている。大量の資本が株に投入されると株価は上昇する。簡単に言うと、金持ちはますます金持ちになる。いまはファンドというものが資金を集めて仮想の「金持ち」ができていて、この「金持ち」はAIなどのコンピュータシステムによって、上昇しそうな株を選んで投資するので、ファンドという「金持ち」はどんどん資産を増やしていく。そこから取り残された一般庶民は相対的に貧乏になっていく。貧富の差がどこまでも広がっていって、歯止めがない。そうすると、これまでのリベラリズを支えていた良識をもった中間層が崩壊して、金の亡者の大富豪と、その日暮らしの大貧民だけの世界になっていく。大貧民は守るべき資産がないので、全体主義に傾くことになる。全国各地で暴動が起こり全体主義国家が乱立するということになりかねない。これまでの中流の人々(ぼくもそのうちの一人だ)がもっていた自由の理念、平等、博愛という観念、基本的人権、差別への嫌悪、こういうものが、恵まれた中流の人々の妄想にすぎないと、大貧民は考える。トランプは大金持ちなのだが、彼はAIではなく、大貧民のような卑しいコンプレックスをもっていて、これまでの中流がもっていた理念を次々に破壊しようとしている。ぼくなどはトランプの政策を見ていると、これはファシズムの始まりだと思うことがある。それはいまの日本の政権にもいえることだ。世界的にファシズムが広がろうとしている。ファシズムを根底から支えるのは無知で良識に欠けた大貧民で、その大貧民が増えているという実感がある。どうしたものかと、いまぼくは考え込んでいる。どうでもいいことだが、サッカーのワールドカップで、トランプは大統領の特権を発動してレッドカードで出場できないはずの選手を救済した。だが全世界の批判を受けてアメリカは試合でも負けてしまった。勝てばまだ大統領は偉いということになったかもしれないが、負けてしまったので、全世界から批判を受けたという結果だけが残った。これがアリの一穴のようなものになって、トランプ体制が崩壊することを願っている。

07/09/木
AMERICAN−FOOTBALLの話題に戻ろう。最後に残っていたNカンファ西地区。ここは例年、最高水準の激戦区になっているが、3強1弱。この3強のなかからスーパー制覇が出るのは確実と思われる。実際、昨シーズンはラムズに勝って出場したシーホークスがスーパーを制覇した。今シーズンはラムズが本気を出して補強している。スタッフォードにとっても今年がラストチャンスかもしれない。昨シーズンのプレーオフのシーホークス対ラムズは大熱戦だったが、それよりもシーズン最終版のリーグ戦でシーホークスが大逆転でラムズに勝ったことが、地区優勝、そしてプレーオフでもホームアドバンテージをもたらした。これがシーホークスのスーパー制覇につながった。やはり地区優勝してホームで闘える条件をもつことが大事になる。本命はラムズだ。いまはライオンズのゴフとのQB交換でスタッフォードは見事スーパーを制覇したが、MVPはいまはシーホークスに移ったレシーバーのクーパー・カップだった。スタッフォードは再度の挑戦でMVPを狙っているだろう。控えにはドラフト2番人気のタイ・シンプソンを獲得している。今年はメンドーサしかいないということで、忘れ去られていたQBだが、ラムズはしっかりと指名して将来に備えた。これで来年のドラフトではQB以外を指名することができる。オフェンスもディフェンスもまったく穴がないというこのチームは、間違いなくプレーオフのトーナメントを勝ち上がっていくだろうが、問題は地区優勝できるかどうか。そうでないと同地区を相手に、アウェイで闘わないといけない。スーパーを制覇したシーホークスは、QBのダーノルドを始め、スーパー制覇の主力の大半は残っているのだが、MVPのランニングバックをチーフスに引き抜かれた。これでチーフスは俄然、スーパーに挑む体制が整った。逆にシーホークスは見るからに弱くなった。昨シーズンはシャボーネーが活躍したが、怪我でスーパーには出ていない。その怪我が回復するかもわからない。ランニングバックがいないという大きな弱点を抱えてのシーズンとなった。従って2番手は49ナーズかもしれない。ここも例年、怪我人が多い。QBのパーディーも昨シーズンは不振だった。マック・ジョーンズというすごい控えがいる。ペイトリオッツで先発を務めていた中堅の選手でパーディーよりも安定しているかもしれない。3強1弱のカーディナルスはついに長く先発を務めたマレーを放出した。控えのブリセットでいくつもりだが、チーフスでマホームズの控えだったミンシューを移籍させた。それよりも新人のカーソン・ベックに期待したい。大学に7年いたベテランで去年、一昨年の新人QBよりも経験が豊富だ。いきなり先発ということも考えられる。うまくいくと3強1弱ではなく4強という状態になるかもしれない。

07/10/金
SARTRAS共通目的委員会。今回から委員長になったので議長を務める。審査項目が多くとても疲れるが何とか時間内に無事、終えることができた。夕方は日大文芸賞の選考会。ここでも司会。一日に二回司会をするのは疲れる。しかもこちらは選考委員4人のうち男はぼく一人で気を使って話さないといけない。とにかく受賞作が決まってよかった。さて、Nカンファのプレーオフ予想。地区優勝はイーグルス、ベアーズ、バッカニアーズ、ラムズか。ワイルドカードはレベルの高い北地区と西地区から。ライオンズ、シーホークス、49ナーズか。これではカウボーイズとパッカーズが落ちてしまう。コマンダーズ、ジャイアンツも可能性はある。そこまでか。ライオンズとラムズという、何年か前にQB交換をしたチームが因縁の対決ということになるとおもしろい。スーパーはペイトリオッツ対シーホークスという去年の対戦カードはない。去年チャンピオンシップで負けたブロンコスとラムズの対決になるのではないか。希望としてはチーフスがどこまで頑張れるか。ライオンズにも期待。

07/11/土
この週末は何もない。来週は猛暑が到来するとのことだがすでにかなり暑くなっている。サッカーは早々と日本が負けて国内は静まっているが、ぼくは孫4人がスペインにいるのでスペインを応援している。前回大会では日本がスペインに勝ってしまいやや困惑したが、その時の三苫の1ミリというゴールでスペインは2失点したが、その次の試合以後、スペインは失点していなかった。それが今朝の試合ではベルギーに同点ゴールを決められた。それでも終了間際、正キーパーが負傷で交替して控えキーパーが真正面のシュートを前にはじくミスで、スペインが決勝点を挙げた。次はフランスが相手だが、勝つチャンスはある。

07/12/日
アメリカのトランプの問題から、自由、平等、民主主義について瞬間的に考えてみたいのだが、もう少し考えを続けてみたい。自由主義の対極にあるのは全体主義だが、全体というのはいまは国家と置き換えてもいい。イスラム圏の国のように宗教が人民を支配するというのが従来の一つの典型だが、ここに共産主義という新たな宗教が加わった。自由主義をそのまま放置しておくと、金持ちは資産を自分の贅沢のために消費してしまい、工業への投資ができずに経済が成長しない、とマルクスは考えた。そこで大貧民が団結して国家を動かし、国家が適切な投資をして工業を発展させる。金持ちが所有している資産を国家管理として適切な投資をするということは、金持ちから資産を奪うわけで、国家による略奪ということになる。その過程で紛争が起きれば、弾圧によって死者が出たり、刑務所に拘束される人も出てくる。ソビエト連邦からいくぶんの規制緩和ののちに国家が存続しているロシア、および中国、北朝鮮などが共産主義国家で、これは共産主義という思想を信仰する新たな宗教だといえる。アフリカや南米にも共産主義国家が誕生したことはあったが、結局は軍事政権が国を独裁するだけの結果となり、自滅したり、アメリカが介入して経済封鎖ののちに解放されたりということで、現在は前述の3国だけが共産主義国家だと考えていいだろう。では日本はどうか。明治政府は江戸幕府を壊滅させ、廃藩置県という形で幕府時代の利権を略奪した。その過程で生じる民衆の不満に対しては、天皇を神と信仰する新たな宗教国家というイメージのもとに富国強兵を計り、軍事政権による全体主義国家を構築した。江戸時代に幕府が広めた儒教の影響がまだ残っていて、民衆が国のために尽くすという全体主義の理念が民衆に浸透していた。大戦の敗北によってアメリカの進駐軍が日本を支配することになり、全体主義からの解放のために民主主義という理念が広められた。同時に財閥解体、農地解放、新円切り換えと預金引き出し制限が実施された。これらは国家による略奪であり、共産主義革命と同じ効果をもたらすことになったが、すでに全体主義に慣れていた国民はこれに従うしかなかった。国民の全体が大貧民状態で。資産はすべて国家が掌握しているという状況のなかで、海岸を埋め立てて大コンビナートを建設するという事業を推進され、驚異的な経済成長が実現した。ぼくは高校時代にマルクスを読んで、共産主義国家の経済成長は自由主義を凌駕するはずだと思ってはいたのだが、そのころからテレビで外国のようすが報道されるようになり、ソ連や中国が日本よりも貧乏だということに驚いた。実は終戦直後の日本は、全体主義を存続させながら国家主導の資本主義に移行していたので、共産主義国家の理念をより協力を推進することになった。日本は戦前でも軽工業が中心だが工業生産に人々がなじんでいた。敗戦で生産設備が破壊されても、工場さえ建てればまた中流の生活が戻ってくるという具体的な理念をもつことができた。ぼくの親の世代にあたる労働者たちは低賃金で働き、国家と企業は労働者から搾取した資金で工場を増設することができた。年功序列式の賃金体系や退職金制度は、長期的な後払い方式で、労働者を低賃金で働かせながら労働意欲は持続させるという巧妙なシステムだった。これは大成功で、ぼくたち戦後生まれの団塊の世代も、年功序列で生活が豊かになり、大企業に勤めた人は退職金も充分に貰えたはずだ。年金は60歳から貰えていて、ぼくも役所の窓口に行って手続きをしたことがある。大学卒業後の数年間は労働者として働き、作家になってからも兄の会社の顧問みたいなことをしていた時期があり、早稲田では六年間、専任として給料を貰っていた。空白の期間が少しあったのだが、その後、武蔵野大学で70歳まで働いたので、人並みの年金は貰えている。ぼくは日本の自由主義のなかで生きてきたのだが、終戦直後の全体主義によるインフラ整備、その結果の高度経済成長の恩恵を受けてきたので、おおむねこのシステムを肯定しているのだが、いまのアメリカを見ていると、自由主義、民主主義、資本主義というものには、限界があり、危うい欠陥を秘めていると感じることもある。このことについて、さらい考えてみたいと思う。

07/13/月
自由主義および資本主義の社会では、基本的に自由競争によって利益追求の闘いが展開される。日本のコンビニの品揃えやサービスを見ていると競争原理がよい方向に働いていると感じられる。しかし多くの場合、資本を的確に投入すれば利益が上がるという原則に従えば、資本は資本を産み、巨大資本は増大し、弱者は淘汰される。これが時間の経過によって、巨大資本が独裁者となり、それ以外は大貧民という結果をもたらすのではないか。とくに最近のコンピュータ、とくにAIの発達によって、この傾向に拍車がかかり、ホワイトカラーや中間管理職の没落が加速され、独占資本と大貧民という二極分化が目の前に迫っているように思われる。これを防ぐための方策として、独占禁止法があり、国家権力による企業分割などの方策も考えられるのだが、独占資本と国家が癒着した場合は最悪の事態になる可能性もある。トランプとイーロン・マスクの癒着みたいなことがいまはキャラクターとして見えているのだが、水面下の資本の動きによって国家そのものが資本によって動かされるようになれば、民主主義は崩壊する。戦前の日本は、ラジオと新聞が国家管理されている。国民には情報が与えられていなかった。戦争に勝ったという情報しかなければ、民衆は戦争の継続や拡大を求めるだろう。独占資本による国家の独裁と情報を与えられない無知な大貧民によるコントロールされた民主主義というのは、世界の末路ではないかと思われる。ではどうすればいいのかということなのだが、これが意外と難しい。ぼくは高齢者であり、昔の人間だから、朝日新聞を読む。いまの朝日新聞は左翼的に偏向しているのだが、政府自民党が右傾化しているのでちょうどよい関係だ。しかし若い人は新聞を読まない。週刊誌も読まない。読者がいないとこの種のメディアはやっていけなくなる。するとスマホで得られるネットの情報だけが国民をコントロールすることになり、これは独占資本をAIを操作すれば簡単に大衆を洗脳できてしまう。そういう時代が目の前に迫っている。

07/14/火
車を動かして深川のショッピングセンター。店内を散歩。今日から猛暑ということで、冷房の効いたショッピングセンターはいい散歩のコースだ。昨日書いたことの続き。ぼくが考えることはとても観念的だ。実感も感覚的なものも感情的なものも伴っていない。それで自分の人生を振り返りながら、感覚で捉え直してみたい。ぼくは終戦直後に生まれた。戦争を知らない。しかし戦災の瓦礫は知っている。大阪の町にはまだ至る所に瓦礫が残っていた。国鉄城東線の京橋と森ノ宮の間には砲兵工廠の残骸があって、ぼくが中学生くらいの時まで瓦礫が残っていた。通っていて追手門学院の小学校から京阪東口に向かうところ、いまは合同庁舎が建っているところにも瓦礫があった。その瓦礫のなかで遊んだ覚えがある。ぼくは二階建ての長屋みたいなところに住んでいた。そこは戦災に遭わなかった地域で、戦前からの木造住宅が密集していた。いまはそんな言葉は使わないが、「貧民窟」といってもいいような地域だった。だから感覚的には大貧民といったものも肌で感じることができる。ぼくが住んでいた住居も二階は床が傾いていた。それでも物干し台に上れば、大坂城の全景が見えた。夜は青い光でライトアップされていた。向かいの家の裏側には運河があった。戦国時代の地図にも出ている川だ。そこに父の会社の作業場があった。いっしょに住んでいた祖父はネズミ捕りにネズミがかかると、その装置をもって作業場に行き、ヒモを垂らして運河に水没させた。何度かついていってネズミの最期を目撃したことがある。イエダニというものがいて、祖父は角材の切れ端にキリで穴を開けて部屋の隅にセットして、朝になると新聞紙の上で角材同士を叩くと、紙の上に血を吸った赤いイエダニがぞろぞろと落ちてきた。それを角材で押しつぶすと、新聞紙の上に赤い痕跡が残った。なぜこんなことを書いているかというと、大貧民の生活のようすを伝えたいからだ。いまから思うと大貧民の生活なのだが、ぼくの父は中小企業の社長だった。社長の一家の生活がほぼ大貧民だったわけで、貧富の差がなかったということだ。父の事業が成功して、丘の上の豪邸に引っ越したのは小学六年生のころだった。それ以後は豪邸で生活し、東京に出てきた時も、すでに俳優として成功していた姉が住んでいるアパートに空き部屋があるというので母が契約して、ぼくはそこで暮らすようになった。その時、「お米の通帳」というものをもたされたことを記憶している。まだ統制経済が続いていて、米は配給制だった。通帳がないと米が買えないというのが立て前だったが、米は米屋やスーパーでふつうに売られていたから、通帳を使ったことはない。大学を出るとサラリーマンになった。アパートの家賃を親が補填してくれたので、生活に苦労したことはない。二十九歳の時に芥川賞を貰って作品がベストセラーになった。郊外の住宅地に自宅を建てた。38歳の時に世田谷区に引っ越した。13年前にいま住んでいるお茶の水の高層住宅に引っ越した。こういうふうに生きてきたから、「大貧民」とはどういうものか、本当は知らない。テレビのニュースやルポで諸外国のようすを見て、貧しい地域の暮らしぶりをイメージとしては知っている。息子がスペインにいるので何度かスペインに行ったが、スペインの住宅事情は日本より恵まれているから、みんな豪邸に住んでいる。彼らから見れば、日本のマンションと称する狭いアパトメントは貧民の暮らしぶりに見えるだろう。いまのぼくは大学教員の定年退職し、本も出なくなったので、年金と貯えだけで生活しているのだが、貧乏というわけではない。何しろ高層住宅に住んでいる。ただ孫たちのことを考えると心配になる。日本はいまよりも貧乏になる。貧富の差も大きくなる。将来のことを思うと暗い気分になる。

以下は随時更新します


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