国末台場

概説 「公辺御届向」(守山藩海防手当)(樫村家史料)の中に「国末村 一、船付之場所ヨリ松川陣屋迄十一里廿町程 一、大筒台場 壱ケ所」などと書かれている。[『守山藩史料(下)』(大洗町史資料集第7集)より]
鹿島共同火力発電所構内の国末浜方向を南側から臨む
その他の写真
訪問記[2004/05/31]手掛かりは、『守山藩史料(下)』だけなので、台場を設置しそうな場所を推測するしかない。明治初期の迅速測図を見ると国末の海岸線があった場所は、現在では埋め立てによって鹿島共同火力発電所構内西側半分辺りに相当するようだ。遺構の残存はほぼ絶望。
所在地鹿嶋市平井国末浜。鹿島共同火力発電所の構内西側半分辺り。
参考書『守山藩史料(下)』(大洗町史資料集第7集)