インターネットが伝える「地の民」のことばと歌声

「裏返しのメディア論11」『季刊民族学』112号、2005年春


フィールドワーカーはカメラを取る
 前回のこの連載でフィールドワーカーよカメラを取(撮)れ!と劇を飛ばしたところ、さっそく鬨の声が上がった。一人は若手文化人類学者の分藤大翼さん。もう一人は、京大大学院生の川瀬慈さんである。実をいうと「鬨の声」というのは、すこしオーバーである。正確にいうと、わたしの呼びかけにこたえたというわけではなく、二人とも、これまでも映像を使ったフィールドワークに、長年、取り組んできた若いフィールドワーカーだからだ。
 分藤さんは、中央アフリカのカメルーンに広がる熱帯雨林に暮らすBakaという人々の生活を、これらの人々がどのような光と音の中で生きているのかに焦点をあてて記録してきた。それを『Wo a bele −もりのなか−』というドキュメンタリー作品にまとめた。この作品は、SKY PerfecTV!(216ch.)で2003年から放映されている「シネアストの眼」というシリーズ番組の第7作目として、この1月の下旬に公開された。作品では、Bakaの人々の生活における光と音の世界とあわせて、その世界を記録する人類学者である自分自身についての姿もあわせて紹介されていて、若い人類学者のセルフ・ドキュメンタリーともなっている。フィールドワーカーの手によって撮影された映像によるエスノグラフィーが、衛星テレビという今日的なメディアによって、研究者だけの閉ざされたサークルから広く一般の人々の目にとどく公共圏に進出してきたことの意義は小さくない。
 川瀬さんの試みは、インターネットを媒介にしている。川瀬さんが学んでいる京都大学大学院アジア・アフリカ研究科のサーバーを借りて、かれがフィールドワークで撮影した映像が公開されている。川瀬さんは、2001年以来、エチオピア北部の都市ゴンダ−ルで、アズマリとラリベロッチと呼ばれる職業的な音楽集団を調査してきた。アズマリは、馬の尾で作られた弦とヤギの皮を貼った胴体をもつマシンコという楽器を演奏する集団で、儀式や仕事の場面、あるいは酒場などでもっぱら活動している。一方、ラリベロッチは、男女の楽士がペアになって民家の軒先で「門付け」し、喜捨をうけて祝福をする集団である。川瀬さんは、自身のフィールドワークの成果をウエッブページで発表すると同時に、デジタル動画ファイルもあわせて公開し、これら音楽集団のリアルな演奏を伝えている。インターネットで公開された映像は、短いものの祝宴で演奏するアズマリの夫婦の姿や新年の門付けの模様をいきいきと伝えてくれる。(http://areainfo.asafas.kyoto-u.ac.jp/japan/activities/fsta/15_kawase/15_kawase.html)
 ビデオカメラを手にしたフィールドワーカーが、アフリカやアジアの片隅でくらす少数民族や独特の職能集団の生活や文化をたんに調査対象として記録するだけでなく、そのありさまを一般の人々にも理解できる方法で紹介することの意義は小さくない。もちろん、一般の人々といっても、テレビの軽薄な娯楽番組やグルメ番組にしか興味をもたない視聴者には、とりあえず関係のない話かもしれない。また、そういう一般視聴者の視聴率に一喜一憂しながら番組を制作している人々からみれば、これらビデオカメラを手にしたフィールドワーカーの作る作品は、別の世界のできごとかもしれない。しかし、重要なことは、人々が、いったん「知りたい」、「観たい」という動機をもったら、その作品を視聴できる機会が、手近に存在しているような環境が整いつつあるという事実である。衛星放送やインターネットは、その可能性を現実のものにする重要なテクノロジーだ。

先住者はインターネットを取る
 ともすれば先進国の巨大メディアによって無視されがちな世界の「辺境」にくらす先住民族や少数民族の人々の声が、近年。インターネットや衛星通信を利用することによって、鮮やかにわたしたちの耳元に届けられるようになった。
 その最初の象徴的なできごとは、1994年1月1日にメキシコ南東部のチアパス州で起こったサパティスタ民族解放軍による一斉蜂起だった。北米自由貿易協定にメキシコが加盟したことで、大量の農産物がアメリカから流入し、生業を直撃される貧しい先住民族農民の利益を代表するサパティスタ軍の蜂起に対して、メキシコは国軍を派遣し、武力弾圧を開始したのだが、国内では、蜂起した農民の窮状に対する共感と支援の声が上がった。しかし、それを国際的な関心事に押し上げたのは、サパティスタの主張と行動を紹介したウエッブサイトやメイリングリストの存在だった。サパティスタを紹介する最初のウエッブサイトは、ペンシルバニア大学に在籍しているジャスティン・ポールソンという学生が立ち上げたものである。(http://www.ezln.org/acerca.en.html)これを皮切りに、サパティスタの蜂起を伝える情報はインターネット上をとおして世界中を駆けめぐった。そして、国際世論におされて、ついにメキシコ政府も武力行使をやめ、和平交渉を開始するにいたるのである。サパティスタの勝利は、圧倒的に力をもたない少数民族や先住民族の闘争において、インターネットが強力な武器として理解された最初の大きな出来事であった。
 今日のインターネット環境からみれば、文字と写真によるささやかな情報であったが、それが巻き起こした反響は、状況をくつがえす巨大な流れとなった。そして、それから10年がたった。今、インターネットをとおして、わたしたちは世界のすみずみで暮らす無数の「声なき民」の声に直接耳をかたむけ、かつ目に見ることができるようになったのである。

「地の民」はネットで語り歌う
 ここで、インターネットをとおしてたぐり寄せることができる世界の先住民族や少数民族の映像や音声を私の興味にかぎってほんのすこしだけ探索してみよう。
 まず、日本国内をみてみよう。北の北海道からはアイヌ民族の文化について、白老郡のアイヌ民族博物館のサイト(http://www.ainu-museum.or.jp/index.html)では、民族楽器ムックリの演奏を聴くことができる。また、アイヌ語による昔話(ウエペレケ)の語り部である上田トシさんの肉声による語りを二話(「六重の喪服を着た男」と「夜襲に滅ぼされた村の孤児姉弟の話」)を聴くことができる。アイヌ語が分からない人には、STV札幌テレビ放送が提供しているアイヌ語ラジオ講座(http://www.stv.ne.jp/radio/ainugo/index.html)をネットラジオでバックナンバーもあわせて聴いて、学習することもできる。
 一気に南に飛ぼう。沖縄には精力的に活動しているいくつかのインターネットテレビ局がある。 たとえば、OKINAWA BBTV(http://www.okinawabbtv.com/)や沖縄発!おもしろ調査隊(http://www.chousatai21.com/)、沖縄インターネット放送局(http://www.onb.jp/)などがそうだ。本土での沖縄ブームを意識した商業的色彩が濃いが、それでも地元の声を直接伝えてくれることにかわりはない。また、音楽放送についてみれば、たとえば、RV-OKINAWA(http://www.cosmos.ne.jp/RV-OKINAWA/)は、リアルビデオを使った音楽関連映像・音声の配信を行っている。
 奄美諸島についても、たとえば奄美の島歌を専門にあつかうJABARAレーベルのサイト(http://www.amami.com/jabara/)には、たくさんの島歌の音声ファイルをオンデマンドで聴くことができる。神戸の奄美出身者コミュニティと関わるFMわいわいの放送する番組「南の風」(http://www.tcc117.org/fmyy/internet/)はネットでも配信され、聴取者は全国に広がっている。
 日本を離れて、世界に目をむければ、インターネットで視聴できる少数民族・先住民族の映像・音声はもう無尽蔵といってよい。
 たとえば、わたしの専門のハワイ。ハワイ先住民族の主張を代表する先住民族が運営しているサイトが、ハワイ・インディペンデント&サーヴァンティ・サイト(http://www.hawaii-nation.org/)である。このサイトから先住民族の世界に入っていける。たとえば、ハワイ音楽。インターネット・ラジオ・ハワイは、ハワイ音楽の専門サイトで、日本語のページ(http://hotspotshawaii.com/kuni/irhlivej.html)もある。無料だけれど、活動に寄付をしてあげよう。わたしのフィールドであるカウアイ島のコミュニティ・ラジオ局(KKCR)もインターネットでライブ放送(http://www.kkcr.org/)を流している。オレロ・コミュニティテレビ局(http://www.olelo.org/index.htm#)のNATVチャンネルでは先住民族番組をストリーム放送もしていて、インターネットを通して視聴することができる。
 数えればきりがないだろう。インターネットの世界に分け入れば、世界のすみずみから澎湃とわき起こっている地の民の叫びや歌声を聴くことができるだろう。これらインターネットをとおして伝えられる世界の先住民族、少数民族のなまの歌声やメッセージは、第三者である既成メディアによる意味づけや解釈を通さない、当事者の声を伝えてくれる貴重なメディアなのである。