デジタル技術を活用した移民史研究における映像史料の収集と公開に関する事例研究
〜ハワイ諸島カウアイ島の日系人ライフヒストリー調査の素材をもとに〜


発表者:山中速人(関西学院大学総合政策学部)


A はじめに

 ハワイ諸島のカウアイ島におけるサトウキビ・プランテーションで生活をしてきた日系人の歴史と現状に関する総合的な調査の一環として、その中でもカウアイ島ワイメア地区を中心に、プランテーションを中心に生活を続けてきた日系移民のライフヒストリー調査が続けられている。その過程で発掘、収集された写真などの映像史料を素材として、今日のデジタル技術を活用にて移民史に関わる映像史料の系統的な収集、保存、さらに公開の方法を試行するのが、本研究の課題である。
 ハワイ日系人の歴史は、1868年、明治元年にさかのぼり、近代の日本人海外移民史をそのままなぞるものである。彼らの生活史は、たんにアジア太平洋の近代史を生き抜いた人々の歴史であると同時に、その生活文化はハワイの多文化状況を反映して、きわめてユニークな色彩を帯びている。
 調査では、これら多文化状況に生きる日系人たちのライフヒストリーを、生存する二世世代を中心に口述記録の形式で継続的に収集してきた。この調査のかたわら、インタビュー対象者の家庭を訪問した際、家族に伝わる写真などの映像史料の収集も行われた。これらの写真資料の多くは、先祖の肖像写真、冠婚葬祭や卒業などにまつわる家族写真、子どもの成長記録としてのスナップ写真、旅行などの家族イベントにまつわる写真、盆踊りなどの地域の季節行事にまつわる集合写真、従軍経験にまつわる写真など、移民たちの生活や文化に深く関わるものであった。
 写真の収集方法は、複写の許可を得て貸与された写真やアルバムをフラットベッド・スキャナを使ってスキャニングし、デジタルデータに変換して記録するものである。スキャニングされたデータは、撮影(推測)時期、被写人物の名前や属性、撮影場所、撮影者などの基本情報を添えてデータベース化され、所蔵者の了解を得てCD-ROMの形式で保存された。
 インタビュー対象者たちのライフヒストリーは、個人を単位として、すでに40ケースを超える記述が報告書の形で公開されている。収集された写真は、これらの報告書の中に挿入され、ライフヒストリーをより立体化する役割を果たした。
 さらに、これらの写真資料に関する研究成果の公開の方法として、収集された写真をマルチメディア形式の映像作品『(邦訳タイトル)シュガーケーンフィールドの畔に生きて〜カウアイ島日系人の映像史』の制作が試みられた。このマルチメディア作品は、日本語と英語の二通りのナレーションとともに、収集された写真をハワイ移民史の流れにそって提示する形式をとっている。また、複数の家族にまたがる写真を横断的に使用することで、エスニック集団としての日系人の歴史を表現するよう工夫されている。
 この作品は、2001年にホノルルで開催された浄土真宗大谷派開教百周年記念にあわせて制作、公開され、また、福岡県で開催された海外移民大会でも公開された。CD-ROMは、インタビュー調査に協力した対象者にも公開され、配布された。英語の使用が一般化しているハワイ日系人たちにとって、容易にバイリンガル化が可能なマルチメディアは、移民史における研究成果の公開方法の一つとして、今後さらに有用性を増すものと思われる。

B ライフヒストリー調査の概要

1 調査の目的とねらい
 ハワイ諸島の中でもカウアイ島は、サトウキビ・プランテーションの形成がもっとも早い時期から行われた島である。そこには、プランテーション・キャンプを中心に独特のコミュニティが形成され、人々の生活を支えてきた。今日でも、この地域で暮らす人々の多くは、移民の子孫である日系やフィリピン系の2世3世の世代であり、彼ら自身もかつてサトウキビ・プランテーションで暮らし、働いた経験を持っている。
 カウアイ島をフィールドにこの島で戦前、戦中、戦後を生活してきた日系人たちのこれまで書かれなかった生活の歴史を記録し、未来に伝え、また、今日の生活の現状や諸問題を明らかにすることが、この調査の目的である。
2 調査方法と日程
a 調査日程
 1999年以来、調査は大学の夏期休暇を利用して行われてきた。毎年、教員、院生、学部生、一般社会人から構成された15〜20名程度の調査団を組織し、15日間程度の日程を組んで調査が実施されてきた。単純にインタビューだけを行うのなら、この半分程度の日程で十分であるが、調査地であるカウアイ島の地理的特徴とサトウキビ産業に関する歴史と現況についてのおおよその理解を得るために、カウアイ島に到着後、すぐに調査を開始するのではなく、島内のフィールドトリップを行い、地理条件とサトウキビ栽培の関係を理解し、また、インタビュー対象者と調査に不可欠なラポールを形成するため、パーティ形式の親睦会を開いて親しくなったりする時間を加えて、例年、約15日程度の調査期間を設定してきたのである。
 たとえば、2001年度の調査期間は、9月前半の15日間であった。この期間、ハワイ州カウアイ島ワイメア地区のワイメア東本願寺に調査本部を置き、前半をフィールド観察、後半をインタビュー調査に当て、ライフヒストリーの収集をおこなった。

b インタビュー対象者
 インタビュー対象者は、日系人2世を中心としたプランテーション居住者および居住経験者である。一部の例外を除いて、彼らの大半は、戦前期に日本語学校で日本語を習得する機会をもっていたため、今日でも、日本語での会話と若干の読み書きが可能である。したがって、インタビュー際して、インタビュアである日本人学生の大半は日本語しか使えなかったが、インタビューを日本語で実施することができた。

c インタビュー項目
 インタビューは、非統制的な自由インタビューによっておこなわれた。ただし、調査内容に緩やかな共通性を持たせるため、自由記述形式のインタビュー・シートを使用した。インタビュー・シートの主な項目は、次のとおりである。


(1) 対象者の属性
・性別
・生年月日
・年齢
・居住地
・住居形態
・同居人の数
・家族以外の同居人の数と属性、家族構成)など
(2) 親の世代についての質問項目
・祖父母・両親の社会移動(出身地・移動移民時期・職業移動・居住地)
・両親や祖父母の教育歴(学歴など)
・両親や祖父母の職歴
・両親や祖父母から受け継いだ生活文化・習慣・伝統・風習
・両親や祖父母についての思い出やエピソード
・先祖についての言説・言い伝え(日本の出身地、出身階層)など
(3) 対象者本人の社会移動歴
・本人の社会移動
・本人の学歴(学校歴・教育を受けた場所)
・本人の職業歴(職歴・就業地)
・職業生活のエピソード(仕事の内容、労働環境、労働形態、耕地での労働、つらかったこと、楽しかったこと、労働争議など)など
(4) 婚姻
・結婚歴(結婚の時期、離婚の経験など)
・配偶者の職歴や民族的背景など
(5) 対象者本人のライフヒストリー
・子供時代から思春期のころの思い出やエピソード(修学前のこと、生活、学校、遊び、友人)
・結婚と結婚生活の思い出やエピソード(恋愛、見合い、結婚相手との出会いと選択、結婚式、新婚生活の頃、生活がどう変わったか)
・戦争中の体験(家族や日系人社会の変化、身内や近隣に連行された人はなかったか、開戦をどう知ったか、どう思ったか、日本に対してどう思ったか)
・アメリカへの忠誠心について
・戦争中のエピソード(戦争中辛かったこと、嬉しかったこと、戦争中の経験から学んだこと)
・戦後から現在(戦後の変化、自分の子どものこと孫のこと、子ども世代の日系人をどう思うか、老後の生活、楽しみ、困っていること)など
(6) 現在の生活状態
・収入とその形態(年収額、年金額など、援助の提供先)
・健康・身体の状態(病気の種類と程度、障害の状態、健康についての意識)
・介護(介護の必要性、介護提供者・機関、介護の内容)
・生活についての不満や要求
・子ども・孫との関係について
(7) 民族関係についての意識
・日系人(沖縄系=ウチナン)についての意識
・自分が日系人(沖縄系=ウチナン)であることをどう思うか
・カウアイの日系人(沖縄系=ウチナン)について(特徴はなにか、どう思うか)
・若い日系人(沖縄系=ウチナン)世代をどう思うか
・白人との関係(昔と今、変わったこと変わらないこと)
・ハワイアンとの関係(昔と今、変わったこと変わらないこと、ハワイアン・サーバンティ[先住民自治権]についての意見)
・フィリピン系の人々との関係(昔と今、変わったこと変わらないこと)
・中国系の人々との関係(昔と今、変わったこと変わらないこと)
・ハワイと日本(沖縄)との関係はどうあるべきだと思うか、など
(8) その他、社会や宗教についての意識
・階層意識(5分類で自分はどの階層だと思うか)
・本人の宗教、仏教(浄土真宗)に対する意見
・ワイメア本願寺に望むことなど



d インタビューおよびライフ・ドキュメントの収集方法
 インタビューは、以下のような体制で集中的におこなわれた。

(1) 学生2人で1組を作り、各組が2人の対象者のインタビューを担当した。

(2) 研究班の方で用意しているインタビュー・シートをすべて質問するには、およそ5〜8時間程度が必要であった。高齢の対象者の疲労を考慮し、1回90分から120分程度で、3〜4回(3〜4日)にわけて実施した。インタビュー過程は、対象者から許可を得て、すべてカセットテープに録音した。また、インタビュー風景のビデオでの収録も同時におこなった。2人1組の学生のうち、どちらか1人がメインのインタビュアになり、残りの1人が、写真撮影、ビデオ撮影、テープレコーダの管理、メモ取りなどの作業を分担した。
 これらのインタビューと並行して、対象者が保有する家族や祖先の写真、アルバム、書類、文書などのライフ・ドキュメントの収集をおこなった。

e ライフヒストリーの作成について
 このようにして収集された対象者に関する口述記録やさまざまの資料は、日本に持ち帰られ、ライフヒストリーへとまとめ上げられた。インタビューを担当した学生たちは、以下のようなガイドラインにしたがって、これらのデータを文章化していった。

(1) まず、日本語にして8000字程度を目安として、第3人称の文体を使って、インタビュー対象者のライフヒストリーをまとめさせた。記述に当たっては、感情的な言葉遣いを控え、客観的な記述を行うよう求めた。また、まとめに当たっては、本人の出生以前、移民1世である両親の来歴にさかのぼって記述することから始めるよう求めた。これに関連して、本人の家族関係などについても、できるだけ正確に記述するよう求めた。したがって、学生たちの記述に、両親や親族に関する記述が大きな部分を占めるようになった。通常、移民研究では、このような世代を超える社会移動に強い関心が向けられる。本調査でも、そのような移民研究の基本的な関心に従ったのである。

(2) 次に、インタビュー過程の録音テープをテープ起こしすることによって文字化された対象者本人の肉声で語られるエピソードを、上記の3人称で語られるライフヒストリーの各パラグラフの後に適宜挿入するよう求めた。3人称の文体を使う記述によって、装われた客観性は、対象者の心の動きや表現に現れた個性を伝えるのに最適でない場合もある。本人の肉声からのテープ起こしは、そのような客観的文体を補うために有効な表現方法であると思われた。また、これは、日本語研究の観点からみて、日系人2世が受け継ぐ日本語の現状を記録する上でも、重要な資料的価値を有すると思われる。
 このような緩やかなガイドラインに基づいて、インタビューを担当した学生たちは、対象者のライフヒストリーの作成を行った。

(3) さらに、学生たちが文章化したライフヒストリーは、教員によって何度も内容や言葉遣いのチェックを受けたあと、学生自身によってテープに吹き込まれた。そして、それらのテープと文章化されたライフヒストリーは、再度、現地ワイメアに持ち込まれ、インタビュー対象者に試聴してもらい、また、日本語の文章を読むことができる対象者には直接読んで点検をしてもらい、事実関係の確認やプライバシーの確保などの観点からさらに修正が加えられた。

このような過程をへて、現在、40件以上のライフヒストリーが作成されている。

C ライフドキュメントとしての写真の収集と保存

1 収集対象
 写真の収集に関しては、インタビュー対象者が保存している以下のような写真について収集の対象とした。

a 集団写真(職場・地域集団を撮影した集合写真)
b 景観写真(自然景観、町並み、建物などを撮影した写真)
c 旅行写真(旅行の最中に撮影された写真)
d 先祖写真(先祖の写真)
e 家族写真(家族が集合して撮影した写真)
f 季節行事(季節儀礼に際して撮影された写真)
g 通過儀礼(人生の通過儀礼に際して撮影された写真)
h 従軍写真(従軍時に撮影された写真)
i 個人写真(個人のポートレイト写真)
j その他、収集することが適当とインタビューアが判断した写真

2 収集の手順
a  写真の借りだし
 最初の訪問の時、古い写真を見せてもらうよう依頼し、その中から、上記の範疇を満たす写真があれば、許可を得てそれらを借り出した。
 その際、それらの写真に関する基本情報(下記)の項目についてインタビューし、また、複写する場合があることを口頭で伝えた。
 ごく少数の例外を除いて、それらを借り出すことについて拒否されることはなかった。 また、写真単体ではなく、アルバムごと借りだすことになる場合が多かった。そのような場合、どの写真が必要なのか事前に申し出ることは難しかったので、アルバム全体を借りだし、調査本部にもどってから、収集する写真の選定を行った。

b データ化
 借りた写真は、本部の事務所にあるパソコン・スキャナで取り込み、デジタルファイルとして保存し、現物は可能な限り翌日に返却するようにした。

c 返却
 返却に際しては、対象者の立ち会いをえて、1点ずつ確認しながら、返し忘れがないよう慎重に行った。

d 追加調査
 インタビューと同時に、写真を収集する場合、インタビュー時間が長時間に及ぶときなど、写真に関する情報収集のインタビューを行いにくいときは、まず、とりあえず写真のかり出しとデータ化を行い、それらの写真についての必要情報項目の調査は、日を改めておこなった。

3 収集した写真についてのインデックスの作成
 収集された写真は、以下のような情報項目について記録を添付した。

a デジタルファイル名 *(対象者名+番号.JPG)という形式
b 収集時期
c 所蔵者 
d 被撮影者
e 撮影対象
f 撮影場所
g 撮影時期 
h 写真分類のタイプ
i キーワード
j 解説文

 これらの情報項目をすでにパソコンのハードディスクに保存されている画像ファイルと対応可能な形で、別途ファイルを作成し、必要情報項目を入力していった。
 ただし、現実的にみて、収集した写真のすべてについて、これらの情報項目がすべてミタされているかというとかならずしもそうではなかった。時間の制約が大きい現地での調査活動であるから、中には、写真画像データのみの収集に終わってしまうケースのあった。そのような場合は、フォローアップ調査や次年度の調査の際に、あらためて情報の収集を行う場合もあった。

4 所蔵権・版権に関する許諾
 借りた写真の学術的な使用の許可を対象者から得るに当たっては、以下のような合意書を作成した。この合意書に収録対象とする写真の縮小印刷を添え、相互署名した上で、交換した。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
合意書

甲は、甲が所蔵する別表の写真のデジタル化されたイメージを、乙がCD−ROMやDVD、データベースなどの電子記録媒体に保存し、学術目的のために使用することを無償で許可します。

乙がこれらの写真のデジタル・イメージを使用した場合は、使用した写真の所蔵権者の名前をクレジットし、それらが掲載された媒体や出版物のコピーを1部、甲に送ります。

甲は、これらの写真のデジタル・イメージの一部あるいは全部の使用許可を乙に対してとり消すことができます。乙は、取り消しの通告を受けた以降、そのデジタル・イメージを使用しません。

AGREEMENT

A (owner of the photographs) authorizes B (Hayato Yamanaka) free of charge to archive the digital images of the photographs listed on the attached table in electronic media such as DVDs, CD-ROMs, and other database formats and to use them only for academic purposes.

When B uses the images, B must credit the owner of the images and send A one copy of the publication or the media in which said images are used.

A can freely and at any time withdraw permission to have B use part or all of the digital images. B must then no longer use the digital images in question after receiving such notification from A.
Date . .
A:


B: Hayato Yamanaka

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


D 写真情報の公開の試み

1 公開に関する基本的な考え方と方法
 収集された写真は、たんに研究者個人の研究資料というより、ひろく日系移民に関する学術資料として公開することが本来のあり方であると考える。しかし、通常の印刷媒体、たとえば、写真集や学術雑誌での公開は、写真点数の多さや印刷精度とコストの問題があるため、容易ではない。
 そこで、その代替的方法として、デジタル媒体での公開の方法が模索された。具体的には、CD-ROMやウエッブページによる公開である。将来は、デジタル画像のアーカイブとして、版権・使用権も公開する形での公開が行われることが理想であろう。しかし、当事者が生存している間は、学術利用に限った映像情報の公開が望ましいと思われる。

2 映像素材の二次利用(教材化および作品化)
 これらの収集された写真をたんに羅列的に公開するだけでは、研究者以外への公開という意味では、かならずしも最適な方法とは言い難い。そこで、これらの素材を活用して、日系人の生活史を映像によって紹介する作品の試作を行った。
 本編については、本報告で視聴していただくとして、ここでは、作品化された「日系人の生活史」のシナリオを紹介したい。