解説 「楽園ハワイ」を超えて

DVD『ハワイ〜虹色のレイ・フラの宇宙』パナソニック・デジタル・コンテンツ、1998年


 ハワイの島々に「楽園」という枕詞がつくようになったのはいつの頃からだろうか。その歴史をさかのぼれば、18世紀後半のキャプテンクックによる世界周航にたどり着く。進化論以前の新古典主義的な自然観が支配していた時代、ハワイは、熱帯における自然環境と人間文化の融合と調和のユートピアとしてヨーロッパに紹介された。

 そこに住む人々は、熱帯の美しく豊穣な自然によって育まれ、文明を持たないにもかかわらず高い精神文化を有する「高貴な野蛮人」であるとされた。その後、このイメージは進化論の普及によって衰退し、先住民族は人類進化から取り残された未開人であると不当に蔑まれるようになったが、しかし、それでも、近代文明に疲れたヨーロッパ人にとって、「楽園ハワイ」のイメージは脈々と受け継がれていった。

 20世紀に入ると、アメリカ人がこのイメージを世界に拡大する。19世紀末にハワイを併合したアメリカは、そこに観光という新たなビジネスのチャンスを発見し、台頭しつつあった映画やラジオなどのメディアが楽園のイメージを世界に拡げた。ここに、今日の観光地としてのハワイの原型が完成した。今日のワイキキは沼地を埋め立てた土地であり、そのビーチが人工の砂浜であることはすでに知られた事実であるが、人工性は、それにとどまらない。原色の花や鳥も南国の雰囲気を演出するために海外から持ちこまれた。

 もともとのハワイの自然は、現在のそれよりはるかに地味でおとなしく、そして、その多くは絶滅に瀕している。先住民族ハワイ人の文化も観光の影響を受けてきた。たとえば、古典的なフラは、われわれが思っているほど官能的でも悩ましげでもない。音楽も同様である。悩ましげなフラや軽快なハワイアン音楽は、観光や映画のために誇張され脚色されたものである。

 ただ、観光によって変容を遂げたハワイの自然や文化をまやかしだといって否定するつもりはない。それも歴史の一部であり、すばらしい果実を数多く含んでいる。しかし、すでにそのイメージは陳腐化し、ハワイに対する人々の理解を逆に平板で一面的なものにさせているのではなかろうか。そして、そのようなイメージが形成された歴史をみれば、地元の人々、とくに先住民族ハワイ人の視点が欠けていることが分かる。

 これまでの「楽園ハワイ」のイメージを一旦括弧に入れ、あらためてこの島々の自然と文化を見つめ直してみよう。それが、このDVDの企画であった。誤解していただきたくないのは、私たちが考えたことは、どのイメージが正しく、どのイメージが間違っているかというようなことではない。私たちは、ハワイに対する人々の視線に何か新しい変化が起きていることを予感したのである。そして、その変化の核心には、先住民族ハワイ人の存在があった。自然環境に対する現代人の危機感は、先住民族が持つエコロジカルな自然観に再び熱い関心を呼び起こさせている。それは、伝統文化としてのフラやオリ(詠唱)への芸術的関心の高まりと呼応している。

 従来の「楽園ハワイ」とは別のイメージが生まれつつあるのではないか。そのようなイメージを映像として捉えておきたかった。

 その結果が、このDVDである。もし、あなたが、「虹色のレイ」において、ハワイの自然がただ美しいのではなく、先住者の文化との深い結びつきの中で護られ伝えられてきたものであることを感じとっていただけるなら、また、「フラの宇宙」において、フラとオリ、そしてハワイ語によって表現されたハワイ文化の精神の奥行きの深さに触れていただけるなら、この作品は意味を持つことができたのだと思う。

 そして、そのあとは、是非、あなたご自身がハワイを訪れていただきたいのである。