過ぎ行く時 〜 土地を買って家を建ててみました 〜
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1989年3月に中途採用してもらった会社。
2011年に埋められていた数々の地雷に気づかず自爆し、「この先、どうしようかな」と考え始めた後も悶々、淡々、ウジウジと勤め続けてきました。
2018年、長年勤めていた職場(グループ会社全体)で大きな経費削減、人員削減がありました。
もし2012年、2013年だったら。
出向し転籍した2014年だったら。
2018年よりも前であったならば白羽?の矢は的中していたことでしょう。
幸か不幸かその対象にはならず。
それも2014年に出向し、2015年に転籍した関連会社が居場所を作ってくれたお陰です。
その反面、悪くない良い条件での早期退職制度でしたが自ら手を挙げる勇気もありませんでした。
若かりし頃に勤めていた1社目や2社目で、大企業から転職してきて半年か1年たつ頃には「こんなはずで無かった」日々からいつしから辞めていった中高年の姿、そのような方を何人も見ていました。
その姿を思い出さずにはいられない何社目かの転職先(正確には本体。2013年に本体から関連会社に出向・転籍)の今の会社に自ら手を挙げる勇気もありませんでした。
そのような日常生活をおくる中、移住を決意しました。
【住まいの振り返り】
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生まれ育った4DKの戸建て平屋の実家(竣工1955年頃?の2023年時点で築78年?)に約20年間。
上京してから
- 2年間の1984年時点で築25年位(1960年位?に建築)の共同玄関、共同トイレ、風呂無しの6畳一間の家賃23,000円位の賃貸アパート。
- 1985年時点で築25年位(1960年位?)のトイレも風呂もある戸建て平屋の家賃20,000円位の賃貸住宅。
- 1987年時点で築2年位(1985年位?)のトイレも風呂もある6畳二間の家賃60,000円位の賃貸アパート。
- 1995年時点で築20年位(1975年位?)の1LDKの管理費込み家賃100,000円位の賃貸マンション。
- 1997年時点で築5年位(1992年位?)の3LDKの管理費込み家賃150,000円位の賃貸マンション。
思い起こせば生まれから2023年現在に至るまで、いずれの住まいも玄関入ったら平屋。最寄り駅から徒歩5~15分の場所でした。
住まいから近ければ5分、遠くても20分も歩けば、
- 区役所、図書館、保健所、公立小中学校
- 各科の医院やクリニック、地域の総合病院
- 週末は新聞のチラシを比較してから行く名だたる数々のスーパーの店舗
- 本屋さん(残念ながら楽器屋さん、CD屋さんは全滅)、ありとあらゆる飲食店、美容室、雑貨屋さん、布団屋さん、傘屋さん
などがありました。
気候的には真冬も寒いながら快晴の日が続く太平洋側でした。
【土地を購入】
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なぜ土地を購入したか。
一言で表すならば「オレはマスオさんでは無い」というのを周囲に知らしめるためでしょうか。
求める土地のポイント、土地を選定したポイントは次の通りです。
- ハザード・マップにおいて水害、崖崩れなどの危険性が低いところ。
- 水道、電気、都市ガスが整備されているところ。
- 境界線が明確なところ。
- 公道に面しているところ。
そして購入したその土地は、
- 最寄り駅まで歩いて約30分。徒歩約5分ほどのところにあるバス停に発着するバスは数時間に1本。
- 最寄り駅に発着する電車は約30分に1本。
- 役所にはバスと電車、更に電車を乗り継いで約1時間。
- 歩いて30分の範囲内に医院やクリニックは内科、整形外科、歯科を見かける程度。
- 食材や日常生活用品を購入するにも小さい店舗で徒歩約15分。
- 大きな店舗は高度成長期時代から展開された自家用車で約30分ほど自家用車を運転して行く郊外型ばかり。
という場所です。
気候的には夏は暑く冬は積雪で曇り、雨、雪の日が続く日本海側。
そして2021年に区切りをつけた頃、「その土地に移り住もう」と決めました。
ところで「家を建てるには何をどうしたら良いの?」。
「そうだ、近所の住宅展示場に行ってみよう!」
と決めたのが2022年3月なのでした。
【委託先の選定】
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- 情報収集、学びはSNSで
- 委託先 数あるハウスメーカー・工務店からパートナーをどのように決めたか
【契約から引き渡しまで】
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2022年 4月17日(日)に1回目のプレゼンをしてもらい、同年 7月30日(土)に建築合意請負契約書を締結しました。
- 着工合意に至るまでの打ち合わせ
- 社会情勢、お値段は
そして2023年3月28日(火)に地鎮祭を執り行い、ほぼ予定通り同年11月11日(土)に引き渡されました。
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