レトロ電車 最後の旅路・・・JR鶴見線


  


東京から少しはずれますが、JR鶴見線は京浜東北線の鶴見から別れて、ふたつの支線を持つ
短い路線です。
朝は5分間隔で走ることもあれば、日中は40分も間隔があることもある、完全な周辺企業の
通勤用の路線です。
駅も無人駅が多く(定期客がほとんどですから)、とってもある意味でローカルなところです。
鶴見から扇町までの全線乗車でも、17分の路線で、
沿線には、日本鋼管・東京ガス・旭硝子などの企業の工場が並んでいます。
 

この線は、この線に乗ること以外に見所は特にありませんが、この平成8年3月15日まで、
大川支線(ここは、朝9時頃までと夕方5時以降しか、つまり昼間は電車が走っていません!)
で、昭和4年と7年生まれの電車が1両で毎日黙々と走っていました。

この線もまた短く、全線で1キロしかありませんが、途中に運河を渡る鉄橋もあります。
この電車はクモハ12といって、昭和初期からひたすら走り続けてきました。
累計走行距離は400万キロで地球を100回まわったことになります。
昔ながらの、ふるえるような振動を伴って走る様は、時代の流れと、また、そこに置いてきた
何かを感じさせるものがあります。

この電車は、3月16日より現在の一般的な黄色い電車に置き換えられ、JR東日本の管内では、
旧タイプの電車の営業用の運転は、終わりとなります。
通勤用として生まれ、最後まで毎日の通勤客を黙々と運ぶ、その姿は、典型的なサラリーマン
の姿と、なにかしら重なって見えました。




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