花粉症殺人事件

「ぶぅぇっくしょい!」
「ずびー」
「全員集まったか」
「だながげいじがばだいでばぜん」
「的場君、言ってることがわから……びぇーくしょい!」
「ううぶ、バスクとダングアズわずれでぎだんで」
「ははあ、マスクとサングラス忘れたんですね」
「それは……無茶……ですよ……」
「今岡君、どうしたんだ……びぇーくしょい! えらく眠そうだな。まあ連日の捜査で無理も……ずびー」
「いや……今日は……ひどかったの……薬……倍量」
「馬鹿者、花粉症の薬を倍も飲んだら眠くなるに決まっとるだろうが! そのくらい……ずびー」
「いばおがぐんば、じょうじょうがぎどぅいでどぅがら、ぶりぼだいでずよ」
「的場君は今日は喋らんでいい……びぇーくしょい! ところで、聞き込みは進んでるかね、藤川君」
「してません」
「馬鹿者! なんという怠慢……ずびー」
「だって、今外に出ていったら、ひどい目に遭いますよ」
「そこを出ていくのが刑事魂……ぶぅぇくしょん!」
「私……行った……でも……忘れて……」
「今岡君、もう君は寝てろ。役に立たん……ずびー」
「ところで、金盞花胞助さんはどうしたんですか」
「頭が痛いということで、寝込んでおる……ぶぇーくしょい! ちょっと見舞いに……ずびー」

「やあ警部さん、おかげんいかがですか?」
「いやもう相変わらず……ずびー」
「済みませんが、この病室に入る前に、コートを脱いで、全身をこのブラシではたいてください」
「えらく慎重ですね……びぇーっく!」
「せっかくこの無菌室に入れて貰ったんですから。あっ、そこで顔を洗ってうがいもしてください」
「どうもどうも……ずびー」
「それからね、謎は解けましたよ」
「目が痒くて……、えっ、金盞花さん、いま何とおっしゃった?!」
「連続無差別殺人事件の謎は解けました」
「しかし……ずびー、でも、あれだけ大量の人を一斉に……ぶぇくしょん!」
「そう、難しい事件でした。関東一帯で白昼、数千万人の人間が一斉に殺された、いたましい事件です」
「そうですよ。殺人集団がよってたかっても、あの人数は……ずびー」
「ガスを使ったのなら、ある地域にいた人間が全員死んでなければならない。なのにある人は生き残り、ある人は殺された」
「被害者の鼻腔から気管にかけて、毒物が検出……べっくしょい!」
「一時は天井裏から鼻孔に糸を垂らし、そこから毒液を落としたのかと思いましたが、調べてみると被害者のほとんどは天井裏のない家に住んでいました」
「マンションやアパートには天井裏なんて……ずびー」
「犯人は杉です」
「ずびー、す、杉ですって?」
「毒物の検査結果が出ました。杉の花粉が突然変異を起こし、毒性を帯びるようになったのです。それが関東北部から南部に散布され……いたましい事件です」
「し、し、しかし……びぇーくしょい!」
「被害者に共通する特徴は、花粉症でないことだったのですよ、警部さん」
「ということは、被害者は……ずびー」
「警部さんやぼくのような花粉症の人は、外出するときもサングラスやマスクで花粉から身を守りますよね。室内に戻るとうがいを欠かさない。だから花粉を浴びた量が少なかった。だから助かった」
「なるほど……花粉症でない人は、花粉を避けなかったから……ずびー」
「いたましいことです」
「しかし……ずびー、金盞花さん、これからこの国は、どうなってしま……びぇーくしょい!」
「花粉症の人だけが生き残ってしまいましたね。まあ、二月から四月は春休みにして、外に出ないようにするんですな」
「ずびー」


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