草津酔い床

 草津にはそれまで行ったことがなかった。
 首都圏近郊の温泉地といえば、伊豆、熱海、箱根、塩原那須、鬼怒川、伊香保、草津あたりが有名か。そのうち行ったことがないのが、伊香保と草津。
 どっちに行こうかなあと考えて、草津に決めた。
 わが参考書こと田山花袋「温泉めぐり」に、「湯が烈しくって好い。道後や、有馬や、城の崎のようなあんな衰えた温泉ではない。また伊香保、塩原、箱根のような女性的の温泉ではない。飽くまで男性的である。熱湯が街の中を流れている」と、他温泉から営業妨害で訴えられそうな勢いで絶賛していたからだ。
 ついでに司馬遼太郎も探してみたが、「街道をゆく」では関東の温泉地は全スルーである。けっこう歴史がらみの遺構もあるんだけどな。
 わずかに千葉周作の物語「北斗の人」に草津が登場する。そこで「草津とは、臭土だった」と何の役にも立たない情報のみ仕入れて、出発。

 車を持たぬ当方としては、草津への交通はバスに頼るしかない。
 東京からの高速バスがあるが、これが往復でだいたい5千円。
 草津には送迎バス付き格安温泉宿「おおるり」の宿が3つある。ひとり客の料金は値上げされたが、さいたま新都心からの往復送迎と1泊2食であわせて1万円弱。やっぱこれっきゃない。
 というわけでおおるりを予約し、いつものスマホとデジカメ、お風呂セット(タオルと入浴眼鏡)、着替えをかなり古びたデイパックに詰めて出かけるのだ。

4月24日(日)
 朝8時ごろ家を出て、北与野から歩いてさいたま新都心の駅前に行く。
 そこからおおるりバスが出発したのが9時ちょうど。大型観光バスにほぼ満員だったが、ひとり客の私は2席1列を独占できた。
 しょぼしょぼ降る雨とともに出発。
 おおるりのバス輸送方式の常で、埼玉、千葉、神奈川、東京など各方面から出発したバスは、高速のサービスエリアで集結し、鬼怒川、伊香保、塩原、草津などまた各方面に出発するのだ。
 このバスは鬼怒川方面行きなので、11時ごろ着いた佐野サービスエリアで、草津行きのバスに乗り換える。そのころには雨もやんでいた。
 12時ちょい前、渋川の市街地を吾妻線ぞいにちょっと行ったところにある、おおるり経営の田吾作ドライブインに到着。ここで昼食兼乗り換えを行うとのこと。
 運転手がみんなに田吾作まんじゅうを配り、「草津へ行くとまんじゅうを配りまくる店があって、気の弱い人は買わなきゃいけないと思って買わされちゃうのね。だから先に配っとく。おいしいと思ったら帰りにここで買ってね。安いから」とのこと。ああ、なんだか有名な、あのまんじゅう屋のことか。
 草津行きのバスはほどなくやってきた。どうやら草津温泉とこのドライブインの間は随時ピストン輸送で、1時まで何回もやってくるらしい。私は昼食は草津で食うことにして、すぐ来たバスに先を争って乗り込む。おおるりの客層は仁義なき戦いだから、行列無視隙間割り込みくらいは当たり前だぞ。

送迎バス 田吾作ドライブイン

 田吾作からバスで1時間ほど、かなりな傾斜を登って草津温泉着。
 けっこうな高度があるらしい。耳が2回くらいキーンときた。ふもとでは桜はすでに散っていたが、道の途中では満開、そして草津温泉ではまだ咲いていなかった。温度も肌寒いほど。
 ニュー紅葉というホテルでマイクロバスに乗り換え、大型バスでは無理な細いぐねぐね道をアップダウンして、目的地の「ホテルニュー七星」に1時15分到着。
 ニュー七星はおおるりにしては、こじんまりした宿らしい。6階建て50室くらいか。客室は畳の部屋に木製ベッドという妙な組み合わせ。このほうが清掃が簡単なのかな。
 ホテルの自販機で買ったチューハイを飲んでから、すぐ草津温泉にくりだす。

ホテルニュー七星 客室

 草津は起伏の激しい街だ。宿から出て坂を上り、土産物屋が並ぶ通りをこんどは降りて、ようやく草津の中心地、湯畑に到着する。湯畑から西の河原入り口までの、いわば中心街はほぼ平坦だが、そこからちょっとでも外れると坂道になる。足の弱い人は、値段が高くても中心街の宿に泊まるしかあるまい。
 中心街といっても、湯畑と西の河原を結ぶ西の河原通りと湯滝通り、どっちもぐねぐねと細い路地裏風の道路。マイクロバスが通るのがやっと。路地裏愛好家にはたまらないかもしれない。
 さて昼飯を、と思ったが、蕎麦で名高い三国屋と柏香亭は10人くらいの行列。ビールがうまいと評判の中華料理屋、龍燕は準備中。困って西の河原通りをうろうろしていると、アユやヤマメを焼く香ばしい煙につられて、「山マタギと海番屋」という店に入る。
 イワナ塩焼きと蕎麦の定食1,300円、地酒一合500円。イワナは小ぶりだが焼きたてでうまい。そばは手打ちの硬め。ふだんなら手をつけない柴漬けがうまい。酸味と塩味のバランスがよろしい。飯にのせて完食してしまった。

西の河原通り イワナ定食

 山マタギと海番屋のすぐ隣に評判の温泉まんじゅうの店があるが、評判ほどしつこくはなく、断ったら追いかけてくるようなことはない。まあ、新宿駅前のティッシュ配り程度か。
 遅い昼飯と酒を飲んだらもう4時近い。今回は西の河原はあきらめ、湯畑に戻る。
 湯畑では源泉を樋に流して湯温を下げるのと湯の花を採取するのを行っているらしい。ほとばしるような勢いってほどではなく、ちょろちょろと湯が流れている。まあ滝になってるところの勢いはさすがにあるし、さっきまでの雨の湿気もあってもうもうと湯煙がたちこめ、硫黄臭はあたり一面にあるけど。
 そういや湯の花なんだが、これが入手難らしい。土産物屋で売ってるのは福島県採集だったり、ひどいのは石油精製で出た硫黄化合物に炭酸カルシウムを混ぜた物もあるとか。ポン菓子みたいなビニール袋に入った湯の花を売ってる店が2、3あったが、ほとんどの店はバスクリンみたいな草津風入浴剤だったなあ。
 湯畑の周りは小公園みたいになっており、ベンチに座ってくつろぐのもよし、周囲の土産物屋をうろつくのもよし、足湯にひたるのもよし。
 ここに最近になってセブンイレブンが開店したそうだが、草津の雰囲気をこわさないように、いつものカラフルな看板をモノクロにして目立たないようにしている。だけど、隣の焼き肉屋の看板は真っ赤で思いっきり目立ってるんだけどな。

湯畑 湯畑周辺

 ホテルに戻って5時半から夕食。
 ホテルニュー七星の夕食はハーフバイキングで、天ぷら刺身茶碗蒸し鍋はあらかじめセッティングしてあり、そのほかのご飯やおかずを取ってくる方式。
 バイキングはご飯、味噌汁、菜めしの他には、ミートボール、フィッシュフライ、チキン煮込み、豆腐煮、サラダくらい。嗚呼、わが格安宿のビールの友、枝豆と春巻がないではないか。
 やむなく天ぷらと鍋をつまみにビールを飲む。まあ、マイタケの天ぷらは冷めてはいたがつまみにはなるし、豚肉と野菜のおっきりこみ鍋は味噌味でビールに合う。まぐろの刺身はショボかったけど。

 夕食後、ホテルの浴場で草津初入浴。
 ホテルの従業員も宿泊客も、「うちは施設も食事もショボいけど、温泉だけはいいんですよ」と誇らしげに語る、その温泉とはいかなるものか。
 男性用の大浴場は、くの字型になった小さめの浴場と、6人くらいの洗い場があるだけ。露天風呂もない。どうやら見た目よりも実質を誇る浴場であるらしい。
 くの字の片側の真ん中から湯が出ており、そっち側の湯温は熱め、もう片側はややぬるめになっている。熱めとはいっても我慢できないほど熱くはない。どうやら源泉かけ流しのため天候の影響を受けやすく、今日は雨が降ったため湯温が下がったらしい。
 流れてくる湯に指をつけ、ちょっと舐めてみたが、塩っぱ酸っぱい味がする。色はほぼ透明で、ちょっと白濁気味かな、という程度。湯につかってみると、柔らかく皮膚を刺激する感じで、このへんが好評なところらしい。
 草津の湯は源泉によって、湯畑、白旗、万代、地蔵、煮川などがあるが、地蔵の湯を引いている宿はここしかないらしい。

ハーフバイキング

 7時ごろまたホテルを出て、そのへんをぶらぶらする。
 湯畑と逆の方向に坂道をくだると、公共施設の地蔵の湯があった。無料の公共浴場と、むろん無料の足湯がある。地蔵はホテルで入浴しているので、足湯だけひたってみた。湯温はホテルの浴場と同じくらい。
 下った先には大滝の湯という大型施設がある。ここは有料。檜造りの立派な浴槽があり、温度の違う合わせ湯から大浴場から露天風呂から、マッサージ、休憩所、カフェ、食堂まで備えてあるそうだが、今回は遠慮した。
 大滝の湯へ行く道の手前で折れると、千代の湯という公共浴場があった。入ってみると4人分くらいの脱衣場と4人くらい入れそうな浴槽だけというシンプルな造り。貴重品は脱衣場にぶらさがった袋に入れて浴槽の脇にひっかけ、自分で見張りなさいということらしい。まあ、地元の人は身ひとつで来るから、貴重品なんてもってこないだろう。
 湯畑から引いた湯はかなり熱く、あとで来た子供が「入れないよう」と騒いでいたほどだった。
 そこから湯畑まで戻り、湯滝通りをちょっと行ったところに、関の湯という公共浴場があった。こちらはさらに小規模で、2人分くらいの脱衣場と三角コーナーのような2人分の浴槽のみ。こちらはホテルの浴場と同じくらいの湯温。
 公共浴場は洗い場はないので、温泉でちょっと硫黄臭くなったまま服を着てうろつく。

地蔵の湯 千代の湯

関の湯 関の湯浴槽

 また湯畑に戻り、千代の湯に近いところに、源氏という居酒屋がある。日曜日の晩だから空いてるかと思ったら満席で、10分ほど待たされた。ここは人気店で、平日でも予約をしたほうがいいとのこと。
 ようやく入れてもらったカウンター席で、煮込みと馬刺しを注文。煮込みはあっさりした味付けで、煮込み時間も浅め。ほぼモツのみで、ちょっと大根が混じる程度だが、下準備が入念なのだろう、臭みはまったくない。
 馬刺しは霜降りと赤身があり、霜降りを注文したのだが、赤身に脂身がサシているというより、脂身の中にちょっと赤身が入っているという按配で、赤身三分脂身七分くらいの配合だった。これなら赤身でもよかったかもしれない。
 酒は群馬の地酒という貴娘と、群馬泉を飲む。どちらもさっぱりしたやや辛口で飲みやすい。
 酒二合と煮込み馬刺しで、お勘定は3,750円だった。まあ霜降り馬刺しがハーフで1,600円だったからなあ。ちょいと高いが味に文句はない店。

 9時過ぎにホテルに戻り、温泉卵をつまみにビールを飲んで、おとなしく寝る。

4月25日(月)
 6時過ぎに目覚めたので風呂に入り、7時半から朝食。ご飯に納豆に味噌汁。
 8時にチェックアウト。送迎バスの9時半までまだ間があるので、ちょっと外をうろつく。
 坂を登ったところにある清月堂という店で、花いんげんの甘納豆と花いんげん饅頭を購入。湯畑はあいかわらずもうもうと湯煙をふきあげている。
 湯滝通りの途中に白根神社がある。参道の階段をのぼっていくと、咲きかけの桜や咲きかけのシャクナゲがちらほら見える。どちらも満開はゴールデンウィークになりそうだ。

桜 シャクナゲ

 ホテルに戻り、9時40分ごろマイクロバスが出発。ホテルおおるりへ。そこからすぐに田吾作行きのバスが出るとのこと。鬼怒川のように昼ごろまで大衆演劇の時間はないらしい。鬼怒川より遠いから、時間をつぶす余裕はないのか。残念ながら西の河原をうろつく暇がなかった。
 10時すぎに大型バスは出発し、11時半ごろ田吾作に到着。
 帰りのバスは12時半ごろ出発だということ。それまで向かいにある道の駅の売店へ。
 野菜や山菜が安い。思わず買い込んでしまった。こごみが40本くらい入って150円、たらの芽は8株で350円、行者ニンニクは20本ほどで300円、せりは30本ほどで100円、つみ菜は袋いっぱいで80円。家に帰ってから、おひたしやら天ぷらやら醤油漬けやらでおいしくいただきました。
 バスは12時半に出発し、3時ごろ羽生SAで休憩。あいかわらずの鬼平っぷりだったぜ。4時半にはさいたま新都心に到着し、帰宅ラッシュの前に家に戻れた。

5月24日(火)
 前回行きそびれた西の河原を重点的に攻めるつもりで、西側のおおるりホテル、「ホテルニュー紅葉」を予約した。ちなみに七星もそうだけど、伊東園やおおるりのホテル名についた「ニュー」って文字は、つけたのが20年前だったりするからアテにはならないぞ!
 前回はアメニティにも浴場にもカミソリがなくて困ったので、デイパックにちゃんと安全剃刀も入れて出発。ついでに新兵器、スマホ充電用の予備バッテリーを購入して追加。
 いつものように9時出発のバスを目指して北与野からさいたま新都心へ向かう。しかしこのけやきひろば、おおるりの待ち合わせやビール祭りなどで、最近やたらに滞在している気がする。ビールおいしゅうございました。

 9時出発の鬼怒川行きバスは団体客もあってほぼ満席。相席になってしまった。ところが佐野SAで乗り換えた草津行きバスは15人ほどのガラガラ。しかも途中で真田丸ツアーの客が乗り換え、残りは5人ほどになってしまった。やはりゴールデンウィーク過ぎたし暖かくなってきたし、温泉はシーズンオフかなあ。
 それにしても佐野SAでいつも気になっているのが、「このような行為はつつしんでください」という看板。「キャンプ、バーベキューなど」や「花火など」がイカンのはよくわかるんだが、筆頭にある「オフ会など」というのがわからん。私の経験では、オフ会というのは、うだつのあがらん中年男が何人か酒場で集まってボソボソと小声でうだつのあがらん会話を交わすものだと思っていたのだが。ううみゅ、酒がいかんのかなあ。
 いつものように11時40分、渋川の先の田吾作ドライブインで降車。ビールを買い込んで待ち、12時20分に草津温泉行きのバスが出発。目的地のホテルニュー紅葉に到着したのは1時40分だった。
 ホテルニュー紅葉は住宅地のような中にぽつんとあるホテル。まわりに店やホテルがあんまり見当たらない。このへんは丘の上にあるらしく、ホテルの向こうは林が続いている。
 客室はいつものようなおおるり仕様の畳床に木のベッドという構造。バルコニーから西の河原を見下ろせる。

ホテルニュー紅葉 客室

 さて昼飯を食おう。
 ニュー紅葉の近くにはほとんど飲食店がないが、「紀利」という店があるはずなのだ。
 ホテルを出るとすぐのところに「創作精進懐石料理 紀利」の看板が見え、それに向かっていくと住宅にしか見えない家の門前にメニューが提示してある。
 おそるおそる家に入っていくと、「いらっしゃい」と陽気な声で迎えてくれた。
 あんないされた居間のようなところにテーブルが6つくらい並ぶ。先客は一組。
 懐石料理店をやっていた主人が引退して、自宅を改造して出した店らしい。姿を見せない主人と、陽気で話し好きなおかみさんの二人でやっているそうだ。
 そば懐石と地酒を注文する。ここのメニューはそば懐石(1,400円)のみ。これに山芋を追加したり天ぷらがついたりする。天ぷら付きだと2,200円になるが、とても一人で食える量ではないと言われ断念した。地酒はここおすすめの水芭蕉という銘柄。
 やがてそば懐石が登場する。いや、確かにこれだけでボリュームは十分だよ。
 皿そば、前菜の小鉢、むきそば椀、そば湯、デザートの5皿だが、品目が尋常ではない。さらにそれぞれの料理の手のこみかたが常軌を逸している。
 前菜の小鉢には、ピーナツを本葛でまとめた豆腐、本わさび、椎茸煮、ズッキーニのさっと煮、ゴボウをくりぬいてカッテージチーズのようなものを詰めたもの、てんぐさを酢醤油のだし汁で固めた味付きところてん。むきそば椀には、むきそばと山芋の千切りの上にゆずを散らし、薄味のだし汁をかけている。そば湯も蕎麦をゆでたものではなく、昆布だしにそば粉を加えてわざわざ作ったもの。そしてそばの上には、紅葉の天ぷら、つくし煮付、かんぴょう煮、うにの寒天寄せ、にんじん煮、つる菜をさっと煮て結んだもの、えのきだけ煮、まいたけ煮、大根の辛煮、ふき煮付、ひりょうず、卵ふわふわ、チーズはんぺん、干し豆腐、ゆば、卵焼きが載っている。しかも煮物が、それぞれ味付けが違うのだ。つまり全部別々に作っている。デザートは花豆の裏ごし餡に卵プリンの二重構造、上に生クリーム。
 なんでも天ぷらも、エビとかイカとかを単純に揚げたものではなく(そういやここ精進だった)、アボカドをどうこうして揚げるとか、アロエをむいてあく抜きしてどうこうして揚げるとか、バナナをつぶして裏ごししてなんとかして揚げるとか、杏仁豆腐をどうにかして揚げるとか、手のかかるものばかりらしい。好きじゃないとやってられんな、こういうすばらしい労力。
 次回はなんとかして4人ほど集め、天ぷらにチャレンジしようと決意して店を出る。

紀利 皿そば懐石

 ホテルの裏手、ボイラー室のわきから西の河原に出る近道があると聞き、そちらに向かう。
 裏道を通り山道をすこし降りると、すぐ西の河原の中心地に到着した。
 緑色の河床から白い湯気を立てる熱湯が流れ、それに沿って散策路がある。足湯もあり、数人が温泉に足をひたしていた。
 あまり標識がないので、適当にうろつく。ちょうどツツジの花盛り。
 ぐるっと回って戻ってくると、中心地近くに露天風呂がある。どうでもいいけどこの風呂、男湯は散策路から丸見えで、おっちゃんの尻とか見えんねんけどな。
 600円の入湯料金を払い、私も尻見せの連中に参加する。
 子供用プールくらいの広さがあるだだっぴろい風呂に、いちめんの青葉とツツジ、これだけでも入った価値はある。風呂の奥から掛け流しの湯が流れているので、入り口近くはぬるめ、奥は熱めの温度になっている。
 万代鉱の源泉から引いた湯は、少し刺激的で、顔を洗うとひげそりあとがピリピリするほど。さきほどの紀利のおかみさんは、「このへんの湯はダメ。熱くてヒリヒリする。やっぱり草津なら地蔵の湯がいちばんよ。地蔵サイコー!」と力説していたが、たしかに違う。地蔵がコントロール抜群のベテラン投手とするなら、万代は球速160キロを誇る高卒ルーキーといったところか。あるいは地蔵が優しく包み込む年増女とすれば、万代は十かそこそこの……いややめておこう。

西の河原公園 散策路から露天風呂

 山道を登るのはいやだったので、西の河原の湯畑側入り口まで戻り、そこからホテルに行こうとしたのだが、これが大失敗だった。
 草津は地図で見ると平坦にしか見えないが、実際には急勾配の高度差があちこちにある。ほぼ平坦なのは湯畑と西の河原をつなぐ2本の道だけで、あとは急な坂道ばかりだ。
 西の河原入り口からホテルニュー紅葉までは、地図だと500メートル弱の平板な道路にすぎないが、実際には1キロ弱の急な上り坂の連続である。へとへとに疲れ、汗だくになってホテルにようよう戻り、もうこの道は歩かない、もうホテルから出たくないと思った。
 ホテルの風呂で汗を流したが、七星より規模がでかい分、風呂もでかい。露天風呂もある。むろん大きさでは西の河原には勝てないけど。
 こちらの湯も西の河原と同じ万代鉱で、やはりちょっとピリピリする。皮膚の弱い人にはちょっとつらいかも。

 5時半から夕食バイキング。こちらはフルバイキングだが、やはり席は部屋番号ですでに決まっていた。
 ロールキャベツ、魚フライ、刺身こんにゃく、ミートボール、茹で豚、グラタン、チキン煮込みなど、いつものような面子が揃う。主食はお粥とご飯とパン。味噌汁はなめこ汁。カレーはなかった。
 春巻きはなかったが枝豆はあったので、ビールのお供に枝豆を確保した。でもビールは2杯でやめといた。さきほどの蕎麦懐石でまだ腹がくちい。

夕食バイキング

 さてまだ夜も長いが、あの坂道を登るのはいやだなあ、と思っていたら、同じ思いの人が多かったらしく、このホテルとほてるおおるりの間を往復する夜間送迎バスがあるという。8時と9時に紅葉を出て、8時と9時の15分におおるりを出るとか。行きは下り坂だから、ゆるゆると歩こう。
 西の河原と反対方向に歩き、草津の大通りに出る。そこから西に5分ほど歩いたスーパーに、真実草津産の湯の花が置いてあるという情報を仕入れたので行ってみたが、なかった。やむなく水だけ買って出る。
 逆方向に繁華街に向かって歩き、土産物屋など湯の花売ってるという店を2軒ほどあたってみたが、どこにもない。奈良屋という旅館で独自に湯の花を採取して売っているとも聞いたので、売店で聞いてみると
「湯の花はもうありません。夏と冬、年2回だけ採取して、すぐ売り切れるので、お盆の頃ならもしかしたら……」
 とのこと。なるほど入手困難なわけだ。

 湯畑をうろうろして、こんなに湯の花あるのになあ、勝手に取っちゃいかんのかなあ、などと思いつつ、湯畑近くの店「水穂」に入る。ここは昼間はうどん屋、夜は居酒屋となる。カウンターはほぼ満席の盛況。湯畑もこの店も、前回より浴衣客が多いなあ。
 「群馬特産、ギンヒカリの刺身」に心が動いたが、煮込みと馬刺しを注文。ギンヒカリとは品種改良し大型化したニジマスで、サーモンよりさっぱりした味わいだという。
 煮込みはあっさりした味付けで、ダシが効いててうまい。前回行った「源氏」の煮込みは牛モツほぼオンリーのシンプルなものだったが、こちらは大根、ゴボウ、卵などいろいろ入っている。馬刺しは赤身だが、やっぱもう年だからこのくらいがいいよね。ニンニクとショウガをつけてカイワレを巻いていただく。

水穂 夜の湯畑

 水穂を出て、前に行ったホテルニュー七星を通り抜け、共同浴場「地蔵の湯」に入る。たしかにホカホカする感じで、紀利のおかみが絶賛するだけのことはあるわ。
 ぐるっと回って湯畑から西の河原への通りの途中、坂道をちょっと登ったところにホテルおおるりがある。バスを待つついでに、おおるりのよしみで入浴させてもらった。こちらは岩風呂仕立て。湯畑、万代、西の河原から湯を引いているらしいが、私にはどれがどれかわからなかった。あんまりピリピリしないあっさり系だったんで、私が入ったのは湯畑の湯かなあ。
 9時15分に、従業員と一緒にバンに乗せてもらい、ニュー紅葉に戻る。
 ホテルの湯にもういちど入り、ビールを飲んでから寝る。山が近いせいか電波状況が悪く、テレビがしょっちゅう切れる。

5月25日(水)
 6時ごろ目覚め、ひと風呂入る。老人が多いせいかみんな朝が早く、先客が6人ほどいた。
 7時半から朝食。夕食と同じテーブルで、ご飯と味噌汁、納豆と梅干しといういつもの朝食。
 9時にチェックアウト。バスが来るのは10時半とのこと。また山道を降りて西の河原を歩く。朝の方が空気が涼しくて澄んでいるような気がする。テンなのかイタチなのかタイワンリスなのか、茶色い動物がさっと林を駆け抜けたのを一瞬だけ見た。

西の河原 源泉近く

 10時半に送迎バス出発。ニュー紅葉はおおるり草津三兄弟のなかでバスが最初に到着し最後に出発するホテルなので、ここからは田吾作まで直行。
 12時ちょっと前に田吾作ドライブインに到着。連絡バスは12時45分出発なので、ちょっと飯を食ってみるか。考えてみれば格安温泉宿の旅で、昼飯をちゃんと食うのははじめてだ。
 田吾作の向かいにある「道の駅おのこ」でざるそばでも食うか、と最初は思ったが、「ざるそば 500円 天ざる 600円」と、たった100円の差だったので天ざるを注文。そばは割とうまかったし、天ぷらもみつば、舞茸、野菜かき揚げとちゃんとできてたよ。
 残念ながら隣接の直売場では、山菜はもうなかった。でも安いので、ネギ、ナメコ、オカヒジキなど購入。
 12時45分に田吾作を出発し、2時20分に羽生インターでさいたま方面バスに乗り換え。今回は休憩時間が10分しかなかったので、鬼平の店をのぞく余裕はなかった。
 3時半にさいたま新都心に到着し、草津の湯はどっとはらい。


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