Mr.Booおぼえがき

 ミスター・ブーと聞くと、私の年代なら嬉しくなってしまう。
 ブルース・リーで香港映画の存在が全世界に認められたあと、「香港映画はカンフーだけじゃない、コメディもあるぞ」と飛び出してきたのがホイ3兄弟。やや遅れてジャッキー・チェンが登場し、アクションとコメディを融合させ、さらに後年、チャウ・シンチーがホイ3兄弟のパロディ要素、コメディ要素を受け継ぐ、という流れでいいのかな。

 ホイ3兄弟として有名だが、実際には6兄弟。長男マイケルと三男リッキーと四男サミュエルの他に、次男のスタンリーが映画制作やマネージャーとしてホイ映画のクレジットに登場し、ときどきチョイ役で登場している。あと末っ子の長女ジュディ。こちらはカタギ。マイケルより先に生まれた長男がいたが早世したらしい。
 両親が広東から香港に移住したのは1949年だから、おそらく中国共産党政権樹立で、本土にはいられなくなったのだろう。それから兄弟はまさに映画の中に登場するような、香港のごみごみした裏町の狭苦しいアパートで、ひしめきあって育ったという。この政治に翻弄され、裏町で送る猥雑な生活、これがホイ兄弟、特にマイケル・ホイの映画作りとサミュエル・ホイの主題歌に多大な影響を与えたことは間違いない。

 最初に芸能界デビューしたのはリッキー。ショウ・ブラザーズというカンフーアクションのプロダクションに入り、アクション映画のちょい役で出ていた。
 次にデビューしたのはサミュエル。蓮花楽隊というバンドのボーカルとしてデビューし、やがて教師をしていた兄のマイケルを芸能界に誘う。そして「雙星報喜」(日本語名はホイブラザーズ・ショウ)で共演。マイケルの漫談とサミュエルの歌、そして2人のコントで人気番組となる。
 マイケルは1972年、リッキーとともに「大軍閥」で映画デビュー。そして「雙星報喜」のコントを映画化した「ギャンブル大将」でサミュエルと共演。スタンリーがマネージャーになったのもこの頃と思われる。

 長男のマイケルはギャグマンであり弁舌の達人であり、出演映画の多くの原案や脚本や監督や総指揮を担当している。兄弟が映画から離れたあとも、映画界に残って監督やプロデューサーとして活躍。
 三男のリッキーは自称「永遠の脇役」だが、その負け犬的個性が評価され、兄弟の映画以外にも数多くの映画に出演している。兄弟映画の中ではサミュエルがカンフーの達人を演じているが、実はカンフーが得意なのはリッキー。歌手としても知られており、サミュエルのコンサートによくゲストとして登場していたとのこと。
 四男のサミュエルは俳優としても兄弟映画の他に「悪漢探偵」シリーズなどで主役を張っているが、歌手としてもスーパースターで大ヒットを数多く飛ばしている。兄弟映画では主演の他に音楽を担当。あの脳天気かつカラ元気な主題歌を数多く作っている。兄弟の映画はマイケルのギャグと、サミュエルの主題歌に負うところが多い。

 彼らの、見たことのある映画だけをここに書きとめておく。

Mr.Boo! ギャンブル大将(1974)

 Mr.Booシリーズの皮切りだが、日本では第3作「ミスター・ブー!」に続く2作目の公開。
 とはいってもシリーズ呼ばわりしているのは日本だけで、香港では単発映画群の扱い。タイトルも「鬼馬双星」というもの。「こすっからい二人」くらいの意味か。
 賭場でのイカサマがバレて刑務所に放り込まれたサミュエルは、ムショの先輩マイケルと意気投合、出所してからコンビを組んでクイズ番組や麻雀のイカサマで儲ける。しかし乾坤一擲の勝負に挑んだドッグ・レース(香港では競馬以上に人気のあるギャンブル)で、ノミ屋のギャングにイカサマがばれ……。
 大きなギャグはあまり登場しないが、最後のオチに至るまで堅実なストーリー運びの佳作。
 サミュエルがマイケルに「ムショに入る前は工場で瓶を洗っていた」と語る設定は、のちに「ミスター・ブー」で活かされることになる。
 マイケルがサミュエルの代打として登場するクイズ番組、日本のアップダウンクイズ(今の若い人知らないって)と同じ形式で、間違えると下に水槽があってワニが食いつくというギャグなんだが、小林信彦が「唐獅子株式会社」で同じのを書いていたなあ。たぶん氏も映画を見てたんだと思う。
 前に書いた通り、マイケルとサミュエルのテレビバラエティの映画化なので、リッキーは香港封切りでは出てこない。ところが第3作の「ミスター・ブー!」が日本で大ヒットしたため、日本からの要望でぜひともリッキーも登場させろということになり、海辺でのトランプ賭博の場面にリッキーを登場させるシーンを挿入したとのこと。代わりに消されたのは「燃えよデブゴン」のサモ・ハン・キンポーとサミュエルのカンフー格闘。サミュエルはキンポーに、最初はタイ仕込みのムエタイ、次は宮本武蔵もどきの剣豪、最後はブルース・リーのカンフーで対抗するが、あえなくのされる。

Mr.Boo! 天才とおバカ(1975)

 シリーズ第2作だが日本では未公開。その理由は作品の質でなく舞台。さすがに当時の日本でも、精神病院を舞台に精神病患者をギャグにした映画は公開不能だったか。面白いんだけどね。原題は「天才與白痴」。このタイトルもヤバいなあ。
 大規模な精神病院に勤務する、ケチで怠け者の雑役夫マイケルと、女たらしの看護師サミュエル(チョビ髭を生やして登場)。あるとき入院してきた、ズダ袋をかかえて「姫」と聞くとにやけ、「婚約者」と聞くと凶暴化するヒゲもじゃ巨漢。この男のズダ袋から、完全なら数十万ドル(香港ドル?)の価値はあるという明の官窯陶磁器の破片があったことから、ふたりは巨漢が骨董品をどこかに隠していると推測し、共同して探し回り……。
 唐突に市場シーンが始まったり、これも唐突にダンスシーンが始まって登場人物全員が踊ったりと、展開がちょっと寄せ集めっぽい印象があるが、ストーリー自体はしっかりしている。
 精神病患者の病状診断ギャグ、競馬中継を聞きながら手術するギャグ、死体から金歯を抜き取るギャグ、精神病患者を騙したつもりが逆に騙されるギャグ、死体の頭に電極を接続して生前の思考を蘇らせるギャグなど、ブラックなギャグが続出する。マイケルの億万長者夢想が、最後にまったく逆になって再現されるギャグもいい。最後のオチは画竜点睛。
 これもマイケルとサミュエルが出ずっぱりで、リッキーはリゾートホテルでローラースケートをはいた店員としてちょっと登場するのみ。この映画は日本未公開だから、急遽挿入したわけじゃないよな。

Mr.Boo! ミスター・ブー(1976)

 Mr.Boo!シリーズの第三作だが、日本ではこれが最初に公開され、ブームを巻き起こした。原題は「半斤八両」。「五十歩百歩」くらいの意味らしい。「悪を倒すには、こっちもワルになるしかねえーっ!」(テリーマン談)というニュアンスかなあ。
 マイケル、リッキー、サミュエルの三兄弟で主役を張った最初の作品でもある。のちに引き継がれるホイ兄弟っぽい大がかりなギャグもこの映画でだいたい揃った感があるし、シリーズの実質的原点と呼べるかもしれない。
 リッキーは悪漢との格闘で首を痛めたという設定で、首にギプスをしている。
 うさんくさい探偵社の社長(マイケル)と虐げられている職員(リッキー)のもとに求職に来た、カンフー狂の青年(サミュエル)。この3人がホテルの盗難事件、武術道場主の尾行、スーパーの万引き事件、警察署長の浮気調査などを解決したりしなかったりするうち、映画館での強盗事件に巻き込まれ……。
 サミュエルとマイケルが人気絶頂のブルース・リーのカンフーアクションのパロディを披露するほか、ジョーズや刑事コロンボなど人気映画のパロディギャグが続出する。現代映画のパロディだけでなく、泡風呂からサミュエルが出現するギャグはマルクス兄弟の「吾輩はカモである」、高層ビルからの脱出ギャグはハロルド・ロイドの「用心無用」を思わせる。高層ビルのギャグはよほど好きらしく、これ以降の映画にもしばしば登場する。
 この映画からアクションのギャグ、大きなギャグが小味なギャグより増えてくる。前出のカンフーギャグ、高層ビルギャグの他に、運転免許を持ってないサミュエルがカーチェイスで自分の車を次々とぶっこわしていくところとか(その後、マイケルがサミュエルに払わせる賠償額を電卓で計算していて電卓が火を噴くギャグもいい)。
 封切り時も今も、ケチで無能なマイケルに、アンジー・チュウ演じる美人秘書が、なんであれだけ献身的に仕えているのかは謎。
 日本版ではマイケルの声を広川太一郎、サミュエルをビートたけし、リッキーをビートきよしが当てたことでも評判になった。二枚目半のサミュエルと三枚目半でこもった声のたけしはミスマッチに思えるが、意外と違和感がなく面白い。

Mr.Boo! インベーダー作戦(1978)

 原題は「賣身契」。まさにそのもののタイトルで、8年契約して出番はたったの1回(まあ当然なんだが)、しかも他社への移籍禁止という、終身奴隷にも等しい契約を強欲なテレビ局(ネズミ局)と結んでしまったマイケルが、エジソンに憧れる難聴で発明狂の弟リッキーと一緒に契約書を盗み出そうとするが、失敗し逃げ込んだ先が、強欲なインド人の弟子でこき使われているマジシャンのサミュエルの舞台。そこでサミュエルともども、金庫に閉じ込められたリッキーを救出しようとするが、テレビ局での追っかけっこになり、放送中の番組はムチャクチャに……。
 登場する芸能プロダクションが、ブルース・リーの遺作「死亡遊戯」と「ゴッドファーザー」のパロディみたいになっている。プロダクションなのに、なぜかプロデューサーの側近に眼帯のナイフ使いや片手カギのプロレスラーもどき巨漢がいるしねえ。
 強欲かつ冷酷なテレビ局のギャグ(日本なら吉本を舞台にするだろうな)、音楽番組やクイズ番組のギャグ、リッキーの発明ギャグ(接着剤と感じるテレビがいい)、そしてお得意の高層ビル脱出ギャグが数々登場する。ホイ映画では高層ビル脱出ギャグが繰り返し何回も登場するが、やっぱり面白いのは「ミスターブー」とこの映画かなあ。
 視聴率を落としたプロデューサーがビルの屋上からの飛び降りを強要され、役員たちが落下までの時間を賭けるギャグは、モンティパイソンの影響かなあ。
 悪漢とマイケルがもみあっているうち、セットの壁が倒れかかってきて、マイケルだけ壁の穴にひっかかってきて助かる、ってギャグは、「キートンの蒸気船」を思わせる。
 8年間もうだつが上がらなかったマイケルが他局(ネコ局)に呼ばれてクイズ番組の司会者をするのだが、そのクイズ番組の鬼畜さが凄い。大金や油田と引き替えに、回答者の形見や愛犬や亭主までも奪いとるというブラックなギャグ。
 うだつの上がらないタレントが司会者として成功するってストーリーは、マイケル自身の経験が基になっているんだろうなあ。
 サミュエルの演技がちょっと哀愁を帯びてくるのはこのころからか。インド人に手品用の鳩を食われるというギャグのあとの表情がいい。そこからの奇術バトルのギャグも楽しい。

キャノンボール(1981)

 これはマイケル・ホイ単独出演。
 アメリカと香港の共同制作のオールスターキャスト映画。ロジャー・ムーア、サミー・デイビスJr、ディーン・マーティン、バート・レイノルズなどのスターが自動車レースに挑むが、香港代表のジャッキー・チェンとマイケル・ホイはなぜか日本人という設定でスバル4WDでレースに挑戦する。
 ジャッキーは腕の立つレーサーだが喧嘩っ早いのが玉に瑕。マイケルはハイテクを駆使する天才プログラマーだが助平なのが玉に瑕。マイケルが開発した赤外線暗視装置、目的地自動追尾装置(このころまだカーナビは開発されていない)、ジェット噴射システムなど日本の誇る高度技術を駆使して優勝を目指すが、マイケルのシステムの不備やジャッキーが喧嘩を買って出ることで失敗が相次ぎ……。
 ジャッキーがカンフーを駆使してチンピラを叩きのめす横でマイケルが紛争から逃げながら大口を叩くのは面白いが、逆に言うとこの香港コンビの見せ場はここにしかないぞ。
 マイケル・ホイとジャッキー・チェンの共演はこれで終わり(キャノンボール2ではジャッキーのみ出演)かと思われたが、のち2006年に「プロジェクトBB」という映画で共演している。そちらは未見。

新Mr.Boo! アヒルの警備保障(1981)

 なぜここから「新」になったのかはよくわからない。公開にちょっと間が開いたからかねえ。
 警備保障会社が舞台。時代錯誤的な鬼隊長マイケルと、若くてスマートな副長サミュエルの前に、警備員に憧れるリッキーが登場するが、身長が足りずおまけに色弱と、試験で悪戦苦闘。なんとか隊にもぐりこむが、パラシュートで高空から落とされたり、ショットガンで指をふっとばされそうになったり、死体安置所で凍えたりと散々。豪華客船の警備中、食い物を求めて侵入してきた中国からの難民の娘とリッキーは恋仲になる。やがてホテルの特別展で金銀の鎧の警備を任される3人だったが、リッキーはその前のネコババをネタに強盗団に強請られ、恋人を人質に取られて警報システムの電源を切るよう強要され……。
 というわけでリッキーが実質主演となる作品。恋人が金持ちとホテルにしけこんだところを面詰するシーンはじつに哀愁がある。それに同情するサミュエルも哀愁。そんな中で元気いっぱい笑いを提供するマイケルが心強い。格闘で負傷し、両腕をギプスされたマイケルがなんとか飲み食いしようと悪戦苦闘するギャグが楽しい、しかしマイケル、両腕ギプスはこれで何回目だ?
 しかしリッキーは、首ギプスに難聴に色弱、しかも常にどもっていると、障害者設定が多いねえ。
 ホイ兄弟の父親が眼病の社長役で登場する。映画の中ではその社長の息子に、マイケルは降格処分食らうんだけどね。
 豪華客船の中でのふたり芝居のギャグは、ちょっとチャップリンの「黄金狂時代」を思わせる。

新Mr.Boo! 鉄板焼(1985)

 登場するのはマイケルのみ。
 鉄板焼きレストランの店長マイケルは、怒りっぽくなにかと銃を振り回す義父と異常に嫉妬深く強欲な悪妻に囲まれ、夢も希望もない日々。味方は弟だけだが、彼も警備員をすれば泥棒の手引きをし、トラック運転手をすればコカインを密輸し、ビデオ店を経営すれば無修正ポルノを密売するという経歴で(なんでシャバにいるんだ)ようやく父親のレストランに拾ってもらうというダメ人間なので家庭内の発言権ゼロ。ある日、店を訪れた美女、サリー・イップとねんごろになったマイケルは、家族のフィリピン旅行に彼女も同行させ、こっそり逢瀬を重ねるが、案の定バレてしまい……。
 とうとうマイケルも哀愁演技をするようになってしまった。まあ、鉄板焼きやテニスのギャグで面白いものもあるんだが、なんというか義父と悪妻の虐待が激しすぎて、ちょっと見るのが辛かった。特にマイケルの父である中風でヨボヨボの老人を虐待するところは……。
 フィリピンのスル島(セブ島がモデルか)で、タクシーのメーターがめまぐるしく回るのを義父が銃で制圧するギャグと、マイケルと愛人が、アンガールズ山根と松村邦洋みたいなノッポとデブの珍妙コンビ操縦するオンボロ飛行機で遊覧飛行するギャグはいい。翼がぽろっと落ちると「翼は短い方がスピードが出る」タイヤが落ちると「タイヤは1つで十分だ」エンジンが爆発すると「エンジンも1つで十分だ」というセリフが秀逸。ついに墜落し、アヒルの浮き輪をかぶった4人がホラ貝で助けを呼ぶところもいい。黒木香かあんたら。当然その後はサメに襲われ、「ジョーズ」のパロディとなるのだが、パイロット2人を襲ったサメがアヒルの浮き輪を引きずりながら襲ってくるのがうれしい。
 最後に義父とマイケルが格闘のあげくビルのネオンサインを砕きながら落下するのは、やはりブルース・リー「死亡遊戯」のパロディなのだろうなあ。

帰ってきたMr.Boo! ニッポン勇み足(1985)

 サモ・ハン・キンポーの制作・総指揮作品。
 マイケルが単独で、香港コメディー「ポムポム刑事」のジョン・シャム、リチャード・ウンと競演している。とはいってもウンの方は、これまでにも「ミスター・ブー」で浮気する警察署長の役で登場してるからねえ。
 さっと登場してあっという間に難事件を解決するマイケルは、家庭では浮気な美人妻に頭が上がらないうえ未練たらしいという弱点があった。相棒の、ちょっと抜けてる天才肌のシャム(モジャとかベートーベンとか呼ばれている。主にボケ役でマイケルに憧れている)と、ツッコミ役のウン(アゴとか靴べら呼ばれている。マイケルには批判的で冷笑的)が見ているところでは、亭主関白を演じようとして悪戦苦闘。その努力もむなしく、愛人と日本に逃げた妻を追いかける未練たらしいマイケルと、付き添いのシャムが日本珍道中を……。
 浮気してたウンとの2回目の共演が浮気されたマイケルになるのは、やっぱ前作のオマージュなのかな。
 閉じた金庫を中から開けようとするギャグは、「インベーダー作戦」の再現だなあ。「ライターがないか」「禁煙してる」「強盗が健康に気を遣うなよ」というセリフがいい。
 日本でのシーンは冬の湖スケート場とスキー場。やはり香港や台湾の人は、日本というと雪や氷が珍しいのだろうな。北海道に行く台湾人も多いと聞くし。
 マイケルが夫婦喧嘩を演出するひとり芝居ギャグが面白かった。ウンの家庭に招かれ、口では亭主関白を語っていながら、手は無意識のうちに料理を嫁にサーブしてしまうというギャグもよし。
 日本のスケート場で氷の下に落ちるギャグも記憶に残っているが、ギャグそのものより、日本語の「気をつけるのよ」「お姉ちゃん追っかけっこしよう」「あら、ダイビングスーツ着てる人がいる。どうしたのかしら」という棒読みセリフに笑った。
 最後はお得意の高層ビル脱出ギャグとなるが、悪役とはいえ人が死んでいるんで、ギャグとしては後味が悪い。

新Mr.Boo! 香港チョココップ(1986)

 久しぶりにマイケルとリッキーが共演。制作マイケル、監督フィリップ・チャン。
 ドジばかり踏んでいる刑事マイケルとその虐げられた部下リッキーは、窃盗犯逮捕の失敗、パトカー全壊の責任を取らされて失せ物捜査の仕事に格下げ。長官夫人の猫探しやメンヘラ女のレイプ妄想につきあわされてうんざりしているところ、署長の娘でミス香港候補のアニタ・ムイを部下に押しつけられてさらにむくれる。ドジな3人は、料理評論家の息子の失踪を捜査しているうち、大規模誘拐団のカーチェイスに巻き込まれたり、精神を病んだ男と船の中で決闘したり……。
 アニタ・ムイがミス香港候補で、やたらにコンテストネタのギャグを披露するのは、実際に歌謡コンテストで優勝して歌手デビューしたことの楽屋落ちなのだろうか。ついでにいうとアニタ・ムイ、なんで素は美人なのに、喋るとなんとなく久本雅美っぽくなってしまうのだろうか。
 冒頭で泥棒を追いかけてカーチェイスする街角の階段は、「インベーダー作戦」でマイケルがタイヤに入ってころげ落ちるのと同じロケーションかなあ。香港では有名なところなんだろうか。
 ギャグ色は薄いが、マイケルが小人女性に変装して尾行するギャグ、カーチェイスと車の中の格闘、船の中のドタバタは楽しい。そういや、「アヒルの警備保障」で色弱のリッキーが、「これは何色だ」と、ケチャップやマスタードの瓶を見せられ、こっそり飲んで四苦八苦するギャグを、アニタがマーブルチョコレートで真似していたなあ。あと、ラストのオチはあまりにばかばかしくて脱力した。

新Mr.Boo! お熱いのがお好き(1987)

 マイケルの監督作品。
 マイケル・ホイはこれまで数多くの映画のパロディはやってきたが、本格的なリメイクはこれが初。もちろん元ネタはビリー・ワイルダーの同名の映画。しかし私は元祖の方を見てないのでごめん。
 前作に続き、マイケルがリッキー、アニタ・ムイと共演する。とはいっても二人は、冒頭にマイケルの恋人とその間男としてちょっと登場するのみ。
 麻薬密輸ギャングの殺人現場を目撃してしまったマイケルは、どういうわけか警察にも殺人犯として追われ、女装してガールズバンドにもぐりこみ、東南アジアツアーの船に乗って難を逃れようとする。ところがギャングもその船に殺し屋を送り込んでいた。マイケルはバンドのボーカル、チェリー・チャンに恋をしてしまうが、チャンは女装したマイケルを同性だと信じて人生相談をもちかけたりするうち、ワニ王と名乗る大富豪(だけどマザコン。鈴木ヒロミツに似ている)に恋されて追い回され、堅物の女マネージャーには男であることがバレてしまい……。
 ギャングのボスは右手が義手の「鉄の手」と呼ばれる恐ろしい男で、その義手が007の悪役かターミネーターのごとく変形し暴れ回る。ボス登場シーンにはかならずゴッドファーザーのテーマが流れるのもいい。
 この映画でもパロディギャグは豊富で、前出の007ネタ、ターミネーターネタ、ゴッドファーザーネタ以外にも、協会でギャングと格闘するドラキュラネタ、エクソシストネタ、ワニの養殖池に落ちるジョーズネタ、インディジョーンズネタ、などなど。
 幽霊退治や間男退治など、マイケルのひとり芝居ギャグが活躍する。サウナでの殺し屋との対決で、ビデオのカンフー番組を見ながら切り抜けていくというギャグもいい。
 ただしかし、マイケルが純情な色男を演じるということ自体、無理があったのではないか。
 ホイ兄弟はよくマルクス兄弟と比較されることがあるが、マルクス兄弟でいえば「ルーム・サーヴィス」にあたる作品というべきか。グルーチョが「ルーム・サーヴィス」のあとで語った言葉。「われわれは失敗した。ギャグを演じることも、われわれのものではないキャラクターを演じることもできなかった」というのが、この映画にもあてはまるような気がする。

ホンコン・フライド・ムービー(1988)

 マイケルが独立してホイ・プロダクションを設立しての第一作。ホイチョイ・プロダクションではない。
 マイケルとリッキーの共演作品。サミュエルはちょびっとだけ、フライドチキン店の開店パーティで祝辞を読むスターの役で登場するのみ(でもそこできっちり感電してくれるのにはシビれた)。
 タイトルは「ケンタッキー・フライド・ムービー」のパロディだが、内容は関係ない。日本でも所ジョージの「下落合焼き鳥ムービー」ってのがあったねえ。もっとも原題は「鶏同鴨講」で、「ニワトリとカモは一緒になっても鳴き声が違うからわかりあえない、話が通じない」という意味の四字熟語らしい。
 マイケルの経営する鴨肉料理店は、狭くて汚くて店長がケチだが美味いと評判で客がよく来る人気店。ところがその向かいに、鶏肉の唐揚げで有名な全世界的チェーン店が大々的に開店してしまい、そっちに客を取られてしまう。マイケルの店員、リッキーはマイケルと喧嘩してライバルのフライドチキン店に就職してしまうが、日本式スパルタ店員教育に涙を流す日々。マイケルはフライドチキン店の謀略で保健所から営業停止にされてしまい、潰れる寸前の店を立てなおすべく、節を屈して大嫌いな義母の援助を仰ぎ……。
 しかしなんでアメリカのチェーン店なのに、店長が日の丸の鉢巻きして日本式スパルタ教育するんだろう。オーナーが店長を日本に派遣して学ばせたそうだが。
 最大のギャグは鴨の着ぐるみのマイケルと鶏の着ぐるみのリッキーのストリートファイトだが、それ以外にも、マイケルの部下が鴨のレシピを盗もうとするギャグ、マイケルや店員が保健所の所員からネズミを隠そうとダンスを踊るギャグ、マイケルと義母の珍妙なやりとりなどギャグが豊富。フライドチキン店のスパルタ教育シーンをひっくり返して、マイケルの店で同じようなスパルタ教育をやるギャグが楽しい。古参の店員が教育するのだが、それぞれの悪癖を「こんなことやったら即座にクビだ」といちいち念を押すんだもの。中でも怒りっぽい掃除婦が、店員教育でビンタを受けたとたん、激怒してホウキで相手を叩きのめすギャグが秀逸。

Mr.ココナッツ(1988)

 マイケルとリッキーの共演作品。
 大ヒット映画「クロコダイル・ダンディー」のパロディ。海南島のマイケルはターザンぽくもある。
 中国は海南島というド田舎の島からゴミゴミした香港にやってきたマイケルが、しっかり者の妹、うだつの上がらないサラリーマンの妹婿、スチュワーデスの義妹、嘘つきの長女、おしゃまな二女のいる香港のアパートで巻き起こすドタバタの数々。やることなすこと失敗ばかりのマイケルは、汚名挽回とばかりに参加したテレビのガマン大会に優勝し、みごとロンドン行きの航空券を手に入れたが、乗り間違えて飛行機は動乱中のコンゴに向かってしまう。いっぽう、マイケルが乗るはずだった飛行機は、イライラ戦争のあおりでイラクに撃墜されてしまい……。
 海南島がどのくらいド田舎かというと、この映画とほぼ同じ時期に、私がいた人類学教室の教授たちが「ここはあまり人の交流がなく、文明にも毒されていないから」と血液DNAの調査や身体測定や文化人類学調査に出かけたことで察していただきたい。
 他の映画では香港という大都会の拝金主義の権化のようなキャラを演じるマイケルが、今回だけは都会の拝金主義を批判するキャラになっているのがミソだろうか。
 リッキーは操作の複雑すぎるオーブンレンジや欠陥掃除機や生命保険を一家に売りつける、謎のバイタリティを持つセールスマンを演じる。なんだか以前よりもしっかりしてきたように思えるのは、気のせいだろうか。
 マイケルの妹婿であるレイモンド・ウォンが、靴屋で古靴と新品をすりかえられるギャグは、「警備保障」のオマージュかなあ。
 なぜか知らんが、ギャンブル大将のクイズ番組といい、ミスターブーのクイズ番組といい、このガマン大会といい、ホイ兄弟の映画に登場するテレビ番組は、どれもこれも鬼畜だ。あ、チョココップの料理番組はほんわりしてるか。でも料理評論家の号泣シーンをカットせず放映してるから、やっぱり鬼畜か。
 正直、前半のギャグはぱっとしない。田舎者が都会で失敗するってギャグは、現在じゃ笑いどころがないと思う。けれどコンゴでマイケルが抑留されるギャグはいい。黒人の将軍が英語で話してるのに、マイケルは広東語しか話せないってギャップが面白い。東洋人の通訳が連れてこられるが、それが日本人で、さらに話が通じなくなる。業を煮やした将軍は中国人を連れてくるが、それが上海人で、上海語と広東語がまるで通じない。最後に西洋人の牧師が連れてこられるので、いよいよ銃殺前の懺悔かとマイケルは怯えるが、その牧師が偶然広東語を話せる、という連鎖ギャグ。そのあとの、生命保険金を得るために生還したマイケルを隠すギャグも楽しい。特にリッキーが、マイケルの幽霊(と信じている)を見るたびに白髪が増えるところがいい。おなじみの高層ビル脱出ギャグもある。

フロント・ページ(1992)

 第3作「ミスター・ブー」のリメイク作品。原題も「新半斤八両」。ひさびさのマイケル、サミュエル、リッキー3兄弟そろい踏み。実際はスタンリー・ホイも登場して4兄弟なんだけど。
 探偵事務所から芸能雑誌社に舞台を変えての作品。ネタが古くさいため廃刊の危機にさらされている芸能ゴシップ誌「週刊内幕」の編集長マイケルと無能な部下リッキーのもとに、イカサマがバレて道場をクビになったカンフーの達人、サミュエルが求職に訪れる。なんとかスクープ記事をものにして誌を立てなおそうと、女性歌手のもとに出る幽霊のヤラセ写真を撮ろうとしたり、女優の整形疑惑を暴露しようと整形病院に潜入したりするが、どれも失敗。やがて、幽霊騒動でサミュエルと仲良くなった女性歌手と大金持ちのボンボンとの結婚披露パーティが行われるが、そこに強盗団が侵入して……。
 やっぱり昔の作品を元にしているんでギャグに爆発力があってよろしい。ニセ幽霊のリッキーが本物の幽霊を見て怯えるギャグはベタだが面白い。整形病院でマイケルが時間稼ぎのため、有名俳優や巨頭政治家のパーツを寄せ集めてシミュレーションするギャグも楽しい。しかし昭和天皇のヒゲをつけたときは「あ、そう」と言ってくれると思ったんだがなあ。

新Mr.Boo! 花嫁の父(2004)

 マイケルの単独出演。
 かつて一世を風靡したが、今はスランプで書けなくなってしまった武侠小説家のマイケルが、娘のミリアム・ヨンに近づく色男のラウ・チンワン(娘が勤務する会社の若社長)を陥れようとさまざまな作戦を立てるが、どれも失敗。やがて、広大な武侠テーマパークで開催された武侠小説大会に招待されたマイケルは、娘と色を連れてテーマパークに赴くが、そこに色男も押しかけ……。
 コメディというよりはメロドラマっぽい作品。ところどころ、武侠小説妄想狂のあぶない読者に迫られるギャグとか、小説の登場人物がマイケルの前に現れて「もうこんなくだらん小説に出さないでくれよ」と苦情を言うギャグとか、笑えるところはあったんだけどねえ。
 ヨンと結婚するラウ・チンワンは、球界流れ者のノリさんそっくりの風貌で、若社長はともかく、色男という設定に無理があると思う。

新世紀Mr.Boo! ホイさま カミさま ホトケさま(2004)

 全体としては「ハリー・ポッター」シリーズのパロディだが、ホイ3兄弟の役どころを若手俳優(それほど若くないか)を演じ、旧作のギャグやシチュエーションが随所に出てくるという、ホイ3兄弟へのオマージュでもある。
 ホイ兄弟のこれまでの映画のいろいろな場面やギャグがとりあげられているが、主なのは最初の3作。
 原題は「鬼馬狂想曲」だから、第1作「ギャンブル大将」(原題「鬼馬双星」)のもじり。マイケルの役を演じるラウ・チンワンの扮装も、「ギャンブル大将」のものである。
 映画の主題歌とダンスシーンで流れる曲は、第2作「天才とおバカ」の主題歌と挿入歌。
 そしてインチキっぽい探偵事務所という設定は、第3作「ミスター・ブー」のもの。
 「花嫁の父」で色男の若社長を演じたラウ・チンワンがマイケル(役名もマイケル)、モデル出身の二枚目アクションスターのルイス・クーがサミュエル(役名サム)、R&B歌手として有名なチャン・シウチョンがリッキー(役名フグ)の役を演じている。マイケル本人も最後の方にちょびっと登場。
 私立探偵社のケチな所長チンワンとカンフーの達人クー、ドジな部下のシウチョンは骨董屋の警備を依頼されるが、大失敗して骨董がこなごな。その中にあったガラクタランプから、ハリー・ポッターならぬハミー・ポッポーと名乗る娘、セシリア・チャンが登場して魔法を使いだし……。

 それまでのホイ映画の有名なギャグや場面が随所に登場する。
 のっけから3兄弟が「警備保障」の鎧を着て登場し、鶏の丸焼きを不公平に分配する「ブー」のギャグ、曲げられない腕でなんとか食おうとする「警備保障」のギャグが登場する。泥棒との格闘で骨董品が壊れるたびに被害総額を電卓で計算していてついに火を噴くのは「ブー」のギャグ。
 ポッポーことチャンがズダ袋をかついでいるのは「おバカ」の大男からか。チャンが魚の干物を電話にして会話するのは「ココナッツ」のギャグ。やがて「ブー」でおなじみの路上追いはぎが登場。ボスはフランシス・ンが演じるが、この映画最大の悪ノリでどこにでも出現する。被害者の眉毛をナイフで剃るのは「鉄板焼」、ヒゲを片方だけ剃るのは「ブー」のギャグだな。手下を殴る前に「お前、頭は洗ったか?」と確認するのは「ギャンブル」のギャグ。ピストルで足を撃つ前に被害者に「右か左か」と選ばせるのも「ブー」。
 クーがチョコでカンフーの練習をしたり、女の前でジュースの栓を抜いたりストローを入れたりという曲芸を披露するのは「ブー」ですな。そこでギャングと格闘になるが、チャンの魔法がゆっくりと効き始めてブルース・リーが憑依し、カンフーが止められなくなるギャグがいい。
 チンワンがギャングボスと麻雀をするのは「ブー」の場面からだが、そこで裏面の違うパイをツモってしまうのは「ギャンブル」で登場した、サミュエルが浜辺でイカサマするギャグからだな。この牌が全部当たり牌の西で、そのうちスペードのエースというわけのわからんパイまでツモってくる。勝ってて調子がよかった時期に自信満々でワインを飲む様子は、「勇み足」での飲み方と同じ。
 映画館での強盗は懐かしや「ブー」のアレ。ボスとトランシーバーで喧嘩したチンワンが、バレないよう出っ歯に変装するのも「ブー」。ラジオ競馬を架空中継するのは「フライドムービー」。最後のシーンでは銃弾が蓮の実になるチャンの魔法が遅れて効くというオチ。
 チャンのズダ袋に入っていた恐竜(1969年香港の「街をきれいに」というマスコットらしいのだが、なぜか糞とゲロできたなくして回ることが大好き)が巨大化して、台所でカジキ、ソーセージ、フライパン等を駆使してカンフー対決するのは「ブー」の有名なギャグ。チンワンが穴あきお玉、クーがフライパンで防御したのに、なぜかクーの顔がだんだらになってしまうという逆転ギャグがよろしい。
 ウォーターベッドでごろごろするのは「ブー」の場面だが、ここでは特にギャグには発展せず。
 やがて現れた謎の美女(クリスティ・チョン)がクイズ番組に全問正解するのは「ギャンブル」のサミュエル。
 そこで場面が急転し、それまでの登場人物総出で踊るのは、やはり唐突にダンスシーンになった「おバカ」と同じ。流れる曲は「おバカ」でダイビングシーンに流れてた歌をダンス向けにアップテンポにしている。
 美女が「ロケット」と聞くと急におかしくなって発作を起こすのは「おバカ」の婚約者ギャグ。
 チャンとクーと恐竜の三角関係で別れ話が持ちあがるのは、「警備保障」のリッキーの場面かなあ。醜い恐竜の正体はじつは香港映画の大御所、アンディ・ラウだったというギャグあり。
 やがてギャングボスに監禁された3兄弟とチャンだが、車を運転して逃げようとするギャグは「警備保障」。ご丁寧にマイケルが同じ映画で逃亡に使ったトイレのスッポンまで登場する。
 魔法学校で登場した校長の真マイケルと、偽マイケルのチンワンがゼスチャーを真似し合うのはどこのギャグだったかなあ。ひょっとすると直接、マルクス兄弟「吾輩はカモである」の鏡のギャグからなのかもしれない。

 その他にも70年代香港の映画や風俗をふんだんにとりいれた、70年代ノスタルジアといった映画であるらしい。日本でいうなら「三丁目の夕日コメディ版」みたいなもんか。

 このあともマイケルは数作の映画を製作・主演しているが未見。
 リッキーは芸能界を引退していたが、2011年、心臓発作で死去。享年65。マイケルは葬儀で、「順番から言えば僕が先に死ぬはずなのに、きまりごとはちゃんと守れと言いたい」と森繁久弥のようなコメントを出していた。
 サミュエルはいったん芸能界を引退したが、のちカムバックし、現在もコンサートツアーを行っている。


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