阪神ファンが叫んだ。
「和田監督はわれらが兄弟だ!」
「そうだな、もし友人なら絶交できるもんな」
巨人ファンが言った。
「監督とはパレードカーのようなものだ。かつてヒーローとして応援していた選手が、最後に観衆の歓喜の声を浴びるポストだ」
広島ファンが言った。
「監督とは恩給のようなものだ。かつてヒーローとして応援していた選手が、それまで安月給で酷使された埋め合わせとして提供されるポストだ」
阪神ファンが言った。
「監督とは被告席のようなものだ。かつてヒーローとして応援していた選手が、その虚飾を剥ぎ取られ、詐欺師なのかそれとも精神異常なのかと断罪されるポストだ」
「大阪は学力テストでブービーだったんだって?」
「来年はもっと成績がよくなるよ。なにしろ今年は、野球なんかに気が散らなくてすむからな」
「阪神の和田監督が小学校の先生になったらどうなりますか?」
「全校生徒に同じ問題のテストを出して、6年生は0点でも合格、1年生は80点でも落第にするだろうな」
「千葉県は野球が盛んだ。これまでも長嶋茂雄、中村勝広、石毛宏典、和田豊といった人材を輩出している」
「なるほど、そのせいで谷沢や篠塚や掛布は監督をやらせてもらえないんだな」
和田政権には二つの発展段階がある。
第一段階は成長の困難である。
第二段階は困難の成長である。
和田監督はあのナポレオンもなしとげなかったことを達成した。
就任わずか半年で優勝候補を屈服させ、二千万人を打ちのめした。
野村監督は自分の信ずるところを述べた。
星野監督は自分の述べるところを信じた。
岡田監督は自分の信ずるところを述べなかった。
真弓監督は自分の信ずるところがなかった。
和田監督は自分がなかった。
ヘレン・ケラーは見えない、聞こえない、話せないの三重苦のため、なかなか言葉を覚えようとはしなかった。
業を煮やしたサリバン先生は、ヘレンを阪神の試合につれていった。
8回までパーフェクトに抑えていた先発を降ろして9回表に継投で失点。9回裏、1点を追う阪神は1死から先頭打者が出塁。和田監督は4番新井にバントのサインを出した。しかし新井はバント空振り三振、飛び出していた走者も刺されてゲームセット。
ヘレンは叫んだ。
「……ワーダー!!」
「和田阪神では、分配が公平に行われているのでしょうか?」
「その通り。叱責は外人と若手、称賛は金本と桧山に公平に分配されている」
「和田阪神では、すべての選手が平等だという話は本当ですか?」
「本当です。でも金本は、他の選手よりちょっとだけ余計に平等です」
「和田阪神では、自由な意見の交換が存在するのでしょうか?」
「存在する。たとえば首脳陣に批判的な意見を持ってミーティングに参加し、他チームの選手と交換されることがある」
和田監督が携帯電話を落とした。
拾った人がためしに「かね」という言葉を入力してみた。
すると筆頭候補に出てきたのは
「カネの状態は上がってきている。使わない理由はない」
和田監督が死んで地獄に落とされた。その翌日、おおぜいの悪魔が天国の門を叩いた。
「和田が金本をポジションに据えちゃったんで私達は干されてしまいました。天国で使ってもらうわけにはいかないでしょうか」
「ロンドン五輪では柔道がふるわなかったな」
「うん、みんな金を取った阪神がどうなったか考えて、勝ち抜く気が失せたんだよ」
阪神ファンが数人で話し合っている。
「君が金本のレフト守備に絶望したのはいつからだ?」
「レフトの横に飛ぶフライをチンタラ追いかけ、三塁打にしたときからかな」
「早いな。僕は平凡なレフトフライを追いかけず、ヒットにしたときからだ」
「僕ならレフト前のヒットで二塁走者がホームインしたのに、本塁送球すらしなかったときまで我慢したぞ」
「私はレフト前のヒットで、一塁走者が当たり前のように三塁に進んでるのを見たときだな」
「俺はもっと忍耐強いぞ。浅いレフトフライを見ていったん後退し、それからチンタラ追いかけてポテンヒットにしたときまでは我慢していた」
「私はもうちょっと後だ。浅いレフトフライを見ていったん後退し、それからチンタラ追いかけてポテンヒットにした試合の後で、ショートの鳥谷が『あれは僕が取らなきゃならなかった』と反省してるのを聞いたときからだ」
「いちばん忍耐強いのは私ってことになるかな。浅いレフトフライを見ていったん後退し、それからチンタラ追いかけてポテンヒットにした試合の後で、ショートの鳥谷が『あれは僕が取らなきゃならなかった』と反省し、横で和田監督が『あれはトリが取ってやらなきゃな』とうなずいてるのを見たときからだ」
最後のひとりが、おずおずと話しかけた。
「あの……私はまだ金本に期待してるのですが」
全員がいっせいにその男に言った。
「きみに絶望した」
新井選手と凡人との違い。
新井選手は叩かれても平気なように、精神力を護摩行で鍛える。
凡人は叩かれないように、野球の技術を鍛える。
新井弟が兄に代わって4番に座った。古今東西の有名な弟たちが、それを観戦した。
ドミティアヌス皇帝が言った。
「おれは兄貴のティトゥスと比較されて損をしたが、あいつは兄と比較されて得してるなあ」
鳩山邦夫が言った。
「あいつもおれも、いまが兄貴を抜くチャンスだな」
豊臣秀長が言った。
「おれも兄貴の秀吉より長生きしてれば、こんなチャンスがあったのかなあ」
駿河大納言忠長が言った。
「おれの兄の家光が新井兄みたいだったら、おれは殺されなかったどころか、将軍にもなれただろうな」
源義経が言った。
「おれの兄の頼朝が新井兄みたいだったら、おれが平家を攻めてる間に鎌倉が崩壊してただろうな」
ついでに古今東西の政治家が阪神の試合を見ていった。
毛沢東は言った。
「こんな熱狂的な観客がいれば、文化大革命を完遂できたのに」
ガンジーは言った。
「こんなに負けても負けても我慢する観客がいれば、私の理想とするインドが建国できたのに」
しかしスターリンは試合を見もせず、サンケイスポーツに読みふけっていた。
「こんな新聞があれば、マートン批判に夢中になって、おれの殺した政敵のことなんかみんな忘れたのに」
マートンがブラゼルに言った。
「和田監督のすべてが嫌いってわけじゃない。和田監督の許せない点は2つだけだよ。それは監督の舌だ」
ブラゼルとマートンの会話。
「どうしたマートン、浮かない顔してるな」
「実はこないだ、コーチのセキカワと喧嘩してね、セキカワは一週間オレと口をきかないと宣言したんだ」
「そんなに悲しむなよ、あいつはバッドガイだからな。かえってせいせいするだろ」
「それで、今日でその一週間が終わるんだ」
アメリカ人が言った。
「藪とは、英語でブッシュと言う」
日本人が言った。
「これこそ、日本語と英語の根源は同一であるなによりの証拠だ」
誰かが山脇の背中に、こう書いた紙切れを貼りつけた。
「壊れた信号機」
別の誰かが、もう一枚の紙切れを貼りつけた。
「メーカー保証期間を過ぎているため、修理はいたしかねます」
「最近、気分がふさいでいるんだ。なにか明るい話をしてくれないか」
「よしきた。和田の葬儀に参列した金本未亡人が、業務上背任で投獄された坂井前オーナーと南前球団社長に面会し、GMの話がおじゃんになった中村勝広が錯乱して銃を乱射し、片岡と藪と山脇と関川を射殺し、とばっちりで新井兄も再起不能の重症を負い、それを知らせたらホームレスの川藤がショック死したそうだ。どうだい、気分が晴れただろう」
しかし男はさめざめと泣いていた。有田がまだ生きていたので。
学校の先生が生徒にたずねた。
「不幸という言葉は、どのような場合に使いますか?」
生徒が手をあげた。
「はい、城島がケガをして試合に出られなくなった場合に使います」
「違います。そういう場合には損失という言葉を使います。他には?」
別の生徒が手をあげた。
「大金をはたいて小林宏を獲得したのに、まったく働かなかった場合に使います」
「それも違いますね。その場合には損害という言葉を使います」
また別の生徒がおずおずと手をあげた。
「先生、金本が死んだ場合は不幸といっていいでしょうか?」
「その通り。その場合は損失でも損害でもありません」
悲観論者が言った。
「真弓のあとは和田……ああ、もう阪神はどん底だな」
楽観論者が言った。
「まだまだ余地はあるよ。阪神にはまだまだ人材がいるし」
下位に座ってくれ
アホ打線組んでくれ
暗黒に足を突っ込んでくれ
その指でバントを 新井に出してくれ
ワダーリング ワダーリング ワダーリング
坂井の言うことを聞いてくれ
カネは良いと約束してくれ
あなたは保身 あなたは保身 あなたは保身
ワダーリング ワダーリング ワダーリング
僕にはもう最下位しか見えない
ゴリが来ても ロリが来ても カネが来ても ブサが来ても
ツラゲが来ても トリが去っても
僕にはもう暗黒しか見えない
ワダーリング