赤羽の午前様たち

 ついに三階級制覇をなしとげた。
 とはいってもボクシングの話ではない。
 赤羽は立ち飲み屋のメッカとまで呼ばれる地、朝から酒をかっくらいたいダメ人間、失格人間にとってはパラダイスである。
 もっとも朝酒の人間は、夜勤の徹夜明けもいるから、あながちダメ人間と決めつけてはいけない。みんながみんな小原の庄助さんではないのだ。
 赤羽で朝酒というと、漫画「孤独のグルメ」にも登場する「まるます家」が有名だが、この店には「お酒は3杯まで」という規則がある。あそこは酒をかっくらうというより、鰻や鯉など川魚を味わいつつ、一献傾けるという感じの店だろうか。
 やはり朝酒は、徹夜明けのへろへろ状態で飲みたい。
 椅子に座っていると寝てしまいそうな状態が最適である。
 寝てられない状態、すなわち立ち飲みが朝酒のベストといえよう。
 さいわい赤羽には、朝7時から営業している立ち飲み屋の老舗、「いこい」「喜多屋」そして新興の「桜商店」がある。
 今回はその立ち飲み御三家を一挙に制覇してしまおうというのだ。

喜多屋

 まず最初に「喜多屋」へ。
 ふたつ入り口があって、どちらから入ればいいのか悩んだが、人が多い方にした。
 正午ちょっと前だが、すでに10人くらいの客が出来上がっている。
 コの字型のカウンターの中に厨房があり、それを取り巻くように客が立っている。
 厨房のまわりのカウンターは満員なので、その反対側に設置された、厨房を背にするカウンターに場所を確保。
 客は男ばかり。いずれもおじさん後期からおじいさん前期に属する年代である。職業は時間の都合のつく自営業、もしくは夜勤の警備員または作業員といったところだろうか。
 まずレモンサワー210円と煮込み130円を注文。
 この店は伝票に記入して、最後に会計する方式だった。
 レモンサワーが酸っぱくておいしい。煮込みはモツと豆腐。モツはよく煮込まれており、味つけがよろしい。豆腐は適度なところで煮あげている。
 三階級制覇の緒戦としては、幸先がいいようだ。
 調子に乗って伝票を店主に渡し、チューハイ180円(品書きにはハイボールと書いてある)とぽんじり串焼き220円(3本)、マグロブツ130円も頼む。
 このチューハイがすごかった。
 氷と焼酎の入ったジョッキと、サワーの入った瓶が来るのだが、ジョッキが焼酎でほぼ満杯状態なのだ。
 サワーをそこに注げばいいのか悩むほどだ。
 やむなく、サワーを上っ面にちょっと注ぎ、かきまぜずに自然浸透したチューハイをすすり、またサワーを注ぐという方式で対応する。

 突然、奥で飲んでいたおじさんが崩折れる。
 意識はあるらしく、「だいじょぶ、だいじょぶ」と言っているが、足腰が立たないようだ。
 それまで無愛想に突っ立っていた女将が、機敏に119の電話をかける。さすがプロだ。
 私も含め客が総出でおじさんを担ぎ上げ、救急車に運ぶ。
 このすきに食い逃げ、というアイディアが頭をよぎるが、千円やそこらで犯罪もなんだかなあ、と考え直す。
 おじさんは結局、救急搬送を強硬に拒み、電車で帰ったらしい。
 しかし、おじさんが倒れてからの店と客の連係プレーに、赤羽の人情を見た。
 いまや下町人情は、高円寺よりも赤羽にあるような気がするなあ。

 そこから「桜商店」へ移動。とはいってもほんの百歩くらいの距離だが。
 ここはもっとも新興の店だけに店内は奇麗。テラス風の野外席もあるが、まだそこには客がいない。つーかまだ客が2人しかいない。ひとりは中年前期くらいの、ここらの店にしては若い客。あとひとりは隠居風おじいさんで、椅子に腰掛けて「だいじょうぶ?」などと店員の女の子にいたわられながら酒を呑んでいる。
 この店には椅子席もある。椅子に座るとテーブルチャージ300円を徴収されるらしい。
 昭和歌謡のBGMが心地いい。
 この店ではチューハイ180円、つくね2本250円、あと串揚げがあるので豚串2本200円も頼む。
 この店は注文のつど、商品と代価を交換するシステム。
 つくねが大きくてふんわりして美味い。
 調子に乗って黒ホッピー300円、中のおかわり150円も頼む。
 喜多屋、いこいに比べるとまだ新興で有名でないせいか、客は少なめだが、よさげな店だ。

桜商店

 最後におもむいたのが「いこい」。
 店の前に「泥酔客お断り」の札があったが、別段追い出されることもなく店に入れる。
 この店はもっとも客が多い。
 カウンターは満席、テーブル席もすでに半分ほど埋まっている。
 この店にも、若者も女性もいない。
 しかしどういうわけか、新選組リアンの色紙が貼ってある。若者は夕方過ぎてから来るのかもしれない。
 まずレモンサワー210円、チャーシュー130円、煮込み110円を頼む。
 この店の勘定システムは融通無碍というかいいかげんというか、そのつど会計だったり、いくつかまとめてから会計だったりする。そのへんは店員が楽なように適当に按配しているらしい。
 チャーシューは甘辛い味がしみこんでいて酒のつまみによろしい。
 この店の煮込みはモツのみ。じっくり煮込まれていてうまい。

いこいの煮込み&チャーシュー

 しかしなんといっても、この値段が嬉しいよね。
 赤羽の立ち飲みのつまみは、値段が値段だけに全部小皿なんだが、ひとりでもいくつも注文できるのが嬉しい。
 ひとり飲みに適合したつまみの量といえよう。
 さらに調子に乗って、あさり串焼き2本220円、チューハイ180円も頼む。
 この店でもチューハイはハイボールと表記している。
 赤羽ではハイボールといえば、ウイスキーでなく焼酎が標準なのかもしれない。
 この店ではシャーベットといって、焼酎を冷凍庫で凍らせてからサワーやホッピーを注ぐ方式もあるのだが、そろそろ涼しい気候なので遠慮しておく。

 立って呑むせいか、それとも時間帯がまだ昼だからか、けっこう呑んだわりには酔いどれない。
 すんなりと店を出て、すんなりと電車に乗り、家に帰れた。
 しかし家に帰って寝てからがひどかった。
 吐いたり気持ち悪くなったりはしなかったが、朦朧とした気分が翌日の夜まで続いた。
 もういいトシだからなあ、筋肉痛と同じで、酒の酔いも遅れて発症するようになったのかもしれない。


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