ほら男爵の大河ドラマ制作秘話

「ううむ、困ったな。私は戦後教育を受けたので、パソコンの授業はなかったのだ。操作がよく分からん」
 シュッテン・ノン・ミュンヒハウゼン男爵は、日本の東京、渋谷のMHKスタジオで苦労している。

 男爵は日本でのMHKスタジオ見学で、大河ドラマのアーカイブを鑑賞するのを楽しみにしていた。ところが、いきなりスタッフにパソコンを渡されてしまったのだ。
「ああ、渡りに船とはこのことです。実はわれわれ、ネタ切れで困っています。ぜひ、豊富な実体験をもつ男爵に執筆をお願いしたい。今回からすぐ」
「今回の放送って、今日じゃないか。脚本を書いたところで、演出とか大道具とか小道具とか俳優とか、間に合わないだろう」
 めんくらう男爵に、MHK職員は自慢げに言う。
「実はわたくしども、今回の大河より安易番組作成ソフト『コメGo!』を導入しました」
「オメコじゃないですよ。コメGo!ですからね」
 隣からソフトウェア開発者らしい、どことなく下品なサラリーマンが説明する。
「まったくドラマの書けない人でも、番組を完成させられる、革新的なソフトウェアです。あらかじめインプットされている歴史人物、背景、アイテムを選択し、セリフを入力するだけで、だれでも簡単に番組へGo!ってソフトなんです!」
「今回は特別にアシスタントとして、とんでもない美少女をおつけしましょう」
 まくしたてて去っていった二人。
 スタジオに残されたのは男爵と、とんでもない美少女ならぬ、ちょっとトンデモ入った微少女。
「お江でーす。今回の大河のヒロインなのよ」

「私はドイツ教育を受けたから、日本史の授業もなかったのだ」
 男爵はぼやきながら、パソコンと取り組んでいる。
「安易番組作成ソフトだけに、俳優の演技も演出も効果も音楽も、かなり薄っぺらいな。しかし、秀吉ってこんな陰湿な馬鹿だったかな。むかし会ったことのある、リョータローって奴の話と、ぜんぜん違うぞ。でも、キャラは既存データだから、面倒くさい編集しないと変更できないんだよな。私の手には負えない。なんか茶室が広すぎる気もするな。『拡大』ボタンを連打したのがいけなかったのか。これじゃ総統閣下の作戦室より広いぞ。なんだこの『一発ギャグ』ってボタンは。ぽちっとな。うわっ、寒っ。なにこの『小細工』ってボタン。ありゃ、押したら勝手に耳かきが登場したぞ。ええと、この時代に耳かきなんてあったっけ。まあいいや、使っちゃえ。しかし前のシーンとぜんぜん話がつながってないが、大丈夫かなあ。どこかに『整合性』ってボタンはないか」
「そろそろあたしが目立ちたいから、ウルッとする展開が欲しいわ」
 男爵の悪戦苦闘をよそに、勝手な注文をつけるお江。
「『お父上!』って抱きついて号泣するシーンなんてどうかしら。ほら、そこにある、『ドラマツルギーのない脚本家むけ、感動シーンから逆算してドラマを作成機能』を使ってよ」
「おいおい、なんか勝手に馬に乗ってるぞ。厩の管理はどうなってるんだ。これじゃ馬泥棒も盗み放題じゃないか。大名の馬は金何枚って世界だろ。つーか家来も後を追えよ。ありゃあ、あぶみと女優の足を結びつけた針金が見えちゃったぞ。放送事故ものだ」
「うるさいわね。そんな細かいことを気にするのは、あなたくらいなものよ」

 そのうち、パソコンの動作がなんだかおかしくなってきた。ドラマの雲行きもあやしい。
「あれ、こんな変な次回予告、出した覚えはないぞ。ははあ、さてはパソコンにウィルスが侵入したな。あるいはソフトのバグか」
 いきなり飛び出したのは色白で苦みばしった二枚目。オールバックの髪型で、「誠」と書かれた羽織を着ている。お江は喜ぶ。
「きゃあ、イケメン」
「なんだこいつは。これも出した覚えはないぞ。ははあ、土方歳三だな。こりゃ幕末だ。時代が合わん。さすがの私でも、そのくらいは分かるぞ。ううむ、消去できないか」
「あら、いいじゃない。イケメンだし、人気者だし、あたしと一夜を共にするって展開にしましょうよ。これで視聴率のテコ入れになるわ」
 MHKの健全ドラマなので、ベッドシーンは自動的に省略される。
 歳三は朝の光とともに「さしたる用もなかりせばこれにて御免」とつぶやいて退場していった。
「ああ、またツイッターに番組の悪口が書きこまれた。なになに、土方歳三がオールバックにしていた時代はもう誠の羽織を着ていない。ご都合主義のうえに時代考証無視にもほどがある、だと。こっちの苦労も察してくれよ」
「批評家はひとの苦労は批評しないの。ネット批評家はなおさらね」
 お江は情事の余韻だろうか、うっとりした表情のまま警句めいたものをつぶやいた。

「ここらで徳川秀忠を出したいんだがな」
 男爵はキャラ選択画面で『秀忠』と書かれたボタンをクリックしたはずだが、出てきたのはあやしげな集団。みんなで変なポーズを取りながら、「ア・カンターレ・ファイト!」と叫んでいる。
「なんだ、こいつら。え、降伏の美学。なんでここで宗教団体が登場するんだ」
 ア・カンターレ・ファイトに呼ばれたのだろうか、あやしげな集団の後ろから、さらにあやしげな、銀髪碧眼で白いタイツの人間、トカゲのような人間、頭でっかちで黒目だけの人間、毛むくじゃらの人間、カマキリの上半身をもつ人間、ついにはとても人間には見えない、クラゲとタコのあいのこのような人間まで登場した。
「これが宇宙人だって。なんたるパルプSF時代のセンスだ。なんだと、こいつら宇宙人軍団が、降伏の美学の信者をあやつって、お江たち三姉妹を暗殺し、日本征服をたくらんでいるという設定なのか」
「降伏しろ、降伏しろ……ア・カンターレ・ファイト!」
 お江の命を狙ってせまりくる信者軍団。あやうしお江。しかしそのとき、爆音がとどろき、信者たちは木っ端みじんと砕けちった。
「あ、戦車なんか出てきたぞ。おかしいな、『馬』ボタンをクリックしたはずだが」
 いぶかしむ男爵をよそに、戦車から黒づくめの軍服集団が降り立ち、お江を抱きしめる。
「あの制服は見たことがあるぞ。わがドイツのナチス親衛隊の制服じゃないか。そういえば、戦車もティーガー戦車だ」
「フロイライン・オ・江、三国軍事同盟ノ義務ニ従イ、助ケニ参上ツカマツリマシタ」
 金髪碧眼のイケメン将校に抱きしめられ、お江はうっとりとする。
「これが女の幸福なのね……」
 男爵はパソコンの画面を凝視する。
「おかしいな。確かに大河ドラマモードに設定したはずだが、さっきから、昼メロモードに入ってるみたいだ」

「とにかく、まだ20回以上も残っているのに、この大団円ムードはまずい。よし、この『引き延ばし』ってボタンをクリックしよう」
 男爵がパソコンの画面をクリックすると、ナチス親衛隊の将校はお江から身を離す。
「シカシ、マダ宇宙人軍団ハ、日本ヲネラッテイマス。フロイライン、見ナサイ、アレヲ」
 ナチスの指さす先は江戸。宇宙から飛来したUFOの電磁波攻撃で、江戸城が大爆発していた。
「この愛する日本を、タコタイプの宇宙人やレプタリアン、プレアデス星人やグレイ、猫耳星人やイボガエル金星人の手に渡すわけにはいかないわ。HAYABUSA、招来!」
 お江がさっきの邪教信者よりもっと変なポーズを取ると、日本の誇る小惑星探査機がすっと地上に着陸した。お江はそれに乗りこむと、さらに変なポーズで探査機に指示を出す。
「HAYABUSA、発進! ゆけ、イスカンダルへ! 時空をこえて戦艦大和を呼ぶのだ!」
 大マゼラン星雲の方角へ強力な電波を放ちながら、高速で飛びさる小惑星探査機を見送り、男爵は首をかしげる。
「あれ、人が乗るような設計だったっけ?」

「第45回『お江の涙で砕け散れ、銀河総裁の野望!』第46回『ヒアデス連合艦隊軍対お江対井伏鱒二、三大怪物宇宙最大の決戦!(前編)』第47回『ヒアデス連合艦隊軍対お江対井伏鱒二、三大怪物宇宙最大の決戦!(後編)』……いかん、調子に乗っていたら宇宙戦争の風呂敷を広げすぎた。次で最終回じゃないか。困ったな。しょうがない、これをクリックするか」
 男爵は『急転直下』というボタンをクリックした。すると1カメのヴェガ宇宙軌道エレベーター部隊から2カメの日本に切りかわり、大阪城を映しだす。
「今回はうまくいったようだな」
 と男爵。

 大阪城は炎上している。
 城の外ではイケメンの真田幸村が重傷を負い、馬からころげ落ちた。敵兵が鎗をふりかざす。
「お江さん、もしも許されるなら、あなたと結ばれたかった……」
 城の中では美少年の豊臣秀頼が、ゆっくりと腹をくつろげている。
「お江おばさん、母上さえいなければ、おばさんとぼくで、一緒に天下を……」

 業火に包まれる大阪城に頬の涙を紅く染めながら、イケメンの徳川秀忠に抱きとめられ、うっとりとつぶやくお江。
「あたしのために天下が乱れ、あたしのために男たちが死ぬ……。美しさって罪なのね」

 そのとき、秀頼の握りしめた脇差が光り、一瞬お江の面影がぎらりと刀身に映る。とび散る鮮血。

 ちょっと薄っぺらいエンディングテーマとともにズームアップされる「完」の文字。

「ううむ、間違いだらけ、ガセまみれの歴史ドラマになってしまった。まあ、最後はなんとか切腹でごまかせた。切腹だけに腹ぱっくり、ガセ&パックリってわけだな」
「あなたが主人公の時点で、パクリは達成できてたんじゃなかったっけ……」


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