詞花和歌集 ―『定家八代抄』による抜萃 20首―

【巻数】十巻

【歌数】415首(新編国歌大観による)

【勅宣】崇徳院

【成立】天養元年(1144)六月二日、崇徳院の院宣あり撰集開始、仁平元年(1151)完成奏覧。

【撰者】藤原顕輔

【主な歌人と収録歌数】曾禰好忠(17首) 和泉式部(16首) 大江匡房(13首) 源俊頼(11首) 花山院・道命法師(9首)

【性格】第六勅撰和歌集。
『詞花』の名義は前代の「金葉」にほぼ同じく、十巻からなる構成も同集に倣っている。時代も二十年程を隔てるばかりで、当代歌人の作風にさほどの変化は見られない。さまざまな意味で、金葉・詞花二集は双生児的な性格をもった歌集であるといえる。
金葉集(二度本)との目立った違いは、曾禰好忠・和泉式部を始め、「中頃」(拾遺集以後)の歌人の歌を多く採り入れたことである。新風を打ち出しつつ、「古」と「今」のバランスを配慮した選歌は、小柄なこの集に華やいだ彩りを与えた。
藤原俊成は本集について「詞花集は、こと様はよくこそ見え侍るを、あまりにをかしき様の振にて、ざれ歌様の歌の多く侍るなり」と批判している(古来風体抄)。趣向のおかしさを調子よく詠い上げただけの歌が多いと言うのである。たとえば、平祐挙(すけたか)の歌、
  胸は富士袖は清見が関なれやけぶりも波も立たぬ日ぞなき
などは「をかしき様」の代表例であろうが、もはや俗謡すれすれの名調子といった印象を拭いがたい。
俊成の非難は、次代の新歌風大成者の目からすれば無理もないものであろう。しかしそうした和歌史的な評価は別として、詞花集は時代の狭間に咲いた、珠玉の愛すべき歌集のように思える。

【定家八代抄に漏れた主な名歌】
氷りゐし志賀の唐崎うちとけてさざ波よする春風ぞふく(大江匡房)
昨日かもあられふりしは信楽のと山の霞春めきにけり(藤原惟茂)
雪消えばゑぐの若菜も摘むべきに春さへ晴れぬ深山辺の里(曾禰好忠)
吹きくれば香をなつかしみ梅の花散らさぬほどの春風もがな(源時綱)
深山木のその梢とも見えざりし桜は花にあらはれにけり(源頼政)
種まきしわが撫子の花ざかりいく朝露のおきて見つらん(藤原顕季)
山深み落ちて積もれるもみぢ葉のかわける上に時雨ふるなり(大江嘉言)
もろともに山めぐりする時雨かなふるにかひなき身とはしらずや(藤原道雅)
魂祭る年の終りになりにけり今日にやまたもあはむとすらむ(曾禰好忠)
夕まぐれ木繁き庭をながめつつ木の葉とともにおつる涙か(藤原義孝)
去年の春ちりにし花も咲きにけりあはれ別れのかからましかば(赤染衛門)
難波江の葦間にやどる月みればわが身ひとつもしづまざりけり(藤原顕輔)
百とせは花にやどりて過ぐしてきこの世は蝶の夢にぞありける(大江匡房)

【底本】『八代集 三』(奥村恒哉校注 東洋文庫)

【参照】『金葉和歌集・詞花和歌集』(川村晃一・柏木由夫ほか校注 岩波新日本古典文學大系) 以下、新大系本と略称。なお新大系本の底本は国立歴史民俗博物館蔵伝為忠筆本。

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『詞花和歌集 正保四年版本』
水垣久『新訳 詞花和歌集』



―目次―

巻一(春) 巻二(夏) 巻三(秋) 巻四(冬) 巻五(賀) 巻六(別) 巻七(恋上) 巻八(恋下) 巻九(雑上) 巻十(雑下)



巻第一(春)2首

おなじ歌合によめる            大蔵卿匡房

0022 白雲とみゆるにしるしみ吉野の吉野の山の花ざかりかも(0096)*

註:詞書の「おなじ歌合」は京極前太政大臣(藤原師実)家の歌合。

一条院御時、奈良の八重桜を人の奉りけるを、その折御前に侍りければ、その花を題にて歌よめとおほせごとありければ
                      伊勢大輔

0029 いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな(0134)*

巻第二(夏)0首

巻第三(秋)1首

題しらず                  和泉式部

0109 秋吹くはいかなる色の風なれば身にしむばかりあはれなるらむ(1268)

巻第四(冬)1首

鷹狩をよめる                藤原長能

0152 あられふる交野の御野の狩衣ぬれぬ宿かす人しなければ(0528)*

巻第五(賀)0首

巻第六(別離)0首

巻第七(恋上)4首

題しらず                藤原実方朝臣

0188 いかでかは思ひありとも知らすべき室の八島の煙(けぶり)ならでは(0834)*

冷泉院春宮と申しける時、百首歌たてまつりけるによめる
                       源重之

0211 風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけて物を思ふ頃かな(0966)*

題しらず               大中臣能宣朝臣

0225 御垣守(みかきもり)衛士(ゑじ)のたく火の夜は燃え昼は消えつつ物をこそ思へ(1009)*

題しらず                  新院御製

0229 瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ(0933)*

註:「新院」は崇徳院。

巻第八(恋下)1首

頼めたりける男を今や今やと待ちけるに、前なる竹の葉にあられの降りかかりけるを聞きてよめる
                      和泉式部

0254 竹の葉にあられ降る夜はさらさらに独りは寝(ぬ)べき心ちこそせね(0531)

註:新大系本、第二句「あられ降るなり」。

巻第九(雑上)9首

修行し歩(あり)かせ給ひけるに、桜の花の咲きたりける下に休み給ひて、よませ給ひける
                      花山院御製

0276 木(こ)のもとを栖(すみか)とすればおのづから花見る人になりぬべきかな(1514)

註:新大系本、第四句「花見る人と」。

左衛門督家成、布引(ぬのひき)の滝見にまかりて、歌よみ侍りけるによめる
                      藤原隆季朝臣

0285 雲井よりつらぬきかくる白玉をたれ布引の滝と言ひけん(1686)

題しらず                   橘為義朝臣

0298 君待つと山の端出でて山の端に入るまで月をながめつるかな(1374)

筑紫より帰りまうできて、もと住み侍りける所の、ありしにもあらず荒れたりけるに、月のいと明(あか)く侍りければよめる
                       帥(そち)前内大臣

0308 つくづくと荒れたる宿をながむれば月ばかりこそ昔なりけれ(1602)

註:作者は藤原伊周(これちか)。新大系本、第一句「つれづれと」。

たがひにつつむことある男の「たやすく逢はず」と恨みければ
                        和泉式部

0310 おのが身のおのが心にかなはぬを思はば物は思ひ知りなん(1561)

保昌(やすまさ)に忘られて侍りける頃、兼房朝臣のとひて侍りければよめる

0312 人知れず物思ふことはならひにき花にわかれぬ春しなければ(1588)

頼めたる夜みえざりける男の、後にまうできたりけるに、出で逢はざりければ、言ひわづらひて、「つらきことを知らせつる」など言はせたりければよめる
                        清少納言

0316 よしさらばつらさは我にならひけり頼めて来ぬは誰か教へし(1106)*

思ふこと侍りけるころ、寝のねられず侍りければ、夜もすがら眺めあかして、有明の月のくまなく侍りけるが、にはかにかきくらし時雨けるを見てよめる
                        赤染衛門

0324 神な月ありあけの空はしぐるるをまた我ならぬ人やみるらん(0506)

註:新大系本、第二句「ありあけの空の」。

長恨歌のこころをよめる              源道済

0337 おもひかね別れし野辺を来てみれば浅茅が原に秋風ぞ吹く(0700)*

巻第十(雑下)2首

世の中はかなくおぼえさせ給ひける頃よませ給ひける
                       花山院御製

0356 かくしつつ今はとならん時にこそ悔しきことのかひもなからめ(0714)

新院位におはしましし時、海上遠望といふことをよませ給ひけるによめる
                     関白前太政大臣

0382 わたの原漕ぎ出てみれば久方の雲ゐにまがふ沖つ白波(1665)*

註:作者は藤原忠通。底本第四句「雲ゐにまよふ」は誤植または誤刻であろう。


更新日:平成17-03-03
最終更新日:令和01-12-18


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