続千載和歌集 秀歌選

【勅宣】後宇多院

【成立】『勅撰集次第書』によれば、文保二年(1318)十月三十日奉勅、同三年四月十九日四季部奏覧、元応二年(1320)七月二十五日返納。

【撰者】二条為世

【書名】歌道家としての御子左家を確立した藤原俊成(撰者為世の高祖にあたる)の撰になる千載集に対し敬意を表し、これに追随する意図を以ての命名であろう。

【主な歌人】後宇多院(52首)・西園寺実兼(51首)・藤原為氏(42首)・二条為世(36首)・藤原俊成(29首)・藤原為家(29首)・藤原定家(28首)・後二条天皇(21首)・津守国助(21首)・覚助法親王(20首)。

【構成】全二〇巻二一四三首(1春上・2春下・3夏・4秋上・5秋下・6冬・7雑体・8羇旅・9神祇・10釈教・11恋一・12恋二・13恋三・14恋四・15恋五・16雑上・17雑中・18雑下・19哀傷・20賀)

【特徴】(一)構成 続古今集以後廃されていた哀傷の部や、古今集以後絶えていた雑体(長歌・旋頭歌・物名など)の部を復活させるなど、復古的な構成をとる。但し巻末に賀の部を置くのは中世の勅撰集に特徴的な構成法であり、続後撰集・新後撰集を踏襲している。
(二)取材 上代から当代まで。前代の玉葉集などに比べると、当代の比率が高い。主な選歌資料は、文保百首・嘉元百首・弘安百首・宝治百首などの応製百首歌である。
(三)歌人 大覚寺統・二条家を重んじ、対立する持明院統・京極派を軽視する。後宇多院を最多入集歌人としたのは、玉葉集における伏見院を意識したものであろう。西園寺実兼を除く玉葉歌人たちは大幅に入撰数を減らされ、伏見院十八首、永福門院十一首、為兼・為子(為教女)は〇首と、あからさまな差別をつけられた。なお、のち二条派にとって極めて重要な人物となる頓阿が、この集で初めて勅撰入集を果たしている。
(四)歌風 大覚寺統・持明院統の対立の渦中にあって、大覚寺統に与する二条家の勅撰集としての性格が顕著である。玉葉集に見られた新風は排除され、新後撰集の保守的な傾向に立ち戻っている。すなわち縁語掛詞などの技巧や題の本意、そして端正な形式美を重んじる歌風である。

【広告】(やまとうたeブックス電子書籍)

『続千載和歌集(正保四年版本)』


 春 夏 秋 冬 羇旅 釈教 恋 雑 賀

春
 上

題しらず                  順徳院御製

あら玉の年の明け行く山かづら霞をかけて春はきにけり(7)


鶯を                     今上御製

おしなべて空にしらるる春の色をおのが音(ね)のみと鶯ぞなく(14)


建長二年、詩歌を合せられける時、江上春望
                     前大納言為家

難波江(なにはえ)や冬籠りせし梅(むめ)が香の四方(よも)にみちくる春の塩風(50)


帰雁の心を                  永福門院

帰るさの道もやまよふ夕暮のかすむ雲ゐに消ゆるかりがね(58)


千五百番歌合に          後京極摂政前太政大臣

野も山もおなじ緑に染めてけり霞よりふるこのめ春雨(63)


正治百首歌奉りける時            式子内親王

花をまつ俤(おもかげ)みゆるあけぼのは四方の梢にかをる白雲(68)


弘安百首歌奉りける時            前参議雅有

山ざくら雲のはたての春風にあまつ空なる花の香ぞする(78)


嘉元百首歌奉りし時、花          前大納言為世

行くさきの雲は桜にあらはれて越えつるみねの花ぞかすめる(85)


 下

西園寺入道前太政大臣家三首歌に、花下日暮といへる心を
                     前大納言為家

ながしとも思はで暮れぬ夕日影花にうつろふ春の心は(87)


題しらず                   源重之女

春の日は花に心のあくがれて物思ふ人とみえぬべきかな(88)


                     藤原清輔朝臣

おもひねの心や行きて尋ぬらん夢にもみつる山桜かな(89)


みこの宮と申侍し時よませ給うける       今上御製

さのみやは春の深山(みやま)の花をみん早すみのぼれ雲の上の月(178)


百首歌奉りし時             二品法親王覚助

かすむ夜の月にぞさらにしのばるる忘るばかりの春の昔は(180)


夏

建保五年四月庚申五首歌に、夏暁        参議雅経

夏草の露わけ衣(ごろも)このごろもあかつきおきは袖ぞ涼しき(305)


百首歌よみ侍りける中に        皇太后宮大夫俊成

水上に秋や立つらん御祓河(みそぎがは)まだよひながら風の涼しき(340)


秋
 上

千五百番歌合に                惟明親王

昨日より荻の下葉に通ひきて今朝あらはるる秋の初かぜ(344)


題しらず                 後鳥羽院御製

わするなよけふはむかしの秋までも此の夕暮の荻の上風(358)


霧中雁を           円光院入道前関白太政大臣

秋山の麓をめぐる夕ぎりにうきて過ぎゆく初雁の声(430)


 下

殷富門院にて人々百首歌よみ侍りける時、月歌とてよみ侍りける
                     前中納言定家

となせ河玉ちる瀬々の月をみて心ぞ秋にうつりはてぬる(483)


百首歌奉りし時              権中納言為藤

すむ月の影さしそへて入江こぐ芦分け小舟(をぶね)秋風ぞふく(491)


暮秋菊といへる心を             伏見院御製

霜ふかくうつろひ行くを秋の色のかぎりとみする白菊の花(588)


冬

時雨知冬といへる心をよませ給うける      法皇御製

時雨(しぐ)れ行く空にもしるし神無月(かみなづき)くもりもあへず冬やきぬらん(594)


山時雨                     院御製

いつしかと今朝は時雨の音羽山(おとはやま)秋を残さず散る紅葉かな(595)


題しらず                    院御製

都にはあらしばかりのさゆる日も外山(とやま)をみれば雪降りにけり(652)


冬の比、修行し侍りける時         前大僧正道昭

風さむみこほれる雲の嶺つづき越え行く末につもるしら雪(656)


羇旅

人々にすすめてよませ侍りける住吉社十首歌に、旅宿風
                     前大納言為氏

夢をだにみつとはいはじ難波なる芦のしのやの夜半(よは)の秋風(802)


題しらず                   永福門院

暮れはつるあらしの底にこたふなり宿とふ山のいりあひの鐘(812)


旅の心を                   遊義門院

したひ来てまだふみなれぬ山路にも都にてみし月ぞともなふ(824)


旅の心をよませ給うける            法皇御製

いづくをか家路とわきて頼むべきなべて此の世を旅とおもへば(858)


釈教

光明遍照十方世界といへる心を         源空上人

月影のいたらぬ里はなけれどもながむる人の心にぞすむ(981)


恋
 二

題しらず                   曽祢好忠

とぶ鳥の心は空にあくがれて行くへもしらぬ物をこそ思へ(1242)


恋の心をよませ給うける           亀山院御製

海山のはても恋路と思ふにはあはれ心をいづちやらまし(1247)


 三

題しらず                  順徳院御製

いつはりのなき世なりともいかがせん契(ちぎ)らでとはぬ夕暮の空(1283)


別恋を                   遊義門院

ゆくすゑのふかき契もよしやただかかる別れの今なくもがな(1349)


旅恋をよませ給うける           土御門院御製

別れてもいく有明をしのぶらんちぎりて出でしふる郷の月(1399)


宝治元年十首歌合に、遇不逢恋       前大納言為氏

ありしよを恋ふるうつつはかひなきに夢になさばや又も見ゆやと(1412)


 四

恋の歌の中に                順徳院御製

暮をだになほ待ちわびし有明のふかき別れとなりにけるかな(1501)

月もなほ見し面かげやかはるらんなきふるしてし袖の涙に(1502)


永仁二年八月十五夜、十首歌講ぜられし時、月前契恋といへる心を
                      大蔵卿隆博

月をだに見しよのかげと思ひ出でよ契りの末はあらずなるとも(1504)


恋の歌の中に                 津守国助

いかに見し木の間の月の名残より心づくしのおもひそふらん(1521)


恋の歌の中に               今出河院近衛

見ずもあらで覚めにし夢の別れよりあやなくとまる人の面かげ(1529)


 五

家に歌合し侍りける時、恋の心を      左京大夫顕輔

つらからんことの葉もがな侘びつつは恨みてだにもなぐさめにせん(1627)



雑
 上

題しらず                 後二条院御製

難波がたあしべはるかに晴るる日はこゑものどかにたづぞ鳴くなる(1639)


待花といへる心をよませ給うける        法皇御製

老が身のなほながらへて今年又ふたたび春の花やみるべき(1663)


題しらず                   赤染衛門

しのぶべき人なき身こそ悲しけれ花はあはれとたれかみざらん(1678)


嘉元百首歌たてまつりし時、雪      二品法親王覚助

ふる雪もいくへかうづむ吉野山みしは昔のすずの下道(1803)


題しらず                   頓阿法師

つもれただ入りにし山の峰の雪うき世にかへる道もなきまで(1804)


 下

題しらず           円光院入道前関白太政大臣

あはれなり思ひしよりもながらへて昔を恋ふる老の心は(1959)


人々に五十首歌めしけるついでに      後鳥羽院御製

みずしらぬ昔の人の恋しきは此の世をなげくあまりなりけり(1960)


賀

百首歌めされしついでに            法皇御製

あつめおくことばの林散りもせで千とせかはらじ和歌の浦松(2130)



最終更新日:平成14年9月22日

やまとうた表紙|十三代集目次|つぎの勅撰集