進め! ちとせ親衛隊



「聞け! 偉大なる吾妻ほまれさまの下に集いし騎士たちよっ!」
 男が舞台の上で声を張り上げる。
 サラサラの黒髪に甘いマスクの美少年である。
「諸君らには、平時においても大事の精神を忘れてはならないっ!」
 拳を振って、絶叫調で叫ぶ。
 舞台の下では、十数人の生徒たちが口々に「ほまれさま万歳!」を連呼している。
 はっきりいって、危ない光景である。

「たっちゃん、相変わらず危ない性格やなぁ」
 舞台裏で、ボソリと一人の女生徒が呟いた。
 芦屋(あしや) 菜穂(なほ)
 猫ヶ崎生徒会会計。
 中々の美少女である。
「んなこと言って、猫ヶ崎高校に、不美人おるって聞いたことないで?」
 …。
 ……。
 ………作者にツッコミかますなよ。
「ホンマのことやし…」
 う、うるさい。
 話を続けるぞ。
「はいはい…」

「我らが宿敵! 影野迅雷率いる剣道部を打ち破るため! ちとせ親衛隊を打ち破るため!」
 舞台では、男子生徒が演説を続けていた。
 舞台の下で、彼の姿を見つめる生徒たちの視線が熱い。
「そして、ほまれさまの支配を完全とするため! さらなる忠誠を生徒会に捧げていただきたいっ!」
 暗幕の向こうで一際大きな声が演説を締めくくり、一斉に拍手と喝采が上がった。
「どうやら終わったみたいやね」
 演説をしていた美少年、猫ヶ崎生徒会副会長の一条(いちじょう) 龍臣(たつおみ)が、裏に引っ込む。
「たっちゃん、お疲れ」
「菜穂か。忍はどうした?」
「草影ちゃんなら、物研の如月とランチタイムやで」
「そうか。アイツら、最近仲が良いな」
「ボケとツッコミやから相性良いんちゃう?」
「まさか、デキてるのか?」
「ちゃうやろ。草影ちゃん、女の子にしか興味ないし…」
「そうだよなぁ。ただ仲が良いだけか……」
「たっちゃんと、ウチも良い感じ♪」
「だぁ!? 俺は、ほまれ会長に命を捧げてるんだぞ!」
「ウチのこと嫌い?」
「いや、嫌いじゃないぞ」
「なら、恋人やな」
「なぜ、そうなる!?」
「そんな絶叫ばっかしとったら喉枯れるで?」
「……だいたいな。そのエセ関西弁はやめろっていってるだろうが!」
「エセやないで」
「生粋の猫ヶ崎市民が嘘をいうんじゃない!」
「嘘吐きは泥棒の始まりや。まぁ、ホンマの泥棒猫がいるみたいやけど……」
 菜穂が、目を細めて、懐からそろばんを取り出す。
 龍臣も、菜穂の意図を察して、腰を低くする。
「そこや!」
 菜穂が天井の一角を狙って、そろばんを投げつける。
 そろばんは天井を見事に射抜いた。
「きゃああ!?」
 天井の板が抜けて、悲鳴とともに、女生徒が一人落ちてきた。
 後ろ髪をピンピンさせて、前髪はヘアピンで留めている。
「ヤバッ、しくじっちゃいましたァ!?」
 埃を払いながら、女生徒が涙目で立ちあがる。
「ちとせ親衛隊か!?」
「たっちゃん、ソイツは結咲の腹心の朝比奈(あさひな) (るい)や! 気ぃ付けや!」
「朝比奈(るい)、ちとせ親衛隊の実動部隊か……」
 龍臣が、冷たい目で、(るい)に迫る。
「この一条龍臣が成敗してくれるわっ!」
 どこから取り出したのか、レイピアを構える龍臣。
「たっちゃん、ソレどっから……?」
 菜穂がすかさずツッコミをいれる。
 確かに、疑問ではある。
「お約束というヤツだ!」
 菜穂を振り返って、謎の答えをする龍臣。
「そうですねェ☆ 敵に後ろを見せるなんてお約束でございますぅ」
 (るい)が、龍臣の後ろから朗らかな声で言う。
「あれッ?」
 龍臣のこめかみを冷汗が滴る。
 れんが。
 龍臣の頭に恐怖の言葉が浮かぶ。
 ちとせ親衛隊の必殺技は、後頭部をレンガで殴るという恐ろしい技なのだ。
 殴られてはたまらない。
 急いで振り返った。
 (るい)が、にっこり微笑んでいた。
「朝比奈流符術! 永久舞踏の呪符!」
「うおお!?」
 ぴたん。
 龍臣の額に、御札が貼られた。
「たっちゃん!?」
 菜穂が驚愕する。
 龍臣が、急に踊り始めたからだ。
 しかも、ドジョウすくいを。
「きゃははははははっ! たっちゃん、ものすごいマヌケやっ!」
 菜穂は大爆笑した。
「あっ!? 菜穂、テメー! 笑い事じゃないだろうがっ!」
 龍臣が怒声を上げる。
 が、動きは止まらない。
「うおおおおお! 止めてくれぇぇぇぇぇ!」
 龍臣はそのまま、舞台の方に出て行った。
 どかがたがっしゃああああんっ!
 暗幕の向こうから、凄まじい音が聞こえてきた。
「ああ!? たっちゃん!? いつもながら、勢いだけやなぁ!?」
「舞台から落ちたようですゥ」
 (るい)が、御札を、指に挟んでヒラヒラさせる。
「さすがやな。朝比奈流符術の力」
「そんなことありませんよォ☆」
「せやけど、ウチには通用せぇへん」
 菜穂が薄く笑う。
 少しは、龍臣を気遣えよ。
 (るい)が間合いを広げる。
 菜穂が、そろばんを取り出す。
「ほな、きばるで〜!」
「朝比奈流符術! 火焔の霊符!」
 (るい)が菜穂に向かって、御札を投げつける。
 すると、火焔が巻き起こって、菜穂を取り囲んだ。
 菜穂はまるでどうじない。
「自分、何調べに忍び込んで来たん?」
「……」
 (るい)は無言で出方を覗う。
「ウチが物研に発注したアレが狙いか?」
「!」
「やっぱりなぁ。草影ちゃん通して、如月に頼んだ対迅雷新兵器『次元爆弾』が狙いやね?」
「くっ、すべては、ちとせお姉サマのためですゥ!」
「フッ、今見したる。これが、次元爆弾や!」
 菜穂が不敵な笑みを浮かべて、懐からソレを取り出す。
 一見すると、野球のボールくらいの大きさの棘のついた鉄の塊といったところである。
 しかし、ソレは、恐るべき威力を秘めた武器なのである。
「これを使えば、相手を一瞬にして、遠くに転送させることができるんやで」
 影野迅雷対スパコンくん。
 この大破壊を未然に防ぐために作られた超兵器。
 つまり、緊急時に、迅雷をどこかに吹き飛ばそうという思想の下に作られた爆弾なのである。
「我らがちとせお姉サマの楽しみの一つ『迅雷VSスパコンくん』を潰しかねない次元爆弾!」
 (るい)が叫ぶ。
「そのようなものは、私が封印してさしあげますですゥ!」
 (るい)が地を蹴る。
 そして、符を数枚投げつける。
「朝比奈流! 符術の舞!」
「効かへんで!」
 一瞬の煌きとともに、菜穂の前で、符がすべて叩き落される。
「なっ、もしかして、霊気を扱える!?」
 驚愕する(るい)に、菜穂は、周りの炎を駆け抜けて、間合いを詰めた。
「くっ、やばっ!」
「儲かりまっか!」
 意味不明の言葉とともに、菜穂の手が輝く。
「まさか、霊剣!?」
「必殺! 霊ハリセン!」
「えっ?」
 すっぱ〜ん。
 霊気で形作られたハリセンが、(るい)の頭に炸裂した。
 涙目で、しゃがみ込む(るい)
「い、痛いですゥ」
「ウチの勝ちやな」
 勝ち誇る菜穂。
「くぅ……」
「さてと、とどめといきますか」
 菜穂が霊ハリセンを振り上げる。
 と、その時。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 怒声とともに、龍臣が戻ってきた。
 ドジョウすくいダッシュで。
 額には、まだ符が輝いている。
「タ、たっちゃん!?」
「どいてくれぇぇぇぇっ! 止まらんんんんんんんっ!」
「あ、あかん!? こっち来んな! ボケ! アホ! ドジ!」
「な、菜穂! テメー! どさくさに紛れて何を言うかぁっ!」
 龍臣が額に青筋を立てながら、菜穂と(るい)の方に突っ込んでくる。
 菜穂は、ため息をつくと、霊ハリセンを龍臣に向けた。
「許せ、たっちゃん。骨は拾ってやるさかい」
「うおおおっ!? 菜穂!?」
 菜穂が思いきり、ハリセンを振りかぶる。
 と、(るい)が、にっこり微笑んだ。
「朝比奈流符術! 不動の呪符!」
 ぴとっ。
 菜穂の背中に、呪符が貼りつけられる。
「へっ?」
 菜穂の身体が硬直する。
 ハリセンを構えたまま、銅像のように固まってしまった。
「あ、朝比奈!?」
「ふふっ、ぶってくれたお返しですゥ☆」
 他の符を指で挟みながら振ってみせる(るい)
「ちょっ、朝比奈ちゃ〜ん! 許してぇぇぇぇぇ!!」
 菜穂が顔を引き攣らせながら、叫ぶ。
 すでに目の前には、龍臣がドジョウすくいで迫っている。
「ひいっ!? たっちゃん! こっち来んなってば!」
「菜穂! どけっ! ぶつかるぞぉぉぉぉぉぉっ!」
「愛する二人で、抱き合ってください☆」
 (るい)は叫ぶ二人に、小悪魔のような微笑みを浮かべた。
 そして、祝福するように、胸の前で手を組む。
「じゃ、そゆことで」
 敬礼すると、ダッシュして逃げた。
「たっちゃん!」
「菜穂〜!」
 ばきっ。
 二人は真正面から、抱きあった(ぶつかった)。
 どさっ。
 複雑に絡み合って転ぶ二人。
「最悪や。たっちゃん……」
「うぐぐっ、おのれ、ちとせ親衛隊めっ!」
 ぽろっ。
 菜穂の懐から、黒い物体が落ちる。
「ぽろっ?」
「あっ、今週のハイライトや」
 次元爆弾だった。

「あ〜ら〜? 失敗作だったみたいですね☆」
 爆発を振り返りながら。冷汗を流す(るい)
 とにかく、次元爆弾のデリートには成功したのです。
「任務……完了!」
 (るい)が、天に敬礼した。
 妄想にふける(るい)には、天空に微笑みを浮かべる巨大なちとせが見えていた。
「あ〜ん、お姉サマ☆」

 数日後。
 物理研究部の予算が削減されたという。


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