進め! ちとせ親衛隊



 猫ヶ崎高校校舎一階。
 一年生の教室が並ぶ廊下の最奥、通称「第一会議室」。
 会議用の長四角のテーブルを囲んで、数人の女生徒たちが顔を寄せ合っていた。
 文系な理知的少女から体育界系の活発そうな少女まで、その顔立ちはさまざまだが、共通して、美少女ばかりである。
 その中で、ノートパソコンらしきモノをいじっていた女生徒が、一際キリリとした感じの女生徒に耳打ちする。
 話を聞いた女生徒は立ちあがると、皆に向かって口を開いた。
「皆、ちとせお姉サマのために集まってくれてありがとう」
結咲(ゆいさき)隊長。ついに計画を実行するのですね?」
 結咲と呼ばれた少女が力強く頷く。
「ええ。全ては、ちとせお姉サマのためです」
「物理研究部部長、如月雅志。研究所に入りました」
 パソコンの女生徒が、再び、結川に向かって言う。
 パソコンのディスプレイには一人の学生の姿が克明に映し出されている。
「ふふっ、計画通りね」
「ああ、結咲隊長。ちとせサマの『ふふっ』を極めてますわね」
「イヤ、まだまだよ。それに、ちとせお姉サマの真髄は、『ボク』、『☆』、『♪』ということを忘れてはいけないわ」
「まあ、ご謙遜を」
「さすが、結咲隊長!」
「物理研究部部室に反作用シールド展開! シールド収縮まで六十分」
「わかったわ。六十分後。シールド再起動時に突入を開始する」
「相手は、アノ物研だ。気を抜かないように!」
「了解!」
「ラジャー!」
「わかりましたわ!」

 五十七分後。
 結咲と女性とたちは物理研究部の目の前で突入の時を窺っていた。
「シールド再起動まで、あと百八十秒」
「確認しておきますが、物理研究部の反作用シールドは、我がパソコン部のスーパーコンピューター搭載ロボット、スパコンくんですら破れない代物です」
 ノートパソコンを抱えた少女が結咲に説明を繰り返す。
 スパコンくんと呼ばれるロボットはパソコン部の最高傑作といわれ、その戦闘力と演算能力は人間の及ぶところではない。
「つまりはチャンスは、シールド再起動までの三十秒だけ」
 パソコン部所属の少女の言葉に頷いて、残りの少女たちの顔を見回す結咲。
「でも、中に入ればこっちのもんね」
「油断はいけませんわ。物理研究部部長の如月先輩には要注意です」
「その通り。二重三重にトラップを仕掛けて来るかもしれないからね」
 物理研究部所属の結咲は、部長である如月雅志の性格を知り尽くしていた。
 この日のために接近し、日々彼を観察してきたのだ。
「残り、六十秒」
「目的のモノを奪取したら、即刻、ちとせお姉サマの元に届けるのよ」
「わかっていますわ」
「ちとせサマ……」
「残り、十秒!」
「よし、いくわよ!! 全ては、ちとせお姉サマのタメに!!」
 結咲が皆を促すように先頭を切って走り出した。

 その少し前。
 物理研究部室内で、如月雅志はテーブルの上にある物を見ながら、一人ほくそ笑んでいた。
「ふっふっふっ……」
 今日は他の部員はいない。
 いや、来させていない。
 極秘兵器反作用シールドを張る厳重な警備さえしてある。
「完成したぞ」
 雅志の手は震えていた。
 熱病に侵された人間のごとく、虚ろな目で含み笑いを続けている。
「この感動の余韻は一人で味あわせてもらわねばな。「まぁ、明日には、皆にも見せちゃうけどね」
 一人でぶつくさ言う雅志。
 ちょっと怖い。
 と、空気の抜けるような音が部室の入り口から聞こえてきた。
 わずかに大気が揺れた。
「むっ、シールドが切れたか。短時間しか稼動できないのが難点なんだよな」
 雅志はそう呟くと、テーブルから目を離し、部屋の片隅のスイッチに向かった。
 と、その時。
 ガラガラと音を立てて勢いよく部室のドアが開かれる。
「誰だッ!? 今は立ち入り禁止だぞッ!」
 雅志が入口の方を振り返ると、飛びきりの美少女が四人立っていた。
「ふふっ、如月部長! 『ソレ』を頂いていくわ!!」
「お、おまえは、我が物理研究部新入生唯一の女子部員、結咲まつり!!」
 驚きの表情を浮かべる如月雅志。
 そして、彼女とともに周りを取り囲んでいる少女たちを見回す。
 その中の一人は見覚えがあった。
 パソコン部所属の一年だ。
 同じ文科系の部活のため、部室が近く、よく顔を合わせる。
 愛想の良い子だったと記憶している。
 他の二人には見覚えはない。
 文化部ではないのだろう。
「如月部長! すべては、ちとせお姉サマのタメです!」
「くっ、神代の親衛隊だったか!?」
 通称、ちとせ親衛隊。
 陸上部の副部長、神代ちとせに憧れる美少女たち。
 彼女たちは男子生徒など目にもくれない。
 ただひたすら、神代ちとせを慕うのみ。
 雅志が痛恨の事実に唸り声を上げる。
「やっほ〜、一年に女子が入ったぜ! と浮かれて油断していた。ちとせ親衛隊では、合コンの伝にもできないではないか」
「ふふっ、この結咲まつり。如月部長の命を取るには忍びません。さぁ、ソレをお渡しください」
 結咲が手を振り上げる。
 ちとせ親衛隊が雅志の包囲網をじりじりと狭めていく。
「ふははっ、この私ともあろう者が物研の統率に油断を見せていたようだな!」
 自嘲気味の笑い声を上げながらも、雅志は怯まなかった。
「しかし、甘い。甘いぞ、結咲!」
 雅志は、腰から愛銃『GLOCK17L』を抜いた。
 無論、エアガンである。
 結咲が舌打ちする。
「くっ、ガンマニアめ!」
「てりゃあ!!」
 雅志が文科系の見た目とは裏腹のすばやい動きを見せ、一瞬で、ちとせ親衛隊全員の顔にゴーグルをはめた。
「安全第一! さぁ、行くぞ……って!?」
 エアガンを構え直した顔面に蹴りが炸裂し、雅志は崩れるように両膝を折った。
 涙目で振り返る。
 結咲が見事な片足を上げて、中国拳法のような構えを取っていた。
「ふふっ、部長。その安全志向が命取りです!」
「むぅ、結咲!」
「いまさら、命乞いですか?」
「もう少し、そのおみ足を上げてくれると見えるのだが」
 プリーツスカートを慌てて押さえつける結咲。
「結咲隊長の白を見るとは許せません!」
 パソコン部の少女が結咲の前に出て拳を握り締める。
 雅志が首を捻る。
「白、なのか。意外と……」
「水色だぁぁ!!」
 結咲がパソコン部の少女の後頭部をシバき、さらに雅志の鳩尾に蹴りを加える。
「何、言ってのよ。ったく」
「すみません、隊長。しかし、水色だったとは……」
 後頭部を抑えながらパソコン部の少女がぶつぶつと呟く。
「それ以上言うなっての」
 思わず下着の色を口走ってしまった結咲がじろりと少女を睨みつける。
 その間に雅志は思い切り蹴りをもらった腹を押さえながら壁にもたれかかっていた。
「ぐはっ、部長に対して手加減なしか。かくなる上は皆、道連れだッ!」
 雅志の手が壁を摩る。
 どういう稼動によるものか、壁の一部が開き、手動のレバーが出現する。
 レバーの頭頂部には『自爆』の文字とともに髑髏マークのシールが貼られていた。
 雅志はレバーを握った。
「部室自爆発動!」
 一気にレバーを降ろす。
 にやりと笑って振り返る雅志。
 しかし、振り返った雅志が見たのは、誰もいない部室だけだった。
「結咲たちは?」
 開かれている部室のドアの向こうから複数の人間が走り去る音が聞こえている。
 冷や汗を流しながら雅志はテーブルを見た。
 そこにあるべき彼の傑作はなくなっていた。
「……逃げられた」
 雅志の呟きを掻き消すように物理研究部の部室は閃光と轟音に包まれた。

 翌日。
 神代ちとせの教室。
「ちとせお姉サマ☆」
「私たちからのプレゼントですぅ」
「是非、使用してください」
「大事にしてくださいね」
 渡されたモノは、リボンだった。
「えっと、『対生徒会長金髪ドリル用ポニーテールリボン』」
 ちとせが小首を傾げるが、結咲が燃えるような目で力説した。
「ちとせお姉サマのポニーテールこそ生徒会長の金髪ドリルを超えるものだと信じています」
「あ、ありがとうね」
 さすがのちとせも少しだけ圧倒されるが、すぐに笑顔になった。
 使い道はよくわからないが、とにもかくにも自分を慕う少女たちからのプレゼントには違いない。
 ちとせは四人を順々に抱きしめて、軽く頬に口付けする。
 お礼のつもりだったが、親衛隊の少女たちには刺激が強すぎた。
 親衛隊全員がうっとりとした表情に変わる。
 結咲などは鼻血を出していた。
「ちとせお姉サマ、大好きですぅ!」


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