策士



 目の前の少年は、強敵である。
 白いワイシャツに緩めに巻いた黒地のタイをリングで留め、デニムパンツを穿いた姿はなかなかにスマートな印象を受ける。
 その一方で顔は優しげで、少女のような雰囲気さえある。
 だが、それが油断ならない。
 言葉は巧みな誘導を伴い、表情を作ることもできる。
 その仕種一つ一つが自然でありながら、罠が織り交ぜてある。
 そして、何よりも、戦略自体が手堅い。
 その守りは堅固であり、決して隙を見せない。
 しかし、攻める時は疾風迅雷、電光石火。
 少年の性格が良く読み取れる。
 この少年は正攻法を愛している。
 だから、強敵ではあっても、決して勝てない敵ではなかった。
「『スリーカード』です」
 少年がテーブルの上に普段を並べる。
 『A』の札を三枚、それと『5』と『7』の札が一枚ずつ。
「『フォーカード』だ」
 少年に対峙していた青年は安堵のため息を吐く。
 彼のカードは『K』が四枚と『8』が一枚。
 どうにか少年を退けることに成功した。
「ちょっ、だ・か・ら、降りなさいって言ったじゃない」
「ははっ、この人が強いだけだよ」
 少年の後ろから、尻尾部分の長いポニーテールに髪をまとめた少女がひょこんと顔を出しながら文句を言う。
 少女は白いブラウスの第一ボタンをはずして、やはりリボンタイを緩く巻いていた。
 短めにカスタムしたプリーツスカートと、典型的な女子高生のスタイルだ。
「もう、悠樹ったら、もう少し悔しがりなさいよ」
 悠樹と呼ばれた少年は肩をすくめる。
「ちとせが仇を取ってよ」
「まっかせなさい」
 少女は自信満々で頷いた。
 吸い込むような眼力(めぢから)を持った大きな瞳が猫のように見えた。

 少女は少年に負けず劣らずの強敵だった。
 何しろ、その手のほとんどが変化球。
 そして、時折直球を織り交ぜてくる。
 少年と正反対の性格かとも思ったが、そういうわけでもないらしい。
 ブラフを混ぜた変化球が本命なのか、正攻法の真っ向勝負が本命なのか、判別しにくい。
 恐ろしく対処しにくい。
 こちらが攻めに出れば、どこにまでも引くような素振りで、懐にまで入り込んでくる。
 こちらが守りに出れば、猪突猛進のように攻めつつ、引き際を弁えている。
 その逆のパターンもある。
 青年はそれでも経験の差からか有利に勝負を展開していたが、その有利ささえも少女の『仕込み』なのではないかと疑ってしまう。
 まるで、思考が読めない。
 判明しているのは、とんでもなく疲れる相手だということだけだ。
 カードが配られ、見る。
 悪くない。
 すでにこの段階でスリーカードだ。
 相手の様子を覗う。
 少女は猫のように笑った。
「レイズ」
 少女が目の前で、上乗せのコインを山のように積み上げた。
 よほど良いカードが回ってきたのだろうか。
 青年も降りるつもりはない。
「コール」
 少女と同数のコインを上乗せする。
「一枚チェンジ」
 青年は引いたカードを見て、内心で深く頷いた。
 むろん、表情には出さない。
 幸運にも『フルハウス』が完成した。
 しかも、『A』が三枚と『K』が二枚。
 負ける気はしない。
 少女のカード交換の番だ。
 だが、少女は猫のような微笑みを浮かべたまま、さらりと言った。
「チェンジはなし。んで、ボクの残りのコイン全部レイズ」
「!」
 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、青年の顔が凍りついた。
 青年の手札は、『A』と『K』の『フルハウス』だから、『フォーカード』以上の役でなければ、勝てない。
 少女はチェンジもしていないから、配られた手札のままだ。
 手札が『ストレート』以上かブラフでなければ、通常はチェンジをするものだ。
 しかも、『A』と『K』の半分以上は青年の手にある。
 その状態で、『フォーカード』以上の役は困難を極める。
 青年の手元のカードから考えて、彼女が勝ち得る手は少ない。
 常識的に考えれば、ブラフだろう。
 だが。
 この少女の場合はどちらだろうか。
 不敵な笑みを浮かべている。
 この笑みはハッタリだろうか。
 だが、彼女にはまったくの動揺がない。
 目を見る。
 猫を思わせる目には、虚勢はない。
 ハッタリでここまで不敵な態度が取れるだろうか。
 考えるべきではない。
 そう結論付けた。
 なぜなら、降りる必要はないからだ。
 理由は単純にして、明快。
 勝負をしたくなったからだ。
 このゲームを降りたところで、青年は負けにはならない。
 コインの総量だって、少女よりもまだまだ勝っている。
 それが、どうでもよくなった。
 頭脳を働かせ、読み合い、勝ちを得る。
 それは青年にとって、面白いことだった。
 だが、たまには、ここぞというところで、一発勝負。
 それも、面白いじゃないか。
 面白い。
 ゾクゾクする。
 それは重要なことだ。
 そう思いながら、青年は少女と同額のコインを上乗せし、勝負に乗った。

 公園の木陰にあるベンチで、青年は携帯電話をかけていた。
「ああ、そうだ、お土産。ちょうどイイ店を教えてもらってね」
 電話の相手は、妹。
「うん、ブッシュ・ド・ノエルが最高だそうだ。ああ、うん、僕も食べたくなってね。大丈夫、そっちの分は日持ちしないから配送で頼んでおいたよ」
 腰の横に置いてある、洒落たデザインの紙袋を見下ろしながら、青年はため息を吐いた。
「おいしいと思うよ、すごくうれしそうな顔をしてたしね、あの娘。……いや、こっちの話」。


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