聖夜の告白



 どうやら、今年は大寒波の影響で、近年まれに見る厳冬らしい。
 初雪も例年に比べ、非常に早い時期に降った。
 そして、日本では、恋人たちにとって、特別なイベントに成り得るこの日、クリスマス・イヴにも、天からの贈り物は、しゅんしゅんと降り注いでいる。
 恋人とは、やはり、恋をしている者同士のことを指す言葉だろう。
 年齢は関係ないし、国籍も関係ない。
 まして、身分などというものは前時代の遺物に過ぎない。
 近年では、愛の前で、それらはことごとく無力。
 特に日本では、クリスマスは、宗教と関係ないといっても良いくらいだろう。
 そして、例え、すでに夫婦となっていても、そこに愛がある限り、やはり、この聖なる夜は特別だろう。
 それが、結婚して一年にも満たないなら、尚更である。

 イタリア料理店『Suono delle campana』。
 日本語で、『鈴の音色』。
 猫ヶ崎高校の近くに最近開店したばかりの小さな店だ。
 夫婦二人で営んでいるため規模は小さいが、料理の味の評判は良く、店の家庭的な雰囲気も手伝って、それなりに繁盛している。
「フゥ……」
 大きな鍋を洗い終えて、ロックは大きく息を吐いた。
 ロックは、この店の店主してシェフだった。
 元マフィアという過去を持ちながらも、新妻を迎えて、自分の店を持ち、充実した日々を送っている。
 ロックも、妻の鈴音も、ともに二十歳代。
 ともに若く、美男美女のカップルだったが、ロックだけでなく鈴音もまた世界の裏を一人で生きてきた退魔師という過去を持ち、その点では他に類を見ない特異な夫婦といえた。
 その二人にとっても、今日は世間の恋人たちと変わりのない特別な日。
 クリスマス・イヴ。
「聖なる夜か」
 ロックはもう一度、軽く息を吐いた。
「ロック」
 後ろからかかった聞き慣れた声に、ロックはゆっくりと振り向く。
 妻の鈴音が厨房の入り口から顔だけを覗かせていた。
「夕食の用意ができたぜ」
「ああ、ありがとうございます。今行きます」
 濡れた手をタオルで拭き、水道の蛇口を閉め、ロックは厨房を後にした。

「アレ?」
 ダイニングに入ったロックは鈴音の姿がないことに気づいた。
 夕食の用意はしてある。
 なかなか豪勢で、手の込んだ料理も並んでいる。
 鈴音が前夜から腕によりをかけて作っていたのをロックは知っていた。
 ロックが店の厨房で後片付けをしている間に、あれこれ思案しながら鈴音が並べたのだろう。
 テーブルの中央には美しい蝋燭が置かれ、きちんと二人分のワイングラスまで用意されている。
 だが、肝心の鈴音がいない。
 しばらく待ってみたが、鈴音は一向に姿を現さない。
 ロックは仕方なく、ダイニングを出て、違う部屋を覗いて回ることにした。
 しかし、どこにもいない。
 リビングにも、バスルームにもいない。
 もちろん、店の方にも、いない。
 廊下にも階段にも姿は見えなかった。
 残っているのは、寝室だけだ。
 だが、まさか、食事を用意しておいて、寝室でぐっすりおやすみということはないだろう。
 そう思いながらも、ロックは、鈴音がここにいるのを初めから何となく予感していた。
 ノックはせずに、ドアを開ける。

「鈴音サン」
 やはり、いた。
 ベッドの脇に、鈴音は立っていた。
 ハイネックのセーターを着て、ジーンズを穿いている。
 長い髪は邪魔にならないように後ろで纏めていた。
「ロック」
 ロックの姿を見て、鈴音は微笑んだが、どことなく様子がおかしい。
「鈴音サン。せっかくの夕食が冷めてしまいますよ?」
「そうだな」
 鈴音は頷いたが、寝室を出る様子はない。
 ロックは部屋の中へと入った。
 ドアが静かに閉まる。
「どうしたんですか?」
「ロック……」
 鈴音は夫の名を呼ぶと、ゆっくりとニットのセーターを脱ぎ、その下のシャツも脱ぎ捨てる。
 ロックの視線の先で剥き出しになった黒色のブラジャーに包まれた豊かな胸が大きく揺れた。
「鈴音サン?」
 鈴音の瞳は、哀しい光を宿している。
 いつもの目だ。
 ロックは、そう思った。
 鈴音はロックに抱かれる前、いつも哀しい目をしていた。
 だが、それは、決してロックに向けられたものではない。
 ロックは知っている。
 鈴音は自分自身を責めているのだ。
 鈴音もロックも裏世界で生きてきた。
 だが、男と女では、やはり違う。
 環境も違う。
 中学の時に両親を殺され、それから一人で生きてきた鈴音に比べれば、自分は温室で育ったようなものだとロックは思っている。
 ロックも両親はいない。
 だが、義父はイタリアで最も大勢力だったマフィアのゴッドファーザーだったし、ロックは武闘派としてではなく、ビジネスを中心とした仕事を割り当てられて育てられた。
 一方の鈴音は、裏の世界で、退魔師として、闘いの人生を歩んできた。
 いくら強いといっても、十代後半の女性が、無事に一人で生きていける世界ではない。
 鈴音は時には狡猾な敵の罠に嵌って激しい拷問を受け、生き地獄を味わった。
 そして、時には過酷な凌辱を受けた。
 多くの男たちに蹂躙され、その肉体に強制的に欲望を流し込まれたのも一度や二度ではなかった。
 姉を追って猫ヶ崎に辿りついたころには、彼女の肉体は、ありとあらゆる方法で嬲り尽くされてしまっていた。
 だが、今、鈴音の身体には傷一つない。
 それは、彼女の恩人のひとりである神代葵の治癒術で癒されたからだった。
 そして、普段の鈴音は、そういう過去を決して感じさせない強さがあった。
 しかし、鈴音には、本当の自分は汚れている、という思いがある。
 肉体の傷は癒せても、深く抉られた心の傷は残っている。
 ロックを騙しているような気になってしまうのだ。
 初夜は鈴音もそんなことを考えもしなかった。
 だが、時が経つにつれて、彼に抱かれる前になると、隠れていた不安が頭を過ぎるようになった。
 それは、彼女が心底、ロックを愛していたからだろう。
 好きで好きで仕方がないのに、抱かれるのが怖い。
 今日も怖い。
 汚れた身体を聖なる夜に抱かれるのは、今までの何倍も怖い。
 だが、だからこそ今日この日、鈴音は、自分から誘った。

「ロック、あたしを愛してくれ」
 愛してくれ。
 それは、「抱いてくれ」というだけの意味ではない。
 いつまでも、あたしを離さないでいてくれ。
 独りにしないでくれ。
 また独りになってしまったら、あたしは気が狂ってしまう。
 壊れてしまう。
 ロックは鈴音の心の叫びを敏感に感じ取っていた。
「愛して」
 鈴音は尚も言った。
 懇願にも近い悲痛な響きを帯びている。
「愛します」
 ロックは鈴音を真正面から見据え、優しく答えた。
 気恥ずかしくなどない。
 心から、愛している。
 ロックは最愛の妻の肩を抱いた。
「家族を作りましょう。絆を深めましょう。あなたが哀しまないように」
「ロック……」
「愛しています」
 もう一度、今度は鈴音の耳元で囁くように、しかし、はっきりと言った。
「ああ……」
 鈴音は笑った。
 本当に嬉しい。
 ロックは鈴音の唇に自分の唇を重ねた。
 鈴音もそれに応じて、ロックの口の中を舌で味わう。
 鈴音はロックの左手を取り、自分の左の胸へと当てた。
 柔らかで温かい感触をした豊かな乳房の奥から鈴音の鼓動が、左手を経由してロックに伝わってくる。
 ロックは手のひらに余る鈴音の大きな胸を、ゆっくりと揉みしだき始めた。
 絶え間なく与えられる緩急の動きに、ブラジャーの紐が肩から落ちる。
 鈴音の乳房に刺激を与えつつ、ロックが右手で鈴音のジーンズのファスナーを外す。
 下腹を撫でるようにして前面から下着の中へと指を滑り込ませた。
「ん……」
 ロックの指が自身に入り込んでくる刺激を受けて、鈴音がジーンズを半脱ぎ状態のままで身を捩じらせる。
 と、ロックはゆっくりと鈴音の唇から、自分の唇を離した。
 銀の糸を引く鈴音の口から甘い吐息が漏れる。
「ロック……」
「鈴音サン、オレは男の子と女の子を一人ずつ欲しいデスヨ」
 ロックが頬を紅く染めながらも、はっきりと鈴音に言った。
「ははっ、意外にダイレクトだな、ロック」
 鈴音も頬を桃色に染める。
「夕食冷めてしまいますネ」
「かまわないさ。冷たくたって食えなくはないぜ」
 いつもの調子に戻った二人は、激しく絡み合いながら、ベッドに倒れ込んだ。


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